第56話 再会
倒れている男達は武器を取り上げて、ケーブルやベルトで縛り、転がっている死体と一緒に落し物室に入れ、処置は後にする事にした。
ミランは、バンとヤムクーの話のもとに保管室に向かい、沢山のキャリーケースをかき分けて隠れていたひとつを動かす。
バンが優しくキャリーケースを撫でた。
「アルト、モーツ、開けるよ」
バンがそう声をかけて、鍵を開け、ゆっくりと蓋を開く。
汗を滲ますアルトと半分虚ろなモーツが、キャリーケースの中にいた。
「君達がアルト、モーツだね。俺はミランだ」
「あ……ミランさん……?」
「ミ、ラ……ン……」
しゃがみ込んで少し離れた位置からミランは話しかけ、アルトは目を見開いて呟き、モーツはゆっくりと瞼を開けながら名前を呟いた。
「あなたがミランさん?」
「ミ、ランさん……?」
「ああ、そうだ。君達と何度か話をしたミランだ」
ミランは微笑んで頷く。
「バン……」
「本当だよ」
アルトが不安そうに聞いて、バンは頷いた。
「それじゃあ……」
「……バン、アルト、モーちゃんッ!」
アルトが認識を固めていた最中に裏口から入ってきた足音が響き、若い声が廊下に反響した。
「リーガル!」
「リーくん!」
「おいも……」
バンとアルトが声にハッとして笑顔になる中、モーツはお腹を鳴らす。
走り寄ってきたのは汗だくのリーガルだった。
「良かった……! 3人とも……怪我は? どこか怪我はしてる?」
すぐに3人の前にしゃがみ込んで、肩を抱きながら怪我が無いか確認するリーガル。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ」
「リーくんこそ、怪我はない?」
「リーくん!」
バンは自分達に怪我が無いことを言い、アルトはリーガルの身を案じ、モーツはリーガルに気付いて笑顔になった。
「ハァ……ハァ……追いついた……! リーガル君、足速いね!」
少し遅れてトトンが側にやってきた。
ミランが裏口の扉を見れば、アスが窮屈そうに扉を通り中に入ってきている最中のようだ。
「お、いたいた。ミラ、向こうの方はあらたか落ち着いたぜ」
「助かった。さて、移動する前に、ここで良ければ軽いスープでも、どうだろうか」
「え……?」
アルトがキョトンとする。
「スープ?」
モーツが瞳をキラキラさせて、バンは無言で唾を飲み込んだ。
廊下の真ん中だが、ミランは机と椅子とコップを出す。
その上に、出汁だけで作ったシンプルなスープが入っている小鍋を置き、出したコップに注いでいく。
「あ、収納能力……!」
「すご……」
「いいにおい〜!」
普段から、そんなに食べていない子供達だ。
いきなり固形物を食べさせるのもいけないので、少しずつ様子を見ながら食べさせようとミランは思った。
「とりあえず、これをゆっくり飲みながら今からすることを話そう」
子供達は、ミランの言葉にコクコクと頷いた。
「モーちゃんには、オレが飲ませるからアルトとバンは、そのまま飲みな」
「あ、うん……」
「ありがと……」
子供達は、ゆっくりと温かいスープを飲んでいく。
アルトとバンは自分で飲むことが可能だったが、モーツは手足が上手く動かせない状態だった。
リーガルはモーツを膝に乗せて、支えながら、ミランが出したスプーンでゆっくりと飲ませる。
「おいし〜!」
モーツは四肢が上手く動かず歯も抜けている中、誰よりも嬉しそうに笑顔を見せたのだった。
体調の問題もある。
アルトとモーツは先に改造車の中へ、トトンとアスに護衛させて連れて行く。
リーガルは一度マガリと話したいとの希望で、フラワーホテル内にいる彼女達の所へ、ミランとヤムクーと共に行く事になった。
「おれも行く。あんま役に立つかはわかんないけど、言葉の差異は少しぐらい分かるしさ」
バンは自ら行く事を願った為、ヤムクーがバンを腕に抱えながら連れて行く事になる。
「自分で歩けるよ」
「ボクの足が長くて置いていきそうだから持ちまーす」
「……」
***
フラワーホテル内のホールに足を踏み入れると、硝煙が漂っていた。
ツンと鼻を突く硫黄の硝煙の臭いの奥から、じわじわと血の生臭さが這い上がってくる。
ホールの高級シャンデリアが撃ち落とされて粉々になり、薄暗いホールを漂う白いモヤの中で、キラキラとガラスの破片が光っていた。
