その2 特別講義
次の日、朝食のテーブルを囲んだサナエ、クレア、カレン、そしてヨシユキに、俺はサナエの妊娠を伝えた。そうそう、キュベレに予言されていたっけな、きっと男の子なのだろう。
「おめでとう、サナエ。」クレアもカレンも心からサナエの懐妊を喜んでくれた。だが、同時に、俺を見る二人の目の色が少し変わったのは気のせいか。
「村には経験豊富な産婆がいるから、これまでサナエにもヨシユキにも、女性の妊娠から出産に関する知識を伝えてこなかった。」
「ちょうどいい機会だから、俺が特別講義をしてやろう。」
「今日の午後の診療が終わったら、ここに集まってくれ。」皆はウンと頷いた。
「先生、産婆と言えば、今日はウメさんが手伝いに来る日だぜ。あの婆さん、前から先生にいろいろ聞きたがっていたじゃないか。」そうそう、ヨシユキが思い出させてくれた。
ウメさんというのは、薬師のサナエを手伝っている近所のご婦人で、この治療院の準メンバーの一人だ。産婆としてもベテランなので、出産に関わる治療院の患者はウメさんに頼ることが多いのだ。
「ああ、そうだったな。では今日の午後が空いているようなら、誘ってくれ。」
◇ ◇ ◇
午後二時過ぎ、患者が途絶えたところで治療院は休診にして、俺は食堂として使っている広間に皆を集めた。ウメさんも、時間が空いていたので参加してくれていた。
部屋には、大型の探査ボットを持ち込んだ。横に寝せると、縦2m×横3mの大型スクリーンになる。俺はそのボットの脇に立ち、手前にはグルリと生徒たちを椅子に座らせた。
「今日は、子どもが生まれる仕組みを簡単に辿ってみます。」
「詳しく話すと、いくら時間があっても足らないので、二時間で終わる話にまとめます。」スクリーンに両親・子・兄弟のアイコンを並べる。まずはここから、
「私達は、顔つきや姿形を決める元になる遺伝子というものを持っています。」
「子供は、ごく簡単に言うと、両親から半分ずつの遺伝子を貰います。」
「だから親と子は似ているし、同じ親から遺伝子を貰った兄弟はもっとよく似てる。ここまではいいかな?」
スクリーンに図示した効果もあって、皆熱心に聞いている。
「遺伝子を運ぶのは、男の精液の中にいる精子です。中に、父親の遺伝子の半分を持っています。」
「一方、女は体の中に卵を用意します。卵の中の母親の遺伝子は、既に半分になっています。」
ここで、スクリーンに女性の生殖器官の模式図を映し出す。
俺は、その中で卵巣を棒で指し示した。「卵はここで用意されます。」
「一方で、膣に射精された精子は、子宮を通って、この卵管の先まで泳いできます。」
ここでクレアは、少し頬を赤らめた。カレンもモジモジしているな。生娘らしい二人には、少々生々しかったかもしれない。
「卵は28日周期で一個、作り出されます。ここで精子を待っているのは、たった一日だけです。」
「精子は、数日間の寿命があります。ただ、ここまで泳いでくるものは、全体のごく僅かです。」
「うまく両方が出会うと、精子は自分が運んできた半分の遺伝子を、卵に渡します。」
「これで遺伝子は、母の半分に父の半分が合わさって、一人前になるというわけです。」
「これを受精といって、これが赤ちゃんの始まりです。」
「受精した卵は、構造が複雑になりながらこの卵管を一週間くらいで降りて行って、この子宮までやってきます。」
「子宮は、卵を受け入れる準備がもうできていて、卵は子宮に潜り込んで根を張ります。」
「これを着床といって、これをもって妊娠と呼んでいるのです。」
ここでいったん話を切る。皆がヘエといった顔をしている。
「先生、質問! 卵が精子を待つのは一日だけって言ったよな。精子が来なかったら?」
