のほほん16
ヴィータはレフィリアと対話したことで気力を取り戻した。
長期間鍛錬を怠ったことを上官や将軍にこってりと絞られた後、またいつも通り鍛錬に励むようになった。もちろん鍛錬についていけることはない。負い目を感じることもある。けれどヴィータは折れない。ヴィータの心の奥底に蒔かれた種が、枯れることなくしっかりと根付いたからだ。
決して多くないレフィリアとの小さな関係がヴィータの心を、体を動かしている。
ヴィータの鍛錬の取り組み方も、ただがむしゃらだったのが、レフィリアのアドバイスにより、少しずつ変化をもたらしていた。体をどう動かせばとても重い鎧を装備していても、今より楽に動けるようになるのか。重い剣をどう振るえばより楽に力を使わずに敵を倒せるのか。ヴィータは頭が悪いなりに必死に考えるようになった。それが1日1日の鍛錬の密度を上げることにつながった。
……成果を上げることは出来ていないが……
………………
ヴィータが兵に志願してから4年と6か月が経ったある日のこと。
突如として王国に牙を剥いた国が現れた。それは王国と競い合うようにして国を領土を大きくしていった帝国だ。いつの時代にも何かあれば兵を送り、戦い続けていた。王国が唯一滅びのあと一歩まで追い詰められた国だ。当時救国の英雄が現れなければ、今この王国の地は帝国のものとなっていただろう。
常に敵国として意識してきた両国は、互いに出方を窺いつつ、周辺諸国を吸収したり、属国にしたりした。今回、帝国が宣戦布告をした理由は、前回の王国の戦争の結果を知ったからだ。
王国の慢心した将2人が引き起こした失態は、敵国の圧勝による士気の上昇、王国の士気の低下、苦戦による優秀な王国兵たちの損失、物資の消費、装備の消耗。そして帝国の宣戦布告にまで繋がってしまう。死した後も将2人の評価はさらに落ちることになってしまった。
帝国は王国に悟られないよう、水面下で兵を王国と隣接している領土へ送りこんでいた。念入りに準備してからの宣戦布告である。ただ王国も帝国を常に意識しているため、動き出すのは早かった。将軍はすぐに動ける兵を率いていった。
将軍が戦場に現れたことにより、王国軍と帝国軍は膠着状態へ。ヴィータもオランド率いる隊に所属し、何日もの間戦い続けることになる。
ただ帝国は膠着状態になるのを待っていた。
何度も王国と戦争し、代々の将軍の強さを、将軍がいることによる士気の高さを知っていた。正面から倒せないならば側面から。帝国には将軍と対等に戦える人材が、将軍の足止めだけにぶつけることが出来るだけの優秀な将たちがいた。
だが王国の守りも堅かった。それに気づいた将軍はオランドに兵を貸し、側面から襲いかかる帝国軍にぶつけさせる。戦場が2つに増えた。それにより王国と帝国の戦いが激しさを増す。互いに押し引きをを繰り返しながら。
このまま戦争が長引けば王国、帝国共に共倒れする可能性すら出てくるほどの激しい戦争。両国痛み分けで戦争を終わらせることも出来たが、両国の王のプライドがそれを許さなかった。
そんな膠着状態を打破しようとした強者が帝国から現れた。数は300程度だろうか。帝国将が率いるその隊は突如として王国の王都へと強襲をかけようと迅速に移動していると情報が入ったのだ。
「まずいな。お互い総力戦だと思ってたんだが……まだ動かせる駒が帝国に居やがったか」
「たとえ少数でも王都に残している兵だけでは心もとないですね。坊ちゃん貴族のレベルが高いだけの親衛隊では守り切れないですよ」
「相変わらずきつい女だな」
「事実を言ってるだけです」
「……まぁな……」
親衛隊に所属しているエリートたちは戦争に参加したものがほとんどいなかった。本当の殺し合いを経験していない者としている者では圧倒的に実力が違うのだ。それに親衛隊たちと模擬戦をする戦争を経験した兵たちはほとんどの者が本気を出さないで、それっぽく負ける。
理由は簡単。勝った後が面倒だからだ。
プライドの高い貴族たちに本気で勝ちに行くものは怖いもの知らずくらいだろう。もしくは勝った後も貴族たちの嫌がらせを叩き潰せるだけの自信があるかだ。
「将軍より伝令です! お互いの兵を150ずつ王都へ向かわせよと。将軍の方からはすでに編成を終わらせ王都へ向かわせています! 合流地点は……」
「ま、それしかないわな。王の首が取られちゃそれまでだからな」
「踏ん張り時という訳ですね」
「あぁ、ここを踏ん張れば同盟国から友軍がやってくる」
「あの馬鹿将共は、死んだ後も王国の足を引っ張るんですから……地獄に行ってもらわないと困りますね」
「ったくだ……とにかくだ。俺の方も急いで編成して王都へ向かわせないとな」
愚痴をこぼしながらもオランドが隊を編成する。そんな時一人の少年がやってきた。
「オランド隊長!」
「あ? ヴィータか。どうした?」
「お願いが……お願いがあるであります!」
「ダメです」
「まだ何も聞いてないぞ。アリア」
「どうせ王都へ向かわせてほしいというつもりでしょう」
「うっ」
「まぁなんだ。理由を聞こうか」
「その……えっと……」
ヴィータは理由なんて考えていなかった。王都に危機が迫っている。それを耳にしたヴィータは焦り、急いでオランドの元へ向かったのだ。
「あなたとゆっくり話している暇はないんですよ。さっさと言いなさい」
「全く……アリア、お前は少し言い方を……」
「レ、レフィリア様を守りに行きたいであります!!!」
「へぇ」
「ほぅ」
オランドとアリアは驚いていた。ヴィータとは少なからず縁があった。少しずつヴィータが変わり始めていることも知っていた。けれどヴィータが自分の意思をはっきりと口にすることはこれが初めてだったからだ。
「理由は分かった。だがお前が王都へ行って何になる? お前が行ったところで戦況は変わらんぞ?」
「……それは……。確かにそうかもしれません。ですが……ですが行きたいのであります!」
オランドはじっとヴィータの目を見る。ヴィータも目を逸らさずにオランドの目を見る。
「……いいだろう。だが後悔するかもしれんぞ?」
「何もしないで後悔するよりずっといいであります!」
「……まぁ……そうだな……。よし! その意気に免じて王都へ向かうことを許可しよう!」
「ありがとうであります!!!」
「すぐ支度しろ! 時間はないんだからな」
「はいであります!」
………………
「決まったことをあれこれ言うつもりはありませんが、行かせていいんですか? 最悪無駄死に、壊れてしまうかもしれませんよ?」
「あそこまではっきりと守りたいと言ったんだ。俺には無下には出来ねぇな」
「そうですか。オランド隊長にも思う所があるんですね?」
「俺も昔将軍にあんな風に掛け合ったことがあったのを思い出したくらいだ。……守れなかったけどな」
「そうでしょうか?」
「あぁ、守れなかった」
「そうですか」
「あぁ」
「……ふぅ……」
「なんだよ」
「別になんでもありません」
ヴィータを含む編成を終えた兵たちは、将軍が編成した隊と合流し王都へと向かった。