のほほん2
王国軍には長い長い歴史がある。
その長い歴史の中で伝統とされているものがひとつ。それがその時代時代の一つしかない将軍という地位に就いたものが行う新人いびりだ。
新人いびりのやり方は簡単だ。ヴィータも経験したように、村々からやってくる志願者たちに食事を与え、ぐっすりと休んでいる志願者を朝早く叩き起こし、歴戦の勇士である将軍の威圧感や殺気を放ちながら兵士としての在り方を叩き込むというものだ。
この新人いびりを行なう理由は数多くある。
一つ、将軍の地位に就いた者の存在感を叩き込み、上の者の強さを示し、上下関係というものを教える。
一つ、団体行動だ。規律を守りしっかりと団体行動出来るように日頃から意識させるため。
一つ、戦場に出た時恐怖に耐えれる精神力を身につけるため。
大まかにまとめるとこんなところだろう。
いつ戦争が起こるかわからないこの時代、敵が襲ってきたときに眠いから寝るとか、怖いから逃げるとか、そんなものは通用しない。自分よりも強い相手と対峙したとしても立ち向かうために必要だろう。将軍の強さを間近で見て知っていれば、何とかしてくれると踏ん張れたりもする。国のためにとまでいかなくても、自分の家族を守るためと逆境にも負けない精神力は必要なのだ。
長い歴史のある王国にも繁栄と衰退がある。
長く戦争がなかった時代。兵士の練度は最悪で、いざ戦争が起こってしまった時に大敗し、一歩間違えれば滅んでいたかもしれないところまで追い詰められた時代。一人の一兵士が立ち上がり、まとめ上げ、劣勢を跳ね返し、戦争を終結させた者がいた。
今では救国の英雄として王国の歴史に名を残し、今なお深く愛され尊敬されている英雄が将軍という地位に就いた時から始まったのが、この新人いびりだ。
志願者たちの生まれはバラバラで、裕福な貴族の出から貧乏な村の出まで様々だ。貴族や裕福な商人の子として生まれた者達はほとんどが甘やかされて育てられてきた。もちろんその中でも兄弟たちによる競争もあるため、一概には言えないのだが……。それでも甘やかされて生きてきた。
そう言った者達であればあるほど、将軍による新人いびりに反発したり、反抗的な態度を取ったりする。親の威光など家から自立した時点で無に等しい。しかしそれでもそれにすがろうとする者達の腐った根性を叩き直す。
貧しい出の者達も強気な者から気弱な者まで様々だ。戦場での恐怖を少しでも知り、仲間意識を持たせ助け合わせ、屈強な兵士へと育て上げていく。
この新人いびりがあるおかげで数多くの戦争を勝ち抜き、王国は今も存在する。
もちろん例外もいる。元々兵士になることを夢見ている者や、15歳になる前に生きるために人を殺してきたようなスラム街出身者、または才能に恵まれた者だ。そう言った者達は同期の中で尊敬される。すぐに出世する者もいた。
ヴィータは気弱な部類に入り、兵士としての才能はないと言っていいだろう。将軍の威圧感や殺気に体を震わせ、漏らしてしまうこともある。その他に日々の厳しい鍛錬について行けずに気を失うことも多々あり、1年経っても鍛錬について行けず、隊列を乱してしまう。
王国の鍛錬は色々あるが、共通しているのは寝る時以外は鉄製のヘルムとアーマーを装備し、鉄製の大剣を腰につけるということだ。
王国の在り方は屈強な肉体を持ち、自ら盾となり、牙を剥くときは力で叩き潰す。
新人兵であった頃は、同期や一緒に王都まで来た友達も、そのほとんどがついて行けず隊列を乱したりしていたのだが、半年経った頃にはその半分が厳しい鍛錬について行けるようになり、1年経った今ではヴィータだけがついて行けない。
ヴィータは今修練場にいる。1年後輩の新人たちと同じくらいのペースで走り続けていた。毎日の鍛錬の一つに修練場の中を30キロ走り続けるというものがある。持久力を身につけるためだ。隊列を乱さずに一定のペースで走り終えた同期や先輩たちは休憩を挟み、もうすでに次の鍛錬のための準備を行なっている。
ついて行けない者達は走り終わった者から休憩を挟まずに次の鍛錬に参加する。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」
ヴィータはもうボロボロだった。後輩たちに負けたくないという意地だけで走っているようなものだ。
同期達は、鍛錬を1年続けたことで鍛錬に耐えうる体力や筋肉をつけた。中にはまだまだ成長している者もいて身長が伸びた者もいる。
13歳になったヴィータは成長期ということもあり、身長はちゃんと伸びてはいるのだが……筋肉がなかなかつかない……いや引き締まった体にはなっているのだが、他の同期達と比べると圧倒的に小柄だった。
ヴィータにとって鉄製のヘルムやアーマー、大剣は重すぎたのだ。だからついて行けない。けれど、ヴィータは音をあげない。負けたくないという意地だけで1年間鍛錬を続けていた。