第七十三話 女王陛下マルティナとの謁見
2026.4.26 全体的に見直し、加筆修正を行いました。
五日目の朝。一人で朝を迎えるのはマカレーナを出発した日以来だ。
一人は寂しいと思ったこともあったが、家族みたいな人たちがいつも近くにいるのであれば一人部屋は寂しくないし、気を遣わなくても良い。
朝食は、夕食と同じく四人で。
エルミラさんは昨夜のことについて何事も無かったかのように、普通に挨拶をして普通に食事をしている。
プライベートと分けるというのは当たり前のことだし、こんな場で話を出す必要は全く無い。
それが分からん人がいて「◯◯ちゃんはこの前~だったよねえ」とプライベートだったことを皆の前で話のネタとして引き合いに出すから困ったものだ。
お昼まで王都見物とでも行きたいところだが、みんな旅疲れも残っているだろう。
この国で一番偉い人と面会するわけだから、服装をきちんと準備をしなければいけない。
午前は部屋でゆっくりしつつ宿からの退出のために荷物を片付け、昼食を早めに済ます。 その後、宿のメイドさんにみんなの着付けとヘアセットを頼んだ。
エリカさんは恐らく一張羅であろう青い貴族ドレス。
彼女と初めて会った日の翌朝に侯爵家へ突撃した時に来ていたドレスと同じだと思う。
パティはドレスには違いないが、コスプレにもありそうな膝丈スカートの赤い貴族ドレス風のもの。
最初に出会った日もそういうドレスを着ていて勿論それとは違うものだが、年齢なりの可愛らしさを引き立てており、私はすごく好きだぞ。
エルミラさんと私はブラウスにベスト、黒いズボン。
彼女は意外に衣服には無頓着で給仕服以外ではスカートを履いているのを見たことが無い。
男性っぽいというか、最低限に清潔にしているだけで衣服のセンスは私と同じであまりない。
宿が出してくれる馬車で王宮まで。言わばホテルのリムジンサービスだ。
今日は私よりどちらかと言えばパティが女王陛下に挨拶することが目的で、主役はパティで私はその次みたいなことになっている。
私は叙爵に向けての挨拶ぐらいで、もしパティの同伴が無ければどういう扱いになっていたのかわからない。
パティの同伴でスムースに事が進むのであれば有り難いことだ。
---
王宮の門に着くと、早速ドミンゲス門番長が出迎えてくれた。
門の中に入ると広い広場が見え、奥にはスペインのマドリード王宮に良く似ている立派な建物がそびえていた。
ヨーロッパの王宮へ観光へ来たかのような気分になるが、近衛兵が並んで立っており目の前の現実が信じられなくなるほど厳粛な雰囲気が漂っている。
入り口では、執事服を着ている女性が出迎えてくれていた。
長身、ややくせ毛で蜂蜜色のショートヘア。
見た目の年齢は三十歳過ぎか。
エルミラさんのようにキリッとしているイケメン女子だが、目つきは温厚そうだ。
「パトリシア様、皆様、ようこそマドリガルタの王宮へ。私は陛下の執事、シルビアと申します。これからご案内させて頂きますので、よろしくお願いします。どうぞ、こちらへ……」
「シルビアさん、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「なんと…… 私のことを覚えて下さって…… 恐縮にございますパトリシア様。とても嬉しいです」
パティは人の顔と名前を覚えるのは得意なスーパー才女だ。
それは将来のための宝となるだろう。
正面玄関から長い階段があり、そこを上がると広くて芸術的な造りの広間があって圧倒される。
RPGの3D画面でお城の中をキャラ操作して歩いたこともあったが、当然それとは比べものにならない。
奥へ行くとたくさん部屋がありそうで迷路のようになっているが、見た目が分かりやすそうな入り口の部屋があって、そこが応接室のようだ。
「陛下を呼んで参りますので、こちらで掛けてお待ちください」
そう言って、シルビアさんは退室していった。
言われたとおりソファーに掛けて待つ。
