のほほん17
ヴィータ含む隊が王都へ着いたときには、もう戦いが始まっていた。伝令が間に合わなかったのか、帝国将率いる強襲軍はすでに王都内へと侵入。王都内にいる数少ない兵たちは帝国兵と激戦を繰り広げていた。
そしてまた、どこからか第二の帝国強襲軍が追い打ちをかけるように王都へ向かってきている。
これ以上王都へ敵兵の侵入を許してしまうと本当に王都が堕ちてしまいかねない。王都の中と外を同時に対処するために兵を2つに分けることとなった。
ヴィータはレフィリアのことしか頭になかった。1分1秒でも惜しいと王都に着いた途端に他の兵の言うことなど無視して真っ先に城へと向かう。周辺で戦う兵たちの中で、自分を狙う敵だけを必死に倒し、城の中へと入っていった。城の中もすでに戦場となっていて、数多くの死体が転がっている。
(急がないと……レフィリア様が)
重い体を必死に動かし、邪魔する敵を倒し、何とか王の間へと辿り着いた。
そこには王が玉座の前で立ち、数名の王国兵が死に絶え、数名の親衛隊が倒れ、エレノアがボロボロの体に活を入れて立ち上がろうとしていた。そしてレフィリアが怯え、恐怖に顔を引きつらせながら座り込んでいる。そんな状況でも堂々とした態度で王へと剣を向ける、将軍と同等、もしくはそれ以上の強者、帝国将が立っていた。
「……ま、まだ……」
「実にあっけない。王国が誇る親衛隊とやらはこの程度か」
エレノアが必死に帝国将を睨み付けるが、帝国将は意にも返さず王を見ていた。
「古き時代から我が帝国と争い続けた王国も、滅びる時はこんなものか。王国の将軍は歴戦の猛者と聞き戦える時を楽しみにしていたが、どうやら俺には運がなかったようだ。王の首とそこの姫を連れ帰れば、それで戦いは終わってしまう。実につまらん戦いだった」
一歩、また一歩帝国将が王へと歩み寄る。だがそれを阻止できるものは王の間にはいなかった。
「まだ……負けたわけではない……」
「ふん……ただ王座でふんぞり返っていただけの男がこの俺に勝てると思っているのか?」
帝国将は王を見ながら馬鹿にしたように笑う。
ヴィータはその帝国将を見て悟ってしまった。行っても死ぬだけだと。体が震えていた。本能が逃げろと叫んでいた。ヴィータはレフィリアを見る。ヴィータの記憶にはレフィリアが笑っている記憶しかない。恐怖に怯え、今にも泣きそうなレフィリアは初めて見た。
ヴィータは思う、許せないと。
「あああああああああああ!!!!」
震える体は勝手に動き出す、恐怖を雄叫びで打ち消しながら。レフィリアを怯えさせている帝国将を倒すために。
「……そのまま出てこなければ見逃してやったものを」
帝国将はヴィータの全身全霊の籠った一撃に、合わせるように軽く剣を振るう。その一振りでヴィータの剣は折れた。そしてもう一振り。そのもう一振りでヴィータの装備していた兜と鎧が粉々に砕け散る。
幸いしたのが、ヴィータの枷となっていた重装備が踏み込みを甘くさせていたことで、帝国将の攻撃が装備を砕くだけに留めたことだ。そうでなければそれで終わっていた。
だが帝国将はヴィータに容赦なく次の一撃を入れる。追撃の蹴りが腹に食い込むとバキボキと嫌な音を鳴らしながらレフィリアの近くまで吹き飛んだ。帝国将はヴィータを見てすらいなかった。軽く、小石を蹴るようにしてヴィータを戦闘不能へと追い込んだ。
「ゲホッ! ガハっ!」
「……最後の兵がこれとは……残念だったな」
「ヴィータさん? ヴィータさん!?」
レフィリアは帝国将に立ち向かったのがヴィータだと気付くとすぐに近づいた。無意識に回復魔法を使おうと動いたのだ。武器と防具を失った。けれどヴィータはまだ終わっていないと言わんばかりにゆっくりと立ち上がる。
「立つか。その忠誠心見事だ」
「……だ、ダメですヴィータさん!」
「……ぁぅ……うぐ……」
