表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/374

第八十五話 ヴェロニカ王女、嵐のごとく

 2025.9.7 加筆修正を行いました。

「――おはようございます。起きて下さ~い! マヤさまぁ~ お~い」


 ――ん? ルナちゃんの声だ…… もう朝なのか。

 さっき寝たかと思ったのに、夢を見ることも無く爆睡したのか。

 目がしょぼしょぼしてすごく開けにくい。

 身体を伸ばそうと両手をグッと伸ばしたら、柔らかい物が手に収まった。

 あぅ…… 何だかラブコメのお約束展開のような気がする。


「あんっ マヤ様ったら…… そういうことは、夜にお申し付け下されば、マヤ様の為でしたら頑張りますから……」


 ルナちゃんの胸を軽く掴んでいたようだ。

 柔らかいけれど張りがある若々しいおっぱいだ。

 今何と言った? お申し付け下されば頑張ります??

 嬉しい反面、お仕事の内かなと思うと悲しい……


「あぁ…… ううん…… ごめんよ…… 寝ぼけてたんだ……」

「わかってますよ、冗談です。うふふ」


 良かった。そういうことはお仕事でして欲しくない。

 そんな冗談も出来る子なんだな。

 ホステスが客に胸を触られたって、いきなりひっぱたくのは問題だ。

 だから適当にあしらう能力は必要になる。


 私の分身は沈んでいて、ゆうべは搾り取られまくられてチャージが済んでいない。

 起き上がってみたものの、少し寝覚めが悪かったようで頭がふらふらしているからベッドに座ったままだ。


「マヤ様大丈夫ですか? 昨日はいろいろあってお疲れでしょう」

「うん。ゆっくり起きるね」


 ルナちゃんは隣に座り、軽く私の手を握った。

 無言で手を繋いでいると、お風呂で裸になっているときよりドキドキする。

 出会ってまだ四日目というのに、彼女とはずいぶん慣れた気がするな。

 でも思わせぶりというか、掴めないところもある。

 私は判断力が無い半寝ぼけの頭で思わず聞いてしまった。


「ルナちゃん…… 私のことをどう思ってるのかな。その…… 好きだとか」

「――私はマヤ様のことが好きです。とてもお優しいですから。でも…… 短い間ですからお客様としてですよ? 初めての男性のお客様ですから、思い出にしておきたくて…… グスン…… あ、あれ? 涙が出てきちゃった…… グスン」


 ええっ? 泣いちゃった?

 この子は情が深いのか、単に涙もろいのか。

 それとも今まで辛い目に遭いすぎたとか。


「私もルナちゃんのことが好きだよ。出来たらこのままずっと私のお世話をしてもらいたいな」

「グスン…… 私もマヤ様のお世話を続けたいです…… でも王宮はマヤ様のお付きに変わることを許してくれるでしょうか? グスン…… それにフローラ達とお別れするのも寂しいです……」