外の明るい窓の光は白いモヤを照らし、空気中の煙の粒子に反射して光の筋ができている。
1時間は経過したというのに、電気が通っておらず換気扇が動いていない為か、視界が良くない。
空気は一部割れた窓ガラスから少しだけ漏れ出て、ゆっくりと換気されている最中のようだ。
ミランの部下達は倒れている者達の中から生き残りを探し、生きていれば治療を行い、死んでいれば死体を数えている。
マガリの仲間達は死体に祈りを捧げていた。
殆ど死んでいるのは、マガリ達と分裂した元仲間達だ。
しかし、あの特徴的な衣装を着ている者も何人か亡くなってしまったらしい。
薄まっている白霧の中を見渡せば、爆発した火薬による細かな黒い煤がホールの床や高級なテーブルの上に薄い黒雪となって、降り積もっている。
銃撃の熱気は冷めきっているのに、空気だけはまだ白く濁っていて、硫黄の臭いが充満していると、どこか戦いの最中のようにも感じた。
ミラン達と同じように、リーガルとバンにもマスクとゴーグルの保護をさせてから連れてきている。
終末になってから魔物の悲惨さは繰り返されてきたが、人間同士の醜悪さは、子供達には辛いかもしれない。
ミランは、リーガルとバンを見る。
2人はゴーグルの下で眉をひそめてはいるが、取り乱す様子はない。
改造銃から排出されただろう、手作りの空薬莢が足先に転がっている。
床を見れば、汚れた絨毯の上を誰かが這いずり回った跡があり、慌てて逃げ出した足跡が浮き上がっていた。
凄惨な争いを物語っているが、少し前まで建物を振動させる程だった音は遠ざかり、今は随分と静かなものだ。
「マガリは?」
ミランが部下に訊けば、作業の手を止めて1人が案内を行う。
「少し前まで中を見ていましたが、咳が止まらなくなり、今は中庭の方にいます」
どうやらホールにはいないようだ。
確かに此処は空気が悪い。
粉塵が少ないフラワー地区では、外の方が幾分か空気が吸えるだろう。
中庭は一部で草が生えていたが、植物魔物ではないようだ。
ザリッ。
中庭の小石が音を立てた。
「……救出できたようですね」
ミラン達が中庭に来ると、マガリとリリンが顔を向ける。
守護者と呼ばれる護衛3人は少し離れた位置で立ち、こちらを静かに警戒しているようだ。
「マガリさん……数日ぶりですね」
リーガルが足を進ませ、声が通る位置まで来ると、彼はゴーグルとマスクを外した。
「ええ、数日ぶりね。会いたいと思っていたの」
「……そうですか」
リーガルが少し気まずそうに視線を下の白い小石に向け、呟く。
「皆を攫ったのは何故ですか……」
「……貴方を仲間にしたかったから」
マガリは穏やかな表情でそう答え、リーガルは顔を上げた。
「仲間にする為に何故皆を攫う必要が? 普通にオレと話せば良いじゃないですか」
「そうね。普通はそうよね……普通は……その考えが普通でなくなったのは、もう随分と昔のように感じていたけれど、普通だったのね」
「……どういう」
マガリの言葉にリーガルは混乱している。
リーガルが話したいとの事で連れてきた為に、ミラン達は少し後方の位置で成り行きを眺めていた。
「本当の事を言っているけど、おれも意味わかんないかも……」
バンが小声で呟いて、ヤムクーが苦笑する。
「価値観の違いってやつかな」
「なにそれ……」
バンは眉をひそめたが、リーガルが喋っているので口を閉じた。
「方法については、ごめんなさい。私の中では確実に貴方を手に入れる方法だと思い込んでいたみたい。最低よね。ごめんなさい」
「……ッ、謝れば良いってもんじゃ……ない、ですけど……でも、はい。うん、栄養剤とラムネくれたんですよね」
マガリが儚く微笑んでそう言うと、リーガルは少しムッとした表情になり、そして息を吐き出すと、子供達から聞いた内容を呟いた。
「そうね。小さい子達は栄養失調で痩せてて、もう動けなくなる手前だったもの」
「そう……ええ、もう、ギリギリだったので……ありがとうございます」
リーガルの言葉にマガリはキョトンとした表情になった。
「あなたって本当に良い子なのよね……」
「な、なんですか、その含みのある感じは……」
「いいえ、最初から分かっていたの。だから、そこに付け込んで仲間にしたいと思って子供達を人質にとったのよ。あなたを上手く扱いたくてね」
「そ……そんな酷いこと考えないでよ……」
