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第七十四話 お付きのメイド、ルナ

 ルナちゃんは、私が使う部屋まで案内してくれているが、王宮のずいぶん奥まった場所にあるようでなかなか着かない。


「マヤ様、荷物を浮かせる魔法なんて初めて見ました。不思議ですね。」

「これは重力を制御する魔法で、逆に重くして魔物を攻撃することも出来るんだ。」

「それはすごいですね! マヤ様はとてもお強い方なのですね。」


 そんな他愛ない会話をしながらようやく部屋の前に着いた。

 廊下は不気味なほど静かで人が歩いてくる様子は無いが、埃一つ無いくらい綺麗にされている。

 部屋に入ると三十畳くらいもの広さがあって、ベッドはキングサイズ、洗面台とトイレもある。

 メリーダの宿もだったけれど、中世のような建物に現代的な水回りの設備があって、配管なんてどうなっているんだと不思議になる。


「マヤ様、滞在中はこのお部屋をお使い頂きます。

 シルビア様から朝七時から夕方までで良いと仰せつかりましたので、何かお申し付けがございましたらそれまでによろしくお願いします。」

「夕方以降にどうしても用がある時はどうすればいいのかな?」

「どなたか代わりの者が来るのか…、シルビア様から詳しいことを伺っておりませんので、申し訳ございません。

 恐らくシルビア様から直接お話があると思います。

 私もこの辺りの部屋はほとんど来ることがありませんので、どうしてかなあとは思ってますが…。」

「ああ、わかった。ありがとう。」


 考えてみたら一人で王宮内を出歩くと迷うだけなので、一人の時はある意味軟禁状態になってしまうな。

 窓はあるからそこから飛んで出られそうだ。


「お掃除はお昼にお出かけの最中などにさせて頂きます。

 洗濯物がございましたらお風呂の脱衣所に置いて下さいね。」


 うーむ、うっかり一人悶々なんてしたらバレそうだな。

 まあガルシア家でも給仕さんがソッと片付けてくれているから、この子も…まして王宮の給仕係だから大人の対応をしてくれると思う。

 あれ? ルナちゃんがジッとこちらを見てる。


「…で、どうしたのかな?」

「あの…、お夕食まで少し時間があるので、マヤ様と少しお話がしたくて…えへへ。」

「そうだね、いいよ。」


 むほほ。どうにかなるとは思えないが、こんな可愛い子と二人きりで話が出来るのは大歓迎だ。

 テーブルと椅子があるので私はそこに掛け、ルナちゃんはお茶を入れてくれた。


「マヤ様は男爵号を叙爵されるためにマドリガルタまでお越しになったと伺いましたが、どのような功績を収められたのですか?」

「マカレーナや各地で魔物の大群を退治したことなんだけれど…ごめん、あまり気持ちが良いことではなかったので思い出したくはないんだ。」

「そ、それは私が無神経でした! お許し下さい…。」

「いいよ。君が悪いわけじゃないさ。」

「マヤ様はお優しいんですね。」

「よく言われるけれど、自覚は無いんだ。考えていることは際限なく下品だったり、まぁ…そんなに出来た人間ではないよ。」

「ご謙遜なさらないで下さい。

 王宮でいろんな方を見てきましたが、滲み出ているものでわかりますよ。」

「確かに。王宮だと人も多いしいろんな人の出入りもあるからね。」


 そんな話をしながら、ルナちゃんと私はだんだんと打ち解けていった。

 純粋でいい子そうではあるな。

 ルナちゃんの表情が少し硬くなった。何かを言いたげである。


「私は…、私は……。」

「どうしたの? 言ってみなよ。」

「私は…マドリガルタの近くの村に住んでいて、その村が三年前に魔物に襲われて、家族が殺されてしまいました。

 騎士団が退治してくれたのですが、身寄りが無く私一人だけになって王宮へ奉公することになり、最近になってやっと正式な給仕係になってお給金が頂けるようになりました。

 ですから…、精一杯頑張ります!」


 彼女の言い草だと、何か溜まっていたものを吐き出したかったんだと思う。

 これで、家族の敵を討ってやろうと言うのはかえって野暮だろう。


「わかったよ、ルナさん。短い間だけれど、頼らせてもらうよ。」

「うふふ。マヤ様って私と歳がそんなに変わらないと思うのに、お父さんみたいですね。」

「あ…そうかな。失礼だけれど、君は何歳なのかな?」

「十六歳です。」


 十六歳って昔はアイドルの歌にもなったっけ。

 思春期真っ只中の歳だけれど、私はその頃の思い出があまり無かったなあ。


「私は十九歳だよ。」

「じゃあお父さんじゃなくてお兄さんですね。マヤお兄ちゃん!」

「ブホッ」


 まさかここでお兄ちゃん呼ばわりされるとは思わなかった。

 妹キャラが登場なのか?

