その1
作戦開始三〇分前。
アシュレイは連合軍から提供されたCWへと向かっていた。そこには艦長のエリゼナが書類を片手にアシュレイを待っていた。昨日から寝ていないのか、目の下にハッキリとクマができている。
「約束の資料よ」
「助かる」
アシュレイが受け取ったのは、帝国軍に所属していた魔導遣いの現在の状況を示す調査ファイルだ。残党に所属していると思われる魔導遣いの一覧であり、軍にとっては機密情報であったが、そんなことお構いなしに彼はエリゼナに依頼を出していた。
〈魔女狩り部隊〉の戦いは、相手の魔導遣いがどのような魔導を用いるのか知るところから始まる。使用する魔導が分かれば、そのための対策も立てやすい。
CWの一〇〇倍以上もの戦術的価値があるとされるMWを狩るには、入念な下準備が不可欠なのだ。
調査ファイルを流し読みし、ある程度把握したのち、アシュレイはエリゼナのほうを向いて、
「感謝する」
「これが〈魔女狩り部隊〉のやり方でしょ? 分かっているわよ」
「そうじゃなくて、リンネの件だ。彼女のことを信用してくれて」
「……信用したわけじゃない、ただ」
エリゼナはCWの脚にもたれかかり、そっと天井を見上げて言った。
「疑うのは性に合わないってだけよ。私って艦長に向いてないタイプでしょ?」
「いや、きっとジャック先輩がいたらこういうさ。理想のタイプだ、って」
「女としてなら最高。上司としてなら複雑ね」
そう笑みを浮かべたエリゼナ。アシュレイもつられて笑みを浮かべ、CWのほうに視線を上げた。黒い装甲、慣れ親しんだ全長六mの鋼鉄の巨躯、右肩には三角帽子を被った髑髏のマーキング―――〈魔女狩り部隊〉を示すそれと、数字の「4」が刻印されていた。
第四世代型CW:ガベル第七特務部隊仕様。通称ガベル・ウィッチハント。
「この機体を残しておいて正解だったわ」
「いつか戻ってくると信じて、か?」
「捨てられなかったってだけよ。私の機体は大破していたし、唯一残った〈魔女狩り部隊〉のCWはこいつだけなのよ。私たちの思い出、そして先輩たちの生きた証……」
「……隊長たちは今の俺たちを見て、どう思うだろうな」
「“君は明日を生きろ”」
エリゼナは視線をアシュレイに戻し、
「私を庇ってくれた副隊長が、最期にそう言ってくれたの」
「あの人が言ったのか……なら死ねないな。部隊じゃダントツで怖かった人だ」
「そうね……ああ、それと」
懐に入れていた拳銃をエリゼナは取り出して、グリップのほうを向けて渡した。
「これは……?」
「今回は敵地に潜入しなければならない状況も想定される。だから持っておきなさい。魔導遣いと違って、私たちはボールペンじゃ戦えないから」
「なにからなにまで、ありがとうな」
「いいえ。これが今のハウンド6にできる、せめてものことと思って頂戴」
かつてと同じ、少しだけ固い笑顔を見せたエリゼナは、
「必ず生きて帰ってきなさい。本当にクソな男たちのもとへ行くには、まだ早いわよ」
「もちろんだ」
アシュレイは頷き、前を向いた。
彼の愛機である黒いガベルに、増加装甲と追加の装備が取り付けられていく。自らが再び戦場に赴くという実感を抱きながら、アシュレイはコックピットへと向かった。
一方、リンネは頭を抱えていた。ハッチが開いたままのアグニヴァールのコックピット内で、制御用モニターに浮かび上がる謎の文字の羅列を必死に解読しようとしていたが、とうとう力尽きて、頭頂部から煙が立ち昇り始めたところだ。
「な、なんなんですかこれぇ……」
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制御用モニターに浮かび上がる数々のポップアップに、リンネはどう対応すればいいのか分からずに混乱していたのだ。そこへやってきたキリエは、相変わらずの意地悪そうな顔でリンネの歪んでいく表情を覗き込んできた。
「おやおや、インターネットのことでお困りのようですワねェ!」
「うるさいです。こういうの、帝国軍にいた頃は無かったんですよ……」
「MWのOSは今じゃ完全に民間に移行してるからなァ。機体の改修でOSも更新されちまったんだろ。ほら、そこの右下のウィンドウをタッチしたら消えるぜ」
「コックピットに窓なんでありませんよ?」
「…………」
これ以上いじめてやるのは可哀想だと、キリエは無言で身を乗り出して制御用モニターへと手を伸ばし、リンネに過剰な情報攻撃を仕掛けてきているポップアップを片っ端から消してやった。
アグニヴァールは今のリンネの体に合うように調整はされたものの、改修にあたってどうしてもメインシステムを交換する必要が出てきたのだ。
帝国軍の純正のMWは連合軍のパーツの規格から外れてしまうようで、システム全体を連合軍が採用している民間製のものに入れ替えるしか方法がなかったとか。
「安心しな。こいつらが出てくるのは初回起動時だけだ」
「でも無料のやつは、登録しても良かったんじゃないですかね?」
「ああいうのは後から金取ってくんだよ。覚えとけ、世間知らずの魔導遣いサマ」
「……感謝はしませんよ」
「あいにく、感謝の安売りには興味がなくてな」
キリエはリンネの目を見て荒っぽい笑みを浮かべると、コックピットから出て、
「いちおう言っておくワ」
「なんですか、急に」
「どんな真実があろうとも、やるべきことは見失うな」
その言葉の意味をリンネは即座に理解できた。実の父親が自分を抹殺しようとしていたこと、転生魔導術式が帝国軍残党によって悪用されているかもしれないこと。それ以上の何かが研究施設には眠っているかもしれない。
真実は時に残酷だ。だからこそ、キリエは言ったのだろう。
「覚悟はあります」
「そーか。なら信じてるぜ」
キリエがコックピットの前から降りていくと、整備班が機体の最終調整に取り掛かった。
喪失したアグニヴァールの両腕と右脚は、アタゴヤマにあったMWのパーツを流用することで修復されている。ゆえに装甲色に統一感はまるでない。
戦後、連合軍を離脱し在野になった魔導遣いが続出した。そのため連合軍ではMWが余っているらしく、こういった羽振りの良いこともする余裕があったというわけだ。
大きく左右に広がった肩アーマーが特徴的で、両脚には推進剤を用いたスラスターが増設されていた。特徴的なのは両腕に装備されたガントレットだ。試験運用中の展開式魔導増幅装置であるそれは、実戦で使用されるのは初だという。
〈真空の大火〉の活躍に便乗し、その性能を世に知らしめようという企業側の魂胆が見え隠れしていた。
「……お父様」
まだ父親の愛に未練があるというわけではない。ただ彼が葛藤の末に行った愚行であるのならば、余計に思う。止めなければ、と。
「今、行きます」
決意とともに、リンネは操縦桿を握った。
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