のほほん41
ガチャ
チリチリーン
「いらっしゃい……あらドラゴスさんではないですか」
「元気にしてたか? 商人娘」
「まぁボチボチですよ。へっぽこ店主が時々夢中になりすぎて経営を傾けること以外はですけどね」
「……苦労しておるな」
「そうですとも! 苦労してますとも! 鍛冶を始めたきっかけですから、止めてやる気を下げられては困ると、止めなければいくらでも散財し続けやがるんですからね! 腕は少しずつ上がっているみたいなのでそこはいいんですけどね! ですが……」
このままティアに話をさせていれば1日中愚痴が止まらなそうだった。
たまったものではないと強引に話題を変えるドラゴス。
「それで、商人娘、それはなんだ」
「これですか? これは私が作ったアクセサリーですよ。何の効果もない着飾るだけの物ですが、出来栄えはいいはずです」
「言うだけはあるみたいだな。そこに置いてある弓もそうか?」
「えぇそうですよ。商売を始めたての時に少ない賃金を増やそうと覚えたものです。へっぽこ店主がある程度装備を作るまでそれなりに時間かかりますからね。こうして店番しててもお客なんて滅多に来ませんから、ちょっとでも生計の足しになればと再び手を付け始めたんですよ」
「魔法付与が出来ればいいんだろうがな」
「そこなんですよ。王国の細工職人の中に出来る人はいるんですけどね? 大した腕を持っていないので教えてもらっても中途半端にしか身に付かなそうですし、独学でやろうにも結局中途半端になりそうですし」
「師がいればという所か」
「まぁ私のお眼鏡に叶う師がいるとは思えませんけどね!」
「魔法付与を完璧に出来る者などそうおらんからな」
「そうですね。そういう点ではへっぽこ店主は恵まれてますよ。ドラゴスさんなら魔法付与もしっかりできるでしょうし」
「当たり前よ!」
自信ありげに胸を張るドラゴス。
「それで、へっぽこ店主にはいつ教えてあげるんですか?」
「まだまだ先の話だな! 銅、鉄、プラチナ。この3つを完璧に出来るようになってようやく魔法付与だ。中途半端な出来の物に中途半端な魔法付与を覚えてもすべて中途半端で終わるからな」
「ちぇ」
「駄目弟子が大成するまでまだまだ当分かかる。気長に待つか、乗り換えるかするんだな!」
「ドラゴスさんが契約してくれるなら喜んで乗り換えますとも!」
「諦めろ商人娘!」
「わかってますとも。私は気長に先行投資を続けますよ」
「さて、ワシは久々に駄目弟子の面倒でも見てくる」
「頼みましたよ。それと釘を刺しておいてください。無駄遣いするなと」
そしてまたティアはせっせと客が来ない店のカウンターで内職を始めるのだった。
カーン!
カーン!
カーン!
「ふん! 多少はましになったようだな!」
「師匠! お久しぶりであります!」
「続けろ!」
「はいであります!」
カーン!
カーン!
カーン!
