第一話 入学
どもです。以前別のサイトに投稿していたものを上げてみたいと思います。
「ほら、集中力が乱れてるよ」
雪深い山の中、その雪の中に隠れるように一件の家が建っていた。雪の中に建つログハウス、それ自体には何の違和感もないのだが、一点違和感を上げるのならばそのログハウスの周りだけ周囲とは全く季節が違うように見える点だろうか。
一メートルを超えようかという積雪の中にあって、そのログハウスの周り10メートルだけ全く雪が無く、光が降り注ぎ色とりどりの花が咲いているのだ。
そんな一種別世界の中に二人の男女の姿が見受けられた。女性の方は100人に聞けばほぼ間違いなく全員が美人だと言い切るであろう容姿をして座っている少年を見守っている。
そして、男性の方はローブを目深に被っているため容姿は解らないが、体の大きさからしてまだ年端もいかない子供だと思われる。
「そう焦らなくてもいいんだよ。落ち着いて話しかければ必ず答えてくれるんだからね」
女性は厳しくも包み込むような優しさを湛えて声で少年に話しかけ、少年も女性に話しかけられて事により体から力が抜けてリラックスするのが見て取れた。
そして、そのままの状態で数分が過ぎたとき少年の周りに変化が起き、それまで射していた日差しが強くなったかと思うと、少年の周りを光の粒が舞い始めた。
「どうやら問題なく契約できたようだね」
光の粒が収まると、女性も知らず体に入っていた力を抜き少年に話しかけ、話しかけられた少年は大きく息を吐くと目深に被っていたフードを取りもう一度大きく息を吐いた。
フードの下から現れたのは、まだ幼さの残る顔つきながらもある特定の趣味の女性が見ればまず間違いなくお持ち帰りされそうな容姿をした少年だった。
「カイン、これであんたは太陽の精霊、月の精霊、水の精霊の三つの精霊に認められたことになる。それに合わせてそれぞれの系統の魔法も使えるようになった。本当によく頑張ったね」
女性がそう言いながらフードを脱いだ少年、カインの髪を梳くようにして撫でると、少年は気持ちよさそうに目を細めてその感触を楽しんでいる。
少しの間、カインの髪の感触を楽しんでいた女性だったが、不意に何かを思い出したのか少年をその場に残して家の中に戻っていくと、すぐに手に布に包まれた何かを持って少年の前に戻ってきた。
「これはお祝いだ」
カインは女性から渡された何かと、女性の間で視線を彷徨わせていたが女性が頷くのを確認すると、満面の笑顔になってぎこちない手付きで布に包まれている物を取り出そうとする。
「そんなに慌てなくても逃げやしないよ」
女性にそう言われカインは顔をほんのりと赤く染めながら、布に包まれている物を取り出すことが出来、布に包まれていたのは一本の杖だった。
カインはその杖をまじまじと眺めていたかと思うと、いきなり女性に駆け寄りそのまま抱きついてしまった。抱きつくと言っても170センチ程の身長の女性に、まだ1メートルに満たない身長のカインが抱きつけば腰にしがみついているようにしか見えない。
「おやおや、そんなに喜んでくれるならもっといいものを準備しておくんだったね」
女性がカインの頭を撫でながらそう言うと、カインは抱きついたまま首を横に振り…。
「これがいいです。とっても嬉しいです」
と鼻声で答えた。どうやら嬉しさのあまり泣いてしまっているようだ。
「ホントに良く泣く子だね。ほら泣かない、あんたが泣くと周りの精霊が心配するだろ?」
女性の言葉通り、先程まで凪のように穏やかだった筈の周囲が、少年が泣き始めると同時に風が強くなり、山鳴りまでも聞えてくるようになっていた。
カインは少しの間女性に抱きついたままの状態でいたが、女性から離れた時には先程以上の笑顔が浮かんでおり、周囲も元のように穏やかになった。
「うん。やっぱりあんたは笑ってなきゃだめだね」
