のほほん32
「や、やっと落ち着いてくれたか」
2人の言い争いがようやく終わりを見せ、一安心のヴィータ。2人はまだ納得していないようだが。
「それで小僧。なぜ鉄に手を出した?」
「えっと……」
「私がやってみろと言ったんですよ」
「この雇われの商人娘が……」
「ふん! このままでは生活出来なくなりますからね!! 鍛冶どころの騒ぎではないんですよ!!」
「本当なのか? 小僧」
「俺にはいまいち……」
「このへっぽこ店主がまともに生計を立てれると思いますか?」
「無理だな」
あれだけ言い争いをしていたのにヴィータのことを話すと意気投合するらしい。即答だった。
「そ、そんなこと……」
「自分の失敗作を再利用しないで倉庫に押し込んでいた人がよく言いますね!!」
「なるほど、次から次へと新しい鉱石を使い続けていたな?」
「そ、そうであります」
「師匠だか何だか知りませんけどね! 一日見て後は放置なんてされてもこっちは困るんですよ!! 私が初めて来た時は一日中銅の剣しか作ってなかったんですからね!!!」
「そうなのか?」
ドラゴスに聞かれると申し訳なさそうに頷くヴィータ。
「そう言えば馬鹿だったなお前は」
「あなたがちゃんと面倒見ないからそうなるんですよ!! 師匠になったんだったらもっと面倒見てやってくださいよ!!!」
「それはすまなかったな……ワシもまだ色々立て込んでいてな……」
「言い訳なんて聞きたくないですよ! 銅の装備だけで生計が立てれるほど世の中甘くないんですからね!!!」
ドラゴスも思う所があるのか、ヴィータ同様に肩身を狭くしていった。
「とにかく、最低限鉄を扱えるようになってもらわないと生活出来なくなります! 鍛冶どころではなくなるんですからね! 人間の鍛冶職人は鉄を扱えるようになれば一端の鍛冶職人と呼ばれて、店を構えるなり、商人に雇われるなりが出来るようになると言われているんです!」
「あんな半端な鉄の扱い程度で一端とはとても言えんぞ! あんなもんはな……」
「ドワーフ基準で話をされても困りますよ! 何十年、何百年と鍛冶を続けるあなた達とは違うんです! 確かへっぽこ店主に課題を出していたと聞きました」
「あぁ、まともに金属を打てるように努力しろといったな」
「私の目利きで見ても、へっぽこ店主の腕はあなたが見た時に比べてかなり腕が上がってるはずです。確かめてみてください。合格なら鉄の扱いを教えてあげてくださいよ!」
「ふん! 10年早いわ! まぁいい、今日は見てやるために来たんだからな。小僧! 早速見てやるぞ!」
「はいであります!」
……………………
「よし、やってみろ」
「はいであります!」
師匠の前で打つのは緊張するらしい。ふぅと一息ついてからハンマーを握る。
カーン!
カーン!
カーン!
・・・
・・
・
「出来たであります! どうでしょうか?」
「見せてみろ!」
じっくりと出来たばかりの銅の剣を眺めるドラゴス。その目は真剣そのものだ。
ヴィータもどんな評価を与えられるのかドキドキしながら黙って見ている。
「ふん! まだまだだ!」
「そうでありますか……」
「だが初めて見た時に比べて随分良くなっているのは確かだ。このまま精進するんだぞ!」
「は、はいであります!」
どうやら一応合格のようだ。
「小僧の言う自分の武器とやらはあれか?」
「いや……あれは全然ダメなやつで……」
ドラゴスはヴィータ専用武器1号を指さして聞いていた。
「一応見てやる」
手に取ってみるが、銅の剣とは違ってすぐに答えを出した。
「ダメだな。話にならん」
「ぐっ……」
「鋭いダガーのような作りにしたいんだろうが、銅では無理だ。半端な強度、半端な切れ味、これではすぐにダメになり折れる」
「…………」
ドラゴスはヴィータが作ろうと思い描いたものを理解したようにそう言った。そしてそのまま石造りの床を軽く叩く。
「あっ!」
そして簡単に折れてしまう。
「このような武器を作りたければ、最低鉄以上だな。今の小僧には到底作れまい」
「…………」
悔しそうに唇を噛むヴィータ。それをじっと見つめるドラゴスは言った。
「どうやらヴィータ。お前の決意は本物のようだな」
「えっ?」
「認めてやろうではないか。小僧の決意。本来なら早くても10年は下積みをしなければならんが、鉄の扱い方を教えてやる。銅とは比べ物にならんからな! 覚悟しておけ!」
「は、はい! ありがとうであります!!!」
「あるだけの鉄鉱石を持ってこい!」
「ティアに聞いてくるであります!!」
………………………
「まずは手本を見せてやる! よーく見ておけよ!」
「はいであります!」
カーン!!!
カーン!!!
カーン!!!
今なら少しだけ分かる。何十年、何百年と手を抜かずに打ち続けたその熟練の腕を。
カーン!!!
カーン!!!
カーン!!!
丁寧に、強く、そして速く。何度も打ち、何度も見て、そして形にしていく。
凄い。その一言に尽きる。それに感化される。
はやく、自分の武器が欲しいと。
守れる武器が欲しいと。
あの帝国将と戦えるくらい強くなりたいと。
「よし、出来たぞ! 見てみろ」
「……凄い」
「ふん! 何が凄いのか分かってないくせによく言いおるわ! 駄目弟子!」
「へっぽこ店主。私にも見せてくださいな!」
「ティアいつの間に」
「いつもと違う音が聞こえてきましたから、気になって来てみました」
「商人娘程度にこれの凄さはわかるまい!」
「ふんふん……見事……」
ヴィータから受け取ったティアは真剣な眼差しで鉄の剣をみてポツリと一言。
「これは……王都で見てきた鉄の剣なんて目じゃないですね。ドワーフの職人の生み出す装備も見てきましたが……ここまでの一刀は初めて見ました。御見それしました」
「ほぅ」
「鉄でも極めればここまでになるとは思いませんでした。人間が作ったプラチナ製の剣と同等でしょうかね。しかしおかしいですね。王都にいる職人はドワーフを含めてほぼ把握したはずですが、これほどの武器が出回れば他の商人も私も黙ってないはずです」
「そんなに凄いの?」
「へっぽこ店主はまずその腐った目を何とかしないとダメですね」
「……努力します……」
「王都へやってきて3年ほどですが、このような素晴らしい武器は見たことがないですよ。つい最近王都へやってきたようには見えませんが、手を抜いていたんですか?」
「王都へやってきてしばらくは真面目に打ってたがな、手を抜いていようがいなかろうが人間どもの反応は同じでつまらん。寝転んで打っても同じだからな。張り合いがない」
「そう言えば名前を知りませんね」
「そう言えば紹介してなかったね。ドラゴスって名前だよ」
「ドラゴス?……ふむ?……ドラゴス……」
「ふん、ワシの名前なんぞ知ったところで意味などないわ。ここから出ていけ商人娘、お前の希望通り、この駄目弟子に鉄を扱えるように教え込んでやる」
「それはありがたいですね。最低限売れる物を作れる程度にはしてもらわないと困りますよ。でないと赤字一直線なんですからね」
「わかっておる」
「あぁあとこの剣はここに置いておきますからね。こんなもの売りに出したら他の商人の追及がうるさそうですから」
そう言って鉄の剣を置いてティアは出ていった。
「さぁ! 気合入れろよ! 駄目弟子! 今日はとことんやるからな!」
「はいであります!」