のほほん12
ヴィータはまた地獄の中にいた。戦争でたくさんの死を目の当たりにしたはずだった。けれどやはり慣れるものではない。いや慣れてはいけない。
敵味方問わず、狂気に呑まれ狂ったように暴れまわる者がいる。大怪我してしまったことで悲鳴をあげ続ける者がいる。中には戦う前に生きることを諦めてしまう者もいる。
まさに地獄。
ヴィータが配属された小隊は幸運にもヴィータ以外の者たちが優秀だった。小隊長の指示は実に的確で、部下たちもそれに応えることが出来るだけの能力を持っていた。ヴィータもレフィリア様を守りたいという決意が固まり始めたことで、正気を保ち、自分の出来る範囲で味方を守り、敵を殺す。
と言ってもそんなことが出来たのはたまたま運が良かったからだが。
(レフィリア様を守るために……家族を守るために)
先の戦争とは違い、初日で負傷兵として王都に送り返されることはなかった。敵国の抵抗が激しかったのは最初の1週間ほどで、王国と敵国の一人一人の兵の練度が違いすぎた。ただ、敵国の兵の数が多かったために、数の差による苦戦を強いられていた。
苦戦を強いられていた理由はもう一つ。王国軍の中に慢心する者達がいたのだ。
「君の小隊はかなり活躍していたね」
「ありがとうございます!」
「その君の腕を信用して頼みがある。私が声を掛けた者達と一緒にあの愚かな敵たちの後ろを取ろうではないか!」
「おぉ! あなたのような方に認めてもらえるとは光栄です! ぜひ参加させてください!」
「いい返事だ! では明日の夜から移動する。いいか? 他の者達には告げてはならんぞ? もし味方の中にスパイがいたら作戦は失敗するからな!」
「はっ!!!」
「よろしい!」
「ですが一つ問題があります!」
「ふむ?」
将と小隊長が食事をしているヴィータを見る。
「……なるほど……」
「どういたしますか? 奇襲を仕掛けるのであれば……」
「そうだな。私の方で口を利かせて、配属先を変えよう」
そのやり取りがあったことで、ヴィータは別の小隊へ配属されることになる。それが幸いした。ヴィータが配属されていた小隊は、かなりの戦果をあげていて、王国の慢心した将に認められた。その他の優秀な数多くの小隊を編成した中隊率いる将2人がやらかしたのだ。
奇襲が出来ると勘違いした将が餌につられて、敵軍のど真ん中へと突撃してしまったのだ。
結果として敵軍は死者はおろか、負傷者すら出さずに将2人とそのほか数多くの優秀な兵を全滅させることに成功。その戦果のせいで敵軍の士気があがり、抵抗が激しくなってしまったのだ。
変な欲を出さなければ、大した犠牲者を出さずに勝利することが出来たのだが、愚かな将2人によってもたらされた被害は馬鹿に出来なかった。
本来の作戦を大々的に変更する羽目になり、そのせいで王国軍の士気が下がり、結果として戦争が長引いていた。
「ったくやりにくいったらありゃしない」
「あの愚かでどうしようもない馬鹿将を恨んでください」
士気の高い敵を屠りながらオランドとアリアが愚痴をこぼす。
現在ヴィータはオランドが率いる中隊にいる。
「初日で勝敗は決まったってのによ! それをたった一つの作戦で、五分どころか不利にまで持っていくんだからな! 大したもんだよったくよぉ!」
「慢心するとろくなことがないと、あの馬鹿将共はこの状況を作り出して教えてくれたようですね」
「士気が無駄に高い連中の相手は本当に疲れる。ヴィータ! 集中しろ! 次が来るぞ!!」
「ふぅ……ふぅ……はいであります!」
「いい返事だ!」
例えレベルが低くても、練度が低くても、勝てる。俺達ならやれる。そんな一人一人の戦意の上昇が王国軍の進軍を遅らせていた。敵国が負け続けているのにもかかわらずだ。一度の圧勝がすべての敵兵たちの士気をあげている。
「アリア! 支援魔法はあとどのくらい持つ?」
「……せいぜいもって30分です。申し訳ありません」
「謝るな。1人で50人全員に支援魔法使うなんざ王国にはお前しかいない。2時間持たせる方が異常だぞ。お前ら聞いたな? 支援魔法が切れたら気合で乗り切れよ!!」
「はいであります!」
「返事だけではなく結果を出しなさい」
「うっ」
「相変わらずきつい言い方だな……」
「それが私ですから」
「そうだったなっと!」
アリアの支援魔法が切れたことで、目に見えて兵たちの動きが悪くなる。連戦続きで皆限界が来ているのだ。ヴィータにはもう体力などない。気力だけで立っている。
ただただレフィリアを守りたいという一心で。
もはや戦場に立っているだけという状態だ。それでも気力を振り絞り戦いへと赴く。少しずつ少しずつ、ヴィータの中に決意が現れ始めている。オランド率いる中隊は気付かない。そのヴィータの強い決意に当てられて限界を超えて戦い続けていることを。
「お、オランド隊長! 危ないであります!」
その戦いの中、敵兵の凶刃がオランドに向かっていることを誰よりも早く気付いたヴィータが体を張ってオランドを守る。
「ぐぅぅ!!」
「馬鹿野郎! 何やってんだ!!」
「俺よりも、オランド隊長がいた方が活躍出来るから……けほっ……であります!」
「ヴィータを下がらせろ! 死なせるなよ!」
オランドに指示されヴィータは戦線を離脱する。
「……少しは認めてもいいかもしれませんね。ヴィータ」
「もう認めてるくせに素直じゃねーな。アリア。……あいつの分まで結果出さねーとな」
「そうですね」
「さぁお前ら!! もっと気合い入れろよ!!!」
「「「おおおおお!!!」」」
ヴィータが身を挺して守ったことで、オランドが奮起し、一騎当千の活躍をする。それに負けじとその他の兵たちも奮起する。その後、オランド率いる中隊が怒涛の勢いで戦果を上げ、結果として王国が勝利する形となる。ヴィータ自身の活躍は少なかったが、戦場でヴィータと共にした兵たちは少しずつ尊敬するようになる。