その3
艦内の居住区には空き部屋も多いらしく、そのうちの一室を使わせてもらうこととなったアシュレイは、解放されたリンネとともにそこへ向かっていた。
「思ったより普通の部屋ですね」
リンネの第一声はそれだった。シングルベッドが半分以上を占める非常に狭い部屋で、トイレとシャワー室が玄関のすぐ横にあった。窓も無いため窮屈に感じるが、寝て起きるぶんには支障がないため機能的ともいえる。アシュレイにとっては馴染みの構造といえよう。
「どんな部屋を想像していたんだ……」
「“手錠付きのX字ハンガー”や“三角形の座るとお股が痛くなる椅子”、あと回転するベッドとか」
「あー……あの時の部屋ね」
たしか〈グルド98〉にいた頃、デート中にピンク色にライトアップされた城塞のようなホテルを見つけて訪れたことがあった。そして用途不明の謎の家具が置いてある面白い部屋だと、一種のアトラクションとして時間いっぱい騒いでいたのだ。
今ならあそこがどういう場所か、アシュレイには分かる。だからこそ思い出すと恥ずかしいエピソードなのだが、リンネは今も知らないらしく、楽しかった思い出として記憶しているようだ。
「凹な形をした風呂イスは、座ったまま股座を洗えたので便利でしたね」
「わかった、そこまでにしよう。思った以上に恥ずかしい」
「ふぇ?」
無知なぶん、純粋にその感想が出てくるリンネに対して心底可愛いと思ったが、だからこそ歯止めが利かなくなりそうなので、アシュレイは視線を壁の方へ向けて言った。
「また貴方と行きたいです!」
「今度はもう少し普通の部屋を選ぶようにするよ……あはは……はぁ」
一気に肩の力が抜けたアシュレイはシングルベッドに横になる。備え付けの電子時計を見ると夜の一一時を示していた。今日は色々なことがありすぎて、緊張とそれによる疲労で全身が鉛のように重たく感じる。
そんなアシュレイを労うように、リンネはその隣に座ってそっと頭を撫でて言った。
「お疲れ様です、貴方。ゆっくり休んでください」
「といってもまだ話さないといけないことはあるからな。休むのはもう少し後だ」
そう、リンネにエリゼナからされた話をしなければならない。第二十三艦隊の任務に同行し、自らの父親と対峙するかどうか。
「それに関してはご心配なく。もう答えは決まっています」
「へ?」
「艦長室での話、聞いていたんですよ。魔導を使って」
「ちょっと待て、拘束具で魔導は使えなかったはずじゃ……」
「連合製の拘束具や対魔導加工の壁は、私には無意味なようでしたね。簡単に破れましたよ?」
さすがは〈真空の大火〉といったところか。敵として戦っていた頃を思い出して、あらためて圧倒的な力の差を感じずにはいられない。
「任務には参加します」
「リンネ……」
「転生魔導術式の研究が、前線で戦う魔導遣いの命を救うことに繋がると信じて、お父様に協力していました。きっとお父様も同じ志を持って研究をしているのだと。そう信じて……いえ、信じたかっただけでしょう」
リンネは誕生日に父親から貰ったという口紅を取り出して、それを簡易的な魔導で潰した。すると中から本来化粧品に入っているはずのない電子基盤が現れる。
「これは……発信機か」
「はい。キリエから聞きました。この発信機を持っている対象を始末しろ。そう〈グルド98〉にいる帝国軍残党兵から依頼を受けた―――と」
つまりそれはリンネの父親が、何らかの目的で自分の娘すらも始末しようとしたことになる。自分の娘に発信機付きの誕生日プレゼントを贈るような人間だ。リンネが逃亡したと勘違いして、刺客を差し向けたのだろう。
「私は大馬鹿です……」
「だが君は―――」
「疑うこともできたはずです。少しでも立ち止まって考えるべきだった……なのに、家族の愛を信じたいという一心で何も見ようとしなかった。だからこれは私の責任でもあります」
「わかった」
翡翠の瞳に浮かぶ涙を拭ってやったアシュレイは、そっと彼女を抱きしめて言う。
「君の父親は、自分の娘であろうと容赦なく手にかけるほどの人間だ。転生魔導術式を世のため人のために使うとは思えない。どのような大義があろうとも、誰かに犠牲を強いることを良しとするような人間は止めなきゃならない」
「……はい。その覚悟も私にはあります」
「いや、俺がやる。そんな悲しい覚悟、君がする必要はない」
戦場でも誰も傷つけないような戦いをする彼女のことだ。父親と相対して決意の引き金を引いたとしても、きっと後悔は残る。それならば自分が背負えばいい。
これまでと同じように敵は殺す。戦争の中で生きてきたアシュレイにとっては容易いことだ。
「ありがとうございます。やはり貴方は優しい人です」
「いいや、ただ戦争に慣れてしまっただけ男だ」
その日、二人は寄り添うように眠りに入った。再会に襲撃、そして覚悟。壮絶な日がようやく終わっていく。だが全てが終わったわけではない。むしろ始まりにしか過ぎなかった。
きっと夜明けはまだ先だ。
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