のほほん9
(あれ? 何となく装備が軽い気がする)
そんなことを思いながらヴィータは姫の旅の護衛として、今日も今日とて必死に歩く。ヴィータが隊列を乱し始めればオランドに注意される。
「ヴィータしっかり歩け!」
「ぜぇ……ぜぇ……はい! ……ぜぇ……」
「……アリア」
「言われた通りちゃんとしています」
「……それでもか……」
「あれはもう兵を諦めた方がいいかと」
「相変わらずきつい物言いだな」
アリアはオランドに頼まれ、ヴィータに魔法を使いながら歩いている。アリアがなぜ男でも音をあげるような重装備に身を包みながら鍛錬をこなせるのか。
その理由が魔法だ。
アリアが兵に志願する前から、アリアは魔法が使えていた。自分の体を支援魔法で強化しながら鍛錬に臨んでいる。最初の1か月は純粋にレベルが低いこと、体力が少ないこと、魔力が少ないという理由でついて行くことが出来ていなかった。
その後は一日中自分に支援魔法を使い続けながら鍛錬できるまでになったため平然としていられたのだ。
人の体には魔力が宿っている。その魔力を消費することで魔法が使えるのだ。
魔法は大きくわけて3つ。攻撃、支援、回復だ。
アリアが得意としているのが支援魔法で攻撃魔法も少し使える。魔法は学べば誰でも使えることが出来るようになる……が平民たちには学ぶ環境がほとんどない。そのため使える人は必然的に少なくなる。
平民出身で魔法が使える者のほとんどは、冒険者になり師に恵まれた者や、魔法に興味を示した者が独学で身につけたり、エルフなど魔法に長けたものに教えを乞う者達だろう。物心ついた頃にはもう魔力を感じ取り、何の知識もなく使えた者は天才だろう。
アリアの魔力保持量は小隊の5人に常に支援魔法を使い続け、剣戟の間に攻撃魔法を使っても魔力切れを起こさないほどだ。もし親衛隊や王国軍に所属する魔法使いたちが知れば、顔を青ざめドン引きするだろう。だからヴィータ一人に魔法を使う程度造作もない。
魔法を使われていてもヴィータは次第に歩みが遅くなってしまう。
アリアの支援魔法の練度は決して低くない。むしろ高い。
「魔獣だ。お前ら隊列を乱すなよ!」
「「「はい!」」」
「……ぜぇ……はぁ……はいであります! ……ぜぇ……はぁ……」
もうすでに隊列を乱しているものがいるが、突っ込んではいけない。
オランドが先陣を切り、それにアリアが続く、その後を続くように他の2人が、そして最後尾に足取りの重いヴィータが必死について行く。鍛えられている兵たちにとっては大したことのない魔獣たち。次々と魔獣を屠っていく。その中でやはりヴィータだけが足手まといになっている。
「がっ!!!」
「っち! 何やってんだヴィータ!!」
「フォローする身にもなってほしいですね」
鎧が無ければ大怪我になっていただろう打撃がヴィータを襲う。それをフォローするようにオランドとアリアがヴィータの周りにいる魔獣たちをすべて倒したことで戦闘は終わる。
ヴィータを除く兵たちはかすり傷程度で済んでいる。親衛隊に至っては無傷だ。親衛隊はヴィータに蔑みの目を向ける。兵たちも何日も同じように隊列を乱し続けるヴィータに心底呆れている。
ただ一人を除いて。
「だ、大丈夫ですか!? どこを怪我されたのですか? 見せてください!」
「ひ、姫様!? なりません!」
魔獣との戦いの一部始終見ていたレフィリア姫が馬車を降りて、ヴィータに近づいた。
「エレノア、なぜですか? 彼は私を守るために戦い傷ついたのですよ?」
「この地域で現れる魔獣などで後れを取る兵は、この愚か者以外いません! それに兵は王族を、国を、民を守るためにいるのです。このような足手まといにしかならない者など不要です!斬り捨てるべき者です!」
「彼は確かに隊列を乱してしまい、足を引っ張ってしまったかもしれません。ですが、逃げずに必死について行き、戦い、守ってくれました! それに例え兵であっても王国の民、斬り捨てるなど私が許しません!」
「しかし!」
「さぁ、今回復魔法を使いますね? 痛む場所を教えてください」
「レフィリア様!!!」
エレノアの言うことを無視してレフィリアはヴィータを治療しようとする。
「え、えっとその、レフィリア様のお気持ちだけで十分であります! 自分は大丈夫なので……」
「ダメです! 大人しくしてください!」
「あ……えっと……その……あの……」
「周りの者のことなど気にせず教えてください。ね?」
「ヴィータ。回復魔法を受けろ。レフィリア様の好意を無にする気か?」
「そんな事ないであります! オランド隊長!」
「ならわかっているだろう?」
「ヴィータ……ヴィータという名前なのですね? さぁ、ヴィータさん教えてください」
ヴィータは周りの者から特にエレノアからの本気の殺意を受けながら、レフィリアに回復魔法で治療してもらうのであった。エレノアの本気の殺意。これは将軍を上回る殺気だった。ちびってしまったことは誰にも言えなかった。