そば屋の居抜きバー『The Wallet』の、たえこママ
「本書(本作品)はフィクションです。作中に登場する人物、団体、名称、地名、事件などはすべて架空のものであり、実在するいかなる対象とも一切関係ありません。また、特定の思想・信条・宗教を支援または誹謗中傷する意図はございません。」
(舞台説明)
ここはメタバース空間
東京・白山。六義園の木々のざわめきが聞こえる路地裏の、そば屋の居抜きバー『The Wallet』。
店を切り盛りするのは、雇われママの たえこママだった。
今夜は一段と冷え込み、引き戸の隙間から冷気が忍び寄る。
カウンターの中で、ひときわ目を引くのは、紺色の小紋の着物に白いレースの割烹着をまとった女性──この店の雇われママ、決済端末の**「たみこさん」**である。
彼女の胸元には、どんなカードの磁気も読み取るスリットと、タッチ決済用の光る緑のパネルが、和服の帯留めのように美しく収まっている。
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カウンターの奥では、Visaマスターが「サントリー 響」のボトルを磨き、JCB氏が手際よくカクテルを作っている。
「はい、お待たせ。ファミペイさんは『緑茶ハイ』、au PAYくんは『ウーロンハイ』ね。
ちゃんとファミチキとからあげクンの持ち込み代、引いとくからね」
たみこママが、お盆からテンポよくグラスを差し出す。
その所作には、長年あらゆる決済をさばいてきたベテランの風格がある。
「あ義理がてぇ(ありがてぇ)……ママ、この緑茶ハイ、ファミマの『濃いめのお茶』と同じ味がする。染みるわぁ……」
ファミペイさんがジャージの袖で涙を拭うようにしてグラスを煽る。
「ママ、僕のウーロンハイ、ちゃんとPontaポイントつくよね?」
au PAYくんがウーロンハイをケチケチとすすりながら聞く。
「当たり前じゃないの、あんた。うちの端末を誰だと思ってるの?
3社一括だろうがマルチ決済だろうが、あたしが『ピッ』とやれば一発よ」
たみこママがパチンと艶っぽく指を鳴らす。
そこへ、ガラガラと勢いよく引き戸が開いた。
入ってきたのは、派手なネオンイエローのスーツを少し着崩したPayPayくんだ。いつもより少し肩を落としている。
「ママぁ……聞いてよ。今日さ、近くの東洋大学の学生が20人でコンパしてさ、僕のアプリで割り勘しようとしたんだけど、一人が『電波がない』とか『残高が足りない』とか言い出して、結局グダグダになっちゃって……。
もう疲れた。僕に『レモンサワー』のメガサイズ、生レモンマシマシでちょうだい……」
「よしよし、大変だったねぇ、PayPayちゃん」
たみこママは、まるで我が子をあやすようにレモンサワーを目の前に置いた。
「若いうちはシェアを広げようと焦るもんだよ。でもね、人間たちの割り勘のドタバタまで、あんたが全部背負うことはないんだよ。ほら、飲みな」
「ママぁ……(ズズッ)」
「ふん。相変わらず、若造の酒は愚痴っぽくていけないな」
カウンターの端で、銅製のマグカップを傾けるトレンチコートの男──Suicaくんだ。
「ママ、僕の『モスコミュール』、ライムをもうひと絞り」
「はいはい、Suicaくんは相変わらず冷え冷えのモスコミュールね」
たみこママは笑いながらライムを絞る。
「あんたは0.1秒で人をさばく男だけど、たまには2秒くらい立ち止まって、ゆっくりお酒の味を楽しみなさいよ」
「……僕のシステムに、スローダウンの機能はついていないんでね」
Suicaくんはフッ、と不敵に笑うが、たみこママの前では少し照れくさそうだ。
「皆さん、お揃いでよろしおすな」
引き戸がしとやかに開き、上品な着物姿のPiTaPaさんが入ってきた。
「たみこママ、うちにはすっきりとした『米焼酎のロック』を。今日もたくさんのお客さんの後払いを預かって、少し肩が凝りましたわ」
「はーい、PiTaPaさん、お疲れ様。
あんたのポストペイの審査の早さには、あたしもいつも感心してるわよ」
そこへ、店の奥からドスドスと大きな足音が響く。
チャイナドレス風のスーツを着たUnionPay(銀聯)先生が、顔を真っ赤にして厨房から出てきた。
手には透明な強いお酒、白酒のボトルが握られている。
「たみこママ! この店の『白酒』、なかなかいけるアルね! Visaマスターと一緒に乾杯したアルよ! でも、Visaのやつ、ミーの中国パワーに圧倒されてもう潰れてるアル!」
厨房を覗くと、白いタキシードを着たVisaマスターが「オー……マイ……ゴッド……」と呟きながら、そばの茹で釜の横でへたり込んでいた。
「あらあら、Visaさん情けないねぇ」
たみこママはやれやれと胸元のタッチパネルを緑色に光らせた。
「さあ、夜はこれからだよ。バーコードも電子マネーも、国際ブランドも地方籍も、うちの店(居抜き)にいる間はみーんなただの酔っ払い! 喧嘩しないで、楽しく飲み明かしなさいよ!」
たみこママの威勢のいい声に、JCB氏が静かに「よろしおすな」と微笑み、カクテルシェーカーを振り始める。
白山の古いそば屋の夜は、たみこママの胸の決済ランプのように、温かく、賑やかに更けていくのだった。
(つづく)




