のほほん3
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……(……重い……歩きたい……休みたい……逃げたい……負けたくない……)」
ヴィータは心の中で何度も同じことを考えながら、周りの後輩たちと走っている。思っていることを口にしてしまえば、上官に鍛錬の追加を命じられてしまうからだ。それがわかっているから口にはしない。まぁ、そんなことを口にする余裕は今のヴィータにはないのだが。
「ぜぇ……はぁ……(……誰かに見られてる?)」
王国の修練場は王都の城、つまり王城の横にある。何かがあってもすぐに動けるように。もちろん城の中には鍛錬を耐えぬき、認められた者が警備に就いている。
ヴィータは必死に鍛錬に喰らいつきながら視線を感じた場所を見上げた。見える人影は、豪華なドレスに身を包まれた女の子だ。どこか寂しそうな、つまらなそうな顔をして修練場を見ているようだ。
(確か……レフィ……レフィリア様だったかな)
王国に属していると言っても、貧しい村に住んでいる人達は国王の名前などほとんど知らない。自分たちの生活が精一杯で政などに気が回らないのだ。わかることと言えば精々、税を納めればある程度自分たちの身を守ってくれるとかその程度。
ヴィータの両親も王の名前など知らないし、ヴィータ自身も13歳だ。王様が国を治めている程度にしかわかっていない。ただ一度だけ遠目で見ることが出来た程度だ。
王都では年に一度、建国祭がある。
その日は鍛錬が無く、問題が起こらないように王都の各地に配備されたりする。一兵士たちにとっては数少ない休暇のようなものだ。もちろん、祭りに参加することが出来るわけではないが。その建国祭の時に王とその娘と息子である姫と王子が民たちに顔を出すのだ。
「なんちゃら・かんちゃら・なんちゃら様のおなーりー!」
「キャー!! なんちゃら様ー!!」
「うおー!! レフィリア様ー!!」
民たちが王様たちが現れると一斉に騒ぎ立てるのをヴィータは覚えている。長ったらしい名前など、ヴィータの頭に入るはずがない。
だがその姫様の名前だけはしっかりちゃっかり憶えていたのだ。自分と同じ年くらいのとても綺麗で美しい女の子だった。
必死に走りつつも、ついつい姫がいる窓の方へと目が行ってしまう。
「ぜぇ……はぁ……(綺麗な人だなぁ~)」
思春期に入り、女の子に興味を持ち始めるお年頃のヴィータは兵士になってから同年代の女の子と関わることなどないのだ。だからこそ高嶺の花であっても気になってしまう。
「そこの貴様何よそ見している!!!」
「……はっ!!!」
鍛錬中によそ見など愚かの極みだ。
「貴様は……ヴィータだな?鍛錬について行けない貴様が空を見上げるなど……ずいぶん余裕があるではないか」
「え……えとえっと……あの……その……」
上官による詰問に怖気づくヴィータ。当然だ。鍛錬について行けない、しかもよそ見をしているのだから弁明の余地はない。ヴィータ自身もそれがわかっているからこそ怖気づく。
「蝶でもいたか? 鳥でもいたか? それとも危険な魔獣が空を飛んでいたか?」
「いいい、いえ!! いません!」
「それとも貴様、手を抜いているのか?」
「そ、そんなことありません!!」
上官の前でしっかりと背筋を伸ばし立っているヴィータ。けれど肩で息をして汗を大量に流し、今にも倒れそうな体を辛うじて支えている。
もし仮にヴィータが地に座り込んでしまえば、もう立ち上がることなどできない。それくらい体に疲労が溜まっている。それを支えているのがヴィータが兵士として将軍からこってりと絞られた新人いびりから生まれた不屈の精神だ。ちなみに大量の汗を流している理由の半分は、これから命じられる罰に怯えているだけだが……。
「ふむ……だが俺には貴様は余裕があるようにも見える」
「そ、そんなことは……」
「黙れ!!!」
「ひゃい!」
「貴様は10キロ追加だ!!! そしてそれが終わったらいつもの鍛錬が終わるまで休むことを許さん!!!」
「は、はいぃ!!!!」
一度走ることを止めたヴィータの体は重く、その日の鍛錬はいつも以上に地獄だった。