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その3 魔法の師匠

「ところで兄者、今いくつになる?」ある時、俺はタローの歳を尋ねてみた。二十一歳だと答えが返ってきた。俺より数歳は上だと思っていたが、案外近かったな。俺が今、肉体年齢でもうすぐ十九歳だから、二つちょっと上の兄貴だったのか。

タローを年上に見せていたのは、日に焼けた逞しい素顔と、大人の分別だったのだろう。


タローは集落の中でも信用が厚い。

大らかで、細かな事に拘らない。人をえり好みせず、他人から好かれる性格だからな。そして何より実行力がある。周りの者たちに何かと頼られることが多かった。いずれ所帯を持てば村の長に推す声があると、ドイ師範は教えてくれた。女達にも、大層もてるそうだ。


ドイ師範と言えば、俺は学校に通い始めて一ヶ月も立たずに、この世界の読み書き算術を完璧に習得した。俺の世界で最高学府を卒業しているのだから、文字さえ覚えればこっちのものだ。ゾラックの助力もあったしな。


「普通は、子供の方が覚えが早いのじゃが、お主は天才か。それに、お主の生き物に関する知識はただ事ではない。」ドイ師範も驚いて、そのうち俺は学校を手伝わされることになった。

今までは師範が一人だったので教室も一つだったのだが、教室を学年別に二つに分けて、俺に下の学級を任せ、師範は上級の生徒たちを教える仕組みとしたのだ。


 ◇ ◇ ◇


俺は師範代と呼ばれる身分になった。

俺は、午前中は師範代として教鞭をとり、午後からはタローの畑を手伝い、風呂に入って飯を食い、たまにはタローと酒を酌み交わした。そして、村に落ち着いて一年が過ぎた頃、俺はひょんなことから今度は魔法使い、魔法の師匠と運命の出会いを果たしたのだ。


魔法使いと云うよりは治療師として村人に重宝されている婆様で、タロー兄が打ち身をした時に、俺が貼り薬を受け取りに行ったのがきっかけだった。


実は、治療院は学校のすぐ近くにあるのだが、訪ねていくのは初めてだった。学校の窓からも見通せる小屋で、日中は村人がよく出入りしているのを見覚えていた。


小屋の扉を入ったとたんに、気配を感じたのか部屋の奥にいた婆様がぎろりと俺を睨んできた。あの婆様が、ここの治療師なのだろう。歳はとっているが、大柄で溌溂とした身のこなし、白髪交じりをひっつめ髪にして眼に力のある婆様だった。


「これは、これは、ずいぶん魔力の大きな男だねぇ、珍しい。」そう言って婆様は、つかつかと俺に近づき、いきなり両手で俺の手を取った。じんわりと妙な温かみが伝わってくる。


「ふうん、何の属性も通していないのかい。宝の持ち腐れとは、この事だ。」

「これだけの素質があるのに、勿体ないねえ。お前、回復魔法を覚えて、私を手伝う気はないか?」初対面の婆様にまくし立てられて、俺はドギマギした。


「俺は賢者になると、ある方には言われているのですが、」俺はキュベレに言われたことを思い出した。

「はっ、賢者とは大きく出たね。何の属性も通していない若造が。」フンと鼻で笑われた。


「まあ、しかし、魔素量は多い。訓練次第では、ものになるかもしれないねえ。」

「はあ。」

「素質は十分と思うが、まずは属性に通じることだ。魔法を使ってみたいかえ?」

「まあ、その、出来るものでしたら、」


「儂は、四元素魔法はそれほど使えない。どうしたものか光属性だけが得意なので、こうして治療師をしているのさ。どれ、手を出してごらん。」婆様は再び両手で俺の両手を取った。

「少し強いのが行くよ!」グンと熱い波動が手を伝わってきて、俺は頭を揺さぶられる感じがした。しばらく頭の中がぐるぐるしていた。


「よーし、光属性は通ったみたいだね。」婆様は、そう言って掴んでいた俺の手を放した。俺はまだ頭がふらふらしているが、婆様も消耗した様子だ。無理をさせたのかもしれない。