女性は頷きながらそう言い、もう一度カインの頭を撫でるとそのまま建物の中に一緒に入っていった。
『精霊の声響くとき』
「大きな街は、恐いです…」
ブリテン王国の首都、多くの人で賑わう王都イングラの街中でカインは疲れたようにそう呟き、先程のことを忘れようと頭を振りなが目的の場所を目指して歩き出す。
いつものように目深にフードを被り、地図を片手にして何かを捜しているのだが、すでに同じ場所を四回ほど通っていることにカインは気がついていなかった。
「僕、どうかした? さっきから何回も同じ所を通っているみたいだけど?」
そんなカインに一人の女性が声を掛けてきた。その女性は先程からカインが迷っている場所に店を出している女性だったのだが、カインは声を掛けられると、大きく身体を震わせて少しだけ後ずさってしまった。
実はカイン、先程同じように声を掛けられた女性に危うくお持ち帰りされそうになって必死に逃げ出したのだが、そんなカインの行動の理由を知る由もない女性は心の中で大きく落ち込みながらも、女性は笑顔を崩さずにカインからの返答を待っている。
自分と視線を合わせるためにしゃがんだ女性を前にして、カインは身体の前でもじもじと手を組みながら、チラチラと女性の様子を窺うだけだった。
「あら? これって…」
その時、カインの手から持っている紙が落ちたので、女性はそれを拾いカインに渡そうとしたのだが、その時ちらりと書いてある内容が目にはいると小さく声を上げた。
「僕、オーディス学園に行きたいの?」
「あ、あの…。そう、です…」
蚊の鳴くような小さな声でカインがそう答えると、女性は店の中に入っていきカインはそれを見送ることしかできなかった。さらに、唯一の手がかりを女性が持っていってしまったので、半分泣きそうになっていた。
そして、女性がなぜか服を着替えて戻ってきたとき、小さく震えているカインを見て大いに焦ってしまった。
「ちょっと僕どうしたの? お腹痛いの?!もしかして怪我でもしてるの!?」
まさか自分が持っている地図が原因だと思わない女性は、カインの身体をさすりながら何とか落ち着かせようとするのだが、一向に落ち着く気配はなかった。
それから十分後、カインが地図を指さしたことによりを原因が分かった女性はカインを落ち着かせることが出来、今二人はイングラのメイン通りを歩いていた。
「そうなの、オーディス学園にはいるため、って? あら?」
女性は一度カインに視線を落とし前を向き、もう一度カインに視線を戻すとそこにすでにカインの姿はなく人並みに攫われかなり離れたところにおり、女性は慌ててカインの所に駆け寄るのだった。
「すいませんです。マリアさんには迷惑かけてしまいまして…」
「気にしなくていいのよ。馴れてない人は一度は経験するものだから」
今カインはマリアに手を引かれながら歩いている。先程マリアに助けられたあとも、二回ほど人波に攫われて恥ずかしげにマリアに手を繋いでもらえるように頼み、二人は世間話をしながらオーディス学園を目指すのであった。
「はい、ここがイングラ名物オーディス学園よ」
「うわー…、すっごく、大きいです」
カインがオーディス学園を見て驚いている姿をマリアが優しげな瞳で見守っていると、上まで見ようとしたカインが後ろにひっくり返りそうになり、マリアは慌てて背中を支えたのだった。
「そんなに見上げるか、ら…」
マリアはそこまで言って言葉を止めてしまい、その視線はカインの顔に釘付けになった。そんなマリアの視線の先にあるのは、フードが脱げたカインの顔である。
まだ幼さの残る顔立ちながら、大きくなれば間違いなくハンサムになるのであろうが、マリアにとってそんなことは問題ではなかった。
