第八十九話 女の子を泣かせる罪な男
もう夕方になり、セルギウスを探していると彼の魔力を感知した。
向こうの木陰で休んでいるのを見つけたので、そちらへ急行した。
ところどころにムーダーエイプの死体が転がっている。
「やあ! セルギウス! 大活躍だったようだね!」
『おお、マヤか。無事だったんだな。
魔力をたくさん使ってしまったから休んでいたところだ。』
「いやあ、それが死にかけたよ。運良くパティが来て治してくれたけれどね。」
『おいおい、なんだそりゃ。そんなに強い魔物だったのか?』
私はザクロの林での経緯をセルギウスに話した。
あのレーザーの雨はセルギウスでもヤバいと思う。
『うーむ、そりゃマヤに任せて正解だったな。
俺はサイクロプスをやっつけるのは簡単だったが、ムーダーエイプだっけ?
あいつらは蹴飛ばすだけでもやられるくらい弱かったけれど、散らばっていたから面倒だったぜ。』
あのムーダーエイプを蹴飛ばすだけで倒せる脚力なんて、どんだけだよ。
ともあれこれで片付いたというわけだ。
「セルギウス、帰ろう。
市場が再開しているはずだから、リンゴでも人参でもたらふく食えるよ。」
『そりゃ楽しみだな。腹が減ったしすぐ帰ろうぜ!』
待てよ、検問を通らずに抜け出してきたから、私だけはともかくセルギウスはグラヴィティで浮かせるにしても目立ちすぎるな。
「セルギウス、通行証無しで出かけたから、いったんアスモディアへ帰ってもらって、王都へ入ったらまた召喚するからそれでいいかな?」
『そういうことか。わかった。』
セルギウスはバフンと煙をあげて消えた。
馬だけに馬糞って…うぷっ
そうして私は再度王都の壁を越えて、馬でも通れそうな路地を探して目立たないようにセルギウスを召喚した。
そうして市場へ行ったが…。
「うわぁ、被害がかなり出てるなあ。昼に行った青果店のテントは無事かな。」
青果店のテントがあった辺りへ行くと、テントが潰れてめちゃめちゃになっている店がたくさんある。
騎士団が片付けの応援に来ているようで、取りあえず大丈夫だろう。
おっ 青果店の店主のおっちゃんがテントを直しているところだった。
「すみません、今は物を売ってもらうことって出来ますか?」
「おっ あんたは昼に見かけたあんちゃんかい。
この有様だ。無事なのもあるが痛んでいるものが多くてね…。」
『リンゴならちょっと洗えば全然食えるじゃないか。俺はかまわんよ。』
「うわっ 馬が喋った!!」
「そういうわけで店主、リンゴはこの店にある分を箱ごと買わせてもらいます。
値段は…銀貨二枚でいいですか?」
「え!? えぇ…、そりゃあもう十分過ぎるくらいで…。」
私は少し色を付けた値段で店主に銀貨を払い、せっかくなので店先に散らばっている果物片付けて箱に入れる。
割れたスイカが何個かあって…もったいないなあ。
「そんなので良ければ持っていって下さい。
他に傷物の野菜果物があれば適当に…。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて。」
食品ロスはいけない。もったいないお化けが出るからな。
割れたスイカはフリージングで凍らせて、後日王宮の厨房にスイカシャーベットを作ってもらおう。
人参も少し分けてもらった。潰れたトマトはさすがに無理か…。
「じゃあこれだけ頂いて帰りますね。頑張って下さい。」
「いやあこちらこそ助かりました。立て直したらまた寄って下さい。」
野菜と果物が入った箱は便利魔法グラヴィティで浮かせて運ぶ。
私たちは市場を後にして、近くの噴水がある広場へ行った。
ここでは早くも騎士や街の人たち大勢でガルーダの血抜きや解体が行われていた。
血生臭いので、離れた場所にあるベンチで休憩することにした。
「よし、リンゴと人参を洗おう。」
『おお、ようやく食えるのか。どうするんだ?』
私はグラヴィティでリンゴと人参を浮かせた後、ウォーターボールで取り込んで軽く濯いでから魔法を解除する。
何も考えず解除したのでそこら中が水浸しになったが、広場なら大した問題では無い。
『うぉぉぉ!! 食うぞ!!
うめえうめえ! たまらん! リンゴと人参を一緒に食っても美味い!』
セルギウスは一気にバリバリと食い始めた。
彼は最大の功労者だからリンゴと人参で済ませるのは悪い気がするが、他に何かあげようが無い。
私もくたびれたので、ベンチに座ってリンゴを一個を食べた。
しばらくベンチでボケッとしていると、あれだけあったリンゴと人参は全部セルギウスが食べてしまっていた。
人参は十本ほどだけれど、リンゴは百個くらい買ったんだけれどな。
『いやぁ~ 食った食った。こんなに食ったのは久しぶりだ。』
「君にはすごく頑張ってもらったのに、それだけでいいの?」
『俺は金をもらってもどうしようもないからな。
アスモディアで食えないものをたらふく食わせてもらったらそれでいい。
あ、マカレーナに帰る前にもリンゴと人参をたくさん用意してくれよ。
じゃあ、俺はこれでアスモディアへ帰るからな。
また何かあったら呼んでくれ。』
「ありがとう。またよろしく頼むよ。」
セルギウスはバフンと消えた。
さて、私も王宮へ帰るか…。
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私はそのまま飛んで王宮の自室の窓から入り込んで帰ってきた。
「あ、マヤ様おかえりなさいませ!
