第3話 苦悩①
他人と入れ替わる能力に目覚めた空野冬二。彼はその力が、自分だけでなく他人同士の入れ替わりさえも可能にすることを知る。
冬二にとって最も憂鬱なことは、やはりあの上司、村山と勤務時間が被ることであった。
温泉旅館には常連と呼べるような客も少ない。つまり、ある程度客の目につく場所であろうと、上司は構わずこちらに構ってくるのだ。
「空野、お前また皿の配置を間違えたな?どうしてお客様にお出しするものの料理の位置をそう何度も間違えるんだ」
村山は、お膳に並べられる料理の配置を間違えたことを空野に指摘する。事実、空野は同様のミスを過去にも一度か二度ほど犯していた。
しかし、空野は内心思った。村山さんの方こそ同様のミスをしているじゃないか、と。それも、自分よりも何度も、と。
「どうしてこんな当たり前のことを、俺に何度も言われるんだ。うちの旅館の信用に関わることなんだぞ。そもそもお前は表情も硬いし実際にお客様からも……」
「空野!ちょっと来い!!」と、別の者に呼ばれ、また長く続くと思われた村山の説教は図らずも中断された。村山は怪訝そうな表情をしていたが、饒舌だった口を噤んでいた。
空野は安堵したかのように、その声の方へ出向いた。
「田坂さん、ありがとうございます」
「気にするな。あんな奴の言うこと、真面目に聞く方が疲れるってもんさ」
田坂一はこの旅館の若旦那、他所で例えるところの副店長である。この人物こそ、空野をこの旅館に紹介した張本人だった。
「どうだ、お前が入って2年半になるな。仕事も慣れてきただろう?」
「おかげさまで……でも、田坂さんが居る日と居ない日で、村山さんの態度も相当違っているのも事実で……」
一はため息をつく。
「全く、困ったもんだ。アイツのせいでお前の後に来たバイトが2人も早いうちにやめちまって、残ったもう1人も嫌気が差してきてるようだし……」
「桃井さんですよね。あの人には妙なまでに優しいというか、逆の理由で構い過ぎてるっていうか」
「あぁ。絶対に桃井ちゃんが若くて可愛げがあるから優しくして、妙な猫撫で声になってるんだろうな」
桃井は空野の後輩にあたる、高校生の女の子である。仕事への取り組み方も良く吸収も早い。若旦那である田坂を初め、その他の従業員も殆どが高く評価していた。
「親父がさっさと村山さんを切ってくれりゃ良いんだが……」
「古くからの知り合いなんですよね。今でも呑み交わすことがあるとか」
「あぁ。俺ならあんな奴、すぐにでも切ってるよ。あの人のせいで桃井ちゃんや他の人に辞められたらたまらないよ……」
古い仲、それだけで支配人である一の父から優遇され好き放題している村山を、一はどうにかしたいと思っていた。しかし旅館を仕切る父をどう説得するか、踏み切れず苦悩していた。
そんな様子を見兼ねた空野は、ある妙案を思い付く。
「………もしもです。もしもですし、例え話なんですけど、少しの間だけ田坂さんがお父上と入れ替われたら事態は変わると思いますか?」
一は少しの間沈黙し、答えた。
「そりゃお前、そんなことが起これば願ったり叶ったりだろう。村山さんのこともそうだし、もっと従業員に給料も渡せる。少しでも親父以上のことが出来るようになれば、即座にそうするさ」
空野はそれを聞き、ある決意をする。
田坂一と、その父親を、入れ替えると。