愛くるしく大きな瞳、まるで計って創ったかのように鼻筋、うっすらと紅色に染まった瑞々しく柔らかそうな唇、吸い込まれるような黒色でありながらさらさらと流れる、見る者を惹きつけずにはいられないような漆黒の髪…、そして恥ずかしさのためかほんのりと頬を紅色に染めているカインの姿は、危うくマリアをその手の趣味に目覚めさせてしまいそうになっていた。
「大丈夫…、私は大丈夫…」
カインをちゃんと立たせた後、マリアは少し離れたところでその言葉を繰返し呟き、フードを被りなおしたカインは後ろにひっくり返らないようにしながらもう一度建物を見上げている…、端から見れば何とも奇妙に映っていることだろう。
そして、案の定と言おうかなんと言おうか学園の前にいる二人に学園の教師と覚しき人が声を掛けてきたのだが…。
「門の前にへんな人物がいると聞いて来てみれば…。マリア、誘拐は犯罪だが自首すれば刑が減免される。悪いことはいわん、付き添ってやるから詰所に行こう? な?」
「ちがうわよユリス! カイン君が道に迷っていたからここまで案内してきたの! そう、大丈夫…。私は大丈夫…………、のはず…」
その女性、ユリスはどうやらマリアのことを知っているらしく、生暖かな視線と共にそうマリアに話しかけたのだが、予想以上に激しい口調で言いかえされたことにより、それ以上何も言うことは出来なかった。
「ま、まぁそれはいいとして、君は此処になんの用があったのかな?」
マリアを放置することに決めたユリスが先程から自分を見ているカインに向き直り優しい声でそう尋ねると、カインは慌てたように肩から提げているバックから封筒を取り出した。
「あの、お姉ちゃんにこれを渡してください!」
「すまないが君のお姉さんが私には誰か解らないのでね。よかったらその人の名前を教えてくれないかい?」
カインは封筒を両手で持ったままユリスに向かってそう言ったのだが、ユリスにはカインの姉が誰なのか全く分からないのでそう聞き直すと、カインはフードから見える頬の部分を真っ赤にして俯いてしまい、その仕種に胸にくる物があったユリスだったが取り敢えずカインが口を開くのを待つことにした。
「あ、お姉ちゃんだ」
そして、カインが不意にそう言いながら顔を上げたかと思うと、何も無いところに視線を向け嬉しそうにそう言ったのと同時に、カインの少し離れたところの空間が歪み、そこから一人の女性が現れた。
「待っていたわカイン、よく来たわね」
いきなり現れた女性はそう言いながらカインに近づくのだが、全くの無表情のため喜んでいるのか怒っているのか全く分からない。だが、カインはフードを脱ぐと目に涙を溜めながらその女性に飛びついて抱き、抱きつかれた女性はそのままカインを抱きかかえ上げた。
「お、お姉ちゃん…」
嬉しさの為か、知っている人に会えて気が緩んでしまったのか涙声になっているカインに対し、女性は優しくカインの頭をフードの上から撫でて落ち着かせ、その顔には先程の無表情が嘘のような優しい笑顔が浮かんでいた。
そんな優しい笑顔を浮かべている女性に対し、ユリスとマリアは信じられないものを見たかのような顔で驚いている。
「ねぇユリス、私最近疲れているのかしら? 校長先生が笑ってるように見えるんだけど…」
「安心しろマリア、私にも全く同じように見えている…」
そんな二人を尻目に、どうにか落ち着いたカインは先程取り出していた手紙を女性に渡し、女性はカインを一度地面に降ろして手紙の内容を確認し小さく何かを呟くと、手紙は一瞬にしてどこかへと消えてしまった。
「カイン、あの子に連絡はしたの?」
「あ、まだしてないです」
「そう、心配しているだろうから連絡しなさい」
女性に言葉にカインは頷くと小さく息を吸い込んで歌を歌い始めた。その声は決して大きくはないのだが、何故か心の奥にまで染みこんでくるような感触をマリアは受けていた。
