のほほん15
「小さい時から私はずっと王族として扱われてきました。年上の方であろうと、年下の方であろうと、誰であろうと私を特別扱いします。同じ家族である父や弟ですら、礼儀作法を怠れば父も周りの者達も黙っていません。エレノアくらいでしょうか、私が間違ったことをちゃんと指摘して叱ってくれる人は」
はぁ……とため息をするレフィリア。
誰からにも敬われている。レフィリアの話すその悩みは贅沢だ。贅沢すぎる悩みだ。だがそれでも悩みは悩み。誰にも話すことが出来ないその悩みがレフィリア自身を苦しめている原因の一つになっている。
「ふふっ、エレノアがいなければ悪女になっていたかもしれませんね。私はヴィータさんが護衛してくれた旅も一番目に付いたのは家族の在り方でした。親子が幸せそうに手を繋ぐ、親が子を叱る、生きるために家族が、村の人々が一丸となって毎日を必死に過ごす。とても羨ましかった。ヴィータさんが生まれた村でもきっとそうだったのでしょう?」
「出ていく事になりましたが、幸せだったのは覚えています」
「羨ましいです。私にはそれが……いえ、あったのかもしれませんが、私はそれを感じることが出来ませんでした。確かに王族として生まれたことで、平民の人達には学べない学問や魔法など様々なことを学べました。そのおかげで色んなことを考えられるようになりました。ですが私は……平民の子として生まれたかった。私が知らないだけで、とても苦しい生活を強いられているかもしれません。それでも……と。それに私は、姫として生きているだけで王国の民たちに何一つ与えられていません。それこそエレノアがヴィータさんに言ってしまったような役立たずです」
レフィリアは遠くを見つめている。今まで誰にも言ったことが無かったのだろう。恐らくエレノアにも。ずっと悩み続けてきて、それでもどうすればいいのか答えが出ず、苦しんできたのだろう。今のヴィータと同じかもしれない。
「……そんなことないであります。一つ目の悩みは俺には答えられませんが、決して役立たずなどではないでありますよ。レフィリア様はたくさんの民たちに慕われているであります。護衛の任も数多くの同僚が我こそはと志願されていました。それはレフィリア様のことを誇りに思っているからだと思います。これからも何が起こるかわからないそんな中で、レフィリア様の笑顔が皆に勇気を与えています。凄いことであります。俺が民たちの前で笑顔になっても石を投げられるだけだと思います」
「勇気を……ですか?」
「はい。民たちの中にはレフィリア様のために日々努力している者達もいます。兵たちの中にも。俺自身もそうであります」
「えっ?」
「戦場はまさに地獄であります。人が人を殺し、殺される。たくさんの悲鳴が聞こえてくるであります。その中で生き抜くのはとても難しいであります。初めて戦場に立った時は俺がどうやって生き残ったのか全く覚えてないでありますよ」
「…………」
「レフィリア様が護衛の任についた時に、庇ってくださいました。その優しさに、温かさに触れたおかげで2度目の戦争で自分を見失わず、戦うことが出来たであります。レフィリア様のいる王国を守りたいと決意できたからこそであります。活躍は……出来なかったでありますが……」
あははと弱弱しく笑うヴィータ。ただレフィリアはヴィータの言うことにじっと静かに耳を傾け続けていた。
「レフィリア様がいなければ、俺はきっともう生きていなかったであります。だから自信を持ってください。レフィリア様は民たちにたくさんの勇気を与えているであります」
「ふふっ、おかしいですね。私がヴィータさんの悩みを聞くはずだったのに、なぜだか私が救われています」
「……そうでありますか?」
「そうですよ。ありがとうございます。ヴィータさんに相談してよかった」
レフィリアは自然と微笑んだ。その微笑はヴィータの言うように皆に勇気を与える。その笑顔でヴィータも虚ろだった瞳に光が宿る。
「さぁ! 今度はヴィータさんの番ですよ!」
「……俺は……」
「私では不服ですか?」
「いえ……。では聞いてほしいであります」
「はい!」
レフィリアの美声は、周りの者達に不思議と力を与える。ヴィータはまた救われる。その優しさに温かさに。
「俺は兵に志願してから一度も鍛錬について行けたことがないであります。毎日毎日、課せられた鍛錬を終えるまで最後まで修練場に残り、いつかついていけるようにと自分に言い聞かせてきたであります。それが出来たのも、俺の生まれた村に占い師が来て、レベル上限を知っていたからであります」
ヴィータは昔を思い出す。思い出せばまた厳しい鍛錬の日々を、周りの者達の厳しい一言を、見下されてきたことへの劣等感を思い出す。強く、強く手で腕を握りしめる。震えるほどに。ヴィータがどれだけの思いで日々を過ごしてきたか。それだけでレフィリアは理解出来た。