 お茶を吹いてブラウスが少し汚れてしまった。


「あらら。お召し替えをしなければいけませんね。私がお手伝いします。」


 着替えの手伝いって、ラミレス侯爵家ベテランメイドのローサさんを思い出した。

 あそこまで至れり尽くせりではないと思うが…。

 あとは夕食だけなので、ワイシャツをスーツケースから取り出す。

 ブラウスは自分で脱いだ方が早い気がするが、ルナちゃんの仕事なのでやってもらう。

 ボタンを外すのにあまり手際よくないが、はて…。


「あ、あの…実は男性のお召し替えの手伝いは初めてなのです…。」


 そうか。いつもボタンが女性の左前だったから、男性の右前だと少し勝手が違うからやりにくいのかな。

 そうなるとシャツを着た後に裾をズボンの中に入れるのに、ズボンを少し脱がないといけないのだが、大丈夫なのかな。

 ブラウスを脱いで、新しいワイシャツを着せてもらう。


「練習のつもりで、ゆっくりでいいからね。」


 ルナちゃんは真剣になってボタンをゆっくり留めている。

 そしてシャツの裾を入れるのに、ズボンを脱がせることにかかる。


「ズボンを少しずらしますので、失礼します…。」


 ズルッ


「あっ…」


 ルナちゃん、勢い余って私のぱんつも一緒に脱がしちゃった。

 彼女は一瞬驚いた様子だったか、私のアレをまじまじと見ている。

 勿論静まっている。女性に見られる度にいつもぽんぽん怒っているわけではない。

 でもルナちゃんよ。そろそろぱんつを履かせてくれんかね。


「あ… ああ… ああああああああ…!!」


 彼女自身が今まで何をしていたのかようやく気づいたようだ。


「申し訳ございません!! 私は何ということを!!」


 ルナちゃんはジャンピング土下座で床に額を擦りつけて詫びている。

 私もたくさんではないが、仕事で土下座をしたことがあったっけ。

 気持ちが良いものではないから、彼女にはさせたくない。

 とりあえず自分でぱんつを履いてシャツの裾を入れた。


「ああ、ルナさん。謝るのはいいから、怒っていないよ。」

「でも…。」

「いいからお止めなさい。」

「はい…。」


 ルナちゃんは土下座をやめて立ち上がる。

 だいぶん沈んでいる表情になっているので、さてどうしようか。


「さっきも言ったけれど、練習だと思っているから失敗したら仕方がない。

 次から間違わなければいいだけのことだよ。」

「それはお優しいマヤ様だからそう思われているだけで、もし他の男性だったらどうなっていたことか…。」

「確かにそうかもしれないが、何かが起こって結果がある。今はもしなんて考えなくてもいいさ。君は経験を積んだ。私は怒らない。それでいいじゃないか。」

「はい…、ありがとうございます…。」


 彼女はいい子過ぎるな。この先男性相手の給仕をさせるのは忍びない。

 ラミレス侯爵家のアナベルさんとロレンサさんもとても純粋でいい子だったけれど、給仕長らがむやみ滅多に男性を相手にさせないみたいだから安心ではある。


「ルナさんは、村にいた時も家族の男性とは慣れてなかったのかな?」

「私は小さい頃も父とお風呂へ入るようなことは無かったですし、兄弟は妹しかおりませんでしたから…。」

「そうか…。その家族も亡くなったんだね。嫌なことを聞いて悪かったよ。」

「いえ…、とんでもないです。」

「そうだね…。男女の身体のことだから無理に慣れろとは言えないし、ルナさんの考えに任せるよ。

 いや、辞めろと言ってるわけじゃないよ。是非ルナさんのお世話を受けたいな。」

「あ…、ありがとうございます。」


 ようやくルナちゃんに笑顔が戻った。

 やはり女の子は笑顔が一番良い。


「私…、殿方の………初めてだったので、見つめてしまいました。」

「そ、そうか…。あははははは」


 貴族の手込めにされていたようなことは無さそうで、良かった。

 この国は盗賊やならず者は時々見かけるが、全体的に現代日本よりもクリーンな印象があるので、精神的進化は進んでいるのだろう。

 それに魔女やセルギウスを見ても、あれだけの力を持っていながら戦争は数百年前から無いというのも、この世界はとても住みよいのかも知れない。

 領土拡大して力尽くで人間を奴隷にして食料生産をさせることだって出来るのに。


「そろそろお夕食の時間ですね。私が食堂までご案内します。」


 私は再びルナちゃんに付いていく。

 来た道を戻っていくような感じだが、もう迷路で何が何だかわからなくなった。

 お母さんと一緒の子供のように付いていくしかない。


---


 人通りが多い廊下にある二十畳くらいの部屋に入ると、そこにはもうパティたち三人が椅子に掛けており、後ろには彼女らにお付きの給仕係が三人立っていた。

 料理もほとんど並んでいるようだ。


「マヤ様! お待ちしておりましたわ。早速頂きましょう!」


 パティが声を掛けてくれた。

 三人とはたった一、二時間ほど離れていただけだったのに、何だか久しぶりのような気がした。


「マヤ様! 王女様ったらあのおっしゃりようは酷くありませんか!

