その7
それは黒いアグニヴァールの真なる名前、深い怒りの炎を宿せし黒鉄のMW。
機体各所から紅蓮の炎が同時に吹き出し、全身を圧し潰そうとしていた悍ましい肉団子を一瞬で消し炭へと変えた。炎渦中にて屹立する漆黒の鋼鉄は、その先に佇むドス黒い悪意を睨みつける。
『ひぃっ……ど、どどどど、どうしてよ! どうして私の死霊魔導術式がこうも通じない相手なのよ! 相手は魔導遣いじゃないただの人間だっていうのに!』
「そこをどけ」
死んだ藍色の髪のリンネから託されたのだ。今を生きる銀色の髪のリンネと二人で幸せになって欲しいという、彼女らしい優しすぎる純粋な願いを。
その中に復讐は入っていない。ましてや今、泣いている銀色の髪のリンネを放っておいて戦うような相手ではなかったのだ。
『なに!? あたしを無視する気なの!? こんだけ滅茶苦茶にしておきながら、あたしを置いて偽物のガールフレンドのところへ行く気!? そんな理屈通るわけないでしょ!』
死神じみたMWは再度、バックパックの黒棺を全て開いて、
『死霊魔導術式―――嘆きの肉塊呪術』
肉塊の死霊を四体召喚し、グリムヴァールへと殺到させた。四体は一切の連携なく、まるで新鮮な肉を見つけた獣が如く、一心不乱にグリムヴァールへと向かっていく。
「見えた」
短くアシュレイは言うと、フットペダルを踏み込んで機体を前進させる。
位置を調整するように左右に揺れ、死霊の軌道を読んで二体が同士討ちになる位置に立ち、寸前でバックステップを踏み回避。二体の死霊は一心不乱に獲物を喰らうことしか考えていなかったため、互いに猛スピードでぶつかり合ってその身を潰しあっていく。
複数召喚系の魔導は制圧力は高いものの、その制御が難しいため同士討ちにさせやすい。ましてや死霊のような正常な判断能力を有しているとは思えない狂気の存在であれば、なおさら細かな制御はできないだろう。
二体の死霊から吹き出す鮮血を炎で燃やし尽くしながら、アシュレイのグリムヴァールは一点を目指して駆け出す。それは投棄された対MW兵器だ。
アシュレイ自身は魔導遣いでないため、MWを操縦できたとしても攻撃手段は実体兵器に限られる。
その背中を追う二体の死霊に向かって、アシュレイは吐き捨てるように、
「正直あんたは憎いさ。でも今、俺のやるべきことはあんたを殺すことじゃない」
右腕を伸ばして地面に突き刺さった炸薬式のパイルバンカーを装着し、振り返りざまに一体の死霊に向かってその鋭い尖端を向けた。
「だからもう一度言う」
弾倉から装填された炸薬が発火し、鉄杭が火花を散らして猛進する。炸薬の熱を帯びた杭は死霊の肉に突き刺さると、無慈悲に貫き穿つ。そこには一切の残虐性もない、無骨な一点突破の衝撃があった。
「そこをどけ」
振り返りざまに、地面にあった大型シザースを左腕に装着し、もう一方の死霊の体を挟む。重厚な鉄鋏は死霊の肉をすり潰していき、呻き声を上げる死霊を地面に叩きつけた。
純粋な暴力の前に屈した恐怖は、そのまま再起することなく消えていく。
『はいそれと通すわけないでしょうが! このままじゃ満足できないのよ! あたしは魔導遣いなの! 気に食わないヤツは全て排除できる特権を持って生まれてきたの! だから目の前にゴミがあれば掃除せずにはいられないのよね!』
「ならさっさと殺してやる」
『カッコつけてんじゃねぇのよ! 死霊魔導術式―――地獄より湧き出し猛獣!』
死神じみたMWは両手を広げて、胸部アーマーを展開。巨大な魔導陣を刻んでいき、その中から機体の倍近い大きさのゾンビを召喚した。全身の肉が腐って黒くなった人型のそれは、潰れた目と剥き出しの歯肉を浮かび上がらせ、グリムヴァールへと駆け出していく。
「知っているか。本当のホラー映画っていうのは」
リンネと七回目のデートで観た映画。チープなZ級ホラー映画だったが、二人にとってはかけがえのない最高の思い出の一つだ。
「少し笑えるもんだ」
アシュレイは迫りくる巨大なグロテスクに向かって笑みを浮かべた。グリムヴァールはパイルバンカーの炸薬を装填しながら一歩踏み出す。
振り返れば沢山の思い出があった。
