のほほん18
「凄く柔らかい……いい匂いがする……ここは?」
ヴィータは今まで味わったことのない感覚に身を包まれていた。白くフカフカな、体をすべて包み込もうとする最高級のベットの中にいた。とても柔らかく、思わず抱きしめたくなるほどの布団をかけられている。
優しい風が辺りを通り過ぎると、カーテンが優しく靡かせる。
「天国かな。そっか、俺は……決死の思いで飛び出して……何も出来ずに殺されてしまったのか」
思い出せるのは帝国将によって刻み込まれた圧倒的な実力差、その記憶。必死の思いで鍛え上げた体、そしてその成果のレベル32。そんなものなど意味がないと言わんばかりにたった二振り。
立ち向かうために王国の民たちを守り、時には牙となるその剣を心を砕くように一振りで。そしてもう一振りで自分自身の人生のすべては無意味だと教え込まれるように、刻み込まれるように兜と鎧を粉々にしていった。更にお前に俺と戦う資格などないと言われたかのように、まるで道端に落ちている小石を蹴るように蹴り飛ばされた。
「あはは……振り向きすらされなかった……」
自分では一生かかっても辿り着けないと思えてしまうほどの実力差。悔しさに心は支配され、自然と涙が溢れて止まらない。
「ヴィータさん? 気が付かれたのですか?」
「え?」
部屋のドアが開き、レフィリアが入ってきた。守りたいと思っていたレフィリアも殺されてしまったのかと、更にヴィータの心を苦しめる。
「俺は……誰かを守ることも出来ないのか……」
「よかった……どうして泣いているのですか? 痛む場所があるなら教えてください」
「えっと……ここは天国じゃ?」
「勝手に殺さないでください! ここは城にある私の部屋ですよ」
「レフィリア様の……部屋!?……ぐっ!」
レフィリアの一言で城の一室、しかもレフィリアの部屋だと気付き、慌てて起き上がろうとする。その瞬間体に激痛が走り、ヴィータの顔を歪ませる。その激痛のおかげで生きていることをようやく実感したヴィータだった。
「ヴィータさんの怪我はとってもひどいんですよ? 起き上がろうとしないで大人しく寝ていてください」
「で、ですが、このベットは」
「私が普段使っているベットですよ。もしかして嫌でしたか?」
「そ、そんな事ないであります!……っ~~~」
「だから起き上がろうとしないでください! 傷口が開いてしまいます!……あぁ、血が滲んで……包帯を変えますね?」
「は、はい」
激痛に体を強張らせるヴィータをレフィリアが優しく介抱する。他の兵達が、いや、王国のすべての男たちが今のヴィータを見たら殺意を沸かせるだろう。
「一つ聞いてもいいでありますか?」
「一つと言わず何でも聞いてください」
「あの男に向かって飛び出した後、記憶が全くないであります。あの後誰がレフィリア様を守ったのでしょうか?」
「意識を失っていたんですね……。あの帝国将から私を……いえ、王の間にいたすべての者達を守ったのはヴィータさん、あなたですよ」
「その……慰めていただけるのは嬉しいのですが……」
「私は事実を言っているんですよ」
「…………」
レフィリアの目はじっとヴィータを見つめている。その目は嘘を言っていなかった。
それでもヴィータは信じられない。
残っている記憶の最後は蹴り飛ばされた瞬間までだ。それにヴィータ自身が守ったと言われてもどうやって守ったというのだろうか。
「やはり、信じられないであります」
「それでもヴィータさんが守ってくれたのです。お礼がまだでしたね。私を、父を、エレノアを、そしてあの場にいたすべての兵たちの命を救っていただいて、本当にありがとうございます」
一国の姫が静かに真剣に農民の出の一兵士に頭を下げた。
「あ、頭を上げてください!!」
「いいえ、上げません。もしヴィータさんが飛び出して私達を守ろうとしてくれなければ、私は帝国に連れていかれ、父とその他の者達は皆、殺されていたでしょう。この恩は頭を下げるだけでは足りないのです」
「そ、それでもであります! 兵が王を、姫を、国を守るのは当たり前のことであります!」
アワアワと慌てるヴィータに必死に説得されてレフィリアはようやく頭を上げた。お互いに負い目を感じてしまったのか、目が合い、そして目を離す。気まずい雰囲気がその場を支配していまう。そんな気まずい雰囲気を打破しようとヴィータはもう一つ質問する。
「えっと、あの男……帝国将でありますか? 俺はどうやって戦い抜いたんでしょうか?」
「それはもう凄かったんですよ? 誰もが息を呑むような激戦を……」
レフィリアは目を輝かせて言う。王国の象徴、その二刀の宝剣を使い帝国将と激戦を繰り広げたことを。
ヴィータが想像もできないような戦い方で互角の戦いをしていたと。
「最後はどちらが勝ったのでありますか?」
「それは……えっと……」
「帝国将が勝ったのでありますね?」
「……はい」
また気まずい雰囲気になってしまった。ヴィータは思う、レフィリアの言う戦い方をしていたとしても、やはり負けたと。沸々と悔しさが沸き起こる。なぜここまで悔しいと思うのか疑問になってしまうくらいに。
静寂を破るようにドアからノック音が聞こえてきた。レフィリアがどうぞと促す。するとエレノアが部屋に入ってきた。
「失礼します。レフィリア様……おや、気が付いたのですか」
「えぇ、本当によかった」
「ヴィータ、思う所は色々とあります……が、まずは礼を。レフィリア様のことありがとう。それと……役立たずなどと、すまなかった」
エレノアが深く頭を下げた。
「い、いえ」
「ふふっ、これでわかってくれたでしょう?」
「たぶん……」
エレノアに頭を下げられてもやはり信じられないヴィータだった。
「気が付いたのなら医務室へ移動させましょう。いつまでもレフィリア様のベットで休ませる必要などないのですから」
「ダメです」
「……レフィリア様。それでは約束が……」
「嫌です」
「……(ギリッ!!!)」
「ひっ!」
エレノアのヴィータの評価が少しは上がったはずなのだが、敵対心は変わらないようだった。
「エレノア?」
「何でしょうか?」
「親衛隊の者達をすべて入れ替えるという話が……」
「お、お待ちください!!!」
「でしたら、そのような態度はやめなさい」
「くっ! しかし、レフィリア様は少し……いえ、かなりそこの者の肩を持ち過ぎです。他の者達に示しがつきません!」
「私を救ってくださった英雄なのですから当然です!」
とても嬉しそうに笑うレフィリア。今まで誰も見たことがない笑顔だ。嫉妬心がエレノアを襲う。
「っ~~~!!!(ギリッッッ!!!)」
「ひぃ!」
「エレノア? やはり……」
「わ、わかりました! わかりましたから!!! ですから私で遊ばないでください!!!」
「あなたも少し……かなり悪い意味でヴィータさんを贔屓しているのですから、その態度を何とかしなさい」
「っ~~~! ぜ、善処します」
複雑な気持ちになり、顔をひくつかせるエレノア。からかうような、いたずらっ子のように微笑むレフィリア。それを何とも言えない気持ちで見守るヴィータ。束の間の日常だった。