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「それではおやすみなさいませ。カイ王子」
「ああ」
短い返事のあとに腰に回された腕に力がこもる。
寝るのだからもっと力を抜けばいいのに。カイ王子には言わないけれど、ここ数日『抱き枕』となっている間に毎回同じことを思う。
「アイリ・ハルスカイネ」
挨拶をしてから少したった頃、王子が私の名前を小さな声で呼んだ。寝ていないことは、呼吸のリズムで分かっていたけれど、少し驚いた。
「あの、お呼びでしょうか。カイ王子」
「…レオン・ハルスカイネと何を話した」
感情が感じ取れない、平坦な声。そのためか、王子の言葉が問いかけだと気付くのに少々時間がかかってしまった。
「くだらぬ身内話にございます」
政治に関わる話であるし、それに王子自身には私が見合いをしようと関係がない。
「…大公がクルエール公爵と何事かを企んでいるようだがそれに関係はしていないな?」
「おっしゃる意味が分かりません」
できるだけ感情を込めず、ゆっくりとした口調で言葉を返す。
王子は黙り込んで何も話さなくなってしまう。長い沈黙のあと、ぽつりと呟かれた言葉に私は身を固くした。
「あまり俺を見縊るなよ」
それはどういう意味なのか、私は聞いてはいけない気がした。
緩みかけていた王子の腕の力がまた強くなる。肩に押し付けられる王子の頭が動く度どきりとしてしまうのは、どうしてだろう。
カイ王子の穏やかな呼吸のリズム。深い眠りについたことが感じ取れる。
やっと寝た…。
起こさないように抜け出さなくては。
眠ってしまわれたのなら私の仕事は終わりだ。腰に回された腕を時間をかけてほどき、ベットから抜ける。
「……?!」
手首が掴まれる。まさか起きていたのか?
いや、そんなはずはない。ゆっくりと振り返る。カイ王子が起きている気配はない。王子の手に触れるとぴくりと跳ね上がり、手首が離された。
あまり驚かさないでほしい。
ベットからはみ出てしまった王子の腕を中にしまい、私は扉へ向かった。
扉を静かに閉じ、衛兵に挨拶をして自室へと向かった。カイ王子の従者となった今の私の部屋は、王子の自室の真下にある。
階段を下りながら、小さな声で独り言を言う。誰かに話すにはあまりにくだらない、それでいて心の中で思うだけではすっきりしない。そんなことを口に出してみる。
「手首を掴まれてばかりね。ああ、そういえば舞踏会でお会いしたときも、だったかしら」
先程掴まれた手首にそっと触れる。
「男のくせにあんなに綺麗な手をしているなんてずるいわ」
剣術にのめり込んでしまったがために出来た胼胝。
侍女仕事をこなすことで荒れた手。
手入れをしてはきたけれど、到底貴族の令嬢にはないであろう手。
「掴まれるのが手首で良かっただなんて」
可笑しい、かしら?




