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三国開拓志  作者: へるぱあ
16/17

義の侠

 

 涼州に、董卓という男がある。字を仲穎という。


 若い時から西部辺境の羌族に混ざり、その実力を養った。生まれついての武芸の才能を余すことなく発揮し、その腕力は目を見張るもので、馬上から左右どちらの手でも弦を引き絞ることが出来た。

 若きときはその顔立ちを武器にして、異民族を渡り歩き、各民族の顔役との交流を愉しんだ。

 桓帝の死の間際、天水、隴西、安定、北地、上郡、西河の六郡の生え抜きから、郎を選ぶことになると、董卓は羽林と呼ばれる皇帝直属の部隊を率いる役職についていた。羌族が反乱を起こした際には、并州征伐軍に、司馬として従軍し大勝に導いた。


 この功績により絹九千匹を賜ったが、この活躍は部下たちの働きぶりのおかげだと言って、それらすべてを部下たちに分け与えたのだ。その心意気から侠客としても彼を慕うものも多かった。

 辺境の一将軍に過ぎず、良家の人間とは言えないながらも、辺境民族に認められ、そして恐れられているその実力から、信頼を得た生粋の英傑といえる。


 今に至るまで刺史や太守などを歴任し、その羌族の進行を食い止め続けた。その数はゆうに百回を超えている。

 脂の乗った齢を迎えた今に至っても、その剛腕を幾ばくも鈍らせることはない。


× × ×


「仲穎殿、いかがだろうか」

「おうよ、義真殿か。彼奴らの様子はどうだろう」


 皇甫嵩は帷幕の内に入り、董卓に声をかけた。

 義真と呼ばれた女性は名を皇甫嵩と言う。義真というのはその字である。

 両将軍は冀州、広宗の地に陣を張っていた。黄巾の首謀者である張角がこの地にいるためである。


「あくまでも抵抗の姿勢を続けるようです」

「そうか」


 董卓は一言だけ、答えた。

 その表情は、苦虫を噛み潰したかのように歪んでいた。

 まず、張角をこの地まで追い詰めたのは盧植という中郎将であった。冀州にて蜂起した張角率いる黄巾軍を、盧植は数で劣るにも関わらず、をさんざんに討ち果たし、広宗に立て籠もらざるを得ないようにした。


 このままならば、張角の首級を挙げるのも時間の問題と思われた。


 しかし、この時たまたま軍の監察に訪れた宦官の左豊という男に賄賂を要求され、それに対し「糧食乏しき現状に、勅使に献上できるものなどございましょうか」と言って断ったところ、都に戻った左豊は霊帝に讒言を行い、盧植を罪人に仕立て上げ、免職させた。

 盧植の代わりに勅命によって広宗に派遣されたのが、同じく中郎将であった董卓だったのである。

 そして、董卓は敗戦した。


「俺にはどうもあの目を見て斬り捨てる気になれんのだ」


 董卓はぼやく。


「託ち種としか聞き取れませんよ」

「……」


 西方の出身者に多い、赤茶けた髪を乱暴に掻き上げると、眉間には深い皺が刻まれていた。

 董卓は元々、西方の遊牧民族を相手取った戦闘を得意としている。騎馬を相手にすれば、百戦百勝と言っていいほどである。

 しかし、黄巾を頭に巻く者たちのほとんどは農民か、騒ぎに乗じて集まった匪賊どもである。よって統率感なく突撃を繰り返すばかり。騎馬兵団などを相対すような状況になど、なりえなかったのである。


