【Cheat Ability No.42】追憶の断片・セピアの風景(ノスタルジック・レコード)
広場での喧嘩も、勇者たちの叫び声も聞こえない、穏やかな休日。日和はネットスーパーで取り寄せた最高級の茶葉で紅茶を淹れ、テラスでくつろぐフェアカさんの隣に座りました。
「フェアカさん、今日は本当に静かですね」
「……そうね。たまには耳を休ませないと、自分の声まで聞こえなくなるわ」
フェアカさんは遠くの空を見つめたまま、ふと胸元の銀のペンダントに触れました。そこには先日、歌合戦で手に入れた神格経験値が静かに脈動しています。
「フェアカさんは、昔からずっと、こうしてチートを売っていたんですか?」
その問いに、フェアカさんは少しだけ目を細めました。
「まさか。私は元々、ただのどこにでもいる勇者の一人だったわ。……隣には、あんな騒がしい女神じゃなくて、もっとお節介で、歌が上手くて、馬鹿みたいに優しい聖女がいたけれど」
フェアカさんの口から語られたのは、かつて彼女が守りたかった「ある世界」の物語でした。
二人は世界を救うために旅をし、最後に魔王を追い詰めました。けれど、その瞬間に起きたのは奇跡ではなく、神々の気まぐれによる残酷な「物語の強制終了」だったといいます。
「世界を救った瞬間に、神様はその世界に飽きたの。役目を終えた勇者も、聖女も、救われたはずの人々も、すべて『不要なデータ』として消去されるはずだった」
フェアカさんは、自分の左手をじっと見つめました。
「私は抗ったわ。神が作ったシナリオを、私自身の指で書き換えて、彼女の魂だけをこのペンダントに押し込めた。……それが、私が最初に作った『チート』よ」
日和は息を呑みました。フェアカさんが神々を冷笑し、チートを「バグ」として売りさばく理由。それは、神が支配する予定調和への、彼女なりの静かな復讐でもあったのです。
「私はね、日和。いつかこのペンダントに十分な『重み』が溜まったら、彼女を神のいない新しい世界へ解き放つつもりよ。……そのためなら、私はいくらでも強欲な店主を演じてみせるわ」
フェアカさんはそう言うと、少し照れくさそうに紅茶を一口飲み、いつもの気だるげな表情に戻りました。
「……ま、全部、休日の暇つぶしの作り話かもしれないけれどね」
「フェアカさん……」
日和は、目の前のミステリアスな店主が背負っているものの大きさを知り、そっと彼女のカップに新しい紅茶を注ぎました。
「チート、チートはぁ、いらんかねぇ……。って、今日はもういいわね。ゆっくり休みましょう」
ご拝読ありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
フェアカさんの過去と、彼女がチート屋を営む真の目的が少しだけ明かされた、特別な休日となりました。




