第33話 放棄プラットフォーム調査
「……どうだ、ティルナ? 何か反応はあるか?」
灯りが落ち、モニタの光と最低限のインジケータランプだけが照らすコックピット内。
吐き出した息が白く煙るのを眺めながら、俺はレーダーとにらめっこするティルナへと問いかける。
「……プラットフォーム内に稼働する設備の反応はありません。無人と見ていいと思います」
「よし。周辺宙域の反応は?」
「今のところ反応はないわ。ステルスを起動してるのがいるかもしれないけど……」
「その時は叩き落としてクレジットにしてやろう。――とにかく、プラットフォーム側は大丈夫そうだな。〈サーマルステルス〉を解除して、ドックへ乗り込むぞ」
言いつつ、サブモニタのタッチパネルを操作。
ティルナによって組まれた〈サーマルステルス用プログラム〉を解除し、リベルタの機体温度を通常レベルまで戻すと、ほどなくして吐息の白さが薄らぎ、船内の気温がじわじわと快適な温度に戻っていった。
「サーマルステルス、正常に停止。冷却システム異常なしです」
「よし。……サジタリオが使っていた時も実感してたけど、サーマルステルス機能はこういう隠密行動の時にありがたいよな」
「そうね。奇襲にも良し、潜伏にも良しで重宝するわよ」
姉妹からの提案でサジタリオから受け継いだコンポーネントを積み込んで以来、リベルタの性能は初期状態から格段に向上していた。
離れた距離にあるプラットフォーム内の熱源反応の感知さえ可能とする高性能なレーダーシステムに、サジタリオがかつて俺を助けた時に使っていた熱源隠蔽潜伏を使えるようにする冷却装置。どちらも今の俺たちにとっては非常に大きな強化だ。
特にサーマルステルスに関しては、実は全盛期のリベルタにも存在しなかった機能でもある。
当時使っていたコンポーネントが「戦闘機動時に蓄積した熱の高速放熱」に特化していたモデルであったため、こうして機体を過冷却するような機構を持ち合わせていなかったのだ。
往年の姿とは少々異なる趣になったが、これはこれでまた別の強みがあるということを、現在進行形で実感していた。
「周囲の反応は?」
「依然変わりなし。あたしたちが大っぴらに姿を見せてもロックオンすら飛んでこないあたり、伏兵はいないみたいね」
「よし。じゃあ、予定通りプラットフォームのドックへ接舷するぞ」
今回の依頼であるプラットフォーム内の調査を遂行するべく、俺たちを乗せたリベルタは、ゆっくりとプラットフォームの接舷ポイントめがけて航行していった。
*
ごぅん、という重たい音を立てて、リベルタのランディングギアが、船を駐機するために設けられた広い足場の床に接触。
駐機ロック機能が作用し、電磁石を介してその場に船体が固定されたのを確認して、俺はリベルタのエンジンをオフにした。
「接舷完了。……さて、お次はプラットフォームの調査だな」
無事に駐機できたことに安堵の息をつきつつ、俺はシートベルトを外し立ち上がる。
「ウィスタ、予定通りでいいか?」
「ええ、もちろんよ。あたしとレンで調査して、ティルはここで通信の中継と周辺宙域の警戒ね」
ウィスタが言及したのは、ここへ跳躍航行している際に取り決めておいた役割分担の内訳だ。
いざ荒事が起こった時に備え、生身での戦闘経験があるらしいウィスタと、男手である俺が船外へ出て調査を敢行。
技術職であるティルナは、船に残ってサポートやレーダーの確認を行い、必要に応じて俺たちに情報を提供する……という形態を提案し、姉妹からも了承を得ていた。
「わたしも了解です。……熱源反応は確認できませんでしたが、中に人員が配置されてないとは限りません。二人とも、くれぐれも気を付けてくださいね」
「ああ、わかってるよ」
身を案じるティルナに頷き返してから、俺とウィスタは連れたってコックピットを退室する。
そのままリベルタの下層階、昇降タラップの反対側に位置するエアロックへ移動すると、そこには見慣れた大型の船外作業服があった。
「ほんと、いつ見ても服っていうかパワードスーツだよな」
「このタイプは小型の重機としても設計されてるから、サイズは仕方ないわよ。普通の宇宙服は普段着のままじゃ着れないし、耐久性も落ちるから、あたしはこっちのほうが好きよ」
「そこは俺も同感だ。……というか、普通の宇宙服ってちゃんと別にあるんだな。知らなかったよ」
なんて雑談を挟みつつ、俺とウィスタはそれぞれの船外作業服を装着。
