のほほん10
王国の王族として生まれた才女レフィリア。
彼女は母親によく似ており、幼いころから美しい容姿を持ち、愛くるしい笑顔を振りまく姫として皆に愛されていた。あと数年もすれば男女問わずその容姿に見とれるほどの美女になるだろう。
王族としての在り方、立ち振る舞い、それだけではなく学問に優れ、使用者の少ない回復魔法を扱えるなど、まさしく王族に相応しい者と囁かれている。さらには王国の民たちにも悪い印象を持たれていない。
自身が王族であることも自覚しているため、わがままを言うことも少ない。
親衛隊たちにも慕われ、護衛の任につけた者達は姫のためならばと喜んで死地へと赴くだろう。特に親衛隊隊長エレノアは生まれた時から護衛を任されているため、妹のように思い、時には姫のためならと心を鬼にして、自身が厳罰に処されることも構わないという在り方で教育をしたりする。その在り方はレフィリアにとってもありがたいものだった。
そんなレフィリア姫にも悩みがある。
贅沢な悩みだが王族として生まれてしまったことだ。王族に生まれてしまったがために普通に接してくれる者がいないのだ。家族ですら王族として礼儀をわきまえねばならず、自分よりはるかに歳上にも膝をつかれ、頭を下げられてしまう。自分が間違ったことをしても他の者が悪いと言われたりもした。叱りつけてくれるのはエレノアくらいだろう。
見識を広める旅。それは確かにうまくいっただろう。街でも村でも苦しんでいる者がいる。王族として自分には何が出来るんだろうと考えている。そしてその疑問をエレノアにぶつけてみるなど、成長が見られる。
ただレフィリアが一番気になってしまうのが、平民出身の幸せそうな家族たちだ。父と母が子の手を繋ぎ歩いて行く。それはもう笑顔で幸せそうに。王族として生まれてしまった自分にはその時間が極端に少なかった。甘えられたのは母親が病に倒れてしまう前の6歳頃までだろう。
父や母が子を叱る。それすらも羨ましく感じてしまうほどに。この旅でレフィリアが得られたものは自分自身を偽ることが難しくなってしまうほどの、家族愛に対する飢えだ。けれど自分は王族。そのような幸せを得ることは難しいだろう。いずれ政略結婚など民を守るために身を削らなければならない。
自分の求めているものと、いずれ辿らなければならない道。
心の中でもやもやともどかしく、悩みとなる。
「……はぁ……」
「またいつもの悩みですか? レフィリア様」
「……別に……違います」
「レフィリア様ももうすぐ15歳になられます。王族としての覚悟を……」
「わかっています! それはもう聞き飽きました」
小さい頃からずっと言われてきたことだ。頭では理解している。心が受け付けていないだけ。それが問題なのだが。そして旅が始まって、ヴィータが魔獣の攻撃を受け怪我をしてしまった頃から、兵士たちの様子を窺うようになる。ヴィータは相変わらず遅れている。追いつき、また遅れ、また追いつくを繰り返していた。
「あのヴィータとかいう者の怪我はもう完治しています。心配する必要はないでしょう。まったく、なぜあのような者を将軍は……」
「その愚痴はもうやめてくださいと言ったでしょう?」
「レフィリア様を護衛するための兵の中にあのような役立たずがいれば……」
「エレノア!!! 何度も言わせないでください。役立たずなどいないと!」
「それはレフィリア様が慈悲深いからそう言えるのです! もし王であれば初日で斬り捨てています!」
「……それは……」
王であれば間違いなく斬り捨てるだろう。それを将軍もわかっているからヴィータをレフィリアの護衛に推薦したのだから。
「一日たりとも、あの者が護衛の任を完遂させたことなどありません。私は何度でも提案しますよ。斬り捨てよと! 護衛の任についている者達すべてが役立たずだと認めています!」