最初にガルシア家に来たときに応接室で待っていたときも緊張したっけなあ。
応接室で待機していたベテラン風の給仕さんがお茶を入れてくれた。
緊張でお茶が美味しいのかどうかよくわからない。
「マヤ様、今日は非公式の場ですから跪いたりする必要は無いですよ。女王陛下はプライベートでは寛容ですから、緊張しなくても大丈夫です。陛下がいらっしゃったら立って下さいね」
パティがそう言ってくれるなら安心したけれど――
一介の平民が国のトップに会うんだから、元々豆腐メンタルの私は緊張がそれで消えるわけが無い。
十分ほどすると、シルビアさんの後に続き二人の女性と一人の男性が現れた。
私はパティに言われたとおり席を立つ。
エリカさんとエルミラさんも立ち、パティは前に出る。
三人が私たちの前に立ち、パティが最敬礼をしたのでその真似をする。
明らかに女王陛下だという人物の姿は、髪の毛はブラウン、顔が童顔で綺麗というよりはどちらかというと可愛らしく穏やかな感じだ。
ガルシア侯爵からは四十一歳と聞いている
ドレスの胸元がパックリで、アマリアさんほどではないが胸はとても豊か。
気を引き締めないと、どうしても目線が胸の谷間へ行ってしまう。
もう一人の女性は二十歳前ぐらい。金髪で三つ編みをお団子に巻いた髪型、美人だが精悍な顔立ちだ。
何故か大将か元帥のような軍服を着ている。
女騎士? クッコロって言いそうだ。
男性は二十歳前後で、女王陛下と同じブラウンで穏やかな雰囲気――
というか人畜無害なオタクっぽい感じで、友達になれそうな気がした。
「陛下、パトリシアでございます。ご無沙汰しておりました」
パティは王族の三人に向かってカーテシーで挨拶をする。
だがスカートをちょっと持ち上げ過ぎで太股がよく見えてしまい、ハラハラした。
「まあ、まあまあ! あんなに可愛らしかったレイナルドの娘さんがすっかりレディになって! 皆さん初めまして。私がこの国の王、マルティナです。あら、そちらの背が高いお嬢さんは前にもいらっしゃったわね」
「パトリシア様の警護で参りましたエルミラです。陛下に覚えて頂いて、身に余る光栄でございます」
「あなたも大人びて立派になったわね。うふふっ そちらのお嬢さんは……?」
「エリカ・ロハスです。一応、魔法使いをやっております」
エリカさんがカーテシーで挨拶をした。
普段の彼女を見ていると、そんな姿が信じられない私だった。
そんなことより、女王陛下の声が可愛すぎるんです。
例えるなら、昔バルセ◯ナオリンピックのタイミングで流行った柔道アニメの、ヒロインの声のようだ。
「あなたが有名な魔法使いの、ロハス男爵家のエリカさんね。アスモディアへ修行に行かれて闇属性魔法が使えるようになった魔法使いは滅多にいませんから、私も聞き及んでおりますよ」
「まさか陛下にまで私の名が…… 恐れ多いことでございます」
エリカさんが敬礼をすると、女王陛下は私に目を向けたので敬礼する。
「それから…… あなたがマヤ・モーリさんですか?」
「左様でございます、陛下」
「レイナルドから聞きました。この国の民を護って頂きありがとうございます。ラミレス侯とグアハルド侯からもあなたの活躍を手紙で伺いました」
女王陛下が両手で握手を求めてきたので、私も手を差し出した。
スラッとした綺麗な指でドキドキする。
ん? 一瞬魔力が…… 女王も魔法使いなのか。
目の前に女王がいると余計に胸の谷間を見てしまう。いかんいかん。
「恐れ入ります。私も皆さんからたくさん助けて頂いている身でございます」
「今回の叙爵についてあなたにお話ししないといけないことがありますが、その前に私の子供たちを紹介します」
やはり王子と王女だったか。
王子は女王と雰囲気が似ているが、王女は全く違うな。
父親似だろうが、その王配は十年前に病死したとパティから聞いた。
未亡人か…… むふっ
おっと、さっきから私はろくなことを考えていない。
「この子は第二王子のマルティンです」
「よろしくぅ」
何とものんびりした口調の一言で、彼の性格が分かってしまいそうだ。
