第三十話 覚醒
序盤のクライマックス回です。
2023.12.20 読みやすいよう大幅に改稿しました。話の進行に影響ありません。
今日は午後からパティとお出かけだ。
プライベートでは久しぶりなので私たちは共にウキウキ気分。
お互いに『愛してる』と言った相手には定期的にプライベートタイムを作らなければいけないし、パティは学校があるから一緒にいられる時間が限られているのだ。
十三歳の女の子相手に、エリカさんやビビアナみたいに夜もべったりというわけにもいかないからね。
今回のデートは劇場でオペラを見ることになり、屋敷から歩いて十数分の場にある劇場へ向かった。
劇の内容は魔性の女の話でこの国では定番だということだが、なんとなくカ◯メンのようなニオイがする。
私も若い頃にビデオで見たことがあるが、結末は救いがたい。
格好はきちんと。パティは赤いドレス、私はグレーのスーツで行った。
パティは劇場へ何度か行ったことがあるようで、係員の顔パスで案内があった。
劇場の席は桟敷で、いわば階上のVIP個室で観覧する。
私だけに係員からオペラグラスを渡されたが、パティは望遠の【テレスコープ】魔法で見ることが出来るので不要だそうだ。
へぇー、そんな魔法があったなんて知らなかった。
後で教えてもらおう。
観劇は二時間半くらいで、魔性の女には違いなかったが最後には仲良く幸せになったとさという、カ◯メンとは違う結末だった。
ハッピーエンド好みは、この国の国民性を表しているのかも知れない。
終幕の時に係員から緊急の知らせがあった。
観客がパニックにならないように、彼は落ち着いて静かに話す。
「大変です。魔物が…… 大きな魔物が大量に街へ入ってきたとの連絡がありました」
「なんだって!?」
「それで街のどこに現れたんですか?」
「ここからは離れてますが街の北、モンターノ地区です」
「マヤ様、行ってみましょう!」
「わかった!」
劇場周辺はまだ魔物が来ていないので大騒ぎにならないようこっそりと退出し、現場のモンターノ地区へ向かう。
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モンターノ地区へ到着すると、一足早くエリカさんやスサナさんたちが魔物と戦闘を始めていた。
見た目は大猿で、侵入されてからあまり時間が経っていないのか被害は大きくない。
「ああっ マヤさん! こいつらパワーがあって手強いから気を付けて!」
「わかった! ありがとう!」
近くで戦っていたスサナさんが声を掛けてくれた。
彼女は双刀で大猿を切りつけているが、大柄で動きが速いので致命的なダメージを与えるには苦戦を強いられていた。
その大猿は背丈が四、五メートルあり、同じく近くで魔法を使って戦っていたエリカさんが言うにはムーダーエイプというそうだ。
そんなやつらが数十体いて、恐らく壁を乗り越えて入り込んで来たに違いない。
騎士団や討伐隊も一部しか到着しておらず、まだ野放し状態のムーダーエイプが多い。
私も魔物を手刀や通常攻撃で各個撃破していったが、数が多すぎる!
『ギャオエェェェェェェ!!』
「ハァァァァァァ!!」
エリカさんは、ムーダーエイプの心臓を目掛けてフリージングインサイドを放つ。
凍らせるまでに一分近く掛かっているが、その間に私が動きを牽制し確実に仕留められる。
「マヤ君! パティちゃんはどうしたの!?」
――エリカさんが、パティの姿が見えないことに気づく。
しまった! どこにいるんだ!?
あちこち見渡していたその時だった。
パァァァン!!
