運命の出会い - デイミアン -
「あの少女は誰だ?」
ダンスホールで男にしだれかかるようにして踊っている少女を見て、給仕の者を捕まえた。給仕の者はちらりと彼女の方を見てにこやかに答える。
「閣下、リーリア・ローリング嬢でございます」
リーリア・ローリング。
名前だけを聞けば、貴族でないことは明らかだ。周囲を観察すれば、眉をひそめている人間の方が多い。再び彼女に視線を向ければ、うっとりとした表情で相手の男を見上げている。その蕩けた顔がとても淫靡で少女と女性の間の性を感じる。
わが国から出荷されている最新の布を使ったドレスを身に纏い、ターンをするたびにドレスの裾がふわりと広がる。華奢な足首が現れるとそこには細い金の鎖が見えた。靴の飾りの一部なのだろうがそれに釘付けになる。
気乗りしない夜会だった。夜会を主宰した伯爵家には沢山の我が国の商人や貴族たちが招待され、同様にこの国の貴族たちも招待されている。交友を深めるというよりは仕事の色の方が強い夜会だ。だからこそつまらないと思っていたのに、思わぬところで異分子を見つけた。
彼女は気が付いていないのだろうか。
じっと踊り続ける彼女を見つめた。
自分に注がれる侮蔑の色を、男の瞳にあるどこか値踏みする冷静な色を。
自分自身が滑稽な存在だと知らしめているのにもかかわらず、彼女は自分こそが世界の中心で幸せだと言うように満面の笑みを浮かべている。その浮世離れした雰囲気を持つ彼女に体が熱くなった。
あのような細い鎖ではなくて、金と宝石で作った足かせをはめてみたい。
他の男を見るのではなく、蕩けた顔を俺だけに見せてほしい。
体の奥から湧き上がる感情に戸惑った。今まで沢山の女性と付き合ってきたが、このような気持ちを持ったのは初めてだ。
茶金の髪、印象的な大きな瞳、ぽってりとした唇。
どれもこれも惹きつけてやまない。
ああ、そうか。
不意に感情が落ち着いた。俺もやはり王族なのだ。あの狂った王の息子だということだ。
自然と口元が緩む。
「おや、ご機嫌ですね。何か見つけましたか?」
側近の一人で俺につけられている男が俺の側に寄ってきた。俺は楽しくなって目を細める。
「ああ。来てよかったよ」
「そうですか。ここに来るまで散々渋っていたではないですか」
そう言いつつ男は俺の視線の先を追う。わずかに眉を顰め、俺の顔をもう一度見る。
「彼女が『運命』ですか?」
「ああ、間違いない」
「踊っている男と愛し合っているようにも見えますが」
暗に引き裂くつもりかと告げられた。俺はくつくつと笑った。
「よく見ろよ。男に彼女に対する愛情はないさ」
「ほう?」
興味がないのかちらりと男の方を見ただけで側近はため息を付いた。
「では、手配しますね」
「まだ何も言っていないが?」
「何を言っているのか。こんな日が来るのがわかっているからこそ、側近を連れて歩くことが義務付けられているのですよ」
「そうだったな」
我が王族は性格破綻していると言われている。公務に関してではない、私生活に関してだ。私生活の乱れを許容されるために、王族としての義務を果たすのだ。
いつの頃からこんな風になったのかは知らない。長い歴史の中、徐々にこの血は濁り、狂っていったのだと思う。近親婚を繰り返してきた弊害とも、滅ぼされた亡国の王族の呪いだとも言われているが、生きている人間にはどうでもいい話だ。王族の性質であり、変えることができないのだから。
民にしても、貴族にしても、王族が自分たちの利益のために力を存分に発揮するのであれば多少の犠牲など見て見ぬふりだ。
ただ今回は、他国の少女だ。慎重に対応せねばならぬだろう。そうであっても彼女を逃すつもりはない。これほど心の底から欲した少女は他にいないのだから。
他の男の腕の中で嬉しそうに踊る少女を見つめ、彼女を手にしたらまず何をしようかと考え始めた。
******
リーリア・ローリングを調べるのはさほど難しくなかった。彼女はある意味社交界では有名な存在である。報告を聞いているうちに笑みが浮かぶ。
「あの時に踊っていた男とは破綻したと」
「そうです。どうやら惚れっぽいようで」
側近が届けられたぱらぱらと報告書をめくっている。
「その1か月後には自称芸術家と恋に落ちています」
「芸術家」
「はい。こちらの相手は他に結婚を約束したご夫人がいたようでして、そちらのご夫人と結婚しております」
障害にもならないので、聞き流す。
「では俺が口説いても問題ないな」
「いいえ。問題は大ありです」
側近が難しい顔をしている。珍しい表情に俺は黙って先を促した。
「どうやら彼女の父親は横領しているようです」
「横領?」
「はい。父親であるローリング殿は財務担当の文官なのですが、妻と娘の散財にお金が回らなくなっております」
横領は我が国ではかなりの悪と認定される。側近が受け入れがたいのは理解できたが、俺にしてみたら幸運だ。
「横領の件は娘には関係ないだろう。彼女の父親の開けた穴は俺の資産で埋める」
「しかし」
「今回限りだ。ただし、これ以上何かしないように彼女の両親とも一緒に引き取る」
引き取ると断言すると、側近はため息を付いた。
「どの離宮をお使いになるのですか?」
「王都郊外にある離宮を使う。何、両親ともども暮らした方が幸せだろう?」
「……今日の午後、クラディス殿下との交渉の場を設けています」
側近の手回しの良さに笑った。クラディスとは何度も顔を合わせていてお互い気心の知れた友人だ。国は違うが彼とは長く付き合いたいと思っている。きっと彼に頼めば、渋い顔をしながらも何かしら手を貸してくれるはずだ。
「それからもう一つ。彼女はとても惚れっぽいです。気を付けなければ、寝取られますよ」
「お前にか?」
「私の趣味ではありませんが……やろうと思えばできますね」
俺は面白くなく、鼻を鳴らした。側近が調べてきたように短期間で恋人を変えているのだ。きっと彼女の中ではすぐに割り切れる程度の情愛なのだ。
「……そんな王族がいたな」
ふと、数代前の王の血筋である令嬢を思い出した。王家の血が薄まっているにもかかわらず、王族並みの性癖を持った令嬢だ。陶酔型で、相手に惚れるというよりも状況に惚れるのだ。だから状況が変われば、興味が一気に冷めてしまう。
兄たちの陰謀により彼女の話し相手として捕まった俺は彼女の狂った恋愛観を聞いて驚いたものだ。狂っているのは恋愛観だけで、貴族令嬢としてはとても優秀なのだ。もしかしたら、彼女のいい友人になるかもしれない。
「ああ、ライザ嬢ですか?」
「そうだ、彼女に似ていると思わないか」
そうだ、彼女が好みそうな状況を作り出してやろう。状況を一気に作り上げればこちらにすぐに落ちてくるに違いない。
囲い込んでしまえばいくらでも幸せを感じさせることができるだろう。
「楽しみだな」
あれこれと効果的な出会いをいくつか想像し、笑みが浮かんだ。
「ほどほどにしてくださいね。ここはまだ他国なのですから」
側近の苦言を適当に流し、この国の王太子に会う準備を始めた。




