その2
次の瞬間、集中砲火がベルカリスの背中に浴びせられた。前方にいたはずのハスターゼウスは一瞬でCW部隊の背後に移動している。意味不明の状況に、さすがのキリエも狼狽せずにはいられなかった。
『な、奴は!?』
思考が理解を放棄した時、ベルカリスは全身から黒煙を立ち昇らせながらハイウェイに落下していった。幸いにもエリゼナがCW部隊に砲撃中止を呼び掛けたため、爆散まではいかなかった。
しかしコックピットに銃弾がいくつも浴びせられ、鋼鉄の破片がキリエの腹部に刺さり出血が始まる。衝撃で頭を打ったせいか、額からも出血し、視界が真っ赤に染まっていた。
『キリエ、状況を知らせなさい!』
『ああ……ワケが分かんねぇ……瞬間移動でもしたのかよ、あいつ……』
『さっきまで返事無かったじゃない!』
『は? 何言ってやがる、一瞬だったぞ……』
ベルカリスは全身から液体金属装甲を垂れ流しながらも、幽鬼のような動きで辛うじて立ち上がった。左腕は銃弾によって千切れ、頭部の半分が消し飛んで、機械部品が脳漿のように飛び出している。しかしハンドガンは無事だ。弾を再装填すればまだ戦える。
『奴の魔導は瞬間移動だ、それしかねぇッ!』
『違うわ、キリエ』
『じゃァ、なンだッてンだよ!』
『それを今考えているから少し黙れ、このクソアマ!』
エリゼナは佐官らしからぬ暴言を吐き捨てた。言葉遣い、汚くて結構、これが本当の私だ……と言わんばかりの怒声であった。
そして艦長席のひじ掛けを両手で握り締めながら、必死に思考を回転させる。エリゼナもまた〈魔女狩り部隊〉のハウンド6だった人間だ。観察役として敵の魔導の分析を行っていた彼女は、魔導というものが無敵の力でないことを熟知していた。
『どうだね。これが零の魔導術式。魔導遣いでない君たちにはどうしょうもない脅威だ』
ガラルドはまるで勝利の宣言かのように、CW部隊に向かって語り掛ける。
『ハッ……よく言うぜ、ド外道変態野郎がよ』
『まだ生きていたのか。やはり処女には神秘的な力が宿るのかもしれないね』
『共通回線で人の個人情報を語るんじゃねぇぜ。そういうデリカシーに欠けるところが最高に童貞臭いぜ。ああ、素人童貞だっけ? まぁどっちでもいいや。子作りを製造なんて言いやがるぐらいだ。どうせ根底にあるのは男としての自分に魅力がねぇっていうコンプレックスだろうよ』
『…………』
『自分は周りと違いますッて顔してる奴ほど、自分に自信がねぇッて自己紹介しているだけなんだよ。お、図星かァ?』
キリエはおそらく敵のプライドを傷つけることにより、会話を長引かせようとしてくれている。その間に、エリゼナはCW部隊の観測役が送信したデータを分析し、キリエたちが体験した未知の魔導の正体を探った。
FL粒子の濃度変化、魔導陣の刻まれるスピード、周辺の大気の流れ、兵士たちのバイタルの変化、計器類が示した数値のズレ……ありとあらゆる要素から、結論を導き出す。
それが〈魔女狩り部隊〉のハウンド6であったエリゼナの“本業”だ。
(敵の魔導発動からキリエの応答まで一三秒。でも彼女にとっては一瞬だった。ベルカリスの回線履歴とこちらの回線履歴には一〇秒のズレが生じている……つまり敵の魔導は範囲内の存在の時間を一〇秒停止させるものと考えて間違いはないわ。私は範囲外にいたから時間停止を体験していないのね……問題は―――)
『自分が言われて嫌なことを、人に言っちゃいけないな……』
『いいや、てめぇみたいなド外道には言わせてもらうぜ。オレが言われたら最高にムカつくって言葉を好きなだけ、死ぬまで浴びせてやる!』
『弱い犬ほどよく吠えるというが、それにしても君は少し煩すぎだな』
その間もエリゼナは思考を止めることはなかった。アシュレイのCWの反応が無くなった今、エースである彼を頼ることもできない。今、状況を変えられるのは自分だけだ。だからこそ、一年前のように何もできない自分ではいられなかった。
(―――その対抗策。時間を止める魔導にどう対抗しろっていうのよ! いえ、冷静になりなさい、ハウンド6。どんな魔導にも弱点はある! 要は範囲外から攻撃してやればいい。なら……ッ)
『社会に害を成す猛犬は殺処分に限る』
ハスターゼウスは背部に魔導陣を刻み、光輪が光を放つ。
『零の魔導術式―――』
――――――――――――――――――――――――――――――
『―――時空支配』
そして再びキリエたちのいるハイウェイを中心に、半径3キロメートルの空間にある全ての物質と生物の生体活動は停止した。唯一、ハスターゼウスとガラルドを除いて。