全高3mほどの、大柄でおおざっぱに人型をした機械じかけのスーツを動かし、開放したエアロックからリベルタの船外へと順に乗り出していく。
先のティルナのスキャンによれば、プラットフォーム内で稼働している熱源は存在していないという結果が出ていた。
それはすなわち「施設の心臓部である電源も完全に停止している」ということであり、それに伴うあらゆる設備――例えば生命維持装置や人工重力発生装置なども停止しているということでもある。
「っとっと……」
そのため、移動手段は作業服のスラスターと、足底に搭載されている電磁吸着装置のみ。
普段はだいたいリベルタの船内で人工重力の恩恵に預かっているおかげで、こういう状況になるとどうしてもぎこちない動きになってしまうのは避けられなかった。
「レン、スラスターはむやみに吹かさず、足で歩いたほうが良いわよ。こういうところは、だいたい人工重力の向きに沿った歩行用の足場が組まれてるから、そこを辿れば怪我しなくて済むわ」
「わ、わかった。……たしかに、こういう閉所だと地に足付けてるほうが安心だな」
ウィスタのアドバイスに従い、船外作業服の足裏にある電磁吸着装置で床に足を接地させる。
とたん、先ほどまで感じていた前後のおぼつかないような感覚が消え失せ、一瞬にして平衡感覚が戻ってくるあたり、人間の知覚はだいぶ単純であることがひしひしと実感できた。
「準備はいい? 何もいないとは思うけど、作業服のレーザーガンはいつでも撃てるようにしときなさい」
ウィスタのアドバイスに了解の言葉を返し、船外作業服に取り付けられたレーザーガンの状態も改めて確認する。
レーザーガンといっても、デブリや障害物を砕いて進路啓開に使うための作業用ツールだが、障害除去用の火器なだけあって火力は充分だ。ゲーム時代にも、いざというときの身を守る武器としてたびたび重宝していた。
「こっちは大丈夫だ。行こうか」
「ええ。――ティル、通信はどう?」
《繋がってるよ、感度良好。お兄さんはどうですか?》
「こっちも問題なしだ。ティルナ、しばらくリベルタを頼むよ」
《はいっ、任せてください!》
無線越しに響くティルナの声を聞きながら、俺は遮光仕様の不透明な防弾ガラスの向こう、不鮮明ながらかすかに見えるウィスタとアイコンタクトを交わし合い、プラットフォーム内の調査へと取り掛かった。
*
俺たちが調査しているプラットフォームは、大部分がむき出しになった足場で構成されており、そこには空になったコンテナや充電ソケット上に停車したままのフォークリフトなど、いかにも作業所然とした景観が広がっている。
そして、そんな設備類の中心地点である基部周辺には、半開きになったエアロックや動いていない気密用シールドを隔てて、生身で活動することを想定したエリア。まともに動いていれば、快適……とまではいかずとも、生存には充分な環境を構築できるであろうことが伺える構造だったが――
「ここもクリア……やっぱりなんもないわねぇ」
中途半端に開いたまま電源の切れた自動扉をこじ開け、中の空間を覗いていたウィスタが、姿勢を戻して作業服でやれやれというポーズを作ってみせる。
「あらかた見てきたけど、誰かがここを拠点にしてるような痕跡はぜんぜんなかったな」
「そうね。リアクターや生命維持装置の最終稼働日時もだいぶ前だったし、やっぱりここは『単なる受け渡し場所』以上の使われ方はしてないみたいね」
確認できたすべての扉の先を覗き、しらみつぶしに中を捜索したものの、ここまでの調査で「誰かがここに滞在していた痕跡」と呼べるものは一切合切見当たらなかった。
確認できたものと言えば、二か所あるランディングゾーン――うち片方には現在リベルタが停泊中だ――にこびりついている「上昇用スラスターが吹きつけられてできたススの跡」程度。
そもそもがさほど広いプラットフォームでもないため、これ以上探したとしても、何かしらの痕跡が出てくる可能性は限りなく低いと言えた。
「ハズレとして残念がるか、宙賊と遭わなくてラッキーと思うべきか……悩ましいなぁ」
《ラッキーでいいと思いますよ、お兄さん。船外作業服の守りがあるとはいえ、生身での戦闘なんて遭遇しないに越したことはありませんから》
「そりゃそうだけど……なんか実感のこもった言い方だな?」
「しばらく前にあったのよ。別の星系のコロニーで、コロニー内に巣を張った宙賊をしばき倒すって任務がね。思った以上に向こうの頭数が多くて、合同で受けた他の傭兵ともどもえらい目に遭わされたわ」
