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「どうして、こんな面倒な接触方法を? 最初にきいた方法と違う」

「こっちもあんたの偽物に遭遇している」

「ぼくの偽物? なに、それ」

「図書館には偽物の人間をつくるやり方が本にあるんだろう」

「その偽物は?」

「埋めた」

「正直、どこまで信じていいのかわからないんだよね」

「それはおれも同じだ」

「ぼくは紙切れを渡した」

 涙色のクーペのライトは村はずれの荒れ地にある、ジョンのテントを照らし出している。

 石でつくった竈に汚れたフライパンがのっていて、そばにトマトの缶詰が転がっている。

 ライトに照らされながら、ジョンは大きなトランクをテントのなかから引っぱり出した。

「館長は人前にあらわれない。図書館を出ることもない。だから、強襲作戦でいく」

 強襲作戦ときいて、殺し屋は、装甲車で橋の詰め所を突破して、村民があがめる蔵書と一緒に館長をひき潰すのを想像した。

 実際に出てきたのが水中眼鏡とシュノーケル、それにウェットスーツだったときは、いくらなんでも、と文句を言った。

「こういうのは隠密作戦であって、強襲作戦とは言わない」

「××××では、これで強襲作戦だ。特に装甲車を用意する予算がないときは。あんたの報酬を半分に削れば、装甲車が来るかもな」

「こんな真夜中の湖をシュノーケルで泳ぐのはなんて楽しいんだろう」

 ふたりとも着替えると、月明かりを頼りに湖岸へと降りていった。

 水は冷たかったが、少しずつウェットスーツの保温効果があらわれて、関節が凍りつかずに済んだ。

 息を吸い込みながら水面を進み、見張りのボートが見えると、潜った。

 湖のなかは明るかった。だが、底は見えない。

 夜行性の魚が偵察するように近づき、去っていく。

 ときどき、ジョンか殺し屋が顔を水から出し、図書館のある島へと針路を修正した。ライトなしで島の裏手を目指すのは思ったよりも困難だった。

 島の裏手に入り江のようになった池があり、図書館の裏手がその崖に接していた。

 入江に入ると魚の種類が変わった。角ばって寸胴な魚が水のなかで一点、動きもせずにいる。

 裏手の崖までやっと着いて、ジョンはこれから潜って取水口を進むと言った。

「そんなに長く潜るなら酸素ボンベが欲しかった」

「手をつなげ。なかは完全な暗闇だ」

 お互いの手をしっかりつないだ。恋人同士の手というよりは離したら即死の命綱として、あざが残るくらい強く握った。

 水面に顔をつけて、浮かび、ふたり同時に前へ体を振り、上を向いた足を曲げてから水を蹴った。

 真っ暗な地下水道を手探りで、藻や水蛇の尻尾をつかんだりしながら、息を止めて、進むと、思ったよりも早く、頭上に光が散らばった水面が見えた。

「ぷはっ」

 顔を水面に上げて、吸い込んだ空気はほこりっぽかった。

「先にぼくが上がるよ。待ってて」

 部屋は何か平らな、原材料用の皮革のようなものが積み上げられていた。ダイバーナイフを抜き、そっと、その山に近づき、角を覗いた。鉄の扉があり、大きな『!』が白ペンキで書かれている。

 小さなランタンが壁際に吊るしてある。ランタンを上げてみた。

 皮革だ。

 殺し屋はそれを外して、丸め、脇に抱えて、取水口に戻った。

「何があった?」ジョンがたずねる。

「なにも」

 殺し屋が手を差し出すと、その手をジョンがつかんだ。

 それをねじ上げて、首の根っこをつかんで、ジョンの顔を水に押しつけた。

 暴れて、水が飛び跳ねるが、そのまま三十秒漬けた。

「何を急に――ッ!」

 ボコボコボコ!

 今度は二十秒で顔を上げた。

 ウェットスーツの右の袖を剥くと、そこにはワルツの楽譜が水に溶けて消えかけていた。

 殺し屋は丸めた皮革を蹴った。

 それが広がると、腕と思しき部分に崩れたワルツの楽譜が伸びて薄くなっていた。

「死にたくなかったら、ぼくを納得させることだ。きみと本物の工作員の関係は?」

「双子だ。一緒に育成された」

「それで?」

「あいつは××××の諜報機関に入った。おれはフリーランスだ」

 殺し屋は腕をねじった。その分、ジョンの顔が下がって、水に塞がれる。

 四十五秒で顔を上げた。

「どうして、同じ機関に育てられたのに、ふたり同じ組織にいないんだ? そういう相互依存型のスパイが別陣営なんて、ありえない。ここをぼくに納得させないと、今度は死ぬまで漬ける」

「……喧嘩別れだ」

「原因は?」

「……」

「さーん、にーい、いーち」

「マヨネーズだ」

「は?」

「ポークチョップにマヨネーズをつけようとした。それを指摘して、喧嘩になった。さあ、殺せ」

 殺し屋は信じた。途方もないほど納得がいった。想像ができなかった。ポークチョップにマヨネーズをつける? ケチャップじゃなくて?

