花凛2‐1:
□2‐0:
《前回までのあらすじ》
瀬尾の第2継承者である本編の主人公【遠宮花凛】は、育ての親である祖父【遠宮清衛門】の遺言により、祖父の知人である南條宗矩を訪ねる。そこで花凛は宗矩の孫の朋と知り合う。
彼女の家は代々、瀬尾一族の記録などを保管する【記録係】の家柄。そこで花凛は【不思議と肌の合う】朋に自身の出生のことや幼少期に何度か暗殺されそうになったことを打ち明け、彼女と2人、瀬尾家が隠匿してる自身の出生の秘密について調べることに。
そんな折、南條は【お側つき】の相川恵依の幼なじみの池田綾子に頼まれて花凛の身辺を探ってた長尾市乃から花凛の出生に関する極秘情報を交換取引を条件に入手した。
花凛:『あたしは……禁忌の子……なのか……』
それは、花凛が瀬尾本家直系の母と遠宮本家直系の父との間に生まれた子だったからだ。
かつては直系三家のひとつに数えられてた遠宮家は、急進する時代の流れと新たに導入された資本主義の波に翻弄され、代わりに台頭してきた椎名家の前に膝を折るしかなかった。それに対して椎名家は【瀬尾の暗殺部門】を引き受けてきた遠宮家を恐れ、直系家系間の婚姻を禁じると同時に、その分家たちを体裁をつけて国外へと追放して【その力の弱体化】を謀ってた。
そんな事情ありきの花凛だが……。そんな花凛を幼少期に暗殺しようとしてたのは椎名家ではなく、瀬尾本家の分家‐【第2瀬尾家】の当主【瀬尾の巫女】だった。
【瀬尾の巫女】は【千里眼】という超常の力で未来を見通し、花凛が瀬尾一族にとって禍根となると預言。そして、実の娘で【裁きの執行人】と呼ばれ恐れられてる瀬尾花盛に暗殺を命令する。だが……花盛は巫女の命令に3度背いた。そのおかげで花凛は今日まで生を得てることになる。
その花凛は次から次へと訪れる【人の出会い】によって【自身の中に秘められてる能力】が少しずつ発現してくのに気付いた。そして、花凛は亡き祖父から預かったヘブライ文字で書かれた手記から【自分に伝えたかったこと】を読み解いていく。
□2‐0‐2:
花凛の中で遠宮家とは【スパイ部門の家】って印象だったが……それとはまったく異質の西洋魔術や占星術、オリエンタルの神秘主義や宗教哲学、霊術などを熱心に研究してる家でもあった。
でも、それは遠宮家だけに限った話じゃなかった。瀬尾本家も、黒御門の本家も、瀬尾十家と呼ばれる有力家系もみな、そーゆー流れを汲んでいた。
花凛は祖父の手記から【祖父の実の娘の紗織】が自身にとって【最大の敵であり、瀬尾一族最強の魔術師】であると知る。
遠宮紗織は遠宮清衛門と瀬尾本家から迎えた後妻との間にできた子供だが……幼少より魔術師としての力を自覚していた。けれども紗織は周りにはそれを一切隠して過ごすが……魔術師としても優れてる清衛門にアッサリ見透かされてしまった。
清衛門:お前を儂の後継者とするわけには行かぬ。
紗織にとって、父のこの一言がとにかく憎たらしかったのだ。『実の娘の能力を素直に認められない、己の能力しか称賛できない器の小さいガンコ爺』……それが父‐清衛門に対する評価だった。紗織は遠宮家に寄宿して一緒にスパイ調教を受ける花京らと友愛を育む一方、秘かに東西の魔術や神秘主義、宗教について独学で研究する。その過程で紗織は父‐清衛門に遠ざけられてる【遠宮一族屈指の魔術研究家‐千曲竹鶴】と知己を得る。
竹鶴:これは……亡き御当主様の遺志に背くだろう【忌まわしき禁術】の数々じゃが……ホントに構わんのかね?御自身の娘さんをその生贄にしても……。
紗織:あたしの娘が……あたしの【最高傑作】がアイツ(清衛門)の後継者(花凛)に優ることが【娘のあたしからの手向けの花】だよ。くれぐれも瀬尾の【裁きの執行人】や白百合愛善会にはこのこと、気取られるなよ?
今の紗織にとって瀬尾の未来だの、遠宮の行く末だの、どーでも良かった。
紗織:あたしはバカな兄貴たちのツケを一生涯を通して払わなくちゃならない。この身は池田の本家から一歩も出ることがかなわなくなるからな。
魔術師としての本領を発揮すれば、紗織はいとも容易く池田本家から脱出することができるだろう。でも、それを敢えてしなかったのは……『花凛との直接対峙を予感してたから』かも知れない。
□2‐0‐3:
紗織:つか、それが済んだ後、【もうひとつ】やらなくちゃならないことがあるからな。まだまだ冥府に魂を送るわけにはいかないんだよ。
紗織と千曲竹鶴は長年の研究と探求により【あることの真相の一歩手前まで】辿り着いていた。
紗織:【操り人形】の自覚すらない椎名家なんて恐れるに足りんわ!花凛を始末して【シヴァの加護】を得た後、あたしがその力をもって【瀬尾の諸悪の根源】を始末してやる!これで……瀬尾の長きに渡る悪しき歴史にやっと幕が下りる。
一方、瀬尾本家からの脱出を条件に遠宮本家での花凛との共同生活を今か今かと待ちわびてる瀬尾瑠華は、突然の花恵からの脱出計画の遅延の申し出にイライラしてた。
瑠華:花恵ちゃん……もしかしたら、土壇場になってビビッたにゃごか?