「そうだとしても私は、私だけはそれを認めません。確かに後れを取っています。ですが一日たりとも弱音を吐いていません。一日たりとも自身より強い魔獣から逃げ出そうとはしていません。今も必死に追いつこうと努力しています! そのような人を斬り捨てるなど、絶対に許しません!」
普段の2人であるなら必ずどこかで折り合いをつけるのだが、ヴィータの話になるとお互いにヒートアップし、険悪なムードになる。
「では斬り捨てる以外で罰則を与えるべきです! あの者を贔屓し続けていれば、他の者達が不満を爆発させます! レフィリア様の護衛は名誉なことだと、どれだけの親衛隊とその他の兵たちが志願していたか、レフィリア様自身もよく知っているでしょう?」
「それも何度も言いました! 努力している人に罰則を与えるなど許さないと!」
「あれは兵としての価値などありません! 努力していることは認めましょう! ですが努力していても報われなければ意味はありません! 王国に住む奴隷であっても課せられたことをしっかりとこなしています! 農民もそうです! 課せられた税を納められなければ罰を与えられています! あの者は兵として課せられたことを何一つこなせておりません!」
「……それは……であれば、エレノアは課せられたものを納められなければそのすべての民を斬り捨てろと仰るのですか!?」
「極端な話ですが、その通りです! 課せられたことを達することが出来なかった者を許し続けていては、いずれ同じような者達が増え続け、すべてが成り立たなくなります! そうならないようにするために罰があるのです! 兵は守るために存在しています! その兵が何も守れないなど、兵である意味がありません!」
「税を納められないからと、課せられたことをこなせないからと、それらをすべて斬り捨て続ければ、いずれ民はいなくなり、成り立たなくなります! 役に立たないからと、兵を斬り捨て続ければいずれ兵がいなくなり守ることも出来なくなります!」
「ですが……」
「わかりました」
「……わかってくれればいいんです」
腑に落ちないところはあるが、わかったと言ってくれたことでようやくエレノアは一息つけると思っていたのだが……
「私はエレノアが私の護衛としての役目を果たせているとは到底思えません! 今日限りで私の護衛の任、そして親衛隊から外れてもらいます!!!」
「なっ!?」
今までなかった切り替えしに唖然とするエレノア。
「それどころかあなたはどうしようもないほどの役立たずです!!! 奴隷以下です!!! 斬り捨てられなさい!!!」
「な、なぜそうなるのですか!? 私はこれでも日々レフィリア様を守るために支えるために鍛錬や学問を怠らずにお傍にお仕えしているんですよ!?」
いきなりのレフィリア専属の護衛、親衛隊の解任、そして死ねと言われて動揺を隠せないエレノア。エレノアはレフィリアの護衛を最高名誉とし、それを誇りに思っている。どんな厳罰もレフィリア様のためなら耐えれると、構わないと思っていたが、レフィリア自身からいらないと言われることだけは耐えれなかったらしい。常に冷静で、レフィリア様のためになることを考えるその才女エレノアが動揺を隠し切れない。
「私は王族です! その王族の私があなたのことを役立たずだと思ったのです! どれだけ努力しようとも関係ありませんよ! エレノア自身が言ったではありませんか! 使えぬ者は斬り捨てよと!!!」
「あうあうあう」
レフィリアからそのようなことを言われるとは全く思っていなかったエレノアはもうどうしていいかわからず涙目だ。
「わかりましたか!? あなたが私に対してヴィータさんのことをどういう風に言っているか!? 反省してください!!!」
「も゛もうじわげありまぜん!!!」
「ふん!!!」
エレノアは体裁など関係なく本気で号泣しながらレフィリアに頭を下げていた。その日初めてエレノアが言い負かされた。そしてレフィリアに弱点を知られてしまったのだ。この出来事のせいで余計にエレノアがヴィータに対し敵対心を抱くようになる。それを知ったレフィリアがエレノアを叱るという構図が出来てしまう。




