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ソフィー対オリバー


 冒険者ギルドの試験場にいるライナスは、頭を抱えていた。


「⋯⋯どうしてこうなった」


 普段は試験官や新人冒険者の指導を担当しているライナスだが、気がつけばオリバーとソフィーが決闘をする見張り役を任されていた。

 冒険者同士でいざこざが起こることは珍しくない。

 だが、今回の発端はトニーがしつこくスカウトしてきたオリバーを挑発し、暴力沙汰になりかけたところ、ソフィーがトニーをかばってさらに挑発したからだ、とアリシアから聞かされていた。


「トニーは冒険者になったばかりのガキだというのに⋯⋯。それに、ソフィーまで関わってくるとはな」


 同年代の2人が関わりを持ったことについては微笑ましく、仲良くしてほしいとは思うものの、「いざこざに巻き込まれたとなれば話は別だ」と、ライナスは思い悩んだ。

 オリバーが問題を起こすのは今に始まったことではないが、「子供を巻き込むな」と言いたい。

 冒険者同士の決闘は、試験のために用意している木製の武器ではなく、自前の武器を使うため危険が及ぶ。


「⋯⋯止めても無駄、だろうな」


 あの2人がオリバーを挑発したことも問題だが、実力が伴っているからこそ、なおタチが悪い。

 冒険者にとって、争いを解決するための武力行使は、大人も子供も関係ないのだ。

 正直なところ、決闘をやめるとは思えないが「説得だけはしてみよう」とライナスが考えていると、試験場に入ってくるソフィーの姿が見える。


「ライナス、面倒をかけるわね」


 オリバーより先に到着したソフィーは、ライナスに声をかける。


「⋯⋯なあ、本当にやるのか?」


「当然よ! トニーと私の実力がわからない馬鹿には、思い知らせてあげないと気が済まないわ!」


 ライナスはソフィーがやる気満々であることを悟り、こめかみを手で押さえた。


「お前の実力は認めているが、わざわざ争う必要はないんじゃないか?」


「あの男が、言い聞かせて理解できるタイプだと思う? ⋯⋯まさか、私が負けるとでも思っているのかしら」


「いや⋯⋯それはないな」


「⋯⋯そ。なら、あなたは黙って見ていなさい!」


 満足そうに返答するソフィーを見て、止めるのを諦めたライナスはため息をつき、やれやれと首を振った。


「お前ら、どっちが勝つと思う?」「そりゃ、Aランクのソフィーじゃないか?」「でも、あの嬢ちゃんのランクはお飾りって聞いたぜ?」「俺はオリバーが勝つと見た」「まあ⋯⋯見ればわかるだろう」