「よいか、これからはお主自身の感覚を信じるのじゃぞ。」婆様はそう言うと、自分の右の手の平を上に向けて、「見ておれ。」と言った。

手の平の真ん中に、ポウッと淡い光が浮かんだ。「真似をしてみろ、若造。」


見様見真似で、俺も手の平を上に向けて、その光をイメージしてみた。体から手の平に向けて何かの流れを感じ、手の平の上にわずかに光が生まれた。

「その力を集めてみよ!」婆様の声が飛んで、俺は言われるままに流れるエネルギーを強めようとしてみた。光は強まって、俺の手の平の上で淡い光を放ち続ける。


婆様が自分の手の平の上の光をフッと消した。「上出来じゃ、若造。」

流れるエネルギーを止めると、俺の手の平の上の光も消えた。

「こうも簡単に光属性を通して見せるとは、本当に賢者の器なのかも知れんな。今のが光属性の魔力じゃ。回復系魔法の根源となるものじゃよ。」


「はあ、これで魔法が使えるようになったのですか?」

「まだまだじゃ、今感じた魔力を練って、作用に目的を与えねばならんのじゃが、だがお主なかなか筋が良い。数日も鍛錬すれば、傷を塞ぐ程度の魔法は使えるかもしれん。」


うーむ、医学を専攻した生き物係の俺としては、魔法で傷が治せるとすれば、これはとても興味がある。

「今日は、儂も疲れたでな。明日から通っておいで。」と誘われれば、ハイと力強く返事をしたものだ。


「名前を聞いておこう。」

「私は、ジローと申します。実は、あそこの学校で師範代をしておりまして、」

「ふーむ、そうかえ。儂は、マコイのお婆と呼ばれておる。」

これが、長い付き合いとなる俺の最初の魔法の師匠との出会いだった。


 ◇ ◇ ◇


翌日の朝。担当の授業を成績の良い上級生に任せ、俺は再びマコイ婆様の小屋を訪ねた。

「おお、来たな若造。」婆様は俺が来るのを待ち構えていた。

まだ時間が早いので、患者はいないようだ。婆様は俺を椅子に座らせ、自分も向かい側に椅子を引いてきて腰を下ろした。


「回復系の初歩から教えてやろう。これができれば、お前は儂の右腕になれるわえ。」

魔法を作用させる部位全体の生命力を高めるのが回復魔法だが、具体的な傷や炎症に働きかけるのが治癒魔法、そして解毒の魔法もあるそうだ。


また婆様は、患者の体に手をかざせば、その内部が波動の影として感じられるのだという。うーむ、生体CTスキャナだな。いや、むしろ超音波エコーに近いかな。いずれ俺にもできるようになるのだろうか。


「是非とも、技術を学ばせてください。」俺は乗り気だ。またとない機会だからな。

「ほう、そうか。ジローよ。では、まずは魔力の練り方からじゃ。一月も鍛錬すれば、少しはものになるじゃろう。」師匠はニンマリと笑った。弟子ができたのが嬉しいらしい。

あれ、昨日は数日でと言わなかったか? まあいいか。

「今日のところは、そこにいて治療の様子を眺めておいで。」


師匠は椅子から立ち上がると、何やら道具の出し入れをし始めた。これから始まる治療の準備なのだろう。俺は、椅子に座ったまま、その様子を眺めていた。


「師匠は、どうして魔法を体得したのですか?」この村で魔法が使える人物と初めて会った俺としては、まずそこのところを聞いてみたい。

師匠は作業の手を止めて、しばらく思いを巡らせてから俺に向き直った。

「ずいぶんと昔のこと、この里に魔族の婆様が住みついたことがあったのじゃ。里の者を治療して、いくばくかの金品を受け取って日々を過ごしておった。ある時、儂と知り合うてのう。人族には珍しく魔力が強いからと、弟子入りを許されたのじゃよ。」


「師匠は、元から魔力があったのですね。」

「うむ、昔何処かで儂にも魔族の血が入っていたものか、そこはよく分からん。子供の頃から他人とは違う気がしていたが、それが魔法の力とは知らなんだ。その魔族に魔法の基礎を教わったが、四元素魔法はそもそも人族の生活にはあまり必要がないものじゃ。火種を熾したり、薬を練る時に綺麗な水を出す程度かの。」


「ほれっ!」婆様は、指先にポッと炎を(とも)して見せた。「魔族の戦士は、この炎で魔獣を倒すのだと聞いたが、儂には無理じゃな。」


「この四元素魔法とは異なる次元に、光と闇の波動がある。光と闇の属性は真逆での、ともに生命活動に働く力で回復系魔法の根源じゃ。儂は、もともと光属性に通じておった。その魔族の婆様は闇属性じゃったが、人族の治療には儂の光属性による回復魔法が向いておったのじゃ。」


「属性は真逆でも、魔法を教えることはできる。その魔族の婆様は、儂に治療系の魔法の全てを教えると、人族はお前が治療してやれと言って、ここを儂に譲って行ってしまったと言うわけじゃ。今から30年以上も前のことじゃよ。」(続く)

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