バカと運命と転校生
転校生の名前を変更しました。
9月1日、午前8時15分。
懐かしの高校に向かう最中、俺の心の中は感動ではなく後悔の念が渦巻いていた。
――なんでっ...10時間以上猫耳について語ってたんだ、俺――
俺の宿題討伐の旅は志半ばで潰えてしまった。
最初は適当に済ますはずだった自由研究だが、書いている内に旅の思い出が溢れだし、文字にすると原稿用紙100枚分以上も語っていた。
旅の途中、助けを求めてきたキャットピープルの少女の案内で集落を訪れた俺達勇者パーティーは、襲っていた魔物達を撃退したあと盛大にもてなされた。
可愛らしい子猫のような猫耳、妖艶な大人の魅力を放つ猫耳、恥ずかしがり、ピクピクッと小刻みに揺れる猫耳など多種多様な猫耳。獣人と呼ばれる種族は皆強い男に引かれるらしく、俺達は猫耳達の誘い受けて。
まだマリーに出会う前だったこともあり、俺のナ二が無慈悲な治療を受けてさえいなければ間違いなく大人の階段をかけ上がっていただろう。
――当代勇者パーティーの男は二人とも不能――
そんな噂に、勇者と守護者が二人して涙したのは言うまでもない。
「守護者の力でも、言葉の暴力は防ぎきれないって言うのに...」
その時の喜びや哀しみを書き記したおかげで自由研究は完成したが、それ以外の課題全てができなかった。
そんなう風に、落ち込みながらとぼとぼ歩いていると後ろからバカっぽい顔の男がバカ全開の声で話かけてきた。
「一月ほど音沙汰なしだった友達にバカにされた気がするぞ..」
そう言うコイツは斉藤一樹。
高校に上がってからできた友達であちらに行く前までは一緒によく遊んでいた。いいやつなのは確かなのだが、バカっぽい行動がたまに...いや、そこそこ...いや、かなり...
「どちら様でしょうか?」
「存在をなかったことにされてるっ!?」
いいやつなのはホントだよ。うん。
「俺は運命の人を探しに1ヶ月家出するバカにバカ呼ばわりされてたのか...」
教室に着いた俺達は夏休み中の事を話していた。
案の定、俺が家出していたことを話すとバカにしてくる一樹。コイツにバカって呼ばれると無性に腹が立って思わず顔を握り潰したくなるな」
「痛い痛い痛い痛いって!?放してっ!!指がめり込んでるっ!!」
「おっと、ついうっかり」
「うっかりで人の顔潰そうとするなよ!。俺の顔がトマトみたいにぐちゃってなったらどうするんだ」
「よかったな、少しイケメンに近づいたじゃねぇか」
「えっ、俺の顔って潰れたトマト以下なの?」
現実って非情だよね。
「たっく、お前ちょっと乱暴になったんじゃないのか。そんなんだから彼女ができないんだよ」
額を擦りながら俺に文句を言ってくる一樹。そのわりにニヤついてる顔を見るだけで、コイツが何を言いたいのかはだいたい分かる。
「まぁ!そのへん?女心を理解したイケメンプレイボーイ一樹様は!そんなお前と違って!」
3年ぶりだと際立ってウザいなコイツ
「女の子達と!熱い夏を過ごしたけどなっ!!」
「そこで彼女ができたって言えないところでお察しだけどな」
「なっ!?」
まぁ、コイツに言われっぱなしも面白くないし、そろそろ反撃するか
「まぁ!そのへん?あらゆる場所を旅した俺は?あらゆる体験をしたわけですが?」
「あらゆる...体験っ!?」
ある時は、森ガール(ゴブリン)に囲まれたり...
ある時は、肉食系女子(竜)にちやほや(物理)されたり...
ある時は、月下美人(吸血鬼♂)に熱いキッス(エナジードレイン)されたり...
「ホントっ...いろんな..体験を...」
「なんか泣き出した!?」
そんな、あまりに普通な会話。
どこの国が落とされたとか、魔物の大群が現れたとか、新しい魔法考えたから燃えてみて?とか、そんな生死が関わらない会話が嬉しくて。ついつい話し込んでしまった。
...最後のは本気でヤバかった。紋章の吸収限界を突破されて、優花がいなけりゃ俺の旅はあそこで終わってたと思えるくらい。
「お~い、スーパーおバカブラザーズひっさしぶりー」
「このブサイクバカは兄弟じゃねぇよ!」
「ブサイクバカ!?」
俺の兄弟はイケメンバカの方だ。
そんな失礼な呼び方をしたのは折本恵里。今時の女子高生って感じのコイツが、俺や一樹がバカやってるのを少し離れたところからからかってくる。それが、俺の高校生としての日常だった。
「聞いたよー、運命の人探して旅してたんだって?相変わらずだよねホント。全然連絡つかないから心配してたよお土産は?」
「もうちょっと心配してる素振り見せようぜ...後、土産はねぇ」
魔王を倒してそのままこっちに帰ってきたんだ。指輪なんかの装備品を持っていたらそれを渡したんだが、こちらで再構築される際に服装がこちら用に合わせられていたのでそれらも無い。まぁ、その服装がセーラー服だったのは、導師の粋な計らいだと信じたい...