 ソフィーとオリバーの決闘を聞きつけた冒険者たちが観客席に集まったところで、遅れてやってきたオリバーが現れた。


「待たせたな。震えて待っていると思ったが、随分と余裕そうじゃないか」


 ソフィーは鼻で「ふんっ」と笑いながら、腰に手を当てる。


「そっちこそ、なかなか来ないから怖気(おじけ)づいて逃げたのかと思ったわよ?」


 ソフィーの返答にオリバーは額に青筋を浮かべ、取り出したバトルアックスを地面に叩きつけながら答える。


「⋯⋯なんだと? まぐれでAランクになれただけの生意気な小娘がっ⋯⋯。格の違いを見せてやるッ⋯⋯!」


 2人のやり取りを見て胃が痛くなるのを感じつつ、見張り役に徹することに頭を切り替えたライナスは、両者が配置についていることを確認すると、決闘開始の合図を行う。


「冒険者ギルドの規定に従い、ソフィーとオリバーの決闘を始める。武器、魔法の使用は自由。勝負がついたとみなした時点で終了とする。それでは⋯⋯開始!」


 開始の合図とともにオリバーは正面から突っ込み、バトルアックスをソフィーに向けて振るった。

 ソフィーはそれを、風魔法を使ったバックステップで簡単にかわす。


「どうしたッ、こないのか?」


 オリバーの言葉に、落ち着いた様子でソフィーは答える。


「先を譲ってあげただけよ? 先輩としてね」


 オリバーは「ちっ」と舌打ちをすると、さらに怒った様子でバトルアックスを振り上げた。


「雑魚のくせに、舐めやがってっ⋯⋯!」


 オリバーは、バトルアックスを地面に力強く叩きつけるとともに、土魔法を使用した。


「土よ、あの小娘を貫け!」


 砕けた地面の土が形状を変え、鋭さを増してソフィーに向かって飛ぶ。


「氷の盾よ、我が意に従い我を守りたまえ。──舞い上がる風よ、我を空中へと運びたまえ」


 ソフィーが氷の盾でオリバーの土魔法を防ぎ切ると、そのまま風魔法で空中に舞い上がり、無詠唱の氷魔法で氷の槍を作成してオリバーに向けて放つ。


「くそがっ! こんな小細工⋯⋯っ!」


 オリバーは咄嗟(とっさ)にかわそうとするも、氷の槍が腕をかすめ、冷気が腕を(むしば)む。

 腕の動きが(にぶ)るのを感じたオリバーは、焦ってソフィーに近づくとバトルアックスを振り回す。


「惑わす霧よ、我が幻影を作りて敵を翻弄(ほんろう)せよ」


 ソフィーは水魔法で自身の幻影を作り、オリバーを惑わせながら(もてあそ)ぶように攻撃をかわす。


「おいッ! かわしてばかりじゃ勝負にならないぞッ!」


「面白いことを言うわね。むしろ、勝負にしてあげているのよ?」


「何を言ってやがる! 近接戦にびびって逃げ回っているだけじゃねーか!」


「⋯⋯まさか、本当にそう思っているの?」


 ソフィーは幻影魔法を解くと、呆れた表情を浮かべながらオリバーを正面に見据える。


「なんだ、もう終わりか? お遊びみたいな魔法がこれ以上無いのなら、俺の勝ちだな」


 オリバーは勝ち誇ったかのようにソフィーを挑発する。


「──気が変わったわ。本物を見せてあげる」


 挑発に乗ったソフィーは、魔力を手に込め始める。


「氷剣よ、我が求めに応じ顕現せよ」


 魔法で氷剣を召喚すると、オリバーに向かって構えた。


「魔法使いが剣なんて持ち出して、どういうつもりだ?」


「さて、どういうつもりなのかしらね? 今にわかるわ」


「はッ! 魔法使いが剣を使おうだなんて、ハッタリに決まっている」


「行くわよ」


 ソフィーはオリバーに向かって正面から近づくと、氷剣を振るう。


「──何っ!?」


 オリバーは驚愕の表情を浮かべつつも、何とかソフィーの剣を防ぐ。


余所見(よそみ)をしていると、すぐに終わるわよ?」


「まさか、ただの魔法使いじゃなかったのか⋯⋯? 剣の扱いに慣れて⋯⋯っぐぅぅ」


 オリバーから余裕の表情が消え、ソフィーの剣を受け止めることで


「私が魔法だけだって、誰が言ったの?」


 ソフィーは挑発的な笑みを浮かべると、先ほどよりも速く、鋭く、剣を振るう。


「なんだとっ⋯⋯! さっきよりも速ッ⋯⋯クッ」


 オリバーはバトルアックスで何とか対応するも、防御をすることで精一杯だった。


「そろそろ終わりかしら?」


 ソフィーが余裕の表情でオリバーを追い詰める。


「まだだッ! お前みたいな小娘に俺が負けるはずがない!」


 オリバーは、苦し紛れにバトルアックスを振り下ろす。


「諦めの悪さだけは認めてあげる。だけど、ここまでよ」


 ソフィーは、オリバーのバトルアックスを氷剣で受け流すと、その剣先をオリバーの首元でピタリと止めた。


「くっ⋯⋯俺の負けだ」


「──勝者、ソフィー! これにて決闘を終了する!」


 オリバーが悔しそうな表情を浮かべつつも負けを認め、ライナスの合図とともに決闘が終了する。


「おい、あの剣の速さ⋯⋯目で追えたか?」「まさか、ソフィーが魔法だけでなく剣まで使えるとは⋯⋯」「あの嬢ちゃん、Aランク冒険者というのは本当だったみたいだな」「あのオリバーが、手も足もでないとは思わなかったぜ⋯⋯」


 ソフィーとオリバーの決闘を見た冒険者たちが、感嘆(かんたん)しつつソフィーに対する評価を改めた。




 * * *




 クソっ! なぜだ、なぜ⋯⋯いつもうまくいかない!

 パーティーを組んている時だってそうだ。誰も、俺のことを認めようとしなかった。


 決闘を終えたオリバーは、劣等感に苛まれていた。


 今も俺は、ソフィーという小娘を相手に敗北し、無様な姿を晒している。

 ただの小娘だと(あなど)っていた⋯⋯。だが、実力は本物だった。

 見下していた相手に負けることほど、無様なことはない。


 これで、俺とパーティーを組む者もいなくなるだろう⋯⋯。

 馬鹿な俺でもわかる。これからはソロでやっていくしかない。

 Aランクまでの道が遠ざかったが、ここまでの実力差を見せつけられたのなら仕方がない。

 これ以上無様を晒す前に、敗者は大人しく立ち去るとしよう。


「待ちなさい!」


 オリバーが試験場を立ち去ろうとし始めたところを、ソフィーが呼び止める。


「心配するな。トニーには、もう絡まない」


 今後トニーに絡まないよう、口約束でも欲しいのだろうと考えたオリバーは、そう答えた。


「そうじゃないわ」


「⋯⋯何?」


 他に言うことなんて無いだろうと思っていたオリバーは、少し驚いた表情で答える。


「思っていたよりは、強かったわよ」


「⋯⋯何が言いたい」


「だから、その⋯⋯。もっと私と張り合えるように、強くなりなさい!」


「⋯⋯ふっ。はっはっはっは!」


 オリバーは、面を食らったような表情をした後、(こら)えきれないといった様子で笑う。


「何よ! 何がおかしいのよ!」


 ソフィーは、オリバーが笑い始めたことに対し不満そうに答える。


「いや、すまなかった。そんなことを言われたのは、初めてだったものでな」


「⋯⋯そ」


「──当然だ。と、言っておこう」


「ならいいわ」


 会話が終わるとオリバーは背を向け、背中越しに手を振りながら試験場を立ち去った。


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