「それは本当の恐怖とはかけ離れているかもしれないが」
それは本当の恋とはかけ離れた、無知な子供同士の戯れだったかもしれないが。
巨大なゾンビが振り下ろした右腕を大型シザースで受け止めて、挟み潰す。
「きっと最高のホラーだよ」
きっと最高の恋だった。
仰け反った巨躯に向かって、グリムヴァールは飛び掛かり、パイルバンカーをゾンビの額に押し当てて、
「それを教えてくれたのは君だ」
パイルバンカーが黒く腐った肉を、恐怖を、絶望を、ひたすらに打ち貫く。
炸薬の硝煙を抜けて、グリムヴァールは死神じみたMWに向かってスラスターを噴射させて迫っていく。
「ありがとう」
あの日、あの時、君を口説いて良かった。
アシュレイは静かに瞳を閉じた。
『さっきから意味の分からないことを言うんじゃないのよ! もういいわ! 奥の手を使ってやる……洗脳魔導術式!』
死神じみたMWの胸部から、単眼の頭部が飛び出す。そして単眼から伸びたアンテナを中心に魔導陣が刻まれていき、
『己が意思を捨てよ、我が意思に生きよ(ブレイン・ウォッシュ)』
鋭い光が放たれた。
『この光を目にした者は私の意のままに動く! たとえ目を閉じようとも、瞼の裏の眼球が光を認識すれば有効なのよ! さぁ、死ね! 自爆しろ! 私の意のままに!』
だが、グリムヴァールは止まらない。
『効かない!? こちらを見ていないだけなら!』
死神じみたMWはバックパックの棺を展開し、小型の死霊を肉塊へと変化させて撃ち出した。射撃攻撃をすれば否が応でも前方を注視するその瞬間、洗脳の光を目にすることになる―――ゼルはそう考えたのだろう。
グリムヴァールは回避しつつ猛進を続ける。
『止まれ! 死ね! 今すぐ死ね! 自爆しろよ――――ッ!』
しかし、止まらない。死なない。死ぬはずがない。だから自爆もしない。
『どうして、どうしてよ! あたしの言うことが聞けないっていうの!?』
アシュレイは答えない。ただ黒の装甲を疾駆させるだけ。
そして到達した、死神じみたMWの眼前に。
『嘘、駄目……ッ! 助けて!』
大型シザースが死神じみたMWの胴体を挟み込む。バックパックの棺は開いていたが、死霊が底を尽きたようで、ただのギミックのある鉄箱になり下がっていた。
『待って、お願い! 取引しましょ! そうだ、あなたの恋人の霊を現世に蘇らせてあげる! なんなら受肉させてあげてもいいわよ! だから、その武器を降ろして!』
だが、大型シザースは液体金属装甲を潰しながら、死神じみたMWのコックピットを徐々に圧縮していく。
『どうして私の言うことが聞けないのよ! 私は、私は、まど―――あぎゃッ―――』
そして中にいた魔導遣いを、鉄塊の隙間に流れる赤色の有機物へと変換させた。
「悪いな……何か言ってたようだが、聴こえなかったよ」
アシュレイは外部の視覚情報の一切が遮断されたコックピット内で、制御モニターに移る熱源センサーを見つめながら呟いた。
元より洗脳魔導術式の対策は取っていた。たしかに有視界戦において相手の発する光を目にしないように戦うのは至難の業だ。しかしコックピットという鋼鉄で囲まれた場所では、単に視覚情報を遮断すればいいだけの話である。
敵の攻撃手段は死霊魔導術式に限られる。死霊という死者の魂をストックし、肉塊として実体化させて攻撃するものだが、その性質上“どうしても肉塊の死霊という熱源”を発生させてしまう。
それを利用し、熱源センサーによって敵と攻撃を察知しながら有効射程に入る―――これが死霊と精神操作系の魔導遣いである、ゼル・アモンドに対して行っていた、アシュレイの戦術の全貌だった。
「……やはり心は晴れないな」
憎き相手が乗っていたMWの残骸を見下げ、アシュレイは言った。彼女もまた魔導遣いという特異な生まれゆえに歪んでしまった人間だと思うと、屍となった存在まで恨む気にはなれなかった。
ただ、今を生きるリンネの元に向かうこと。
それのみにアシュレイは思考の焦点を絞り、先に進んだ。
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