だが、その瞬間こそエリゼナが待っていた状況だった。
エリゼナは旗艦であるアタゴヤマの砲門を天蓋都市に向けた。観測役のCWを通じて大気シールドの向こう、ハイウェイにいるハスターゼウスに照準を絞る。一歩間違えれば、市民が退避完了しているとはいえ市街地に艦砲射撃を行ってしまう危険な賭けだ。
成功したとしても軍の上層部から酷く言われて、艦隊司令の座を退くことになるかもしれない。
『艦砲射撃用意、目標、敵MW―――』
艦隊司令の座なんて欲しくて貰ったものでもないので、その時になれば退職届を沿えて突き返してやろう。
『撃てぇッ!』
アタゴヤマの砲門が火を噴く。針の穴を射抜くような無茶な射撃も、現代の優秀な火器管制システムによって可能となる。緻密な計算によって大気シールドを抜けた砲弾は、一直線にハイウェイ上に立っていたハスターゼウスへと吸い込まれていく。
ガラルドはそれに気づいて、天を仰ぐ。大気シールドの向こうで艦船が砲門を展開している様子を、ハスターゼウスのメインカメラが捉えたからだ。
『ほう……少しは考えるじゃないか』
しかし砲弾がハスターゼウスに炸裂することはなかった。砲弾は時間の停止した空間へと入っていったが、ハスターゼウスに到達するより前、旧市街地の上空で停止したのだ。
『たしかに音は伝わる。物体も振動する。だが、基本的には全てが停止している世界だ。空気中の大気、その中にある大量の微粒子、全てが停止している。だからこそ外部から物体が入り込んで来れば反発する。その結果、勢いを殺され停止するのさ。残念だったが、考察が足りんよ』
そう言いながらも、ハスターゼウスは腰にマウントしていた小型のダガーナイフを両手に持って、CWのコックピットを一機ずつ穿っていく。
『そもそも凡人の知恵で僕の叡智を壊せると思うこと自体、思い上がりさ』
一〇秒が経過し、再び時は動き出す。
――――――――――――――――――――――――――――――
停止した時間の中でコックピットを穿たれた兵士たちは、何が起こったのか分からないまま、引き裂かれた自分の体を見て絶望する。
その直後に機体が爆発を起こし、ハイウェイは瞬く間に黒煙に包まれた。
旧市街地の上空で停止していた砲弾も運動エネルギーをすべて失われた結果、廃墟の工場群へと落ちていき爆発。轟音と衝撃が襲い来るも、ハスターゼウスは装甲一つ揺らすことなく立っていた。
胸部に魔導陣が刻まれていき、再びハスターゼウスの全身に特殊な電流が流れ始める。銃弾による奇襲攻撃も、これでは防がれてしまう。
『ああ、素晴らしい。素晴らしいぞ、リンネくん! 君の完璧な心と体は、零の魔導術式の発動を最適化してくれている! 君こそが最高の人工魔力器官だ! はやく君を量産化したいッ!』
『調子乗ってんじゃッ……!』
またしても拍手を送り絶賛するハスターゼウスに向かって、吐き捨てるようにベルカリスは残った右腕を向けようとするが、内部フレームが折れているのが途中で止まってしまう。
『エリゼナ! なにか手は無いのかよ!』
『あるにはある……けど、それをするには―――』
エリゼナには秘策があった。しかしそれを実行する戦力が無い。CW部隊はまだ生きている兵士は多いが、それでも動かせるCWは六機ほど。ベルカリスは中破しており、魔導は破損した右腕のせいでハンドガンの一発もマトモに撃てやしない。
そのような戦力で、今まで相対したこともない時間停止という規格外の魔導を行使するMWを止めることなど、現実的に考えて不可能だ。
『さぁ、フィナーレといこうか』
ハスターゼウスは両手を構える。掌からアンテナが展開し、それを起点にして右手に赤い魔導陣、左手に金色の魔導陣を刻んでいく。
『右に紅蓮魔導術式―――天を貫きし炎槍の舞踏。左に雷鳴魔導術式―――雷刃』
ハスターゼウスの右手には炎の槍が持たれ、左手には雷の剣が。その二本を勢いよく、前方に蹲っているベルカリスめがけて射出した。通常であれば辛うじて避けることができるぐらいの速度だったが、今のベルカリスとキリエにそれだけの力はない。
キリエは笑みを浮かべながらも、意外と諦めがよい自分に内心驚いていた。
こういう時、畜生と叫ぶものだと思っていた。
やはり自分の知らない自分というものは存在するものなのか、と新しい発見に喜びすらも覚えている。同時に、もしかしてこれから先の人生で、もっと“自分の知らない自分”に出会えたかもしれないと思うと、少し寂しくもなった。
