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地元民の好奇の視線にさらされてもいいから、ナマズ以外のものが食べたくなったので、その日の夕食は笛吹き広場にあるレストランを訪れた。
席のひとつで、村長とビリー・モーリスともうひとり、若い男がビールのつまみにフライド・ポテトをつまんでいた。
「おい、見ろ!」ビリーが声を上げる。「こっち来いよ! 一緒に飲もうぜ! つまみはフリックだ」
フリック、とは、どうやら村長のことらしく、何かの会話でさんざんやっつけられたように苦笑いをしていた。
「それと、こっちはミュージシャンだ」
おや、生きてたのか。意外だった。
鳶色の目をした、背の高い男で、二十七か八歳くらい。三十を越えているように見えないのは顔のつくりに中学生みたいな幼いところがあるからだろう。握手をしてみると、袖が少しめくれた手首にト音記号と3/4の拍子記号が見えた。
「作家さん。何を飲まれますか?」
村長がたずねた。
「ビールをお願いできますか」
「おーい、メリッサ! ビールとフライド・チキンを頼むぜ! あと、ポテトも追加だ!」
給仕娘がカウンターに行っているあいだ、ビリーは村長がいかに図書館を愛しているかについて話していたと説明した。
「そうなんですか?」
「ええ、まあ」
「なあ、フリック。館長にさ、デカくて音がめちゃ響くライブハウスのつくり方の本をどっかからかっぱらってくるように言ってくれよ」
「館長は盗んだわけじゃないよ、エヴリン」村長がビリーに言う。「ちゃんと、代価を支払ってきたんだ」
「どんな代価だよ? カネか? この村にそんなもんねえのは村長やってるお前が一番知ってるだろが」
「技術の交換じゃないかな」音楽家/工作員が助け舟を出した。「この村にはこれまで溜め込んだ技術がある。それを交換する形とか」
村長がホッとした顔をしたが、すぐにビリー/エヴリンが反論した。
「でも、他の村、すっげえ貧乏だぜ。テント暮らししてるところもありゃあ、未だに魚油を明かりに使ってるところもある。ひでえとこだと、丸ごと水没して、魚しか住めねえ有様」
「でも、館長は水没した村の水位をもとに戻すことができる」村長が言った。「それで救われた村もある。そういう善意のやり合いで本が交換されることもあると思うんだ」
「でもさ、沈んだっきりの村もそこそこあるぜ」
「確かに図書館の技術は万能じゃない。でも、少なくとも、僕らの生活を豊かにしてくれている」
「ぼくもここに来る途中、水没した村、というより盆地を見たけど、どうやって、あそこから水を減らせるんだろう?」
「地下水脈へドリルで進んで、爆薬を仕掛けるんです。それで溜まった水は全部地下に流れます」
「ダイナマイト一本でうまくいくかねえ」
「でも、エヴリン。実際にうまくいっているじゃないか」
「まあ、そうだけどさ。それと、おれのこと、エヴリンって呼ぶな。馬鹿フリック」
「でも、きみはエヴリンとして、戸籍に登録されてるんだよ。おばあさんも困ってるよ」
「ばあちゃんはいつも何かに困ってる。困るのが長生きのコツなんだとよ。それよりもミュージシャン」
「なんだい?」
「クラシックをあっという間に売りさばくコツってないかな」
「うん。思い浮かばないね。通信販売はどうだろう?」
「つーしんはんばい?」
「都会の新聞や雑誌に広告を出すんだよ。クラシックのレコード売ります。楽器も売りますって。それで欲しいと思った人がきみにハガキを出すから、きみは代金引換で商品を送ればいい」
「それ、採用。これで、これでチャーリー・ポーターのレコードが仕入れられるぜ」
「ダメだよ、そんなの!」村長が慌てて言った。
「なんで?」
「図書館に通信販売のやり方の本がない」
「マジで言ってんのかよ、お前?」
「本気だよ。図書館は知恵のありがたさを司っているだけじゃない。過剰な知恵が人間のためにならないことを教えてもくれているんだ。だから、図書館は知恵の泉にゆっくりと僕らを浸して、僕らを知恵のもたらす破滅から守ってくれているんだ」
「チャーリー・ポーターのレコードがどうやって、おれたちをぶちのめすってんだよ」
「分からないけど、きっと、いまはそのときじゃないんだ」
「なあ、作家、それにミュージシャン! あんたらはどう思うよ?」
ぼくと音楽家/工作員はお互いの目を合わせた。なんとなく、ぼくが先に言う雰囲気になったので、意見を出してみることにした。
「人は自由に自分の役に立つ知恵を引っぱってきてもいいと思う。それは何よりも時間と工程の節約になるわけだし。次に何をすべきか、命令を待つのはだるいことだよ」
と、言って、音楽家/工作員をちらりと見る。もちろん、顔色に何かを出したりはしない。
「そんなわけで、ぼくとしてはビリーさんみたいに積極的に知恵にアクセスするのも、そう悪いことではないと思う。音楽家さんは?」
「わたしかい? わたしは村長の意見に賛成かな」
「じゃあ、チャーリー・ポーターのレコードが悪さすると思っているわけ?」