「ぼくなら殺してでも止めるね。信じるよ。ただし、ひとつ貸しだよ」


 ピックで鋼鉄の『!』ドアを開けると、カーソンの言っていたプレス機があった。砂浜に打ち上げられたクジラのように大きな機械でプレス台とローラーのあいだにはパイプと調速機とシリンジが複雑に絡み合っていた。一本だけ太いパイプが壁に向かって伸びていて、それは外の湖に通じているようだった。

 もうひとつのドアが開き、老人が入ってきた。顎髭と眉毛の伸びた、猫背の老人は片手に銃を手にしていた、それをふって、後ろにいる人間に部屋に入るよううながした。

 老人の後ろには一糸まとわず、体じゅうの毛を剃り落とした若い娘がうなだれて立っていた。

 プレス台の横にピクニックバスケットが置かれたテーブルがあり、部屋に入ってきた老人はそれをひとつ、手に取って食べ始めた。手が果汁でベトベトになったが、女は立っているだけだった。

「さあ、約束だ。そこのプレス台に横になりなさい」

 女は泣き始めた。

「泣いてもどうにもならん。そういう約束だ。それとも、また村を沈めたいか? せっかく戻ってこれたのに、また泉が湧いたら、お前の家族を村人たちはどう扱うだろうな?」

 女は老人を睨んだ。呪詛の言葉を口にした。

 老人はせせら笑った。老人には手にした銃以上の隠し玉があった。

 その隠し玉は、女がプレス台に自発的に横になるだけのものだった。

「手足をぴったり体につけろ。魚雷みたいに」

 老人の納得がいく形になると、赤い握りのレバーを降ろした。

 プレス台が閉じると、断末魔がきこえたが、すぐグシャッと音がして止んだ。

 その後、シェイクをストローですする音をさせながら、機械が順繰りに動いた。

 最後に殺し屋たちの目の前にあるローラーがまわって、ほぼ真四角の、青白い皮が一枚落ちてきた。

 皮には石灰をつかってトウモロコシを処理する方法が書かれていた。


『むかしむかし、あるところにクレーターだらけの土地に住む人たちがいました』

『戦争で土地を壊してしまった人たちはクレーターにひとつずつ村をつくって暮らしていました』

『人びとはとても貧乏でした』

『それを哀れに思ったプログラマー(神さま)は村ひとつひとつに特別な能力を付与してあげることにしました』

『ある村は夏の熱波にも負けずに育つ作物をつくる能力を求めました』

『別の村は暴風に倒れない立派な建物をつくる能力を求めました』

『そうやって、プログラマー(神さま)はひとつずつ村を助け、豊かにしていきました』

『最後の村にプログラマー(神さま)はたずねました。あなたたちは何が欲しいのか教えてください』『すると、村人はいいました。泉を自由に操る能力をください』。

 ――老人をプレス機に放り込むと、白髪とバラバラの服がこびりついた皮があらわれて、泉を操る方法が入れ墨になって描かれていた。

 隣の部屋にはこうしてつくった皮が額縁に入れられて何枚も飾られていて、クレーターの村にひとつずつ配られた繁栄の技術が書かれていた。

「ただ、泉を操るのは代償もあるみたいだけどね。この老人は——」殺し屋は皮を蹴飛ばした。「間違いなく、少年館長だ」

「どうしてわかる?」

 殺し屋は自分の両目を指差した。

「両目の幅のあいだがぴったり。あの肖像画と一緒だった」


 村に戻ると、村長に図書館館長就任の辞令が来ていて、過呼吸に陥っていた。

 前館長の皮は革の加工室にあった薬品をかけて焼いてしまったから、この村を繁栄へと導く技術は失われた。

 村人たちが知ってるかどうかは分からない。

 だが、全てが明るみに出たとき、『自分たちは知らなかった』って言うのは間違いない。

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