彼は、マルティナ女王の名前の男性版だな。
「第一王子のアウグストは政務が忙しくて席を外しております。申し訳ありません。それから王女のヴェロニカです」
「ふんっ こんなまぬけ面が魔物の大群を倒したとは、にわかに信じられんな」
「これっ! なんて失礼なことを! 口を慎みなさい」
「――」
ヴェロニカ王女は無言でそっぽを向いた。
まあ、まぬけ面は自覚しているが初対面でいきなりそれは不躾だな。
王族相手に刃向かうと面倒なので、ここは我慢する。
「マヤさん、娘の無礼をお許しください。悪い子ではないのですが……」
「いえ……」
「それで本題の叙爵についてですが、他の王族や門閥貴族の中にはあなたの叙爵を良しとしない者達が大勢おります。この国の出身でもなくどこの者かもわからない人間に、安易に男爵号をやるわけにはいかないと……」
今までトントン拍子に進んできたから一悶着あるのは珍しい。
だが想像の範囲内だな
ガルシア侯爵が私の叙爵を決めてから、言われた期間より少し長かったのはそういうことか。
「私は勿論マヤさんに爵位を授けるのは賛成ですが、私だけでは決められないんです。
そこで、あなたがそんなに強いならば自分の娘と戦わせてみろと。
勝ったら認めてやろうという話になってしまいました。
ヴェロニカは王国騎士団の幹部をやっており、剣の腕前は国でも一級なんです」
「承知しました。勝てば良いんですね」
「勝てば良いだと!? ふざけるな! 母上の頼みだから仕方なくお前と戦ってやるがな、そうでなければ私と戦う資格すら無い。私は遠慮無くやらせてもらうからな。うっかり首を落としても私は知らんぞっ」
「はぁ……」
絵に描いたような若気のイキリっぷりだな。
王女という身分であり、且つ剣の腕が立つということなら、何かよくわからんやつがいきなり目の前に出てきたらそう思うのも分からなくはないが……
「ヴェロニカ! すみません…… それでヴェロニカと試合をする日なのですが、明後日の午後三時から近くの闘技場で行います。それまでに準備をお願いします」
「承知しました」
「マルティン、ヴェロニカ。下がりなさい」
「「はい」」
第二王子と王女は退室し、陛下の勧めで皆が椅子に掛けた。
執事のシルビアさんも陛下から少し離れた席に座っている。
――その後は陛下とパティの会話の流れを中心に、パティ自身やガルシア侯爵閣下のこと、私とパティの関係のこと、エリカさんのこともいろいろ話が上がった。
陛下が応接室へ入ってから二時間ほども経った頃に面会が終わる。
「今日は楽しかったわ。今晩からあなたたちは王宮にお泊まりなさい。世話係も朝から夕方までは一人ずつ付けますので、何なりと申しつけて下さい」
「ありがとうございます、陛下。お世話になります」
パティがそう言うと執事のシルビアさんにそのまま待つように言われ、陛下とシルビアさんは応接室を退室していった。
――しばらくすると、四人のメイドがやってきた。
みんな十代半ばの若い子たちばかりで、メイド隊と言わんばかり。
私の担当の子が挨拶をする。
「マヤ・モーリ様でございますね。私はルナ・ヴィクトリアと申します。今日は夕方まででございますが、どうぞよろしくお願いします!」
十六、七歳くらいで肌は浅黒く黒髪ツインテールで、目はパッチリの飛びきり可愛らしい娘を付けてくれた。しかもFカップはあろう豊乳だ。
他の三人もとても可愛らしく、多分シルビアさんの計らいだろう。
ありがとう、シルビアさん。
パティはジト目で私を見ている。
私の視点では四人の中で、ルナちゃんが群を抜いて可愛らしく思える。
エリカさんには金髪ギャルっぽい子がついており、餌食にならなければいいけれど……
エルミラさんについているのは金髪セミロングに後ろを束ねている知的な感じの子。
彼女は目をキラキラさせ、エルミラさんに対しイケメンを拝顔しているいつものシュクショたちのような反応。
パティについた黒髪お団子頭の子はおとなしめ。