リーガルが悲しそうに呟くと、またマガリはキョトンとした表情をしてから小さく吹き出した。
「あは、あはは……!」
「な、なんで笑うんですか……!」
リーガルが顔を少し朱くして、戸惑っている。
「あのね、私ね、お父様の後を継いで聖総者になったの」
「聖総者……?」
「あはは、人によっては知らない名前よね。ふふ……そうねえ、偉い人の娘だから、偉い人が亡くなって私が偉い人になっちゃったの」
「……そうなんですか」
「ええ、そうなの。そして、皆を導こうって、ずーっと今まで今日まで、ずーっと……仲間を生かしたかった……」
「……仲間」
リーガルは先程見た動かなくなった人達の姿を思い出す。
「でも、もうタイムリミットが来る前に、半数はお別れ……残りの大切な仲間も、もうどうしたら良いのか……困ったわ」
「え……タイムリミットって、何かあるんですか?」
リーガルは少し心配になって、つい訊いてしまう。
「あら、気になる?」
「え、それは……はい……」
「そういうところが、隙なのよリーガルさん」
「え?」
「私に何か事情があったら心配しちゃう優しい子。ついつい、つけ入りたくなっちゃう。困ったわ」
リーガルは戸惑って、キョロっとバンに視線を向けた。
「……全部正直に話してるよ。でも、おれも意味わかんないよ」
「そ、そっか……」
リーガルは、マガリに向き直り言う。
「その……それって、オレが何かできるんですか?」
「……ふふ」
マガリは少し困った子を見た雰囲気で、優しく笑った。
「リーガルさんは自分の魅力を分かってないのね」
「お、オレの魅力……」
リーガルが少し頬を染めた。
「ええ。リーガルさんは、この植物の魔の者が蔓延るフラワー地区では絶対的強者になれる素質があり、またヒマワリ畑のように植物を育てられるという終末世界では、あまりにも奇跡の力を持っているのよ」
「……」
マガリの言葉に、少し前にミランに言われた言葉を思い出し、リーガルはハッとした。
あの時は無害な蜂の魔物から、リーガルの能力についてミランが語っていたが、考えるよりも飴の美味さを優先したように思う。
ゴロツキ達と戦った時は、ミランの言葉で思わず植物魔物を操り、初めて植物魔物での戦い方を認識した。
「オレは……友達と姉が元気であれば良いので……なんというか、植物魔物を操るとかは……」
「ええ。そうね。ただ、そんな魅力がある子が仲間なの、だから欲しかったら他の仲間も一緒に受け入れてね。そうモール側と交渉したかったのよ」
「え? モールって、ショッピングモールを牛耳る?」
リーガルは驚いて訊き返した。
「ええ、そうよ」
「じゃ、じゃあ……マガリさんは脅されてるの……?」
「いいえ、脅されてないわね」
「え……?」
リーガルは混乱している。
「ふふ。寧ろ破格の条件だと言える。私とリリン、それに特別に他の女性は選別せずに全員モールに入れてくれると向こうは言ってくれた。この終末世界で食糧の心配をせず、安全で寝床のあるモールにね」
「……それは良いことなんですか?」
「この終末世界では聖人と言えるわね」
マガリの言葉に、姉がモールにいるリーガルは唾をゴクリと飲み込む。
「姉が……モールにいるんです……」
「あら……」
「オレは、これから姉を取り戻すつもりで……救おうって、思ってたんです……」
「そう……ああ、そうか。彼の収納能力が関係しているのね?」
マガリは、ふとミランに視線を向けた。
「てっきり、他の方の能力だと思っていたのに、ミランさんの能力とは驚きました」
マガリは部下からの報告で知り心底驚いた。
「まさか、能力の2つ持ちがいるだなんて……」
ミランは無言で収納能力内から長い机と椅子を出す。
「もう知っているなら、茶でも飲みながら話さないか?」
「……まあ、それは素敵なご提案だこと」
マガリが微笑み、リリンに視線を向ける。
リリンは頷いて車椅子を押した。
「リーガルも、こっちへおいで」
「は、はい……」
ミランに促され、リーガルは側に来る。
「そっちの護衛の方々も……ああ、守護者か。どうぞこちらへ」
守護者達は、リリンとマガリに視線を向ける。
「マガリ、良いかしら?」
「ええ。お呼ばれしたのだから集まりましょう」
「来なさい」
「「「はッ!」」」
守護者達は戸惑っていたが、単純に話が長くなりそうだと思ったミランは、お茶の用意をするのだった。