『………………あのガキみたいに、オレにも、なんて』
リンネ・アーガルベルトという少女に苛立ちを覚えていた理由。
『眩しかったなァ……』
ただの嫉妬だったと、今気づいた。
炎の槍と雷の刃がベルカリスのコックピットを貫く―――その寸前、天から投げられた大型シザーズがベルカリスを守った。
正確に言えば、大型シザーズがハイウェイに突き刺さり、身代わりになったのだ。爆発とともに黒煙が舞い散り、ベルカリスを覆い隠す。
ほどなくして、ベルカリスの前に降り立つMW。
黒煙よりもさらに深い、漆黒の装甲。右腕に備えられたパイルバンカー、関節の隙間から微かに迸る紅のスーパーク。炎が宿った双眸が鋭い光を放つ。
「遅くなったな」
グリムヴァールは敵のMWだったため、一方的にエリゼナたちの回線を傍受するかたちでしか状況は把握できなかった。グリムヴァールは左手の親指の先から、接触回線用のワイヤーをベルカリスに打ち込んで、個人通信を送る。
「こちら、アシュレイ。無事か?」
『ちょ、おま、てめ! なんで敵の、それもMWに乗ってやがッ』
「無事なようだな。悪いが詳しい説明は後だ。エリゼナと話がしたい。繋いでくれるか?」
『……礼は言わねぇぞ』
「早くしろ」
『あ―――――ッッたよ!』
顔を真っ赤にして壁を殴りつけたキリエは、ベルカリスのシステムから中継するかたちで、グリムヴァールとアタゴヤマの通信回線を繋いだ。
「こちらハウンド4、戦線に復帰する」
『アシュレイ!? その機体はどうして……いえ、それは後ね。要件を手短に伝えるわ』
「助かる」
『敵は範囲内を時間停止させる魔導を使ってくるわ』
「効果範囲は?」
『半径約3キロメートルよ』
大気の観測データをもとに、アタゴヤマの技術チームが算出した数値だ。このハイウェイを起点に市街地の西方に位置するリゾートエリアまでが範囲らしい。
「作戦は?」
『あなたが来てくれたおかげで、今しがた完成したわ』
エリゼナは手短に返事を済ませると、グリムヴァールの識別番号を天蓋都市連合軍のデータベースに登録し、先ほど完成した作戦要綱をアシュレイに向けて送信した。
『我々の任務は〈真空の大火〉の救出、および帝国軍残党のMWの討伐よ。いいわね?』
「ハウンド4、了解。彼女は必ず助け出す」
アシュレイは作戦要綱に目を通すと、操縦桿を握りしめてフットペダルを踏み込んだ。MWは本来、魔力器官を通じて搭乗者の身体とリンクさせるかたちで操縦するものだが、アシュレイの場合こちらのほうが手に馴染んだ。
軍に入隊してからリンネと出会うまで、ずっとこれ一つで生きてきた。
だからこれでいい。
これがいい。
今まで誰かを殺すために身に着けていた操縦技術が、大切な誰かを救い出す力になるのだから。
グリムヴァールは近くで戦闘不能になっていたCWのアサルトライフルを左手で拾うと黒煙を抜けて、純白のハスターゼウスと対峙する。両者は互いに視線を向けつつも、その心が決して交わらぬことを悟った。
その上で、先に口を開いたのはやはりガラルドのほうだった。
『ゼルはやられたか。そのうえ機体まで鹵獲されるとは。情けない魔導遣いだ』
「あんたがリンネの父親か」
『君は男……!? 男で魔力器官を有しているのか! 先天的な要因か? それとも僕と同じ後天的な要因でか!? 是非とも教えてくれ!』
「……父親失格だな」
『父親? ああ、精子提供者と言ってくれたまえ。そのほうが呼ばれて気持ちがいい』
「娘さんをください、なんてあんたに言う必要はなさそうだ」
『ああ、君はアレか。結婚の挨拶に来た娘の恋人か。ならば言ってあげよう』
リンネが閉じ込められている頭部を指さしたハスターゼウスと、その搭乗者であるガラルドは、一歩前に出て両手を広げ、堂々と宣言した。
『娘はやらんよ! ……僕の大事な研究成果だからね』
「そうか」
グリムヴァールも一歩踏み出して、その返事とばかりに右腕のパイルバンカーをハスターゼウスに向けた。
「ならば、力づくで貰ってやるよ」
『偽物に執着する君は異常者だ。私が修正してあげよう。さぁ名乗れ』
「アシュレイ・シモンズ……お前の娘の彼氏だ」
『ガラルド・イヴァン。君の恋人の精子提供者だよ』
「いくぞ」
『こい』
両者はスラスターを噴射させて、己の機体をぶつけあう。鉄と炸薬の爆音と雷鳴が同時に轟く。己の大切なものを賭けて、男たちの戦いが今、始まった。
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