――私のずっと後ろ。
特大のムーダーエイプがパティに打撃し、彼女が吹っ飛んでいた。
「パティぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
直ぐさまダッシュしパティを受け止めることが出来た。
だが酷い吐血で、恐らく肋骨がバラバラになり手足も折れている。
「はぁぁぁぁ パティ! パティ!」
「ごふっ ごほっ マ…… ヤ…… さ…… すみま…… せ……」
パティが大量の吐血をして口を開いた。
即死を恐れていたが、意識があって良かった……
「パティ! 今誰かに治してもらうからね!」
「ぁ…… うぅ……」
パティの無惨な姿を見ているとガクガク震え、どれほどもわからない怒りが湧き上がってくる。
さっきまで楽しく観劇をしていたのに、何故こんなことに…… うう……
私はパティを地面にゆっくり寝かせた。
その時にパティを襲ったムーダーエイプが私を足で踏み潰そうとしていた。
「なんだオマエはあああああああ!!!!!!」
怒りに身を任せてムーダーエイプの脚を手刀で切り裂き、一気に両腕と首も落として絶命させた。
その勢いで周りにいた他の魔物たちも、私は半狂乱になって次々に手刀で首を落としていった。
視界の範囲内でもう生きている魔物はもういない。
「マヤ君!!」
エリカさんの声が聞こえたが私は無視して、横たわるパティの元へ戻る。
「パティ! パティ!」
声を掛け、瞼と口が僅かに動いているのを確認した。
死なせてなるものか!
「マヤ君! 何をやっているんだ! 私がミディアムリカバリーを掛ける!」
だがエリカさんの魔法でも外傷が少し塞がるだけで、あまり効果無かった。
彼女は闇属性の魔法が得意で、正反対の光属性の魔法が得意ではないから効果が小さくなる。
そうだ! もしかしたら私は光属性が少しずつ目覚めているかも知れない。
「エリカさん、私が回復魔法を掛けてみるよ!」
「ええ!? まだ使えないじゃないの!?」
「ふうぅぅぅむ!!」
スモールリカバリー、ミディアムリカバリーと回復魔法を発動しようとしたが、やはり私は光属性に目覚めていなかった。
「クソぉ! こんな時になんで俺は役に立たないんだ! 俺は自惚れていただけだ!」
エリカさんはもう悟ってしまったような悔しい表情で、黙って見守っていた。
「マヤさ……ま……
そんなに…… ご自分を…… 攻めないで…… くだ……さい……
わ…… た…… し…… が…… 悪…… いん…… で…… す……」
「パティ、もうしゃべるな!!」
「マ…… ヤ…… さ……」
「死んじゃダメだ! またデートへ行くんだから! 一緒に美味しいもの食べよう!」
パティは何も反応しない。
私の顔からサーッと血の気が引いていくのがわかる。
「パティ、ねえ、パティ…… 嘘だろ………」
私は若い時に交通事故で母親を目の前で亡くし、身内の死というものに酷く恐怖を覚えていた。
手が… 足が…… 身体全体が震えてくる。
怖い、怖い、怖い……
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
叫んだ瞬間、私の身体から大きく光が発せられた。
だが悲しみと怒りに我を忘れ、自分自身がそうなったことすらわからなかった。
「何?? マヤ君!?」
先に魔物を殲滅させた後にも、次々と新たに魔物がこちらへ向かってくる。
私は半狂乱になり、無意識に【ライトニングカッター】発動した。
やってきた魔物に向かって光の刃を浴びせまくる。
魔物たちの身体はあっという間にバラバラになってしまった。
私はこの時、光属性に目覚めていたのだ。
だが魔物を倒すことに一心不乱でそれに気づかないでいた。
「この野郎!! この野郎!! この野郎!! うあああああああ!!!!」
「マヤ君やめなさい!
ライトニングカッターはそんなに乱発する魔法じゃないんだ!!