 董卓軍は羌族征伐の際に吸収した乗馬能力に長けた人材が主な構成となっており、歩兵中心の戦闘は少々苦手であった。

 董卓の敗戦の知らせを受けた霊帝は、潁川での活躍を見込まれた皇甫嵩を広宗討伐に追加投入したのだ。


「まあいいさ。左中郎将殿に、後事は任せるとするぜ」


 董卓は帷幕を出て行った。

 これから董卓は洛陽に戻ることとなる。

 おそらくではあるが、今回の敗戦の責を負わされることとなるだろう。


「気に入らないわね」


 皇甫嵩は帷幕を出て行った董卓の背に向けて呟いた。


 権威には媚びず未練などは無しといった態度だ。何やら引っかかる。

 皇甫嵩の目には董卓が、侠を『気取った』男に見えて仕方ないのである。


「まあ、いいわ。まずは盧将軍の残した仕事を片付けましょう」


 皇甫嵩は意識を広宗にて徹底抗戦の構えを見せる張兄弟をどう打ち破るかに向けることとした。


 董卓が敗北したのは騎馬部隊を活かす為に野戦に持ち込んだことにある。

 烏合の衆とはいえ、数は多い。普通に戦ったのでは数の力で押しつぶされてしまう。

 奇正という言葉がある。敵と対峙する場合は『正』つまり正規の作戦を採用し、敵を倒すのなら『奇』すなわち奇襲作戦を採用するという一般的な戦い方を表した言葉である。

 董卓は自軍の力を過信し、野戦に持ち込んだ。董卓の率いる軍を弱兵と評価するものはいない。しかし本来、数に劣る官軍方は搦め手で戦うべきだったのだ。


 皇甫嵩は眉を顰めた。


 先の戦闘によって、黄巾賊は野地に陣を作ってしまっている。これでは正面からぶつかる羽目になってしまい董卓の二の舞になること必至だ。

 広宗にて陣を構えてからはや数日が経過しているが、戦況は膠着している。董卓が指揮を執っていた時間も含めるなら、1月ほど持ちこたえられてしまっていることになる。


 糧食も有限だ、あまり時間がない。


「この奥にある。絶澗、天井の地形が織り交ざる場所を利用したいところね」


 現在駐屯している場所は平原であるが、西に太行山脈、そして北に広がる飛燕山脈に見えるように、この周辺は険しい地形が多いのだ。

 どうにかしてこの狭い地形に黄巾軍を引き込むことが出来ないだろうか。

 それには一度敵軍を叩く必要があるが、すぐに転進し、着かず離れずで敵を引き付けなければならない。機動力が重要な作戦だ。遺憾ながら皇甫嵩の率いる官軍に、この策を実行に移せるほど練度の高い部隊がいない。


「困ったわ」


 潁川、長社での戦闘の様に火計を用いるという手もあるが、こちらが風下に当たっている。火を放ったとしても、味方の被害のほうが甚大になってしまうだろう。


 その時、帷幕に声がかかった。


「将軍。報告が」


 部下の声である。皇甫嵩は部下を帷幕の中に通した。


「失礼いたします。将軍にお目通りを願う者が、陣営に参りました」

「名は?」

「劉備と名乗っております」

「劉備……聞かぬ名だな」


 この忙しい時に。

 朝廷がよこした使者の類だろうか。


「まあいい。通せ」

「はっ」


 部下が踵を返し外へ出ようとした瞬間に


「子幹先生!」


 若い男が一人、帷幕のなかに飛び込んできた。

 反射的に、部下は武器を取った。


「無礼な!」


 いきり立つ部下の剣幕に、突如飛び行ってきた男は、目もくれていない。

 男は息を乱し、肩を上下させている。帷幕の中を見回し、目当てのものが見つからなかったのか、唇を引き結んだ。


「兄者よぉっ! ぬおっ。兄者に刃を向けるたぁいい度胸じゃねぇか!」


 追ってもう一人、一際肩幅の広い男ががなり声を上げながら帷幕に入ってきた。

 いよいよもって皇甫嵩の眉間にも皺が寄ってきた。

 さらにもう一度、帷幕の幕が開かれる。

 入ってきたのは若い女性であった。


「兄者。益徳。将軍の前だ、落ち着きめされよ」


 女性の一言で二人は静かになった。


「この忙しい時に。軍を掻き乱すつもりで来たのなら、懲罰の対象となるが、そのつもりか」


 皇甫嵩が尋ねると、若い男が代表して返答した。


「失礼仕った。私が劉玄徳。そしてこちらが益徳に、雲長」

「関羽、字を雲長にござる」

「張飛だ。字は益徳」


 慇懃な態度を崩さない関羽と、対照的に不遜な態度の張飛が劉備に追って、名を名乗った。


「我ら、各地に頻出する賊を討つため立ち上がった義勇軍にござる。冀州にて恩師である盧子幹先生が賊と交戦中という情報を得て飛んでまいったのだが」


 子幹というのは中郎将、盧植の字である。


「盧将軍はここにはいない」

「そうか。道中に聞いた噂は真であったのだな」


 劉備は沈痛な面持ちを見せた。


「先生は。死んだのだろうか?」

「いや。まだだ。盧将軍はそもそも宦官の讒言によって獄に掛けられているだけの御身だ。張兄弟の首級を挙げ、私が助命の願いをしてみようと考えている」


 皇甫嵩の言葉に、劉備は喜色を浮かべた。皇甫嵩はこれに「喜ぶのは尚早だ」と言って続けた。


「言ったであろう。張兄弟の首級を挙げないことには、助命の願いどころか、私の免職もありうる」


 討伐のために何が足りないか、それを劉備に話すと、劉備の後ろで黙っていた男が鼻を鳴らした。


「そりゃあ、俺たちが適役だろう」


 張飛は自信ありげに言いのけた。


「なあ、どう思うよ。適役だよな」


 逞しい腕を組みながら、隣に佇む女性、関羽に問うた。関羽はしばしの思案の後、一歩前に出て拱手し、答えた。


「我らは各地で黄巾討伐の為に走り回っておりましたので、兵士の経験は十分でしょう。少数での行動にも慣れておりますゆえ、指揮を誤らなければ、可能かと思いまする」


 滔々と自らの見解を説いた関羽は再び、後ろへと退き、押し黙った。張飛はそれを見て苦笑いを浮かべている。


「ふむ。そうだな。我らなら出来る。皇甫将軍、どうだろうか?」

「……わかった。まずはお前たちの兵を見させてもらおうか」


 皇甫嵩は提案を受諾し、作戦が動き出した。


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