第七十六話 王宮で朝起きとエルミラさんの心
「マヤ様、おはようございます。マヤ様…マヤ様…」
「う…ん…。」
目を開けると、目前にルナちゃんの顔があった。
もう朝か…。ゆうべの女王とのアレのせいなのか、ぐっすり眠れたようだ。
あ…、布団の中では、もう一人の私が毎朝恒例で起立をしている。
私はいつもシャツとぱんつだけで寝ているので、ルナちゃんの反応次第では出るに出られない。
「あの…、私は下着だけで寝ているので、着替えたいからあっちを向いてもらえると有り難いのだけれど…。」
「そんな。お着替えを手伝わせてください! 男性、いえマヤ様に慣れておきたいので…。」
「うーん、知ってるかな。健康な男性は朝になると下半身が少し変形するんだ。」
「初めて聞きました! それどうなってるんですか? 見たいです!」
慣れてくれたのはいいけれど、積極的過ぎやしないかね。
………マルセリナ様みたいに性教育が不完全なのかな。
それにしたって、給仕の女の子同士でそういう話が多少出ると思うんだが。
「いいのかな? 嫌がらないかな。」
「私がマヤ様を嫌がるはずがありません!」
「そう… じゃあ… はい。」
私は布団をめくって、黒いぱんつがテントを張っている状態をルナちゃんに見せた。
「………すごいです。昨日と大きさが全然違いますね…。」
ルナちゃんは、好奇心半分、恥ずかしさ半分のような表情で顔を赤くしてテントを見つめている。
やっぱりある程度知ってるんじゃないかな。
「あ、ありがとうございます…。勉強になりました…。」
「うーん、私は構わないけれど、こういことをもし他の男性にお願いするのであればやめて欲しいな。
反対に男性の方から君に酷いことをされかねないし、女の子は身体を大事にして欲しいんだ。」
「申し訳ありません…。私何も知らなくて…。
それで構わないということは、マヤ様にはいろいろ教えて頂いてもいいんですね?」
「ああ、うーん…。君さえ良ければだけれど…。」
おじさんが手取り足取り何でも教えてあげるよ、ぐふふなんて言えないからな。
「取りあえずトイレへ行ってから着替えるね。ははは…」
朝の起立をしたままトイレで用を足すのはなかなかコツがいるが、そうしないと中枢刺激が収まらないからね。
そしてトイレから出たら…。
「あ、元に戻ってますね。不思議です…。」
この子は本当に興味津々だな。
誰かみたいに変な方向へ行かなければいいんだけれど。
結局自分で服を着て、朝食後はそのままエルミラさんと訓練をするので『八重桜』を持って二人で朝食会場へ向かった。
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「おはようございます、マヤ様。先に頂いておりますの。」
パティ達は先に朝食を食べているが、トーストやチュロスとコーヒーだけだ。
これだけだったらルナちゃんに部屋まで持って来てもらって食べた方が楽だな。
だがみんなとの顔合わせも大事なことだから、後で考えよう。
朝食を終えると、朝の訓練だ。
エリカさんは部屋へ帰ってしまったが、パティは見学するらしい。
お付きの子達も一緒なので、ルナちゃんらに王宮裏にある訓練所を案内してもらえることになり、六人でぞろぞろと歩いて向かった。
学校の運動場ほどある広い訓練所で、すでに騎士団が訓練をしていた。
教官ぽい人がいたので、場所を貸してもらえないか聞いてみる。
どこかの軍曹風のおっさんだが、汚い言葉で罵ってはいない。
「あの~すみませんが、私たちも訓練をさせてもらいたくて、どこか隅っこの場所を貸して頂けますでしょうか?」
「ん? あんたは昨日来たマカレーナの勇者じゃないか。
明日は姫様と戦うっていうし、お手並み拝見したいどころだな。
よし…。
おい! おまえら! 訓練をいったん中止する!
マカレーナの勇者の戦いっぷりを見せてもらおうぞ!」
え…、ここでも勇者なの?
あんまり目立ちたくないから隅っこでやろうと思っていたのに。
明日も闘技場でやるみたいだから、悪目立ちは避けたい。
訓練所の真ん中にエルミラさんと私が向かい合って立ち、パティや訓練中の騎士団、近衛兵たちが輪になって囲っている。
こんなに大勢の前で戦うのは初めてだな。
「マヤさまー! エルミラさぁーん! 頑張ってくださぁーい!」
ざわざわとする中、パティの黄色い声援が聞こえる。
最初は武器を使わず、体術でやってみることにした。
最初はエルミラさんからかかってくる。
前にも言ったが、彼女は身長が高いがそれにしてもリーチが長いし脚も長い。
つまりスタイルが良すぎるモデル体型なので、私みたいな日本人体型はすごーくやりにくい。
そこを逆手についても、エルミラさんとは一年以上やってるから小細工も見切られているし、結局力業になったりする。
エルミラさんは激しい手刀で突いてくる。
怪我してもどうせ魔法で治療できるからいいだろうって、戦うときは人が変わったように本気で攻めてくるから怖い。
次は回し蹴りの連続をしてきたが、隙を突いて脚を掴んで彼女を投げ飛ばした。
地面に叩きつけられることなく、受け身で躱して立ち上がる。
「あ… ああ… あ…」
「何なんだあれは… どっちも人間のスピードじゃないぞ…」
「私たちじゃとてもかなわない…」
ギャラリーからそんな声が聞こえる。
私はともかく、エルミラさんは女神様の力も無ければ魔法も使えないし、全くの人間の身体なのだが、まずエルミラさんの先輩であるローサさんの身体能力がすごいので、彼女が修行したヒノモトという国がどんなところなのかいつか知りたい。
私は八重桜を取り出し、エルミラさんはハンディングソードという日本刀とあまり変わらない長さで片刃の剣を訓練所から借りてきた。
エルミラさんの槍と刀では長さが違いすぎてあまり訓練にならないからだ。
私たちは剣を両手持ちで構える。
「おい、あの男が持っている剣はなんだ?」
「俺も初めて見たぞ。」
マカレーナに日本刀が何本か売れていたくらいなのに、マドリガルタでは珍しいのか?