シルビア様がお探しでしたよ! 女王様がお呼びみたいです。」
ルナちゃんが部屋で待っていてくれた。
もうすっかり暗くなってしまってお仕事が終わる時間なのに、悪いことしたな。
「ただいま。この凍った割れたスイカ、みんなでシャーベットにして食べてよ。
余った物は厨房の魔法の冷凍庫に入れておいてね。
後で私たちが食べるから。」
「どうしたんですかそれ!?」
「ガルーダにやられたお店のおっちゃんからたくさんリンゴを買ったから、いらないのをもらってきたんだよ。」
「そうなんですか~ って、マヤ様すごい活躍をされたそうじゃないですか!
エリカ様が、私のマヤ君がさぁ~なんておっしゃってましたよ。」
あの人は口が軽いなあ。
実のところブラックボールで精一杯だったし、騒がしくなると面倒だ。
「陛下にお目にかかるならお風呂に入って綺麗にしなくちゃ。
ルナちゃんはスイカを厨房へ持って行ってもらったらもう終わっても大丈夫だよ。」
「ええ、そんなあ。お風呂は準備できてますけれど…」
フリージングは一時的に保冷も出来る便利魔法だからこうして持って帰られたんだけれど、ルナちゃんは背中を流したそうな感じだし…まあサッとやってもらおうか。
「じゃあ陛下との面会もあるので、手早にお願いしま…す…。」
「はい!」
ルナちゃんは目をキラキラさせながら私の服を脱がしているけれど、エッチなのかな?
エリカさんみたいなニタニタした嫌らしさが無いから、単に世話好きなのか。
とか言ってるうちにぱんつも脱がされた。
魔物を倒すのにあれだけ動き回ったから、臭かったらどうしよう。
ルナちゃんもパサッと給仕服を脱いでカボチャパンツ姿になった。
「さあお身体を洗いましゅね~」
は… 今のはなんだ? 噛んだだけか? 赤ちゃんプレイか?
ルナちゃんはウキウキ顔で実に丁寧で献身的に背中を流してくれている。
「はい今度は前を向きましょね~ あら…象さんが立派に。」
うーん、ルナちゃんのテンションが高すぎておかしい…。
ルナちゃんが一生懸命洗ってくれており、余計な反応をして終わってしまってもいけないので、つらかったブラックボールとの戦いを思い出してこの場を収める。
「あらら…、子象さんになっちゃった…。」
慣れてくれたのは嬉しいけれど、慣れすぎじゃないかね。
だがルナちゃんの表情がだんだん暗くなり、泣き顔になった。
「マヤ様が生きててよかったぁ~ うえぇぇぇん…」
あー、エリカさんがいらんことを喋ったな。
元気な顔で迎えようと空元気を出していただけなのか、なんて健気な…うぅ。
「大丈夫だよ。私はここにいるから。」
ルナちゃんの頭を撫でながら、前にパティが言っていたことを思い出して、私も言ってみた。
だが私は全裸なのでまるで格好が付かない。
「はい…。グスン」
日本じゃ女の子なんて泣かせるほどのことなんて無かったのに、こっちに来てからよく泣かれるなあ。
女を泣かせる男は地雷というが、私は違うよね?
お風呂から上がり、ルナちゃんに服を着せてもらっている間も彼女は暗い顔のままだ。
私は不意に彼女のおでこへキスをした。
「あ、あぁ…マヤ様…。」
ルナちゃんは顔を真っ赤にして照れた顔になった。
これでいいのかな?
「すみませんでした。
エリカ様からいろいろ聞いて、マヤ様が大変なことになったことにびっくりして…。」
「やっぱりエリカさんか。後で怒ってやろう。」
「うふふ。ではシルビア様を呼んできますからね。
スイカシャーベット、頂いていきますね。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
ルナちゃんが退室していった。元気になって良かった。
あんないい子の泣き顔を見るのはつらいからね。
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しばらくすると、シルビアさんがやってきたので彼女に着いていくが、案内されたのは寝室ではなく最初の日に面会した応接室だった。
そこには女王とパティがいた。
着席を勧められて私が女王の対面のソファに座ると、パティが無言で私の隣に座り、袖にしがみつく。
シルビアさんは女王の横に立っている。
「マヤ様、今日は大変ご苦労様でした。
ヴェロニカとパトリシアさんから全て聞きました。
あなたは最大の功労者です。
あなたの判断が無ければマドリガルタは大変な被害を負ったでしょうが、おかげで最小限に食い止めることが出来ました。
お礼の申し上げようがありません。」
「いえ、私はデモンズゲート周りの魔物を倒して穴を塞ぐのが精一杯で、召喚獣が魔物をほとんど倒しましたから…。」
「召喚獣を呼んだのもあなたですから、あなたの功績ですよ。
謙遜なさらず誇って下さいまし。」
「はい、ありがとうございます。」
女王は優しく微笑んでくれた。まるで自分の子供を見つめるように…。
「それから叙爵式は今日から五日後に決まりました。
あと今回の功績について伯爵号を授けたいところですが、さすがに急に伯爵になると周りがうるさいでしょうから男爵のままで勘弁して下さい。
その代わり何か考えますので。」
「いえ、伯爵なんて大それた…。」
「今晩はこの辺にして、ゆっくりおやすみなさい。
そうね…、今晩はパトリシアさんと一緒にいてあげなさい。」
「え…?」
「あなたのことを一番心配していたのはパトリシアさんなんですよ。
こんな可愛い子を泣かせちゃって、あなたは悪い子ね。」
うーん、パティが女王に経緯を話したときも泣いちゃったのかな…。
緊張するけれど、パティが望むなら今晩は一緒に過ごすか…。
さすがに女王は今晩私を求めないんだな。
「マヤ様…、私の部屋へ参りましょう…。」
「うん…。」
「じゃあ二人とも仲良くしなさいね。おやすみなさい。」
「おやすみなさいませ。陛下…。」
パティは私の腕を掴んだままで、私たちは応接室を退室した。