第八十三話 ヴェロニカ王女との対戦 後編
「それでは両者、二本目を始めて下さい。」
近衛兵長の声で対戦二本目が始まり、私たちは再び剣を構える。
さて次はどう出るか…。
私が前へ出た瞬間、王女が剣の構えを横に変えてこちらへ向かって来る。
そして剣を横に振った。まずい!
ビシイィィィ!!
先程の地衝裂斬を横に振っただけの技だが、完全に躱しきれず脇腹に当たってしまった。
見た目は何ともないのだが、かなり痛い。
「ん? 当たったと思ったが躱したのか? 不思議だな。」
王女は俺を本当に殺すつもりなのか?
こっちは怪我をさせないよう気を遣ってるのに遠慮がなさ過ぎるな。
すかさず王女が向かってきたので、一本目と同じ剣の打ち合いになる。
カキンカキンカキンカキンカキンカキンカキンカキンッッ
剣が交差し止まって数秒間睨み合いになったが、王女が蹴りの連続を仕掛けてきた。
こちらが刀を振る前に躱すのが精一杯なので、いったん退いて建て直す。
「おい、おまえ! 組み手でやってみないか?」
「どうしてですか?」
「お前も体術が出来そうだから面白いと思ってな。」
「ああ、構いませんよ。」
私たちは剣を地面に置いて、王女はプロテクターも外した。
するとすぐに私に立ち向かって、パンチとキックの連続を仕掛けてくる。
やはり剣と同じようにやや直線的で、これならスサナさんのほうが強いだろう。
だが次は回し蹴りが来て、それに見せかけて後ろに回り込まれ、ヘッドロックを掛けられてしまった。やられた…。
でもこのまま後ろへ倒れてしまえば勝ちだよね? と思っているうちに体勢を変えられ、首が王女の脇に掴まりヘッドロックの形になった。
(審判中のエルミラ視点)
ああああ… マヤ君は何やってるんだ!?
あんなの前にいつもスサナがやってたじゃないか!
マヤ君なら強引に持ち上げるとか相手を振り回したり後ろに倒れたり、いくらでも出来るだろ!
まさかわざとじゃないよね?
(マヤ視点)
むぉぉぉ!? 王女がエルミラさんに匹敵するほど良いニオイとは!
女王に似ず胸はあまり大きくない気がするが、軍服が厚手なのでよくわからん。
すぅ~はぁ~ たまらん。香りは女王譲りだな。
「ほらどうした!? ギブアップか、このまま落ちるか、首の骨が折れるまで粘るか?」
「ムググ…」
なんて苦しんでいるフリをしてるが、スサナさんとの組み手で慣れてしまっているので何と言うことは無い。
そろそろ抜け出すか。ここで柔術が使えそうだから、片足の膝裏に手を掛けて回したら王女は容易に倒すことが出来る。よし!
「うりゃ! あっ…」
「えぇい!」
逆にその勢いで寝技に持ち込まれ、後ろに倒されてしまった。
「王女殿下に一本!」
あ…、どうやら私が先に地面へ手を着いてしまったようだ…。
「ふん… 油断するからだ。」
「はぁ…」
こういう勝ち方のせいか、王女はあまりスッキリしていないようだ。
私の油断は、王女のあの良い匂いがいけない。
エルミラさんより少しツンとして濃い匂いだった。
気を抜きすぎてしょうもない負け方をしてしまったから、後で誰かにツッコまれそう。
脇腹をスモールリカバリーで治療し、三本目のために体制を整えた。
王女は再びプロテクターを装着し、剣を手に取る。
私も八重桜を拾い、備える。
「三本目でこの勝負が決まります。始めて下さい!」
剣を構える…。
二本目はバカをしてしまったから、今度はしっかり勝たねば。
この中で一番損な役回りは王女だから、観衆の目のためにも派手に倒したり一瞬で片を付けるのは避けて、王女にも見せ場を作ってあげなければいけなかった。
今度は私が先に出る。
一本目と同じく剣を交えるが、あの地衝裂斬は少々厄介だからそれをさせないためにも刀を撃っては払うの繰り返しがしばらく続き、グラウンドが剣の音が鳴り響く。
強そうな西洋剣相手に八重桜は折れずに良く持っている、不思議な刀だ。。
八重桜は、刃先ではなく反対側の棟と呼ばれる所をうまく使って王女の剣と交わしている。
そう、時代劇で峰打ちと呼ばれているが、ローサさんに教わったら刀技にそんなものは無いということだ。
試しにローサさんに峰打ちを私に軽く背中へやってもらったが、転げ回るほど痛い。
ミディアムリカバリーで治せたからいいものの、時代劇の峰打ちがいかに演出なのかよくわかった。
しめたっ!