「はいヨシユキ、良い質問ですね。一日で卵は死んでしまいます。」
「卵を待っていた子宮も、受精卵が来ないと準備をやめて、厚くした内膜を排出します。」
「それが月のものなのよね。」ある程度は理解していたサナエが、納得したように言った。
「ジロー先生、儂も長い間「女」をやってきたが、こんなに理路整然とした話は初めてじゃ。」
ウメ婆さんが魂消ていた。まあ、ここまで細かな話は確かに知らなかったろうし、産婆が活躍するのはもっと後の話だからな。
サナエが手を上げた。「先生は、健全な胎盤を完成させる、って言ったわよね。」
「ああ、それじゃあ次はその話に移ろうか。」俺はスクリーンの絵を切り替えた。映し出したのは、子宮の中に逆さまの胎児がいる絵だ。
「子宮に潜り込んだ、つまり着床した卵は、母親から栄養を貰って大きくなります。」
「そこで用意されるのが、ここにある胎盤と呼ばれるものです。」俺は、胎盤からへその緒、そして胎児を棒で指し示した。
「血液が栄養や老廃物を運ぶのは知っているよな。血液は血管の中を流れているわけだ。」
「胎盤では、母親の血管と、赤ちゃんの血管が向かい合わせになっていますね。」
「ここで、母と子で血管が繋がっているわけではないことに、注意して欲しい。」
「母親の血液から、栄養分など必要なものだけを、赤ちゃんは自分側の血管で受け取る。」
「例えば、母親の体から出た老廃物などは、赤ちゃんには流れない仕組みだ。上手く出来ているだろ。」
「けどお母さんがお酒を飲むと、これは赤ちゃん側にも届いてしまう。だから妊娠したら禁酒なんだよ。」
「着床してしばらくすると、この胎盤ができ始める。赤ちゃんは母親から栄養を貰って、グングン育つようになる。」
「妊娠五ヶ月くらいで、胎盤は完成して流産のリスクも下がり、お腹も目立つようになる。」
「だから健全な胎盤を完成させた時点で、赤ちゃんは安定期に入った、と言われるのさ。」
ウメ婆さんが頷いた。「そうじゃな、そこまで持っていければ、後はほぼ安全じゃ。なるほどのう、胎盤ができあがるのが大事と言うわけじゃ。」
「みんな、サナエがこの時期まで順調に歩めるよう、力を貸してやってくれ。」
「サナエ、何でも言いつけてくださいね。」とクレア。
「私もいつでもサナエを支えるぞ。」カレンも続く。
「有難う二人とも。」サナエは少し涙ぐんでいた。
それから俺は、もう少しホルモンやら基礎体温の話をして、特別講義を終わりにした。
「いやぁ、腑に落ちましたわい。これは、他の産婆共にも聞かせてやらねば、」
ウメ婆さんは、大いに満足した顔で俺を見た。
「ジロー先生は、流石に物知りじゃ。」
「しかし、ますます男と言うものがたいしたことはないとも知れたわい。」
「婆さん、どういう意味だよ。」聞き捨てならぬとばかり、ヨシユキが反応した。
「ふん、男など、遺伝子の半分を母親に渡すだけのものよ。」
「確かに、卵を用意するのも女なら、体の中に慈しみ育てる場を用意するのも、そして産んでから乳を与えるのも、全て女の役目です。」クレアが納得顔で頷いた。
「うん、子孫を残す場面では女が主役なのは間違いがないな。男が母親に、そして自分の子を産んでくれた嫁に永遠に頭が上がらないのは、こんなわけだ。」俺は頭を掻いた、これはまあ本音だ。
「私は、、、」そう言ったまま、カレンがしばらく黙ってしまった。
「どうしたの、カレン?」先を促すクレア。
「私は、この身に子を宿したくなってまいりました。」そう言って、カレンは上目遣いに俺を見た。
「まあ、言い方が露骨ですわ、カレン。気持ちは分かりますけれど、」クレアも、そう言って上目遣いで俺を見つめた。
サナエが神妙な顔で、それを見ていた。(続く)