「ですが、つい最近、俺のレベルが上限まで上がりきってしまったであります。俺はこれからこの先ずっと、どれだけ頑張っても鍛錬について行けない。それどころか戦場でも足を引っ張り続けてしまう。俺は馬鹿であります。だから……もうどうしていいのか……」
「……ヴィータさん……」
悔しくて声が震える。手に力が入る。鍛錬についていけない、戦争でも役立たず。誰かが悪いのではない。自分自身の才能の無さが許せない。いつかきっと、そうやって言い聞かせてきた。見返してやると思っていた。けれど上限に達してしまった。それはもう一生できないと認めてしまった。
「ヴィータさんが並々ならぬ努力してきたこと、私は知っています」
「ですが……」
「ちゃんと聞いてください」
「……はい……」
「他の誰かがなんて言おうとも私はあなたを認めています。その努力は絶対に無駄ではありません。絶対に。仮に誰かがヴィータさんのことを悪く言うのであれば私が許しません」
「……レフィリア様……」
「それに、レベルが上限に上がってもそれがすべてではないんですよ」
「そうなのですか?」
「そうです! もしレベルがすべてであれば、レベルが10台の人達が20台の人達に勝てるはずがありません。ですがそうでないことをヴィータさんは知っていますね?」
「……はい」
ヴィータは確かにそうだと頷く。レベルがすべてであれば、ヴィータのレベルより低い者達に負けるはずがないのだから。
「レベルが高い人でも鍛錬を怠れば、自分よりレベルが低い人に負けます。レベルが低くても鍛錬を続けていれば自分よりレベルが高い人に勝てます。私は戦いについては全くの無知です。ですから、ヴィータさんの悩みを完璧に解消することは出来ないと思います」
「…………」
「ですが、レベル上限がすべてではないのですから、戦い方を変えてみるのはどうでしょうか?」
「戦い方を……変える……」
「剣の使い方とか……えっと……体の動かし方とか……あとは……うぅ、ごめんなさい。この話は役に立てそうにないです」
「……いえ、そんなことないであります」
「ならよかったです。ヴィータさん、ちゃんと覚えておいてください。レベルがすべてではありません。レベルがすべてなら、レベルの高い人達だけを集めればいいのですから。そして、ヴィータさん。あなたの努力は決して無駄ではありません。もし他の誰かが馬鹿にするのであれば私に言ってきてください! 父であっても許しません! 約束です!」
「ありがとうであります。レフィリア様のおかげでやる気が出てきたであります! やはり、レフィリア様には不思議な力があります」
お互いに微笑み合う。ヴィータの瞳には以前よりも強い意志を宿し、レフィリアはどこかすっきりとした顔をしていた。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「何でありますか?」
「私は時々修練場を見に行く時があります」
「あぁ、いつも笑顔で手を振ってくれていますね。レフィリア様のおかげで頑張ろうという気持ちになるであります!」
「あ、じゃあいつも手をあげて答えてくれているのは・・・?」
「他の者はわかりませんが、気付いた時には手をあげているであります」
「……そうですか」
「ぶ、無礼でありますか!?」
「い、いえいえ! そんなことないですよ! むしろもっと応えてください!」
「は、はいであります!」
姫と農民の出の一兵士の密かな相談。それがお互いを救う結果となった。
「エレノア、待たせましたね」
「……何を話していたのですか? どこかすっきりとしていますね」
「ふふっ、秘密です」
「…………」
エレノアはレフィリアが悩んでいることを知っていた。何を悩んでいるのかまではわかっていなかったが。話してもらえないことをもどかしく感じていた。エレノアは自分に出来なかったことを、役立たずのヴィータが成し遂げたことに嫉妬していた。
「ヴィータさんに何かしようものなら私が許しませんよ!」
「そ、そのようなことは考えておりません!」
「ならいいです。エヘヘ」
「……(ギリッ!!)」
「エレノア? 親衛隊を……」
「な!? 何も企んでなどいません!」
「ならヴィータさんに対してそのように敵対心を出さないでください」
「ぐ……」
「エレ……」
「な、何もしませんから!!! そのようにからかうのはやめてください!!! お願いしますから!!!」
レフィリアは必死に泣きつくエレノアの反応を楽しみながら、上機嫌で城へと戻る。
「ふふっ。あっ、そうだ。エレノアに教えてもらいたいことがあるの」
「何でしょうか?」
「光についてもっと詳しくなりたくて……」
「ふむ? わかりました。私の知っている範囲で教えましょう。もしそれでもだめなら学者をお呼びします」
「ありがとう。エレノア、いつもありがとう」
「はいっ!!!」
エレノアもレフィリアの笑顔で救われ、勇気をもらっている一人。レフィリアはこれからもたくさんの民たちを救い、勇気を与えていくだろう。