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お父さまとの別れ



 仕事が早いというのか、なんというのか。


 書類に署名すれば、あっという間に進んでいった。クラディスはかなり前から準備をしていたのだと思わせるほどあっという間の出来事だった。

 わたしはアンダーセン侯爵としての覚悟を告げて書類に署名しただけだ。ゲインの言葉に反して、知らぬ存ぜぬを通さなくてよかったと内心思っていた。クラディスに知らないと突っぱねていた場合、資産の半分は取られた気がする。


 長椅子に座っていると、そのうちに誰かがやってきた。


「何故、お前が……」


 そんな小さな呟きが届いた。お父さまは近衛騎士によってここに呼び出されたようだった。


「やあ、ローリング、突然呼び出してすまないね。アンダーセン侯爵と我が異母弟が結婚したことを伝えたくてね」

「結婚?」


 お父さまは上手く事態を飲み込めていないのか、言葉を繰り返す。クラディスは天気の話でもするように気安い。


「結婚に伴いアンダーセン侯爵の後見人は異母弟に変更した。一年前倒しだけど問題ないからね」

「そうですか」


 侍従を通して渡された書類を手にして、お父さまはほんの少しだけわたしの方を見た。その視線が意外と鋭く、目に怒りが込められている気がした。


 悲しい。

 心なんてこもっていなくても、一言おめでとうと言ってほしかった。


 お父さまの態度にバネッサの悲しみと、前世わたしの怒りが混ざった。ぐっと手を握りしめ顔を上げる。


「王太子殿下」

「なんだい?」

「許可を」


 ぐぐっと握りしめた拳を少し持ち上げて見せると、クラディスはおかしそうに笑った。


「いいよ。どうせこのまま拘束する」

「拘束?」


 どうしてこのような事態になったのか理解できていなかったお父さまが小さく呟いた。わたしもクラディスも詳しく説明するつもりはない。さっと長椅子から立ち上がると、すたすたとお父さまの前まで進む。手を伸ばして届くかどうかの距離で立ち止まった。


「お父さま。これまでありがとうございました。これがわたしからの餞別です」


 数歩前に出ると、握りしめた右手をお父さまの顔めがけて叩きつけた。女の力だ、殴られても大して痛くはないと思うがわたしの気分がすっきりする。殴られた頬を茫然と抑えるお父さまはどこか間抜けだ。


 お父さまと視線が合う。初めてまともにわたしを見たような気がした。


「借金返済、頑張ってください」


 ニコリとほほ笑んでやると、お父さまが青ざめる。そして体を震わせた。


「何のことだ……」

「お父さまの体で払いきれるといいのですが」


 何を示唆しているのか理解したのか、お父さまが激しく動揺する。抗議する間もなくお父さまは騎士たちに連れていかれた。


「さようなら」


 お父さまとはもう会うことはないだろう。お父さまとの別れに大した感慨(かんがい)を抱くことはなかった。


 呆気ないものだ。侯爵家を守るため、お父さまを切り離すつもりでいた。想像ではもっと精神的に大変だと思っていた。きっとそれはバネッサの気持ちが大きく作用していただけ。

 前世を思い出した後、わたしとしては他人であるとの意識の方が強かった。今も憎しみとか哀れとかそんな気持ちをほとんど感じない。


 ただ、もう一人のバネッサは違う。胸の奥底で、お父さまの愛情を求めていた幼い頃のバネッサが声を殺して膝を抱えて泣いていた。


 きっと少ししたら消えてしまうだろう幼い頃の自分。彼女はお父さまとの別れがつらいのかもしれない。大きくなったわたしが感じることのない辛さを感じてくれている。


 幼いバネッサのためにもう一発反対側も殴っておけばよかった。



******


 お父さまは騎士団に捕らえられ、義母とリーリアは別の屋敷に引っ越した。以前、王都郊外に用意しようと思っていた屋敷ではなく、割と王都の中心地だ。小さいながらも手入れの行き届いた屋敷は実はクラディスによって用意されたものだった。監視しやすいという理由だろうけど、侯爵家の屋敷から引っ越しを言い渡された義母が大騒ぎした。


 義母も状況は理解できていなくとも、王太子と不敬罪という二つの言葉は理解していたようで、不敬罪になりかねない文言だけは何とか飲み込んでいた。


 リーリアはレスターを見ると恐ろしさに震えてしまう始末。騒ぐ義母と対照的にそそくさと荷物をまとめ、用意された屋敷に引っ越した。どうやらレスターとは少しでも顔を合わせたくないらしい。自分が好かれていると思っていた相手から、あの怒りを一身に浴びてしまったらトラウマになってしまうのも仕方がないと思う。


 それぐらいレスターの怒りはすごかった。暴力をふるうのではないだろうかと思えるほどだったが、彼は微動だにせず手も動かさなかった。それでも誰かの怒りに触れることに慣れていない人間は恐ろしく思うだろう。わたしでさえ、レスターを怒らせてはいけないと本気で思ったのだ。


 レスターと二人になった屋敷はしんとしていて、とても静かだ。普段から二人きりになることも多かったが、静寂に包まれた部屋に二人でいると思うと何故か気恥しさを感じた。


「すまない」


 そんな謝る言葉をかけられて、首を傾げた。すっかり夜の準備も終わり、あとは初めての夜を過ごすだけというタイミングでだ。


「何が?」

「本当は保養地にでも行ってゆっくりしたいと思っていたんだ」

「仕方がないわよ」


 落ち込んでいるのがおかしくて、つい笑ってしまう。そっと彼の肩に手を伸ばした。


「わたしは理由はともあれ、早めにレスター様と結婚できて嬉しいわ」

「レスター。結婚したんだ、敬称はいらない」

「そうね、徐々にね」


 くすくす笑っていると、優しく抱き込まれた。いつもと同じ彼の温かさに幸せを感じた。


「ああ、異母兄上はいったい何をさせるつもりなのか」


 やや不安そうにぼそりと呟かれた。


「わたしも気になるけど、落ち着いてからと言われてしまったわ」

「二人で乗り越えよう」


 その後も引っ越しの整理したり、慌てて届いたお祝いや訪問客に対応したりと忙しかった。色々なものが落ち着いたとほっと息をついた時にはすでに結婚して一週間が経っていた。