ヴィータは帝国将の攻撃で意識を失っていた。それでも立ち上がったのはヴィータの心の中に根付いたレフィリアを守りたいという確固たる決意だ。
(レフィリア……様が……泣いてる……体が震えてる……あいつの……せいで……許さない)
「……(雰囲気が……変わったな)」
「……ヴヴヴ……守る……絶対に……」
ヴィータの光のない瞳が帝国将を捉える。意識のないヴィータがヴィータの中に眠っていた戦いの本能を目覚めさせる。
「…………(目の色が変わったな……魔眼か?)」
意識のないヴィータが帝国将に無謀にも素手で向かって行く。
「何をしてくるのかと楽しみにしていたが……素手とは……興ざめだ」
ヴィータに合わせて帝国将がヴィータの体を斬り裂こうと一振り。それを避けようとバックステップをするが間に合わず、肩から腹にかけてまで深々とヴィータを傷つけた。
(俺の攻撃が見えているのか……惜しいな)
だが帝国将はそれだけでは終わりにしない。帝国将の放った一撃の勢いを殺さず回し蹴りでヴィータを蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたヴィータは王がいる近くの壁に叩き付けられ倒れてしまう。
(……武器が……ほしい……俺が……戦える……武器が……ほしい……)
「終わりだな。さぁ王よ。お前を守る者はもういない。首を差し出せ」
(……守るため……の……武器が……ほしい……)
帝国将がゆっくりとまた王へと近づく。意識を失っているヴィータの目には壁に叩き付けられたことで床に落ちた二刀の宝剣が映っていた。
「……ここまで……か……」
(……レフィリア様を……守れる……武器が……欲しい……)
ヴィータは手を伸ばす。
目に映る二刀の宝剣を手に取るために。
誰もが、王ですら諦めていた。
ただ一人を除いて。
(……これで……守れる……これで……やっと……)
二刀の宝剣を手に取ったヴィータがボロボロの体を無理やり動かし、立ち上がる。
「……まだ立つか……小僧」
……マモル。
……まもる。
……守っテミせる。
……大切ナ人を……レフィリア様を……守ル……
ヴィータの中にある戦いの本能が、二刀の宝剣を手にしたことで完全に目覚めた。
ヴィータの周りを渦巻くように魔力が溢れ出す。魔力の使い方すら知らないヴィータだが、本能は知っていた。
「面白い」
その魔力は一斉に足へ。
ゆっくりと腰を低く、四足歩行の猛獣のように構え、そして意識はないがヴィータの目は敵である帝国将を静かに睨む。帝国将はヴィータの様子を窺っている。どんな攻撃を仕掛けてきても捌けるように。
ヴィータは魔力を足に溜め込める許容範囲を超えても溜め続ける。
限界を超えて溜められている魔力は逃げ場を求めブチブチと肉を裂き始めるが、それでもまだ溜める。
そして遂にヴィータが動き出した!!
限界を超えて足に溜めた魔力を解き放つ。今までヴィータの枷でしかなかった重い剣や兜、鎧はもうない。
「……速いが、素手の時と変わらんな」
マモル!
まもる!!
守る!!!
先ほどと同じように帝国将はヴィータに合わせて剣を振り下ろしたが、それをヴィータは横に飛ぶことで躱す。躱した後、すぐさま攻撃に転じるが、帝国将もヴィータの動きに合わせ剣で防ぎながら距離を取る。
だがヴィータは止まらない。
また次の攻撃を
捌かれれば次へ……次へ。
前後左右。帝国将の周りを駆け抜けながらヴィータは攻撃をする。今この戦いでヴィータの動きを捉えられているのは帝国将と、辛うじてエレノアくらいだ。
「くっくっく。面白い! 面白いぞ小僧!!! お前を敵と認めよう!!!」
先ほどまで眼中になかった帝国将がヴィータを敵と認めた。この王の間にいる者達の中で最も役に立たないはずのヴィータを。
もッと!
もット!!
モッと速ク次へ!!!