「って、絶体嫌がらせじゃねぇか!!」
「へぶっっ!?」
「えぇ~、お土産ないの~」
八つ当たりで友達殴った俺が言うことじゃないけど、それ見て何の反応もしないコイツもなかなかだな。
「はぁ。折角こっちはお土産持ってきてあげたのにさ~」
「お土産?なになに?」
「お前頑丈だな」
俺かよ。
「お土産って言うのは耳寄り情報のこと。今日、転校生来るっぽいよ。なおちゃんがその子と話してるの見ちゃったの。それも、スッゴい美少女」
「スッゴい美少女!?もしかして来ちゃった?これ、来ちゃった!?始まるよ俺の本当の夏が!!」
「黙れ、ボストーク基地」
「南極っ!?」
「アッハッハ、テンション高いねー」
しかし、このタイミングで転校生...か。
「その子、どんな感じだった?」
「おっ?興味深々?」
「んな訳ねぇだろ、俺彼女いるし。」
「えっ」
「えっ」
え?
「っっ!?!?!?」
すげぇ、悲鳴上げずに悲鳴上げてるぞこのバカ
「彼女?かのじょ!!KANOJO!?」
「も~そういうのはもっと早く言ってよ~。ね、ね、どんな子なの?後、一樹うるさい。」
「どんな子って、普通に美人で、料理上手くて、優しくて、いっつも微笑んでて、だけど本気で怒ったときは誰よりも怖くて、後着痩せしてるけど本当はスタイルいい子で。」
そんなあの子にはもう会えないけれど。
いつまでも、あの子のことは覚えている
笑った顔も、怒った顔も、泣いた顔も、照れた顔も、何もかも。
この先もいろんな人と出会うだろうけど、これだけ強い想いは、もう抱けないって感じるから。
「うわぁ~本当にできたんだ、彼女」
「...」
「嘘だと思ってたのか...」
「いや~最初はね。けど、その顔見たら分かるよ。本気で好きな子がいるってこと」
「...」
「俺がなんで家出したのか知ってんだろ。」
両親に言ったことはあながち嘘というわけでは無い。運命なんて信じない俺だが、彼女との出逢いだけは運命だって言ってもいい。
ストウスウェイトでは神が信じられていたし、実際に神と呼ばれる存在と会ったこともある。残念ながら運命の女神には出会わなかったけど、そんな神が居るとしたらお礼ぐらいはするつもりだ。
「で、な~んでアンタは黙ってんのよ?」
コイツ、俺が折角無視してたのに話しかけやがった。
「...って..」
「なんて?」
「間違ってる!!」
そう叫ぶバカはキッと俺を睨み付けながらさらに続ける。
「運命の人探して家出するバカに恋人ができてっ!日々努力してお肌の手入れとかしてる俺にできないのは!!きっと世界が間違ってる!!!」
「日々努力してお肌の手入れしてたのか...」
よし、これからはジャンクフードばっか食べさせてやる。
「はぁ。こんなバカはほっといて、転校生のことだ」
考えすぎかもしれないが、用心に越したことはない。
あちらでは、仮にも魔王すら下した勇者パーティーのメンバーだ。そんじょそこらのヤツに負ける気はしないが、俺の強さがこっちでは雑魚扱いされる可能性もある。
――もしそうなら優人達との合流も考えなくちゃな――
たとえ俺が雑魚扱いされるとしても、俺達が4人揃えば誰にも負けはしない。
「オマエッそんないい子が居るって言うのにまだ転校生を狙ってるのか!?。カァ~なんてクズなんだ!こうしちゃいれねぇ。その美少女は俺が守るっ」
「...それで、どんな感じだった?」
「えっとね、顔はちょろっとしか見えなかったんだけど赤みがかったキレイな茶髪。だけどそれが全然いやらしくなくてすっごい似合ってるの。まるでどっかのお嬢様みたい」
「お嬢様!?くぅ~ときめくぜ、これからのメモリアルは!」
「わ~なんてキモい反語」
見た目だけじゃ、流石にわからねぇか。ま、実際に会ってみればわかるだろ。この視線の主が俺らの敵って決まったわけでもない。
ただの美少女転校生なら仲良くなればいいし
もし、敵対する美少女転校生なら...
「仲良くなればって、別にどっちでもいいのか。」
どちらにしてもやることは変わらない。違うのはその難易度くらいだ。そう考えているとき、
「すみません、遅れてしまいました!」
と、教室に入って来たのは舞星高校1年1組の担任である上坂直美先生。俺らと一緒にこの高校に入ってきた24歳の新米教師だ。気の弱そうな声と小柄な体格で舐められているのか、親しみを籠められているのかは分からないが生徒からはなおちゃんと呼ばれている。
「あ、青崎君来てたんですね。運命の人は見つかったんですか?自分探しする人はたくさん見ましたが、運命の人探すっていうのは初めてで先生爆笑しちゃいましたよ。」
...断言する、舐められてはいない。少なくとも、生徒が一ヶ月行方不明になって爆笑するのはこの人だけだろう。
「あっそうだ。そんな青崎君に朗報ですよ。今日転校生が来ちゃいました。それもとってもキレイな子」
それでは、どうぞ~という掛け声に続いて、転校生が入ってきた瞬間。教室(の男ども)が歓喜した。
そして、
これは、仲良くなるの難しいか?
隠す気がないのか、その身に宿す魔力量は俺から見ても大きいと感じるほどで。
明らかにこちらを見るその赤い瞳に、何故か導師の姿が重なって。
「はじめまして、赤神 レイランです。これから、よろしくお願いします。」
そう言う彼女は、強気に微笑んでいた。
一ヶ月行方不明だった息子がセーラー服着て帰ってきたら、母親でも殴りたくなるよねっ