「そうは思わない。ただ、過剰な知恵、それも安全に扱う方法を知らない知恵が何をもたらしたか、いまの我々はその結果に住んでいる。これはわたしがよその図書館で知った知恵だから、村長さんからすれば、過剰な知恵に当たる。だから、自己矛盾をはらんでいるのだけど……このあたりにあった文明と人類は一度滅亡している」
音楽家/工作員の話は、このような感じだった。
「何千年も前、ここには科学が非常に発達した文明が存在した。その文明では科学が神さまだった。指導者は科学者で、民衆はいつでも好きなように、知恵にアクセスし、自分の発明や応用に役立てることができた。そうやって知恵は知恵を増殖し、文明はさらに発展していった。ただ、発達したのは科学であって、社会ではなかったし、感情でもなかった。その文明において、社会も感情も科学的な観測対象であって、それ以上のものではなかった。科学は人間性を置き去りにして発展し、人びとは自分が見つけた技術が他人のものよりも優れているという傲慢さに取りつかれた。それを柔らかく解決する社会性と感情はもうアーカイヴのなかだけの存在だった。全てを滅ぼす大戦争が勃発したのはそれから間もなくだった。あらゆる場所で強力な爆弾が破裂した。そして、その結果残ったのが、この地形というわけだ」
もちろん、これはただのおとぎ話かもしれない、と音楽家/工作員は苦笑いした。
「だが、おとぎ話はいつだって、明朗に描けない批判をこっそり隠している」
ひゅーう、とビリー/エヴリンが口笛を吹いた。
「すげー話じゃん。もし、その爆弾のつくり方が図書館にやってくれば、おれたち、世界の支配者になれる。逆らったら爆弾だぞ!って脅せば、何でもゲットできるぜ」
「後生だから、エヴリン!」村長はいまにも泣きそうだった。「知恵に対しる成熟の態度を忘れないでくれ。それは寛容さと公平性によって培われているんだから!」
××××の国歌がどら声できこえてきた。トラック運転手たちのテーブルからだ。
「やかましいやつらだな」と、ビリー/エヴリン。
「頼むからトラブルは起こさないでくれ」と、村長。
運転手たちはこの村へ冷凍オレンジを運び、この村の職人がつくる木製の家具を××××へと運んでいた。
「トラック運転手に!」と、運転手たちのリーダー格らしい禿げた男が叫んだ。「いま、ここにあるもの全てはトラックが運んだんだ!」
「大統領閣下万歳!」
「トラック運転手ギルド万歳!」
「反体制派くたばれ!」
荒っぽい雰囲気になった。地元の老人や常連が店を出ていき、気づくと、殺し屋たちだけが残っていた。
「やかましいやつらだな」
ビリー/エヴリンがさっきよりも大きな声で言った。
「いま、なんて言った?」禿げた運転手がにらみつける。
禿げていない人間をハゲとバカにすることである一定の効果を狙えるが、この男は禿げていた。そこで、ビリー/エヴリンは少しアレンジをした。
「なんも言ってねえよ、売女」
禿げた運転手がこめかみに青筋をひくつかせながら椅子を後ろに押しのけて立った。他の運転手もそれに従う。全部で八人いた。三人が手にビール瓶を持っていた。
「もういっぺん、言ってみろよ、男女」
「あ? いま、なんつった、テメー」
禿げた運転手はニヤリと笑った。品はなかったが、機転はきいた。
「なんも言ってねえよ、売女」
ビリー/エヴリンが禿げた運転手へロケット花火みたいにすっ飛んでいった。顔を殴ると見せかけて、がら空きの胴へ頭突きを食らわす。
殺し屋はカタギの旅行作家であったらするであろう態度で喧嘩にのぞんだ。椅子を盾にしてしゃがみ込み、じりじりと壁際へ後退する。骨が外れるほどの手刀はなし。月まで吹っ飛ぶまわし蹴りもなし。
だが、音楽家/工作員は少しも自分を隠そうとしなかった。傷心の音楽家という設定がオジャンになるほどの戦闘能力を見せている。相手の打撃を最小限の行動で受け流し、手のひらで顎を張り倒す。その無駄のない動きは『昔、軍にいたことがある』程度の言い訳では説明できない。どう見ても、特殊機関の工作員だ。
ただ、意外なことに、もっと場違いに強いのは村長だった。
この気弱な若者は、頼むからやめてくれとお願いするが、運転手が殴りかかってくると、バン!と稲妻みたいな音がして、一瞬で敵は床にキスをする。そのときに一瞬だけ残るのはかなり古いボクシングのファイティングポーズだったが、すぐに両手を上げて、抵抗の意思がないことを知らせようとする。だが、それでも敵が襲いかかると、――バン! やめてくれとファイティングポーズのあいだにあるはずの攻撃は殺し屋の目でも捉えられなかった。
たぶん、図書館に古式ボクシングの本があるのだろう。
結局、床に転がるトラック運転手のうち半分は平和を愛する村長の拳でぶちのめされていた。
音楽家/工作員が禿げの腕をねじった。
「いたたたたたた!」
「ひとつ、ききたい。反体制派はみな死ねばいいと思うか?」
「あたりまえだ!」
少し強くひねる。
「いだだだだだだ!」
「三十六人の中学生が逮捕されて行方不明だ。これも反体制派か?」
「あたりまえだ!」
少しひねる。
「あでででででで!」
「三十六人の中学生に揺るがされる体制とは、どんなものなのだ?」
音楽家/工作員は本当に悲しそうな眼をして、トラック運転手の腕を折った。




