【Cheat Ability No.75】最小投資・最大収益(ミニマム・リターン)
フェアカさんは、感情の起伏を一切見せない無機質な瞳で、カウンター越しに電卓を叩く勇者を眺めていました。
「いいかフェアカさん。俺が求めているのは最強の剣でも、無敵の盾でもない。……『コスパ』だ。最小のコストで、最大の冒険成果を得る。それが俺の美学であり、真の賢者のやり方なのさ」
勇者と名乗る男は、一円単位の端数さえ許さないといった顔つきで、ワゴンに並ぶチートの価格設定を精査していました。フェアカさんは、冷めた紅茶を一口啜り、カウンターに手のひらサイズの「天秤」を置きました。
「コスパね。無駄を嫌い、効率を愛する……聞こえはいいけれど、冒険なんて不確定要素の塊なのに。すべてを計算通りに済ませようなんて、随分と自分を信じているのね」
「信じているんじゃない、計算しているんだ。泥臭い努力や、過剰なリスクなんて御免だね。俺は、投資した分だけのリターンを正確に得たいだけだ」
「いいわ。ならこの『最小投資・最大収益』を持っていきなさい。これを持っていれば、あなたが消費するMPや体力、そして資金さえも、常にシステム上での最適解として消費される。つまり、一撃で倒せる敵にオーバーキルな魔力を使うことはなくなるし、宿代だってその村の最低限かつ最高の満足度を自動で選択できるようになるわ。効率の塊のような冒険ができるでしょうね」
「それだ! 完璧じゃないか!」
「ただし、代償はあなたの『資質』よ。……正確には、あなたの人生における『振れ幅』を削らせてもらうわ。つまり、計算外の出来事を楽しむ余裕が、あなたの魂から消えていくけれど」
「はっ、そんな曖昧なもの。最初からコストの無駄だ!」
男は天秤をひったくるように奪うと、効率的な足取りで転生ゲートへと向かいました。その背中に、フェアカさんはいつものように、届かない仕様の説明を投げかけました。
「……どうしてこう……、最後まで説明聞かないのかしら。はぁ。ため息だわ。……確かにコスパを追求すれば、最短でゴールには辿り着けるでしょう。でもね、すべてにおいて効率を追求するということは、予期せぬ出会いも、無駄に見える寄り道も、すべて『損失』として弾くということよ。追求することで得られる面白さもあるかもしれないけれど、それはあなたの資質次第……。あ、そもそも『遊び』を損失と見なすようになったあなたに、それを楽しむ資質なんて残っているかしら?」
フェアカさんは、帳簿に「成約」の文字を無感情に書き込みました。
「その『コスパ重視』は、あなたが無駄だと判断した瞬間に、仲間との語らいも、夕日の美しさも、すべてをスキップ対象として認識し、感情を処理するエネルギーさえ節約し始める仕様。……何も感じない機械のような冒険を、果たしてリターンと呼べるかしらね。当然、返品不可ですよ?」
フェアカさんは、真っ直ぐにゲートへ消えていった「効率の奴隷」の背中を見送り、ワゴンの接客用カウンターにある小窓(跳ね上げ式や横引きの窓)を静かに閉めました。
「チート、チートはぁ、いらんかねぇ……。最適化された人生、無駄のない虚無、そして計算通りの終焉。……冒険の醍醐味は、その無駄の中にこそあると気づく頃には、もうそれを味わう心さえ節約済みでしょうね」
ご拝読ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
無駄を極端に嫌い、最短距離での成功を求めたコスパ勇者。しかし、寄り道も失敗も許されないその歩みは、冒険という名の贅沢をただの作業へと変えてしまいました。