私は僅かな隙を突いて、剣の鍔に近い部分を棟で叩き、王女の手から剣を落とすこと成功した。
「うわぁぁぁ!」
私は直ぐさま刃先を王女の首元へ突きつける。
王女は固まり、私を睨み…
「参った…」
「マヤ殿に一本!」
観衆から声援が上がる。
近くにいたエルミラさんの顔を見たら安堵している表情だった。
(VIP観覧席のガルベス公爵・オリベラ侯爵視点)
「ガルシアの家来が勝ったか。王女も怪我は無い。
あやつは積極的な攻撃をしなかったが、無難に終わらせたつもりか。」
「いまいち面白みに欠けますな。
ですが先程のあの小生意気な王女の顔を見たら、いい気味でしたね。」
「自分より強い者はまだいるということだ。いい薬になったな。
少しは黙るといいがな。ふんっ」
「あの者を本当にこのまま男爵にしてもよろしいのですか?」
「約束は約束だ。魔物退治しかしていないのであれば問題無い。
だが我らの権益を損なうことをしてくれば容赦はせんがな。」
「万一、王女と結婚するようなことがあればまずいのでは?」
「そうなれば阻止せねばならん。
やつは女王との繋がりがあるから可能性はゼロではないが、今の様子だとそれは無いだろう。」
(VIP観覧席のマルティナ女王陛下・シルビア視点)
「良かった…。二人とも怪我が無くて…。」
「そうですね…。マヤ様はかなり手加減していたように思います。」
「無事に終わったのも、マヤさんのおかげですね。」
(マヤ視点)
やれやれ。何とか勝つことが出来た。
全力出して魔物を倒す方がよほど気楽である。
王女は立ち上がり、こちらを見もせず無言でゆっくり歩いてゲートへ向かって歩いて行った。
後ろ姿が哀しかったが、同情しても返って余計に恥を掻かせてしまう。
私の叙爵に横から口を出してきたのはこれを見に来たガルベス公爵らだろうが、目的は私より王女なのか?
ただの嫌がらせならば、パティが言うよう本当にいけ好かないやつだ。
審判で近くにいたエルミラさんが私に声を掛けてきた。
「マヤ君、おめでとう。とうとう男爵閣下だね。」
「ありがとう。閣下だなんて実感湧かないよ。ははは」
「ところで二本目のあれはなんだい?
訓練でスサナに掴まっていたときと丸っきり同じじゃないか。」
「あれは王女にも見せ場を作ろうとしただけだよ。パフォーマンスさ。」
「こっちはハラハラしたよ…。」
やっぱりエルミラさんはあのことを聞いてきたが、適当に誤魔化した。
おっと、終わったら女王のところへ行くんだったな。
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女王がいるVIP観覧席にて。
そこには女王、シルビアさん。マルティン王子がいないからもう帰ったのか?
それからパティらも含めて六人集まった。
サリ様もいないようで、結局今日はパティとエリカさんと顔を合わせただけのようだ。
ガラス張りの部屋からはフィールドがよく見えるが、ここからだとずいぶん小さく見えるな。
ああ、女王もテレスコープの魔法が使えるのかな。
公爵のおっさんたちは知らんが。
「マヤさん、おめでとうございます。
娘も無事で助かりました。お礼を申し上げます。」
「いえ、当然のことですから…。」
「男爵号叙爵の日については追って定めますので、もうしばらく王都でゆっくりしていて下さい。」
女王は微笑んではいたが、自分の娘の立場を考えると素直に喜べず少し哀しい表情が混ざっているようにも見えた。
「マヤ様、おめでとうございます! とうとう男爵になられるのですね!
お屋敷をいつ建てましょう? 給仕係は何人入れましょうか?