その手の依頼――船から降りてスーツでの生身戦闘は、俺もゲーム時代にやったことがある。
相手の弾の当たり所が悪ければ即ノックダウンもあり得たあの緊張感は嫌いではなかったが、いざそれが現実にあるとなると、正直引き受けたいとは毛ほども思わなかった。
「何はともあれ、調査自体は完了ってことでいいんじゃないかしら」
「だな。あとはしばらくここで待ち伏せして、もし宙賊がやってきたら打って出る……って感じでいいだろう」
ウィスタとうなずき合い、俺たちは連れたってリベルタへの帰路に就く。
《そういえば、何か『使えそうなもの』は見つかりました? 何かあれば持っていっても良いってお達しが出てましたし、せっかくならカーゴに積んじゃいましょうよ》
「そうしたいんだけど……さすがにもうほとんど何も残ってないっぽいしなぁ」
調査のついでに、ここまでの道中にあったコンテナ系は全て開封してみたのだが、やはりどれもこれも中身は存在していなかった。
何かしら企業の引き払い忘れがあれば……と思っていたのだが、やはり現実はそううまくいかないらしい。せめてミサイルの一本でもあれば、今のリベルタにはちょうどいい足しになったのだが――
「――ん?」
なんてことを考えていた矢先、ふと視界の端に何かの気配が引っかかる。
床に足を着き、そちらへ向き直ってみれば、そこにあったのは一台のコンテナだ。目算でもかなり大きいことが伺えるそれは、光沢の抑えられた真っ黒い塗装によって、周囲に散らばる空のコンテナとは一味違う威容を放っていた。
「ウィスタ。あれ、何かありそうじゃないか?」
「え? ……あー、確かに。いかにも他とは違いますってオーラがあるわね」
目くばせを経て、俺たちは黒いコンテナの元へと移動する。
目算で見積もっても、全長はおよそ10mを超すレベルのサイズ。以前姉妹が扱っていた、自立巡航魚雷が入っていたコンテナすら凌駕するほどの大きさだ。
長さだけでなく、厚みも高さもあることから、確実に何かしらの大きなもの――例えば船舶用の火器が収められていたコンテナと見ていいだろう。
「スキャンはできそうか?」
「やってるけど……ダメね。シールディングで中身が隠されてるっぽいわ」
スキャンを妨害するための加工が施されているあたり、いよいよきな臭い。
当然、すでに中身は持ち去られている可能性は十分にあり得る。だがそれでも、確かめてみないことには気が収まりそうもなかった。
「……開けてみるしかないか」
「本気? あの時みたいにミサイルが起動したらどうするの?」
「あり得るけど……どうしても気になるんだよ。なんというか、開けなきゃ後悔するような、そんな気がするんだ」
説得の材料は、理屈にもならないただの直感。
当然、ウィスタからは呆れた表情を返されるが、しばらくののち、ため息をついたウィスタは俺の横へと並び立ってくれた。
「ったく、分かったわよ。……正直、あたしも気にはなってたからね」
「そう来なくちゃ。ティルナ、熱源反応が出たらすぐに知らせてくれ」
《は、はいっ。気を付けてくださいね》
念を入れて呼びかけてから、俺たちは黒いコンテナの開閉部へ取りつく。
スキャン妨害措置こそ取られていたものの、それ以外は普通のコンテナと変わりないようだ。
進路啓開用のレーザーガンを押し当て、バーナーのようにエネルギーを滞留させるトーチモードを起動。黒いコンテナの接合部を赤熱させていけば、さほどの時間も要せずに扉の切除が完了する。
《熱源反応、今のところありません。……どうですか? なにかありました?》
ティルナの報告を耳にしつつ、コンテナの開口部をのぞき込んだ、その瞬間――
「ッ」
俺は、思わず息を吞んでしまった。
そこにあったのは、予想の通り「船舶用の火器と思しき物体」だ。
ただし――それは「ただの火砲」などでは断じてない。
ライトで照らされてなお暗い銃口を形作る砲身の、おおざっぱに角柱の形をした特徴的な形状。
角柱型の砲身というカテゴリで見れば、該当するものはいくつかある。だが――そこに施された装飾を、造形を、他でもない俺が見間違えるはずもない。
「まさか…………スター、ボウ……?!」
部品名――〈STARBOW VLC-Y00〉。
かつて最強装備時代のリベルタに主砲として搭載され、現状において最も入手が困難だと目されていた、幻の試作兵装。
それが今――コンテナの中で眠りながら、俺の目の前に姿を現していた。




