のほほん13
2度目の戦争を経験したヴィータは怪我から復帰し、更に強くなるために鍛錬に励んでいた。
……ついていけていないが。
もはや名物として知られている。
護衛の任についてヴィータの役立たずっぷりをよく知っている親衛隊と一部の兵士、その兵士から話を聞いた周りの兵士はヴィータのことをよく思っていない。それ以外の兵士たちは2度の戦争を生き抜いた同志として、そして諦めることのない名物となったヴィータの鍛錬を見続けている者たちは、先輩、同期、後輩たちに尊敬されるようになっていた。
兵に志願してもう4年と2ヶ月。
個人戦の結果は89戦3勝86敗。このほとんどの相手が後輩、それも新人たちである。ヴィータでなければとっくに兵を辞めている。戦うことを諦めている。それでもヴィータは諦めない。今日も今日とて必死に鍛錬に励んでいた。
そしてついに、ヴィータの心が折れかけてしまう出来事が起こる。
今ヴィータがいるのは兵舎の魔法の鏡の前。
【32】
「……ははは……」
心にヒビが入る音がする。
いつだったか、占い師に教えてもらったレベルの上限に到達した。それがヴィータにとっての心の拠り所であった。最初は絶対に大丈夫と言い聞かせていた。けれど時間が経つにつれて、いつかきっとと言い聞かせるようになる。そして今目の前に映るのは自分の限界だ。
ぐにゃりと視界が歪む。もうどうしていいのかヴィータにはわからなくなっていた。
レベル上限。それは能力の限界。これからはどれだけ体を鍛えても意味がなくなる。王国兵として屈強な肉体を手に入れることが不可能となったのだ。
朝、本来であればすぐに起き上がり、とても重い、気が滅入るほど重い重装備を身につけ、朝食をとってすぐに修練場へ向かう。志願したものがいれば、新人いびりをする将軍とその恐ろしい将軍になす術なく怯える者達を見て、いなければそのまま鍛錬を開始する。
ヴィータの体はとても重く、起き上がることが出来なかった。今まで必死に受け入れたくなかった、否定したかった現実が、現実を突きつけられたヴィータに反動として現れていた。
実に4年分。
哀れられたこと、罵られたこと、見下されてきたこと、個人戦での勝敗、小隊戦での無力感、親衛隊に無能と呼ばれ、エレノアには役立たずを言われ、鍛錬について行けないことへの劣等感。戦争でも活躍することが出来なかった。それ以外にもたくさんある。
一日の日課として魔法の鏡を見て、レベル上限になっていることに気付いたことで、今までのことがすべて無駄だったと受け入れてしまうことになった。
今までの自分はなんだったのかと、何の為に俺は……と
心の拠り所となっていたレベル上限の高さ。それが決壊してしまった今、もう縋るものが、我慢するための理由が無くなってしまった。
ヴィータは今ベットの上で無表情のまま涙を流し続けていた。外では鍛錬が始まったようだ。体が動かないヴィータの時間はただただ過ぎていくだけだった。ヴィータは初めて鍛錬をサボったのだった。
何日か経ち、ヴィータが鍛錬に参加していないことに気付いた同僚たちが無理やり起こして、食事をとらせ、鍛錬に参加させるも、取り組む様子がなかった。
上官が体罰を与えても全く反応せず、さらには同僚が食べさせようとしなければまともに食事をとらなくなる始末。あまりにも様子がおかしいと医者に見てもらうも病気かどうかもわからないとさじを投げられてしまう。
それを知った将軍がしばらくの休暇を与えることにした。今まであれだけ精力的に努力していた者が人形のように全く動かなくなってしまったのだから。
「……一体何があったのだヴィータ……」
「……」
「将軍こいつは……」
「将軍、オランド隊長。話を兵たちから聞いて来ました。様子がおかしくなったのはどうやら魔法の鏡を見た後のことと」
「……レベル上限か……」
「縋るものがなくなった……か」
「そういうことですか……今まであれだけ努力出来ていたのはレベル上限を知っていたからと」
「いくつか知っている者は?」
「32だそうです」
「……すげぇな……生半可な覚悟じゃ向いてないとわかっていてもついていけねーぞ」
4年で32まで上げる。
それがどれだけ大変なことか、将軍、オランド、アリアは知っている。鍛錬だけでは、模擬戦だけでは、周辺の魔獣討伐だけではなかなか上げれない。
レベルは20辺りまでは兵たちの鍛錬で大体上がる。ただそれ以上になってくると難しい。レベルを上げるために必要な経験値も多くなり、毎日の鍛錬もついて行けるようになれば取得出来る経験値も少なくなる。魔獣も自分より圧倒的に弱い魔獣を倒しても取得出来る経験値が少なくなる。
戦争のあの混沌とした戦場で生き抜くことも立派な経験値になる。戦争で人を殺した場合、経験値は入る。自分よりレベルが高ければもらえる経験値も多いだろう。ただヴィータは大戦果を上げれるほど優れていない。
ヴィータの場合、4年間一度も逃げず、自分が最も向いてない鍛錬を続けたことで他の兵たちよりも多く経験値が手に入っていたのだろう。王国兵の鍛錬に適応できる者達であれば30を超えるまで最低でも10年はかかるだろう。戦争で活躍したものはその限りではないだろうが。
今ヴィータを立ち直らせることが出来る者はこの場にはいなかった。