一方ユリスも最初カインの歌に驚いていたが、次の瞬間にはさらに驚く光景を目の当たりにしていた。いま現在カインの周囲には信じられない数の精霊が集まってきており、その全てが嬉しそうにしているのだ。
本来精霊というのは自由を好み、人に使われるのを良しとしない傾向がある。そのため、精霊を使役し魔法を使う人々はある程度精霊との相性がいいのだが、歌を歌うだけで精霊が此処まで集まり、あんなに嬉しそうにしているのをユリスは見たことがなかった。
「師匠に、これ届けてもらえますか?」
カインは歌うのをやめその中にいた一体の精霊を呼ぶとその精霊は喜びながら近づき、呼ばれなかった他の精霊達はとても嬉しそうにしていた。
そしてカインが精霊になにやら話しかけ、それが終わるとその精霊の頬に口づけをすると精霊は大いに喜びながら、その姿を消すのだった。
「皆さんも、急に呼んで、ごめんなさいでした」
カインがその場に集まっている精霊達に頭を下げながら謝ると、精霊達はカインに一度すり寄ってから三々五々にこの場を後にし、精霊達がいなくなった後、カインは女性に向き直ると期待するように上目遣いで見上げるのであった。
「良い子ね」
女性に頭を撫でられると、カインは嬉しそうに喉を鳴らし、もし尻尾があれば千切れんばかりに左右に振られていることだろう。一頻りカインの頭を撫でた女性は、もう一度カインを抱き上げると他の場所に移動しようとし、マリア達に振り返った。
「ユリス、マリア、貴方達も来なさい」
「わかりました」
「え? 私もですか?」
ユリアはすぐに承諾したが、マリアは何故自分が呼ばれたのか解らず思わず聞き直してしまったが、自分を見る女性の迫力に負け、トボトボと後ろについて行くのだった。
四人は学園内にある校長室に移動し、女性はユリスとマリアにカインの事を紹介していた。
「この子はカイン・アベル、私の知合いの子よ。今年の新入生として学園に入学することになっているわ」
「よ、よろしくお願いします」
女性に改めて紹介され、カインは頭からフードを脱ぎ、頭を下げて二人にそう告げるのだが、マリアはここに来る前に一度見ていることもあり何とか大丈夫であったが、ユリスは抑えているのだろうが若干顔が赤くなっていたりする。
「あの、メア校長…、どうして私も呼ばれたんですか?」
恐る恐るといった感じでマリアが目の前の女性、オーディス学園校長メア・マーリンにそう話しかけた。実はマリアも以前はこの学校に通っており、メアの事はとてもよく知っていた。
というよりも在学中は色んな意味でお世話になっているので、忘れたくても忘れることが出来ないというのが正解なのだが…。
「貴方にカインを預かって欲しいのです」
「は? 私がですか?」
「そうです」
「「…」」
マリアはなんで私が、と言う気持ちで聞き、メアはどうして何で当たり前のことを聞くのか、というような感じで答える。全くもって意思の疎通が出来ていなかった。
「因みに私に拒否権はあるんですか?」
「もちろんあります。ただその場合は私の全力を持ってお願いをさせてもらうようになりますが…」
そういってメアはとても良い笑顔を浮かべ、マリアは笑っているはずなのに微塵も笑っているように思えないメアを見て、やっぱり拒否権がないんだと、諦めにも似た思いを噛み締めていた。
まぁ、マリア自身もカインの面倒を見ることはそんなに嫌なわけでもなく、家には母が一人いるだけなので子供がいれば賑やかになって母も喜ぶし、自分も賑やかなのは嫌いではない。
「解りました。カイン君はそれでいい?」
「ま、マリアお姉さんは優しいから、嬉しい、です」
マリアの問に、カインは赤く頬を染めながら上目遣いで見上げていると、とうとう我慢できなくなったのかマリアはカインに抱きついてしまった。