魔力を急激に使いすぎたら君が死んでしまう!!」
だが私にはエリカさんの声は耳に入らなかった。
「うああああああああ!! オマエらあぁぁぁ!! オマエらはぁぁぁぁ!!」
残っているうちでも百体以上いた魔物は、結果的に私が全滅させた。
全滅させたところでパティは帰ってこない。
例えようのない気持ちが込み上がってきた。
「うわああああああああああああああああああああああ!!!!」
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(パトリシア視点)
うう…… 痛いよ…… え? 痛くない……
「私は……」
目が覚めると、ドレスは血だらけだが身体を見るとあれだけ酷かった傷が完全に治っていました。
すんでのところで私の命の火は消えてなかったようです。
出血が多かった分まだ目眩がするので、ゆっくり立ち上がりました。
するとマヤが宙に浮き、光の魔法で魔物たちを攻撃しているのが見えます。
「あれは…… ライトニングカッター……」
「マヤ様…… とうとう光属性に目覚めたのですね……
きっと私はマヤ様のフルリカバリーで……」
私は嬉しさのあまり、ぽろぽろと涙が溢れてしまいました。
マヤ様が屋敷や大聖堂で一生懸命に光の魔法を勉強していたのを知っています。
そんなマヤ様の元へ向かって走って行きました。
(マヤ視点)
「マヤ様っ!! マヤ様っ!!!! マヤさまっっっ!!!!」
死んだはずのパティの声が聞こえる。幻聴なのか!?
私は声が聞こえる方へ振り返った。
「パティ…… ??」
「マヤ様っ!! 私はここに立っています! 生きています!」
「パティ…… パティ…… ????」
私は何が何だかわからなかった。これは夢なのか。
私が呆然として空中から降り立ったところで、パティが私を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫ですから! 私はここにいます! ここにいますよ!!
マヤ様は光の属性に目覚めて、フルリカバリーで治してくださったんですよ!」
「ううっ ううぅぅぅぅぅぅ……」
私はそれでも訳が分からず、パティを抱きしめて泣いた。
そこへエリカさんが駆けつけてきた。
「あんたって子は……
あんなにライトニングカッターを使ったら死んじゃうんだから……」
私が狂っているように魔物を倒しまくっていたのを彼女も見ていた。
エリカさんもパティと一緒に私を抱きしめて、それ以上何も言わず大泣きしていた。
まるで家族のように。
近くにいて駆けつけたスサナさんとエルミラさんも側で泣いていた。
---
屋敷に帰る。
「一人で休ませて欲しい」
私は放心状態が続き屋敷へ帰っても何もする気が起きず、部屋で一人塞ぎ込んでしまう。
パティを守れなかった。死んじゃう……
パティがいなくなる…… 怖い。怖いよ……
あの時何故守れなかった?
光の魔法なんてたまたまじゃないか。
(エリカ視点)
マヤ君は極端な魔力消費で回復も必要だから、しばらく休ませよう。
パティは少し貧血になってるので、彼女もしばらく休ませないといけない。
その間、私は大聖堂へ赴く。
マルセリナ様へ現場で起きたことと、マヤ君が光属性に目覚めたことを一部始終報告した。
「エリカ様、ご苦労様です。
確かに全身骨折、内臓破裂になるとミディアムリカバリーでは治せません。
間違いなくフルリカバリーでしょう」
「やっぱりそうだったんですか……」
「それにしてもフルリカバリーの後にライトニングカッターを連続発動させ、同時に闇属性魔法で浮いていたなんて、マヤ様はなんという強大な力に目覚めたのでしょう。
フルリカバリーは私でも十分身体の調子が良く、何日も日を空けないと使うことが出来ません。
ライトニングカッターも一回の使用魔力量が多いのに、数え切れないほど発動していたなんて……」
「まさに今、彼の秘められた力が目覚めた…… ということですか」
「エリカ様のおっしゃっていた通りになりましたね。お礼を申し上げます、エリカ様」
「いやあ、それほどでも」
それほどでもあるよー
私がしっかり教え込んだからね。
「それからフルリカバリーが使えることはあまり人に知られないようにしてください。
マヤ様を悪用しようとする輩が必ず出てきますから」
「わかりました。彼にも伝えておきます」
「それからマヤ様にも直接お話をお伺いしたいので、落ち着かれましたらこちらへ来て貰うようにもお伝えください」
「はい」
私は大聖堂を後にした。
大きな魔物があれだけ湧いて出てきたなんて、早く出所を究明する必要があるわね。
またあんなのが出てきたらマヤ君に頼らなければいけなくなるけれど、そればかりじゃいけない。
私たちも強くならなければ。
(スサナ視点)
騎士団や討伐隊総出で、魔物の死体の片付け作業をやってまーす。
私とエルミラも当然のようにかり出されてる。
腐り始めてちょー臭い!