帝国将とヴィータの攻防はどんどん激しくなっていく。
少しずつ……少しずつお互いの攻撃がかみ合い始める。
ヴィータの体に斬り傷が増え始める。ヴィータも帝国将に攻撃を当ててはいる。当ててはいるが、傷にはなっていない。ヴィータが手にした二刀の宝剣は、宝石に鏤められただけの中身がスカスカの王の間に飾るためだけに作られた剣だった。それ故にヴィータが攻撃すればするほど、宝剣から宝石が飛び散り、刃が欠けてボロボロになっていく。
帝国将はヴィータが持つ剣が大したことない摸擬刀以下のものだと気付いていた。気付いていたが油断すれば自分の命が危ないと感じている。それほどまでにヴィータの攻撃は鋭かった。
ヴィータは帝国将の攻撃を避けきれないと判断し飛んだ。
一対一の戦いにおいて飛び上がるという行為は自殺行為に等しい。余程身軽か策が無ければ着地地点に合わせて一撃を放てばいい。
帝国将はそのままヴィータに追撃しようとするが……
「っ! 面白い! 空を蹴るか!!!」
今のままでは勝てない。意識のないヴィータがそう判断し、魔力で壁を作り、蹴った。地に足をつけている状態と同じ速さでさらに攻撃を加速させていく。
3次元の戦いを可能にしたヴィータが遂に帝国将に血を流させる。
「俺が例えかすり傷とはいえ傷つけられるとは……ここまでの者が王国に埋もれていたか!! 小僧! お前を強敵と認めよう!!!」
帝国将の攻撃をさらに激しさを増していく。ヴィータの持つ二刀の宝剣の内一刀はすでに折れ、もう一刀も殺傷能力などほぼない。それでも動く。
「この高揚感。この緊張感。久しく忘れていたぞ!」
帝国将は強敵の出現に心躍らせていた。
そんな戦いにも終わりはやってくる。
最後の一撃は帝国将の拳がヴィータの体にめり込んで終わりを告げる。
ヴィータの体は床に叩きつけられ、ボールのように跳ねながらゴロゴロと転がっていった。
「ヴィータさん!!!」
レフィリアが叫ぶ。
ヴィータは、意識のないヴィータは本能だけで戦っていた。それに対し帝国将は日々の鍛錬の他に、数多くの戦場を生き抜くために頭を使い、戦い続けたことによって生まれた戦闘技術、そして経験と培われた勘。これだけのものが帝国将にはあった。
更には自身のために作らせた鍛え抜かれた剣と鎧。
対するヴィータの持つ武器は形だけの中身のない宝剣。
その差は簡単には埋められるものではなかったということだろう。
「この戦争、俺は王の首を取ったことよりも、そこの姫を帝国に連れ帰ったことよりも、お前と戦ったことを忘れないだろう。時間で言えば一瞬のことだったが、意義あるものだった。感謝するぞ小僧」
倒れたヴィータはまだ帝国将を睨んでいた。骨は砕け立ち上がる気力ももうないのだろう。体を動かそうとしてもピクピクと少し揺れるだけだ。それでもまだ睨んでいた。レフィリアを守りたいという思いだけで。
「誇るがいい王よ。意識を失い、体は動かぬというのに、それでもまだ俺を殺さんと睨む忠誠心ある者の存在を、その存在のおかげで俺は王国の名を忘れないだろうからな」
「まだ……です……そこの……者のおかげで……多少は動けるように……なりました」
エレノアと親衛隊数名が何とか立ち上がり、王とレフィリアの前に立つ。
「ぬるい環境で育ったお前らなど、相手にすらならん。その辺の兵の方がまだましだ」
「だ、だとしても」
興味を失った帝国将が王の首を取らんと動こうとしたその時、帝国兵の一人が駆け付けた。
「報告! 敵国の援軍がこの王都へと向かっていると! その数およそ千!! いかがなされますか!」
「…………。悪運が強い王だな。このまま王国の王と心中はごめんだな。生き残った兵たちはどうしている?」
「退路はもうすでに確保しております! 後は帝国将様と王都にいる兵たちをまとめるだけです!」
「ならば引くぞ! お前は兵をまとめておけ!」
「はっ!!!」
帝国兵は帝国将に命じられるとすぐに移動を始めた。
「いずれまた来るとしよう。次はもっと楽しませてくれよ。小僧?」
帝国将は王でもレフィリアでもエレノアでも親衛隊でもなく、今なお睨み続けているヴィータを見てそう言った。そして堂々と王の間から去っていった。
帝国将がいなくなると同時にヴィータも目を閉じた。