六
一休みして夕方になる頃、いい加減冷蔵庫の中身と相談しようと思っていた。長く眠って起きると空腹を感じるが、何かをする気も起きなくて何も口に入れないまま時間だけが過ぎてしまった。
竹井ユキオの怪死に対して現実感が湧かず、どうにも他人事に感じてしまってしょうがない。
しかし、もし、万が一にも彼の死が、黒い本によるものだったとしたら? そう思うと胸騒ぎが止まらない。縋るように何度も煙草に火を付けたが、空腹感が紛れるだけで焦燥は消えなかった。
あの黒い本と竹井ユキオを引き合わせたのは私だ。どんな理由で体に穴が空いたのか見当も付かないが、あの黒い本にまつわる事でも何ら不思議ではないと考えてしまう。
夕焼けの光が部屋に入ってきている。敷きっぱなしの布団や脱ぎっぱなしの服が赤くなった。この時間帯は部屋中が紅で染められた様に見えて普段はとても心地良く感じている。しかし今はそうは思えない。全くもって違うだろうが、竹井ユキオが死んだ研究室を想像してしまうからだ。体を抉られたという事は、死因は恐らく大量出血だ。きっと彼の血は溢れんばかりに部屋を覆っていたことだろう。そんな様子を私はもちろん見たことが無いので想像もつかない。それなのに想像してしまう。この部屋の様だろうか、と。
冷蔵庫にある疲れた様子の野菜達が「殺してくれ」と私に訴えてきている様にすら思う。そいつらを取り出して大きめに切りながら簡単に仕込み始めた。ポトフの様なものにしようと考えた結果だ。暑い夏に自分で鍋を使うとは思わなかったが、今はなぜだかそこまで温度が気にならない。
ガス台の上でポトフを煮込みながら思いついた食材を切って入れていた頃には、もう部屋は暗くなっていた。血が乾き黒く色が変わって、寂れた部屋だけが残った。そんな中で私は一人火を見ながら調理に没頭している。食欲をそそる匂いとは裏腹に、私の空腹はどんどん遠のいていった。包丁を持つ手の速度が遅くなっていき、やがて止まってしまった。ガス台の火も止めて、完成したポトフを見ながら食欲を待った。粗熱が取れる程には時間が経ったが、やはり食べる気にならず鍋ごと冷蔵庫に入れてしまった。
ただ暗いだけの部屋を、黒くなった血の海と錯覚する程には、私の心は混乱している。あの世があったら、竹井ユキオは私を恨んでいる頃だろうか。
気持ちをすっきりとさせたい。だから明日の昼頃にでもアキフミ君を訪ねてみようかと思った。彼なら何か知っているのではという確信がある。それまでは何か他の事を考えようとも思った。このままだと本当に心がやられてしまう。
逃げ道を探す様に充電しっぱなしのスマートフォンを取り出した。手に取っただけで暗かった画面が光り、眩しいなと思った辺りでやっと自分の部屋の電気を付けた。
暗所に慣れた目が光を見てほんの少しだけの痛みを発する。それと共に真っ暗で、どろりとした粘性のある雰囲気を出していたこの部屋が、光によって空気や温度、重力までもが入れ替わった様に錯覚した。ゆっくりと深呼吸すると、体の中に溜まっていた泥の様な感覚が、口から二酸化炭素と共に出ていった気がした。
明るさに慣れた目でスマートフォンを見ると通知が来ていた。先生からのショートメールだ。二十年前から常に先生からの連絡には早く返信できるように気をつけていた。気を使っていたとかそういうわけではなく、自分が先生の信頼に足る人物であると思ってもらうためだった。
先生は私と出会った当初から起業して社長になるのが夢だと語っていた。先生から様々な学びを得るに伴い、私自身が高校生の頃には、将来は先生の下で働きたいと本当に思うようになっていた。
そうして先生からの信頼を得る必要があると考えた私は、勉学は勿論のこと、スムーズな連絡やどんな口約束にも責任を果たす等、様々な事を心がけていた。いつしかそれは習慣になり、当たり前のようにできるようになった。先生との交流が無くなり私が就職してからも、その習慣は役立っていたが、しかし、私はやはり先生の下で働くことを目標としていた。
先生と連絡をしなくなってから、何度か携帯電話を変えたが、その度電話番号は変えず、先生の電話番号も登録しなおしている。もう二十年経ち自分でも未練がましく思うが、先生には恩義があった。しかし、私と先生を繋ぐものは残しておきたいと思っていたにもかかわらず、本当に連絡が来た時は驚いた。連絡が来た状況が状況だったからか、その驚きは電話の後しばらくしてからさらに強まっていた。
先生から集合場所を問う旨の連絡だった。あの時冴え渡っていた先生の地域への観察眼も、地元とはいえ二十年振りでは使いづらいだろう、と先生は思っているのかもしれない。この二十年で、確かに変わった事はある。だがメインストリートはそこまで変わっていない。空きテナントとシャッターが増えたくらいだろうか。
二十年前から変わらぬ、商店街の入り口にある鳥の像を目印に集合としようと考えた。あの鳥は私が幼い頃からいるから、おそらくだいぶの先輩だ。先生は勿論知っているし、変わらないものから見始めた方が良いと思った。
先生にメールをしてから、先程のポトフを冷蔵庫から取り出し、器に入れてレンジで温めた。人間腹を満たして暖かくすれば案外大丈夫なものだと先生は言っていた。この蒸し蒸しとして壁が溶け出してしまいそうな部屋において、以上の条件を満たすには腹を満たすだけだ。
匂いを嗅いだり、一口食べると食欲が湧いてくる現象は、きっと人類誰でも身近なものだ。加えて、空腹感が無いので、そんなに食べれないと思っている時こそ、案外腹の許容量は広い。よって私はポトフを完食した。
凝り固まった体の筋を伸ばすと、堰き止められていた血液が全身を巡っている感覚を肌の内側で感じることができた。蛇口を捻ったようにほんのり冷たい血液が流れて、身体の何処を通っているか分かる。摘みたて新鮮なトマトにでもなった様な気分だ。
気分転換なんて案外必要無い。その時の気の持ち様次第なんてありふれた意見だが、そうでしかないと私は思う。いくら楽しそうな事をしても楽しめない時はあるし、つまらない仕事も楽しむ心さえあれば、集中してゲームをプレイしている気分になる。気分を変えるために行動する必要は無く、時間やきっかけが気分を変えてくれることを待つのが大切であるというのが私の意見だ。
一日を通してぐだりぐだりと嫌な考えが巡って、せっかくの休みが消えてしまった様に感じた。勿体無いなと思うのと同時に、私は昔から休みを一日寝て消費する事に抵抗がない事を思い出した。横になってスマートフォンでSNSを探索する。明日には忘れている情報の集合体だ。古本屋吉永で買った本は読む気が起きなかった。本に手が伸びず、ついポケットに入ってあるスマートフォンを見てしまうことが最近の悩みだ。積みっぱなしの本が沢山ある。
明日、アキフミくんを訪ねて、この今だにもやがかかっている様な心を少しでも楽にしたいと思う。