すごく緊張しているようだが、パティなら悪いようにはしないだろう。
「ねえパティ、ウチの馬車と荷物を宿まで取りに行きたいから付いてきてくれるかな?」
「そうですわね。ご一緒しますわ。せっかくですから少しお話ししたいことがございますの」
僅かにムスッとした表情でそんなことを言うパティ。
ほら来た。またニヤニヤとかジロジロするなって言われるに違いない。
「そういうことでルナさん、小一時間ほどで戻ってきますので」
「はい、かしこまりました。玄関先までご案内します。あ、フローラ。二人乗りの馬車を手配して下さい」
パティのお世話係はフローラちゃんという名らしい。
悪役令嬢だったらいじめられそうな、か弱い子だ。パティで良かったね。
---
私たちは手配してくれた馬車でいったんノーブレエンマドリガルタへ戻る。
僅かな乗車時間にパティの小言が始まった。
「マヤ様。陛下の胸をジロジロ見たり、給仕の女性を見てニヤつくのはおやめ下さい」
「あれだけ胸を出されていたら男性なら見てしまう人が多いよ。給仕の子も何であんなに可愛いのかびっくりしただけさ」
「それにしてもマヤ様は見過ぎですっ」
「それはね、パティには胸を開けさせるドレスは着て欲しくないなと思ったからだよ。だって、他の男には見せたくないからね。パティは私だけの素敵なフィアンセなのだから」
「そ、そういうことでしたら…… フィアンセ…… ポッ」
パティは顔を赤くして頬を手で押さえた。
まさかこんなことで簡単に退いてくれるとは思わなかった。
宿に到着したら、エリカさんやエルミラさんの荷物もまとめて馬車へ放り込む。
「おーい、セルギウス~」
――ボムッ
『お? なんだ?』
「済まないけれど、馬車を王宮まで運んでくれないかな?」
『それだけか?』
「それだけだよ」
『あぁ…… まあいいけどな』
セルギウスはちょっと面倒くさそうな顔をする。
そうだ、王都には北の地方で取れたリンゴが売れているらしいから、買ってきてやろう。
「セルギウス、リンゴって果物を知ってるか?」
『なんだそりゃ!?』
「ここには無いんだが、梨が赤くなったような果物でとても甘くて美味しいんだ」
『それは俺も食ってみたいぞ!』
「少し寒い所の果物らしいけれど、王都の市場には売れているらしいから帰るまでに買っておくよ」
『そりゃ頼むよ。楽しみだな』
馬はチョロいな。リンゴで機嫌が取れるなら安いものだ。
エルミラさんがセルギウスにハーネスを取り付けていたのを覚えていたので、見よう見まねで何とか取り付け完了。
私が御者台に乗って王宮へ向かう。
ドミンゲス門番長や近衛兵たちが、手綱を持っていない私とデカい馬車に一頭引きなのをギョッとしながら見ていた。
王宮玄関前に馬車をつけて私は御者台から降り、パティと荷物を降ろす。
パティが近くにいた騎馬近衛兵らに向かってこう言う。
「貴方たち、この馬車を預かり所まで案内して下さい。彼は馬じゃなくて召喚魔獣だから、叩いたりしたら吹き飛ばされますからお気を付け下さいまし。用が済んだら消えますから厩舎は不要です」
近衛兵はひいぃと言いながら、セルギウスを案内していった。
セルギウスを怒らせたら王宮の一つくらい消し飛ばせそうだな。
私たちの荷物をグラヴィティで浮かせたら、残っていた近衛兵に奇異な目で見られる。
もうそういう目で見られるのは慣れてしまった。
ルナちゃんとフローラちゃんが出迎えてくれたので部屋の案内をしてくれた。
だがパティたち三人は部屋が隣同士だというのに、私だけ全然の棟だった。
男女別にしては遠すぎて、理由がわからない。
「マヤ様のお部屋が遠くなのが残念です…… また後でお夕食をご一緒しましょう」
三人の荷物は魔法で浮かせたまま、それぞれのメイドたちが手で押して運んでいった。
私はルナちゃんの案内に付いていく。
ルナちゃんとは何も無いんだろうけれど、若くて可愛い子が側にいるだけでも嬉しいものだ。
うーむ…… この考え方こそおっさんなんだろうな。