「見せてみろ!」
「お願いするであります!」
出来上がった物をじっくりと眺める。丁寧に慎重に。
「……まだダメだな。鉄を初めて打ち始めた時に比べれば大分ましになってはいる。だが、丁寧に打ち込めておらん! 刃が微妙に左右に歪みがある! 力強さも足りん!」
「難しいであります!」
「当然だ! たった数ヶ月程度で完璧に出来る者がいるなら見せて欲しいくらいだ! さぁやれ!」
そうして金属を打ちこむ音の他に、ドラゴスの怒鳴り声が増えた。
ドラゴスが来るとヴィータのミスに対し、的確な指摘が飛んでくるらしい。
何がおかしくて、何がダメなのか。それを教えてくれる。
それを自分の体に身につけさせようとヴィータは必死に打ち込み続ける。
何度も
何度も
何度も
ヴィータが見るのはハンマーで打ち込む金属。
そしてその先にある自ら手にしたい理想の剣。
その理想の剣が見えている間のヴィータは集中力が違うようだ。
「ご飯ですよー」
「駄目弟子! そこまでだ! 今日言われた通りのことを忘れず毎日体に刻み付けろ!」
「はいであります!」
「……ん? この二刀はなんだ?」
「これでありますか? これは……一応俺の剣です」
「なるほど。銅の時とは違い一応は使えるレベルにはなっているようだ」
「まだまだであります」
「そうだろうな。鍛冶の腕もまだまだ半人前の駄目弟子が完成させれる訳なかろう。だが使ったようには見えんな」
「今はまだ素振りだけであります」
「素振りだけでなくどうせなら使え」
「……しかし……」
「駄目弟子が使っている鉄の剣も大したものではない。この二刀も同じだ。それに使ってみなければわからないこともある。自分の理想を形にするためには必要なことだ。自分のために作った剣なのだから使ってやらねば剣が泣くぞ」
「わかったであります!」
「それでいい」
「ご飯って言ってるでしょ!!!」
待ちかねたティアが鍛冶場まで呼びに来た。
「「「いただきます!」」」
「それで、鍛冶は順調ですか?」
「まだまだだが、日々毎日打ち込んでいるとよくわかる一振りだったぞ」
「あ、ありがとうであります!」
「自惚れるなよ! 鍛冶を始めて1年経っておらんのだからな!」
「はいであります!」
「一人前になるには早くて20年、長くても60年はかかる」
「60年でありますか……」
「そう60年だ。毎日打ち込み、銅で正確さを身につけ、鉄で力加減を身につけ、そしてプラチナで速さを身につける。それらすべて完璧に出来るようになってからその後に魔法付与だ。そうして1人前になってからドワーフは生まれた故郷から旅立つのだ。自分の納得のいく鉱石を探し、自身の鍛冶道具を自分の手で生み出す。求める物が大きければ大きいほどその道は険しい。ミスリル、そしてオリハルコン。本物の鍛冶職人はこれらの鉱石を自分の手で見つけ、そして物を生み出す。そこに至高の喜びを得るのだ」
「……とても長い道のりでありますね」
「人間にもそういう類の者もおる。ドワーフですら驚くほどの者がな。人間の一生は短い。だからこそ極めんとする者が現れるのだろうな」
「ドワーフ族の一生がそうであるなら、王都で暮らしているドワーフもみんなそうなんです?」
「あれは師の元から途中で逃げ出した半端もんだ。半端もんでも人間からしてみれば素晴らしい一品を生み出すと誇られてしまう。それを利用して自堕落な生活を送る情けない者達よ」
「なるほど。その話を聞いて納得しました。あのドワーフ、やたら口が回る割に大したものを作ってないと思ってましたがそういうことですか」
「ん? どうした駄目弟子」
ヴィータは途中から食事に手を付けていないようだった。
「いえ……俺が俺自身の武器を作れるのか不安になってしまったであります」
「何を言うか。作れなくて当然だ」
「……ぐっ……」
「お前が歩こうとしている道は、ワシらドワーフの中でも一握りの者が歩かんとする険しい道だぞ。自分の鍛冶道具を作らんとする者は100年、200年平気で打ち続ける。一生かかっても作れない者もいる。お前は自分自身の納得出来る武器を作らんと自ら終わりない道を歩くと決めたのではないのか?」
「…………そうであります…………」
「お前の頭にある武器は、その理想は生半可な努力では手に入るものではない。他の者の歩いて出来た道ではなく、自分自身で道を切り開こうと歩き始めたのがお前だ。その道を進み続けようとする限りワシがお前の手を貸してやろう」
「心強いことであります。これからもよろしくお願いするであります!」
「ガハハ! それでいい! ではそろそろワシは帰るぞ! 商人娘、美味かったぞ!」
「ふふん! 当然でしょう! 次はいつ来るのですか?」
「わからん! わからんが次来るときにはもっと打てるようになっておけ!」
「はいであります!」
ドラゴスは力強くヴィータの肩を叩き、帰っていった。
「良い師匠ではありませんか」
「うん、尊敬するよ」
「さぁ、明日も頑張って稼ぎますよ!」
道なき道を歩くヴィータは果たして理想を手にすることが出来るのだろうか。
そんな不安の中ヴィータはまた理想のために日々打ち続ける。