のほほん35
「……はぁ……ふぅ……」
「レフィリア様、幸せが逃げていきますよ」
「でも……はぁ……」
レフィリアは最近よくため息をつくようになった。
どこか遠くを見ていて上の空だ。
「レフィリア様、集中してください。学問はそれでは身に付きませんよ」
「わかっています……はぁ……」
「悩みがあるなら私に何でも言ってください。私はレフィリア様の姉代わりでもあるのですから、どんな相談でも乗れますよ!」
「嘘はバレるのですよ?」
「嘘ではありませんとも!」
胸を誇らしげに張りながらエレノアは言う。
そんなことは信じられないとジト目でレフィリアは見ていた。
「……ヴィータさん」
「あ、あのような者は!」
「ダメじゃない」
「ぐ……それは……」
そしてまたため息をつくレフィリア。
「あの者が兵を辞めさせられたのは当然のことです。今までが不思議だったのですから」
「…………」
レフィリアは不貞腐れたように唇を尖らせる。
「……レフィリア様。別れというものは突然やってくるものです」
「でも……もっと早く教えてくれたって良かったじゃない。それに、ヴィータさんは私達を守ってくれた英雄なんですよ?」
「レフィリア様がどれだけ主張しようとも、周りの者達は誰一人として信じませんでした。それがあの男、ヴィータの評価だったのですから」
ヴィータは兵士の中では新兵の次の位だ。そんな下っ端が兵を辞めるという話など、レフィリアに届くはずがなかった。レフィリアが気付いたのは、ヴィータが兵を辞めてから3か月も経った後だった。
修練場が見える窓から鍛錬する兵たちの様子を窺っていたレフィリアが、遅れている兵士を見て何度か手を振ってみたのだが、全く反応しなくなったのだ。
女の勘が働いて何かがおかしいと気付いたレフィリアがエレノアに確認を取るが、エレノアが知るはずもなく。それから少ししてレフィリアが将軍に直接聞きに行ったのだった。
そうして得られたものがヴィータは兵を辞めたという話だった。
「……よし!」
「どうかされましか?」
「少し将軍に挨拶に行ってきます」
「あの男がどこにいるか聞きに行っても無駄だと思いますよ!」
すぐにレフィリアの考えていることが理解出来るあたり、流石エレノアだ。伊達にレフィリアが生まれた時からの付き合いではない。
「聞いてみなければわかりません!」
「……はぁ……」
「エレノア。幸せが逃げてしまいますよ!」
そして将軍の事務室へ。
「将軍、ヴィータさんがその後どうしているか知りませんか?」
「ふむ、なぜそれを知りたいのでしょうか?」
「先の戦争で、私を救っていただいたからです」
「なるほど、しかし残念ですが……」
「将軍は知っているはずです!」
「……どうしてそう思われるのですか?」
「女の勘です!」
どうしたものかと悩む将軍は先ほどから何か言いたげな顔をしているエレノアを見る。そしてレフィリアを見る。嘘を言ってもわかりますからねと目が訴えていた。
「一応は知っています」
「教えてください!」
レフィリアの行動力は姫とは思えないほどあった。
知っているとわかれば食い気味に聞こうとする。
その行動力はどこから来るのか不思議だと将軍は思う。
「わかりました。場所は王都の最北西。2か所ある門の間に位置する大きな家に住んでいると、言伝で聞きました」
「ありがとうございます! 将軍」
それを聞いたレフィリアは礼を言ってすぐに飛び出していった。エレノアも将軍に一礼して後を追う。
「レフィリア様!? まさか会いに行くつもりですか!?」
「当然です!」
何が当然なのかよくわからないが、レフィリアは早足で城を移動している。
「お、お待ちください! 王に何と言うつもりですか!?」
「視察です!」
「数日前に出たばかりではありませんか!?」
「とにかく行きます!」
「王が許しませんよ!」
「ごり押しします!」
「無茶苦茶です!!」
王の間にて。
「お父様!」
「そんなに急いでどうしたのだ? レフィリアよ」
「視察に行ってまいります! では!」
「待て待て待て。数日前に行ったばかりではないか」
「行ってません! お父様の気のせいでしょう!」
「……エレノアよ。娘はどうしたというのだ? 急に元気がなくなったかと思えば、突然この有様だ」
「そ、それは……」
「さぁ行きますよ! エレノアも身支度を整えてください!」
「お、王」
「良い。行かせてやれ。落ち込んでいるよりずっとましであろう。レフィリア、気を付けていくのだぞ。エレノアよ、いつも苦労を掛けてすまんな」
「行ってまいります!」
「そのようなことはありません! レフィリア様の護衛は私の誇りです! では失礼します!」
急いで身支度を整えたレフィリアとエレノアは早速、将軍の教えてくれた家を目指していた。
「この辺りは……」
「知っているのですか?」
「王都の商業地区が中心に移ったことで取り残されてしまった土地ですよ。私も初めて来ます」
カーン!
カーン!
カーン!
「何の音でしょうか?」
「恐らく鍛冶職人が金属を打っているのでしょう。レフィリア様も視察に訪れた際に何度か聞かれているはずですよ」
「なるほど……もしかしたらヴィータさんが?」
「……そうかもしれませんね」
近づくにつれて音が大きくなる。一定のリズムで聞こえてくる音は、決して不快ではない音だった。