 こちらの状況を見越しているのか、休む間もなく王宮から迎えの馬車が来た。


「早すぎるだろう」


 クラディスは確かに落ち着いたらとは言っていたが、早すぎる迎えにレスターがぼやいた。ぼやきながらも、呼び出しに応じなければならない。レスターと二人、慌てて身支度を整えやってきたのは王太子の執務室。


 あまりいい印象のない部屋である。ここに来ると変な圧力を感じるのは気のせいじゃないと思う。

 レスターにエスコートされて部屋に入ればクラディスのほかにもう一人、見知らぬ男性がいた。貴族ならほとんど知っているが、部屋にいるこの人物は知らない。


 艶やかな黒髪は短めに整えられており、真っ青な瞳は夏の空のようだ。がっちりしているうえに背も高い。よく鍛えられているのか、服の上からでもわかるくらい筋肉質だ。


 雰囲気が異国の香りがして、少しだけ警戒した。嫌な予感しかしないと言ったところか。王太子の執務室に呼ばれると悪い予感しかしないのは気のせいじゃないと思う。


 クラディスは困ったような顔をして彼を紹介する。


「こちらはとある国のとある人で、まあ、名前は……」

「デイミアン・ハーウェル」

「だそうだ。デイミアンでいいよな?」


 そんな相手を馬鹿にしたような紹介をされて、口元が引きつりそうだ。わたしは内心を悟られないように丁寧に挨拶をした。


「お初にお目にかかります。わたし、アンダーセン侯爵家当主、バネッサです」

「バネッサ、そんなに気を遣わなくていい。こいつはとある国の人物だから適当で問題ない」


 レスターが不機嫌に鼻を鳴らした。レスターは彼を知っているようだ。もう一度よく彼を観察した。ああ、そうか。彼の正体がわかってしまえば現実逃避したくなった。


 とある国って、隣の大国だ。

 その特徴のある瞳。どこから見ても王族の証。


 とても性格的に歪んでいるのだ、この王族。

 確かに民にとっては頼りになる政治を行うが、私生活では破綻していると聞いている。


 どう破綻してるか?

 女性好きで後宮に沢山の女性を囲っているとか、逆に一人に寵愛を注いで閉じ込めて壊しそうだとか。普通にないとか思うような王族なのだ。それでも王族が支持されているのは、政治がとてもいいから。


 後宮に沢山の女性を囲いたい国王の時代は、そのお金を賄うために経済を活性化させた。もちろん、文句が出ないように民にまでその恩恵を受けられるように整えた。ある国王は、一人の寵姫を閉じ込めて誰の目にも触れずに一人で愛でたいために、王妃になって権力を持ちたい女性と結託した。


 なんていうのか、病んでいるのではないかと断じてもいいぐらいの王族なのだ。もちろん周囲が黙って受け入れるだけの善政を行うものだから、質が悪いと思っている。そんな人に愛されて捕まった人たちが一番気の毒だ。


「なかなか美しいな」


 目を細め見下ろされて、身震いした。

 やめて、わたしは今新婚なの。ようやくレスターと一緒に暮らせるようになったのに。

 レスターはすっとわたしを自分の後ろに隠した。


「デイミアン、バネッサは僕の妻だ」

「いいじゃないか。本当のことなんだから。それに今後俺の義姉になるのだろう?」


 はあ? 義姉?


 理解できずに目を白黒した。クラディスが大きく息を吐いた。


「あー、うん。これが例の取引内容だよ」

「え?」

「デイミアン、リーリア嬢に一目惚れしたのだそうだ。彼女を彼に嫁がせる。そこでリーリア嬢を貴族夫人として教育してほしい」


 どういうこと?


 思わず目でレスターに問う。レスターも初めて聞いたのかぽかんと口を開けている。仕方がなくデイミアンに尋ねた。


「あの、いつお会いに?」


 忙しくリーリアの交友関係の調査内容を思い出す。最近はそんな出会いがあったという報告は受けていない。ローリー・ブルックに続いてフリッツ・ガーナーにも騙されたリーリアはショックで部屋にこもっていた。その後はレスターに手ひどく拒絶されてしばらくは大人しくしていたはずだ。


「遠くから見ていただけだ。これから劇的な出会いを演出したい」

「はあ」


 全く何を望んでいるのかわからないのだが。とてもロマンチストであることは間違いない。


「それでね、バネッサにはこれを渡しておくよ。彼の要望書だ」


 分厚い書類を渡された。ずっしりとしたその書類を見下ろす。


「異母兄上、リーリア嬢を嫁がせるって本気で?」

「もちろん。デイミアンがそう望んでいる」


 ちらりとクラディスがデイミアンに視線を向ければ、彼は頷いた。


「最小限でいい。彼女には豪華な離宮を用意する。もちろん、両親ともに引き取ろう」


 これは国と国の取引なのだ。

 デイミアンはリーリアを手に入れるために、この国へ多額の資金を提供したのだろう。もしくは有利な契約でも結んだのか。


 あまり深く考えない方がいいかなと思い、ため息を飲み込んだ。




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