私も男爵夫人ですのね! うふふふふ」
「あのパティ…、まだ何も考えてないから…
それに魔物退治もあるからもう少し落ち着いた時にね。」
「そうですわね…。私ったら早合点でした。うふふ」
屋敷か…。男爵になって侯爵の屋敷に居候するのもおかしな話だから真面目に考えないといけないかも知れないが、収入源が魔物討伐の報酬しかないのでは屋敷なんて建てられるはずがない。
中古物件を探すか…、その前にブロイゼンの二人にお願いした空飛ぶ乗り物の費用がいくら掛かるかわからない。
マカレーナに帰ったら課題はたくさんだ。
「マヤ君おめでとう! これで嫁を増やし放題やり放題!」
「ちょっとエリカさん下品だよ。」
「可愛い嫁が増えたら私にも分けてね。」
「嫁はそういうもんじゃないでしょうに。」
エリカさんの馬鹿さ加減はともかく、結婚するタイミングはパティが十五歳で成人した後にするつもりだ。
あと一年何ヶ月は現状維持になるだろう。
「うふふ。モーリ男爵家はとても賑やかになりそうね。」
「陛下、モーリ男爵だなんて実感湧きませんよ。あはは…」
そういうわけで私たちは退場し、別々に馬車で王宮へ戻った。
王女も女王と一緒の馬車に戻ったようだ。
きっと女王は娘である王女に何か声を掛けているだろう。
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王宮の自室に戻ると、ルナちゃんがお風呂の準備をしてくれていた。
「マヤ様、おかえりなさいませ! どうでしたか!?」
「君の期待通り、勝てたよ。」
「おめでとうございます!! やっぱりマヤ様はお強いんですね!
これで男爵様ですね!」
「叙爵式が済んでからだから、ちょっと早いかな。」
こんなに喜んでもらえると素直に嬉しい。
ルナちゃんは私に向かってきて服を脱がし始めた。
「さあ、汗をいっぱい掻いたでしょうから、早速お風呂に入りましょう!」
私の服と下着を脱がし終えると、ルナちゃんもお昼前のようにキャミソールとカボチャパンツの姿になって一緒にお風呂場へ入った。
「勝利のお祝いにまた私がお身体を洗って差し上げますね!」
お祝いで身体を洗ってもらうって、特殊公衆浴場で打ち上げじゃないんだから…。
言わずと知れているが私の分身もとても嬉しいようで元気である。
だが今晩も女王へのおつとめがあるだろうから、我慢我慢。
ルナちゃんは身体の隅々まで丁寧に洗ってくれて、とても気持ちいい。
「ルナさん、ありがとう。綺麗さっぱり気分が良いよ。」
「どういたしまして。
あの、マヤ様のことを信用してますから忘れてましたけれど、このお風呂のことは本当に内緒ですからね。」
「もちろんだよ。私の周りにも言わないさ。」
もっと内緒のことを女王と行っているのだから、口はしっかり締める。
お風呂から上がって服を着せてもらい、もう夕食の時間だ。
食事会場にはいつものように、先に三人とそのお付きの給仕係が集まっていた。
「マヤ様。特別な席ではありませんが、夕食は祝勝会といきましょう!」
パティがそう言ってくれたとき、ドアがバタンと開く。
王女殿下だ。なんでこんな時に…。
姿は闘技場の軍服姿のままだが、鎧は着けていない。
「食事が始まる前に失礼する。おまえ、もう一度私と勝負しろ!
剣を持ってすぐに訓練所へ来い!」
そう言ってすぐに退室していった。
パティたちは唖然として固まっている。
「ふぅ…。部屋まで八重桜を取りに行ってくるか…。」
「マヤ様! 私が取りに行って参ります!」
「いや、これは私のけじめでもあるから自分で取りに行くよ。
パティたちはそのまま食事を始めてもらってもいいよ。」
ルナちゃんが不安そうな表情で私を見つめていた。
パティが立ち上がって叫ぶ。
「なんですの! いくら王女でも失礼極まりますわ!
私はこの勝負を見届けますわよ!」
「私も見に行くよ。さっきより面白そうじゃない。」
「審判がいなきゃ始まらないよ。私も行くよ。」
エリカさん、エルミラさんもそう言ってくれて、結局給仕係四人も見に行くことになった。
王女がもう一度勝負をしたい理由は心当たりがありすぎるが、一番損をしているのは王女だ。
この勝負は受けなければいけない。