その3 狙い通り
壁面に映し出された画像の中央、その奥から大きな魔獣がこちらに突進してくる。
一人迎え撃つゲルタンが、火球を連射する。
熊がゲルタンに迫り、炎に耐えかねて二本の足で立ち上がり威嚇してきた。
「きゃー」という悲鳴が、広場のあちこちから聞こえた。
ゲルタンは怯まず、火球を鼻面に飛ばして、腹に一太刀、これを二度繰り返した。そして三度目、火球で目をくらませておいて、獣人は熊の頭上高くに素晴らしい跳躍を見せたかと思うと、背後に回り込んで熊の背に跨り、首の急所に深々と剣を突き入れた。
熊の頭が赤く爆ぜて、巨体が前のめりに倒れ込む。
「ウワア」と、ひときわ大きな歓声が起こって、広場が今日一番のどよめきに包まれた。
歓声は静まることがない。
「あの跳躍を見たか!」「これが獣人族の騎士の戦いなのか!」広場のいたるところから、ゲルタンを誉めそやす声が上がっていた。
俺の隣には、壁面に大写しにされた光景を、感慨深げに見つめていたカエデ嬢がいた。俺はそっと耳打ちをした。
「このまま、続きを皆に見せようと思う。いいですよね。」
カエデ嬢は、はっとして俺の顔を見つめた。
「この続きって、」そう言ってポッと頬を赤らめた。
「いいえ、ちょっと待って。この先は、」カエデ嬢は、しばらく顔を伏せていたが、キッと顔を上げると、
「そうね。受けて立とうじゃない。私の素敵な、強くて頼もしい旦那様を、皆に見てもらいましょう。」ふふと笑って、逞しい商人の表情を見せた。
壁の動画に映し出されたゲルタンは、倒した熊を背にして、ゆっくりと焚火の前に立つカエデ嬢に近づいていく。うーん、イケメン獣人のゲルタン兄貴、カッコイイぜ。
そして、カエデ嬢の手前で跪く。
しばらくして立ち上がったゲルタンを、カエデ嬢は強く抱きしめた。
ボットを操作するタローが、ここで初めて画像に音声を乗せてきた。
動画の中のカエデ嬢は、ゆっくりとゲルタンから腕をほどくと、高らかに宣言した。
「私は、このゲルタンを夫にすると決めました!」
広場は、再び大きな歓声に包まれた。「キャー」と叫ぶ里の娘たちの声は、悲鳴ではなく、嬌声だ。女の子は、こんなシチュエーションが大好きだよね。兄貴イケメンだし。
俺はカエデ嬢を横からチラ見した。カエデ嬢は、映像を見ながら改めて涙を流していた。広場の歓声は、しばらくの間 止むことがなかった。
◇ ◇ ◇
壁面の映像を消し、広場にいくつかの松明を灯させて、俺は箱の上から皆に挨拶した。
「今日は、ご参加をいただいて有難うございました。」
「映像では、商隊の護衛団の仕事を皆さんにお見せしました。飛竜様の加護の下で、騎士の方々の雄姿を、皆さんに見ていただきました。」
「騎士団と護衛隊のこれからの働きに大いに期待し、そして最後にご紹介したお二人の今後の幸せを、祝おうではありませんか。」拍手がなかなか鳴りやまない。
「お料理も、飲み物も、まだ残っているようです。今夜は、全部食べて飲んで、そしてお開きに致しましょう。有難うございました。」俺は箱から降りて、ようやく酒にありついて喉を潤したのだった。
集まった里の者達は、しばらくして三々五々、わいわいと広場から散っていった。
俺はと言えば、身内の者達と広場の片隅に陣取って、残った料理を食べ、酒を飲みながらウダウダと語らいを続けていた。
酒の入ったカレンが、兄のゲルタンに絡んでいた。
「兄上にしては、良い決断を成されました。私はカエデ殿をお姉さまと呼ぶ事ができて、とても嬉しゅうございます。」
トロンとした目で、横のカエデ嬢を見る。「お姉さま、こんな兄ですが面倒を見てやってくださいませね。」
カエデ嬢も、皆から祝いの酒を飲まされて、かなり出来上がっているようだ。「あら、カレン。私はね、貴女みたいに可愛い子供を授かりたいの。助けてくれるわよね。」
「それはもう、お任せください。子作りの方法から、しっかりとお教えします。」
純情なゲルタンが、無言でうつむいた。
サナエは、先ほどのゲルタンの熊退治の動画を、とても評価してくれた。「ゲルタン兄様のあの跳躍、痺れたわぁ。」
クレアがそれを引き取って「ゲルタンの、ひいては獣人族の、強さと優しさが印象的でした。旦那様の狙い通り、と言ったところでしょうか。」
「この里の民の、獣人族に対する見方が変わると思いました。」
「そう思うか、それなら良かったんだけどな。」俺としては、獣人族の強く優しい心根を、里の者達に理解してもらえれば嬉しいだけなのだ。
◇ ◇ ◇
「兄上、私ならあの平手打ちを、まず封じました。」カレンの目が据わってきた。
「だろうな、お前の豪剣ならば、あの腕を切り落としにいったろう。」冷静にゲルタンが応じている。
「だが、血がしぶいては剣の切れ味を悪くする。骨に当たって断ち切れぬ時は、別の腕に備えねばならぬ。面倒なことになると考えた。」
「あの見事な跳躍は、重い剣をかかえた私には真似できません。しかし、腕を封じて正面から削るのが正攻法かと、」
「それは判らぬでもないが、後ろに回っての延髄突きが最善の策だと考えた。」
「火球の目くらましで、後ろに回るのは、危険が伴いましょう。」
「そのために、二度の正面からの攻撃で相手の気を引き、跳躍の時には奴の目の前に火球を浮かべたのだ、見ていなかったのか。」
「正面からの更なる追撃を欺瞞したと、」
「そうだ。」
「なるほど、それは気付きませぬことでした。」
「ならば、儂が風の属性に切り替えて奴の延髄を貫いたことも知らぬだろう。」
「なんと、風属性とは! 父上から学ばれましたか。」
「そうよ、親父殿に仕込まれた風属性で、さくりと奴の延髄を突いてやったわ。」
「おお、それは見事なお手前でした、兄上!」
「そもそもだな、我が紅蓮の魔剣に風属性を乗せるのは難しい。これにはコツがあるのだ。」
「ふむふむ。」
何だか、剣大好き兄妹で武芸談義に花が咲いているな。これは、俺たちについていける世界ではなさそうだ。
「そろそろ、お開きにしよう。片付けは明日の朝だ。」
俺たちは、ますます熱が入るカレンとゲルタンを残して、ある程度の片づけを済ませたら解散することにした。