布でマスクしても気休めだよ……
「マヤさん、魔物をみんな退治してくれたのはありがたいけれど、バラバラ死体を早く片付けないと……
うえっぷ 臭い臭い臭い臭い!!」
「仕方ないじゃないか。
私たちの力では全部倒すなんてとても出来なかった。
マヤ君に感謝しなきゃねえ。うぉぉぉええぇ~」
あまりの臭さでエルミラも酷い顔になってら。
マヤさんが元気だったら見せてあげたいよ。大笑いしちゃう。
という私も、もう耐えられない。
早く片付けちゃわないと……
くそぉ バラバラでも重いなあ。
「早く運んで…… 焼却しないと…… 伝染病に…… なっちゃう…… うえぇぇぇ」
「おいスサナ。エリカさんが来たぞ」
「いやぁ~ 待たせたねぇ。うわっ くっさっっっ この魔物の死体は特別臭いな」
「エリカさ~ん、魔法でちょちょいとやってくださいよ」
「わかったわかった。
死体をフリージングで凍らせて臭いを抑えて、グラヴィティで少しだけ浮かせるっと」
「おー、これなら楽そうですね」
「私が順番に魔法をかけていくから、みんなで焼却処分する街の外の広場へ持って行ってちょーだい。しばらくの間は浮いているから」
「了解で~す。でもこれ魔法でひゅんひゅーんと移動できないんですかね?」
「【テレキネシス】は私出来ないし、出来てもこの量じゃ魔力が足りないよ」
「そっかぁ~」
「でも私のグラヴィティは、一度発動させたら放っておけるからね。
マヤ君はまだ発動し続けないと出来ないから、魔力の消費が大きい。
どうだい、偉いだろう」
「「わーい、パチパチパチ」」
(エリカ視点)
翌朝になった。
マヤ君は朝食も食べず、部屋で塞ぎ込んでいるようだ。心配だなあ。
今日は侯爵閣下が彼とお話をしたいと仰るから、閣下の前へ連れて行かないといけない。
マヤ君の部屋へ、ちょっと様子を見に行くか……
「マヤ君、勝手に入るよ。起きてる?」
「あぁ…… 起きてますよ……」
「なら良かった。お昼ご飯、ビビアナに軽い物を作って持って来てもらうから。
それから侯爵閣下が後で来て欲しいって」
「わかりました……」
「じゃあ後でね」
私はマヤ君の部屋を出た。あのままマヤ君と添い寝したーい!
「あぁ…… 今日も魔物の片付けがある…… めんどくさーい……」
(ビビアナ視点)
エリカの頼みで、マヤさんに食事を作ってるニャ。
マヤさんの好物で、食べやすい生ハムチーズサンドイッチニャ。
「マヤさん、部屋に入るニャ」
「うん……」
「マヤさんの好きな生ハムチーズのサンドイッチニャ。
これ食べて元気を出して欲しいニャ」
「ありがとう…… そこへ置いておいてくれないかな……
もう少し一人にしておいてほしい」
「わかったニャ。食べないと元気出ないから必ず食べるニャ」
「うん……」
あてしはそっと部屋を出た。
マヤさんすごいニャ。あんなデカゴリラをみんなやっつけたなんて。
あてしは料理しか出来ないけれど、マヤさんにはいつも美味しい物を食べてもらうニャ。
(マヤ視点)
みんな心配してくれてるんだな。
実は魔力なんてそれほど極端に減っていないんだよ。
光の魔法に覚醒した時に、ずいぶん余力が増えた感じだ。
回復魔法が使えるようになったのはありがたいが、今はそんなことどうでもいいんだ。
パティがボロボロに怪我をした姿を見てから、酷く気分が落ち込んでいる。
好きな人を守れなかったという事実が私の心に強く突き詰められているのだ。
みんなは私を責めることをしないだろうが、どうにもやるせない気持ちだ。
ビビアナのサンドイッチを食べてみた。
ああ、とても美味しいな。
ビビアナの気持ちがこもっているのがわかる。
溢れんばかりの涙が出てきた。