「ルナちゃん、やっぱり昨日話したことだけれど、私は四人一緒に私の給仕係として移籍出来るかどうか、機会があれば女王に直談判してみようと思ってるんだ」

「はい…… すごく難しいと思いますが……」


 これ以上はルナちゃんにとっても重くなるので、話はそこで終える。

 トイレへ行って顔を洗い、着替えさせてもらって朝食会場へ向かった。


---


「おはようマヤ君。今朝は遅かったんだねえ。もしかしてルナちゃんといいことをしてた? にっひっひっひ」

「はぁ……」


 朝食会場へ着くなりエリカさんの開口一番がこれだ。

 エリカさんは王宮に来てから不思議とベタベタしてこなくなった。

 私が借りている部屋が女王の私室に近いこともあって、その場所をわざわざ教えていないのだが、彼女から晩にいいことをしようとも言ってこない。

 不自然で不気味なのだが、何か知っているのか見当が付かない。

 もしかして女の子の日が始まったのか? そういうことにしておこう。


「マヤひゃま(さま)、おはようございまふ。おひゃき(おさき)に頂いてまふわよ。モグモグ……」


 アマリアさんがいないと思って、口の中に食べ物を頬張ったまま喋り、だんだん食事の行儀が悪くなっているパティ。

 帰るまでそのままだったら大目玉を食らうだろう。


「マヤ君おはよう! いやぁ~昨日の雨燕は格好良かったよ。食事が終わったらまた訓練しよう」

「そうだね。すること無いし……」


 エルミラさんが訓練に誘ってきたが、彼女の目はもう少し慣れが必要だろう。

 そのためにも付き合うか……


 トーストとサラダ、ハーブティーと王宮の食事にしては軽めの朝食を食べる。

 エリカさんはコーヒー派、パティはトーストでなくチュロス。

 王宮でもこのくらいの注文は当然聞いてくれる。

 そろそろビビアナやジュリアさんの生ハムパンが恋しくなってきたなあ。


 そこへ食事会場である個室のドアがギイッと開いた。


「マヤ・モーリ殿はいるか?」


 なんと王女だった。いつもの軍服姿である。

 しかも、いつも()()()呼ばわりしていた王女が、私の名前を呼んだ。

 どうしたことだ!?

 なんでまた食事中にやってくるんだろうと思ったが、私の部屋は公表していないし、私の行動を考えると食事中が一番分かりやすいからなのか。

 部下に頼んで呼びつければ良いのに。


「はい、こちらにおります」

「おお!」


 王女がそう反応するとズカズカとこちらへ寄ってきたので、私は立ち上がる。


「マヤ殿! 私の婿になれ!」

「――えっ?」

「だから婿になれと言ってるんだ! 私と婚約しろということだ!」


「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!????」」」」」」」


 パティ達三人と、ルナちゃんらお付きの給仕係四人が一斉に叫んだ。

 王女の唐突すぎるプロポーズで、私は状況が理解出来ず固まっている。


「ヴェロニカ様と私が婚約ですか?」

「そうだ」

「うーん…… 話が飛躍していて理解しかねてますが、少しご説明を頂戴したく存じます」

「私は以前から、私よりずっと強い男と結婚するつもりでいた。だが私より強い男は師匠で騎士団長であるアーロン殿しかおらぬ。彼は母上より年上で妻子持ちだからそうもいかん。だがマヤ殿が現れた。圧倒的な強さで恐怖すら感じた。私にはマヤ殿しかおらぬ!」


「「「キャーー!!」」」


 マヤ殿しかおらぬ、という殺し文句に反応してルナちゃん以外の給仕係三人が、両手に頬を当てて顔を赤くして叫んだ。

 他の四人はまだ白目で固まっている。


「あの、ヴェロニカ様から求婚をお申し込みされたことは大変光栄にございますが、まだ出会ってから昨日の今日ですから何ともお応えし難く……」

「ならばこれから共にたくさん語ろうではないか。口でも拳でもな。私はもうマヤ殿に決めたのだ」


 あぁ…… 何かすごい面倒くさいことになってきたな。

 パティはいつの間にかジト目になってるし、エリカさんは時代劇商人の悪巧みのような顔をし、エルミラさんは苦笑し、ルナちゃんはどうしようはわわわの表情だ。


「わかりました。丁度これから訓練をしようと思っていたところです。食事を終えたら私とエルミラは訓練所へ向かいますので、ヴェロニカ様は体術で動きやすい軽装に着替えてお越し下さい」


「うむ、わかった。すごく楽しみだ! それでマヤ殿、そこのお連れの者達を改めて紹介してくれないか?」

「はい。実はこの三人、みんな私の恋人なんです」

「おお、そうなのか! イスパルでは、強い男には強くて良い女が集まると言うからな。私も圧倒的に強いマヤ殿だから気に入ったのだ」


 この国の言葉なのか、そんなこと初めて聞いたわ。

 強い男ならゴリマッチョでも良い女が集まるのか?

 パティは少しきょどった顔をして赤らめ、エリカさんはニヤニヤし、エルミラさんはどや顔をしている。

 エルミラさんがどや顔をするのは珍しいが、強くて良い女に反応したのかな。


「こちらがゼビリャの領主であるガルシア侯爵令嬢の、パトリシア様です。まだ十三歳ですが学業はもう卒業しまして、魔法にも非常に長けておいでです」

「母上と謁見の時は挨拶も無く失礼した。侯爵には母が大変世話になったと聞いている。将来の強き夫のために私共々これからよろしく頼むぞ」


 王女は手を差し出しパティに握手を求め、パティはそれに応じて握手をした。

 急に態度が変わった王女を見てパティはまだ困惑しているようだ。


「よ、よろしくお願いします。王女殿下……」

「それからマカレーナのロハス男爵令嬢、エリカ様です。今はガルシア侯爵の屋敷にて滞在してまして、上級魔法使いです。闇属性の魔法も使えて、私の魔法の先生でもあります。私が闇属性魔法が使えることも見抜いてくれました」