 マヤ様は絶対お勝ちになります! 叩きのめしてあげて下さいまし!」

「あの、パティ…、どこで聞かれてるかわからないから…」

「いいえ、言わずにはいられませんわ!」


 はぁ…、私のために怒ってくれるのは嬉しいけれど、王宮内での不用意な発言はハラハラする。

 他の給仕の子達はどうなのかわからないし、王女派みたいな派閥の者が聞き耳を立てていたら面倒なことになりそうだ。


 料理の内容は気を遣ってもらったみたいで、ノーブレエンマドリガルタで頂いた夕食も負けないくらい豪華なものだった。

 牛ヒレ肉ステーキ、高級豚肉のパエリア、トマトたっぷりのガスパチョなど…。

 デザートはパティの大好物であるトゥロンのババロアだ。


 パティはいつものようにむしゃむしゃ食べて、エリカさんは静々食べていて、エルミラさんは料理に感激して半泣きしながら食べている。

 まさしく三者三葉でちょっと面白い。

 エルミラさんがガルシア家の屋敷で食べているまかない料理は決して貧相ではないぞ。

 前にも言ったがガルシア家の食卓は家庭的なメニューが多いからだ。

 こんな豪華料理を食べていると、後ろに待機している給仕の女の子たちには申し訳ない気がするが、私には使用人を扱うにはまだ向いていないのかも知れないな。


「マヤ君、あなたのお付きの子ってすごく可愛いじゃないの。はぁ はぁ…

 でも私のモニカちゃんも負けてないわ。はぁ はぁ…」

「エリカさん、そんな変態みたいなしゃべり方はしないでよ。」

「あら、私のフローラさんも素敵な方よ。とても気配り上手なの。」

「私のロシータもすごくいい子だよ。」


 どうしてお付きの子の自慢大会になってしまうのか。

 これではあの子たちにガルシア家は変な人揃いに見られてしまうぞ。

 チラッと後ろを見ると、お付きの子達はニコニコとしている。

 たぶん作り笑顔だろうが、さすがに王宮だけあって鍛えられているのだろう。


 こうして食事が終わり、また部屋に戻ることになる。


「マヤ様のお部屋だけ遠くなんて、寂しいですわ。どうしてなのかしら。

 そうそう、明日はお買い物がしたくて皆で行くことになりましたの。

 マヤ様も必ず付いてきて頂きますから、朝十時に玄関前までいらして下さいね。」

「そうなんだ。明日は何も無いから明後日のための訓練をエルミラさんとしようと思ったけれど、服でも買っておいたほうがいいのかな。」

「訓練なんて朝でも夕方でも出来ますわ。マヤ様なら絶対勝てます!」

「そういうことでエルミラさん、朝食が終わったら腹ごなしにお願いできるかな?」

「わかったよ。王宮には訓練所があるだろうから、聞いてみよう。」


 食堂を退出してまたルナちゃんに付いていく。


「皆さん楽しい方ばかりなんですね。王宮は堅苦しくて参っちゃいます。」

「ガルシア家は変わった人も多いから、毎日楽しく過ごせているよ。」

「マヤ様もちょっと変わってますよね。うふふ

 いいなあ。私もそんなところで働いてみたい。」


 ポロッと本音が出たようだ。

 ルナちゃんもだいぶん慣れてくれたようで良かった。

 あの食卓の雰囲気がルナちゃんの心を和ませたのかも知れない。


「あ、パトリシア様がおっしゃられた事は大丈夫です。

 私、あの子達とはみんな仲良しだし、私たちの周りでは普段王族の方とは関わりが無いので、話が漏れることは無いと思いますよ。」


「ホッ それは良かったよ。」


 察しが良い子だ。気立ては良いし、周りと仲良く出来そうだし、純粋で、こんな子がずっと世話係だったらいいんだけれど、なかなかそうもいかないか。

 そうしていろいろ話しているうちに、私の部屋の前に着いた。


「それではマヤ様、明日の朝七時にお伺いしますね。

 まだお休みになっていたら起こしますので、気にしないでゆっくりなさって下さい。」

「ありがとう。ルナさんもおやすみ…。」


 ルナちゃんは笑顔でお辞儀をして帰って行った。

 くっ… 可愛くていい子過ぎる…。

 こんな子がもし娘だったら、パパもう何でもしちゃうよって思うかも知れない。


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