私たちは同時に剣を繰り出した。
カキンカキンカキンカキンカキンカキン!
剣が合わさる音が鳴り響く。
ギャラリーは静まりかえりながらこちらを注視している。
「あっ」
パキィィィン!
エルミラさんの剣が折れちゃった…。
「教官…、すみません。折れちゃいました…。」
「あ…あぁ、いいんだ。どうせ安物だから…はっはっは
あんたら凄すぎるよ。その剣も…。」
その時、訓練所の建物の陰から軍服姿のヴェロニカ王女がそれを覗いていた。
「フンッ」
と捨ててどこかへ行ってしまう。
武器では訓練にならないので、再び体術の訓練を始めるが、ギャラリーを解散してもらって訓練所の隅でやらせてもらった。
パティとフローラちゃんも帰ってしまう。まだ十五分しか経ってないのに。
エルミラさんと組み手をやっていると、そのうち取っ組み合いになって隙を突かれてヘッドロックになってしまった。
屋敷で訓練していてもどうもここら辺が私の弱点というか、だいたいエルミラさんとスサナさんの汗の匂いが良過ぎるのがいけない。
よし、それなら…。私は小声で話しかけてみた。
「エルミラさん…、男の子同士の絡み…見たい?」
「なんだって!?」
「隙あり!」
私はエルミラさんを地面にねじ伏せた。
「ずるいぞマヤ君! 魔物だってそんなこと言わないぞ。」
「そりゃ言わないよねえ。」
私はエルミラさんから身体を外して、彼女は体勢を立て直す。
「マヤ君、そのことについて相談したいんだ。少しの時間で良いから。」
「うん…、いいよ。」
向こうにいるルナちゃん達にちょっと言っておくか。
「ルナさんロシータさん! 訓練はこれで終わるけれど、ちょっとだけエルミラさんと話があるから少し待っててくれないか!」
「かしこまりました!」
これでよしと。私たちは訓練所のもっと隅にある木陰まで移動した。
「それで、エルミラさんはやっぱり男の子同士の愛って気になるの?」
「私は、君も知っている通り女の子ばかりにモテて、男の子から好かれたのは君が初めてだったんだ。
とても嬉しかったよ。
でも、この前メリーダで男の子同士の愛の本を読んで、衝撃を受けた。
なんて美しい愛なんだろうと。
ああ、なんで私は女なんだろうと考えたよ。」
「エルミラさん、もしかしたらあなたは女性の身体だけれども男性の心を持っていて、それで男性が好きなのかもしれない。」
「それだよ! どうして君に分かるんだい?」
「私の国ではそういう考え方が進んでいることと、セレスの街へ行ったときにラミレス侯爵のご令嬢に会ったんだ。
そうすると彼女は女性の心を持った男性だったんだ。
エルミラさんとは少し違うけれど、そういった悩みを持っていることが分かってね。」
「そうなのか…、その彼女に会って話がしてみたいな…。」
「セレスは元から帰りの行程に組み込んであるから、ご令嬢はセシリアさんという方なんだけれど、話す機会は作れると思うよ。
でもエルミラさんの心がそうだと決めつけないで、慎重になってほしいんだ。
今まで私たちは男女の関係としてうまく愛し合ってきた。
私はこのままのエルミラさんであって欲しい。
ただ本を読んで強い影響を受けただけなのかもしれない。
それを確かめるために、セレスで話し合ってまた考えるのもいいんじゃないかな。」
「わかった。君の言うとおりだ。セレスにて三人で話し合おう。」
「まだマドリガルタの滞在は長そうだから、彼女に手紙を書いておくよ。」
「ありがとう。君に話して本当によかった。」
そうして私たちは訓練所を離れ、買い物に出かけるためにルナちゃんといったん部屋へ戻る。
「マヤ様たちってすごくお強いんですね。兵隊達の顔があんぐりしてましたよ。」
「マカレーナであのように毎朝訓練していたからね。私もずいぶん鍛えられたよ。」
「明日、頑張って下さいね。私はマヤ様を応援してます!」
「ありがとう。じゃあ出かける前にお風呂で汗を流すから。」
「お着替えを準備しておきますからね。」
私は脱衣所で汗びっしょりの服を脱いで、お風呂に入る。
シャワーが無いが、湯船に凄い勢いでお湯が貯まっていき、その間に洗面器を使ってお湯をすくい身体を洗う。
本当に水回りの設備はどういう造りになっているんだろう。
湯船に入ると「はふぅ~」と声が出てしまったが、やっぱり風呂は入るといつでも気持ちが良いものだ。
ん? 何か忘れているような…。
エルミラさんはただのBL好きになったのか、男性として男性が好きな女性だったのか、今後の展開あります。