「闇属性とは珍しい。マヤ殿の恋人は精鋭揃いだな」


 同じく手を差し出し、王女とエリカさんは握手をした。

 エリカさんは余裕の表情だ。


「よろしくお願いします。王女様」

「最後はエルミラです。立場は私と同じでガルシア侯爵の直属護衛をやっております。体術と槍の使い手で、屋敷ではいつも私と訓練していまして、かなり強いですよ」

「かなり強い!? エルミラ殿は私よりも強いのか?」

「ヴェロニカ様と同じかそれ以上と思われます」

「そうなのか!? なんということだ! マヤ殿の周りはどれだけ人材が揃っているんだ!」


 そう言いつつ、王女はエルミラさんに握手を求め彼女の手を固く握りしめた。


「よ、よろしくお願いします…… 王女殿下……」


 エルミラさんは緊張しながら微笑み、挨拶をした。


「ちなみに私の剣術の先生はガルシア侯爵夫人のローサ様で、剣術においては私より遙かに上です。それから護衛役にもう一人、スサナという者がおりまして、エルミラと同じくらいの強さです」


「うーむ…… ガルシア侯爵の元にはどれだけの強者(つわもの)が揃っているのか…… 王都にいながら私の視野はどれだけ狭かったのか、恥ずかしく思う」


 王女は腕を組み、考え込む表情をしていた。

 王女の言うことから察するに、王都周りには極端に強い兵士がいるわけではなく基本に(のつと)って兵士の数で魔物退治をやっているということか。


「私はすごく楽しみになってきた! では着替えてくるから後ほどな!」


 王女は今まで見たことがないようなやる気満々の笑顔になり、食事会場を退室して行った。

 まるで通りすがりの嵐のようだった。


---


 王女が去り、一変と空気が変わった朝食会場。

 ルナちゃんたち四人の給仕たちはコソコソザワザワと何かを話している。


「ちょっとマヤ様! これはどういうことですの?」


 もうお決まり文句のようになってきた、パティの「どういうことですの」という台詞。

 これも面倒くさいなあ。


「どうもこうも、見ての通りだよ。王女の態度が急に変わったのも、たぶん強い人物にとても憧れているんだと思う。先日、女王陛下と話す機会があって、意外にお母さんっ子でいい子なんだって」


 先日、女王とベッドの中で聞いた話だなんて、とても言えない。


「それは…… もぉぉぉ マヤ様にはどんどんお嫁さんが増えますのぉ!」


 パティは両手で握りこぶしを作り、ぶるぶるさせながら叫ぶ。

 本人は一夫多妻を認めつつも、人数が増えすぎて最初の想像を超えてしまったのだろう。


「もしだよ。もし私が王女と結婚したら、王女は王族から離れるけれど配偶者となれば私は公爵になって、パティも公爵夫人になるわけじゃないかな」

「私が公爵夫人!? 公爵夫人(ダッチェス)…… えへへ」


 パティは頬を両手で押さえて照れている。

 幾度かこういうことがあったが、パティはこのあたりが単純だな。

 だがパティは正気に戻り、こう言った。


「いえいえマヤ様! 公爵になることがどれだけ大変かご存じなのですか? 貴族社交界の最上位になって、あのガルベス公爵とも付き合いがあるんですよ。お父様も侯爵ですからいろいろ気苦労があるんです」

「あぁ…… それは遠慮したいね」

「んもう! マヤ様は軽く考えてらっしゃるんですからっ」


 パティはプンプンしながらそう言う

 可愛すぎて全然怖くないのがいい。


「少なくとも今、私は王女と結婚する意思はないよ。私たちは王都に滞在するのもあと何日かだし、まさかマカレーナまで着いてくるなんてことは王族のスキャンダルになるから考えにくいだろう。その何日か、王女の我が儘に付き合うぐらいはしないとね」

「それならいいんですけれど……」


 とんでもない話になってしまったが、幸いにも私、パティ達三人、ルナちゃん達専属の給仕係四人以外はいない。


「皆さんもこのことは絶対口外なさりませんように!」


 パティがそう告げると、ルナちゃんたち四人の給仕係は焦りながらコクコクと頷く。

 さて、部屋へ戻って訓練の準備をしなきゃな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