最初驚いていたカインであったが、優しく抱きしめられているのでそれ以上抵抗することもなかった。だが、カインに抱きついているマリアの首筋にはすぐ横にいるメアからピンポイントで、抱きついているカインには微塵も感じさせないほどピンポイントで殺気が飛ばされており、先程からマリアの首筋はぴりぴりしっぱなしなのだが、取り敢えずはカインに抱きつく手に力を込めて現実逃避することにした。
「取り敢えずカインの下宿代として月に十枚、私の方から用意します」
メアの言葉にマリアは驚いていた。このイングラの都に於いて一ヶ月の一人の生活費は食費も合わせても大人でさえ銀貨五枚あれば十分なのだ。
「ちょっと多すぎじゃないですか? 銀貨十枚は?」
「銀貨十枚? ちがいますよ金貨十枚です」
メアの言葉に今度こそマリアは開いた口が塞がらなかった。金貨一枚あればこの王都でも家族四人が一年は楽に暮らしていけることが出来る。田舎の方であれば二年は余裕であろう。
それが、月に金貨十枚などというのは法外もいいところであった。
「流石にそんなにもらうわけには…」
「別に貴方にあげるのではありません。カインが不自由なく暮らしていける為のお金です」
どこの貴族の放蕩息子であっても、一月に金貨十枚も使うバカはいないだろう。
「マリア、貴方はカインがひもじい思いをしてもいいというのですか? お小遣いが少なくて他の子にいじめられてもいいと? まぁ、そんな命知らずはその一族郎党全員に報いを受けさせてやりますが…。と言うわけで、カインの為にも受け取ってもらいます。解りましたか?」
その時、メアは自分の服が引っ張られる感触に視線を下に落とすと、そこには心配そうに自分を見上げてくるカインがおり、カインは遠慮がちにメアに話しかけた。
「あの、お姉ちゃん…、僕お金無くても大丈夫です」
「カインは良い子ね。でも、気にしなくていいのよ?」
「あの、もし欲しいものがあったら、お姉ちゃんに、お願いにきますから、その時に買ってくれたら嬉しいです」
カインがそうお願いすると、メアは少し何かを考えてからカインの頭を撫で始める。
「わかったわ。もし、お金がいったり欲しいものがあったら我慢せずに言うのよ?」
「はい、です」
取り敢えず金貨十枚という大金を渡されずにすむことになったマリアは安堵の溜息を吐くと共に、メアがいかにカインの事を可愛がっているのかを知るのであった。
そして、ふと視線をカインに向けてみるとカインはちょこちょこと近寄ってきてマリアに話しかける。
「あの、家のお手伝いでも、なんでもします。今日から、よろしくお願いします、です」
「こちらこそよろしくね」
「マリア、カインは後でユリスが送っていきます。貴方は先に家に戻ってカインの部屋の準備をしておきなさい」
メアにそう言われ、マリアは先に家に戻り、メアはいままで話の外に置かれていたユリスに話しかけた。
「ユリス、ここから先の話は貴方を信用しているからこそ話すことです。もし、その信用に答えられないと貴方が思うのなら、何も聞かずにこの部屋から出て行って構いません。どうしますか?」
メアは予めそう言って、最終決定はユリスに委ねた。ユリスはいつも何を考えているのか解らないメアが、ここまで真剣をしているのを見て、余程重大なことなのだろうと気持ちを切り替える。
まだユリスが子供だった頃、いつか大きくなったらメアのようになりたいと思い、精霊魔法使いを目指してきたのだ。その自分の目標であるメアにそこまで言われたら、ユリスの答えは一つしか無かった。
「ユリス・アイラード、必ずやその信用に答えて見せましょう」
「貴方ならそう言ってくれると思っていたわ。そうね…、まずカインの本当の名前から話すことにしましょう……」
一時間後、ユリスはカインと手を繋いで街中を歩いていた。最初こわごわだったカインも、馴れてきたのか自然に手を繋いでいる。ユリスは手を繋いで歩きながら先程メアから聞いたことを思い出していた。
メアから聞かされた内容をすぐに信じることが出来なかったのだが、わざわざ自分にそんな嘘をつく必要もないし、メアがそんなくだらないことをするとも思えなかった。
だが、それでもすぐに信じることが出来ず納得するまで今の時間までかかってしまったのだ。
「ユリスお姉さん、どうかしましたか?」
「ん? いやなんでもない、カイン君はここで冒険者として学んで何がしたいんだい?」
「僕は、お姉ちゃんや師匠に恩返しがしたいです。師匠達がいなかったら、僕は、ここに、いませんでしたから」
そう答えるカインの顔には優しい笑顔が浮かんでおり、それを見てユリスも同じように笑顔を浮かべるのであった。そんなことをしているうちにユリスとカインはマリアの店の前に辿り着き、カインは物珍しそうに店の看板を見ていた。
『魔装具店グーングニル』
看板にはそう書かれていた。魔装具というのは魔力を帯びている材料を使って創られた武器防具、アクセサリーのことでそれを専門に扱う店が魔装具店なのだ。
カインが物珍しげに店を外から見ていると、不意にドアが開いて中から一人の女性が現れた。
「あら? あらあら? まあまあ!? まあまあまあ!」
その女性はおとがいに手を当てながらカインの周りをクルクルと回り、カインはびっくりしたのか目を白黒させユリスは呆れたように溜息を吐いている。
「マリシアスさん、カイン君が驚いていますよ」
「あらあらあらごめんなさいねカインちゃん。ささぁ、中に入って頂戴!」
「は、はい」
カインはマリシアスと呼ばれた女性の勢いに押されるようにして店の中に入っていき、ユリスも苦笑を浮かべながらその後について中に入っていくのだった。
「そうなの、カインちゃんはオーディス学園に通うのね」
「はい、頑張って、勉強します、です」
いつのまにか仲良くなっていた二人は、マリシアスが膝にカインを乗せて椅子に座りながら、カインは出されたジュースを飲んでおり、ユリスとマリアは少し離れたところでこれからのことを話している。
「カインちゃん、此処にいるときは私のことお婆ちゃんって呼んでね?」
「? でも、若い、です?」
「いいのよ、私がお婆ちゃんって、呼んで欲しいの」
マリシアスに笑顔でそう言われ、カインは恥ずかしがりながらマリシアスのことを呼ぶ。
「お、お婆ちゃん?」
カインが遠慮がちにマリシアスの事をそう呼ぶと、マリシアスは満面の笑顔を浮かべて喜び、後ろからカインを抱きしめる手に力を込めるのだった。
一方優しく抱きしめられているカインは、今日一日の疲れが出てきたのか小さく欠伸をすると、身体をマリシアスの方に向けて正面から抱きつくようにすると、そのまま小さく寝息を立て始めてしまった。
マリシアスはそんなカインを優しく見守りながら、寝させるためにカインの部屋まで連れて行ったのだが、いざ布団に寝させようとするとカインがその小さな手でマリシアスの服を強く握りしめていた。
「まぁまぁ」
マリシアスは小さく笑うと、カインに寄り添うように一緒に布団の中に潜り込んだ。そんなことをしていると、マリアが二人を捜して部屋の中に入ってきたのだが、なにか言葉を発するよりも早くマリシアスに大きな声を出さないようにと、ジェスチャーで伝えられるのだった。。
こうして、カインの王都での初日は幕を下ろすことになった。
オーディス学園、ブリテン王国首都イングラにあり過去数多くの英雄、勇者を生み出してきたこの世界でもトップレベルの冒険者育成学校であり、その敷地内に大陸最大級の迷宮を持っていることでも有名である。
この物語は、少年の成長と友情の物語になるかもしれない物語である。
どもです。
現在訳あって事後と休職中&療養中でございます。
気分転換にと思い、以前別サイトにあげていたものを上げてみました。