瑠華は語尾に『にゃご』をつけるのが口癖だった。そのルーツは、まだ花凛が瀬尾本家に居候してた頃まで遡る。
花凛:『なあ、瑠華。お前って【ネコっぽい顔】してんな?将来はきっと美人さんになるぞ?』
【にゃごにゃご】瑠華は、花恵から計画の遅延について敢えて詳しい話は聞かなかった。ちょっと前に会った花恵は、いつもとはちょっと様子が違ってたからだ。
そんな花恵当人は相変わらずの引きこもり生活を送っている。でも、普段ならゲームやらに勤しんでる花恵が、ここんところはずっと亡き祖母の執務室に籠ってた。
部屋の照明はすべて消されており……昼は外の灯り、夜は蝋燭の灯りと……ずっと薄暗い中で座禅を組んでいた。
花恵:いよいよ来たか……。あたしや花凛たちの【運命の扉】を開くロシアからの来訪者が……。
□2‐1‐1:
花凛や瑠依子がコスプレに気合いを入れ、恵依が瑠依子に新たに支給された超ミニスカメイド服にクレームをつけてた頃……第2瀬尾家の応接室に第2遠宮家の息女‐遠宮寧々(とおみやねね)の姿があった。
今回、彼女の来日の目的は【留学】なのだが……でも、それは【あくまでも表向きの名目】だった。彼女の真の目的はいくつかあるのだろうけども……そのうちのひとつは『第2瀬尾家の【新たな瀬尾の巫女】との接見を叶えること』だった。
【花凛によく似た】遠宮寧々は花凛や花恵たちと同い年の15才。金髪のストレートのセミロングと長い睫毛の蒼い瞳、雪のようなキレイな白い肌、痩身の花凛を肉付きよくした健やかな体は、少女のあどけなさと一人前の女としての色気が共存してる。そんな彼女は畏まって行儀よくソファに腰かけ、向かいに座る【裁きの執行人】瀬尾花盛と相対してた。
花盛:ーこれは驚いた!この娘は若い時の花京さんにホントによく似てるー
花盛は寧々から手渡された手書きの密書に目を通した後、傍らにいる武官の一人に花恵を呼んでくるよう頼んだ。
寧々:ー武官に娘を呼びに行かせたってことは……その娘が【新たな瀬尾の巫女】ってことか?ー
寧々は若干15才だが、幼少の頃より【厳しい教育】を施されている。この年齢にして【一人前のスパイ】だった。
寧々:ーそして、この屋敷全体に帯びてる【とんでもない霊力】……さすがは【瀬尾の巫女の館】だな。オマケに屋敷内のあちこちには【魔術的トラップ】が仕掛けられてる。これは【あたしに対する瀬尾の巫女からの警告】なのだろうか?ー
と同時に、紗織や千曲竹鶴と同様【魔術師】でもある。
□2‐1‐2:
世界に点在する遠宮分家だが……第2遠宮分家だけは祖父が【魔術師】であったため、寧々がそれを伝承したかたちになる。寧々は、幼い時からオカルトや超常現象といったものに興味があったのと【魔術師としての素養が備わっていた】という2つの理由から、魔術師としての祖父の後継者として認められた。
寧々の祖父は若かりし時にイギリスの西洋魔術を研究する団体の会員となり、生業に取り組む傍ら西洋魔術の研究にも勤しんでいた。そして、それが縁で西洋魔術の研究に熱心だった【魔術師としての】清衛門や千曲竹鶴とも親交があった。
ただ……寧々の祖父は去年、他界してしまった。魔術師としての師匠にあたる祖父から魔術を学べなくなってしまった寧々は、千曲竹鶴に弟子入りをしようと試みたがアッサリ断られてしまった。千曲竹鶴は遠宮紗織を自身の後継者にするとすでに決めてたからだ。
それでもどうしても魔術を学びたい寧々は、今度は瀬尾一族の中でも【魔術に精通してそうな】家や人物を自分なりにリサーチしてアレコレと画策する。そのひとりが清衛門と一緒に住んでた花凛であり、もう一方が白百合愛善会であり、そして……寧々が今、お邪魔してる第2瀬尾家だった。寧々が瀬尾本家と紗織を対象外にしたのは【どちらも敷居が高そうで取り合ってくれなそうだった】からだ。
花凛や花恵たちと同い年の寧々だから、もちろん、瀬尾家の諸々の事情や情報について大したことは知らない。なので、母や親戚筋に色々と聞いて回り、自身の持ってる情報の精度をどうにか使えるまでにしたのだ。
□2‐1‐3:
武官が花恵を呼びに行って10分が経過したが、花恵は一向に姿を現さない。寧々は『これはもしかして……!?』と思った。花盛に手渡した手書きの密書、実は寧々が母の筆跡をソックリ真似てロシア語で書いたもので……寧々はそれが花盛に見透かされてしまったのだと内心、焦り出したのだ。
相対する花盛も武官も無言のままで、いい加減、そのプレッシャーに負けそうになる寧々。
寧々:ー踏ん張れ、あたし!一人前の魔術師になるためにも!ー
さらにあと5分が経過しようとしたところ……ようやく武官が花恵を伴って応接間に姿を現した。ヨレヨレのTシャツに短パンジャージ、ボサボサ頭にスッピンという、普段の花恵そのまんまだが……開口一番、寧々をビックリさせた。
花恵:母上も意地が悪いですね?その手にしてる密書が【偽物】だとすぐに分かったくせに澄ました顔してるなんて。
寧々:ええーーーっ!?
寧々は来たばっかりの花恵に【何もかも見透かされてる】のに慌てふためいた。思わずソファーからビョンっと跳ね起きる。
花恵:残念だが……あたしは【あなたの希望】に沿えることはできない。あたしも最近、【この能力に開花した】ばかりで……術者としてはもしかしたら、あなた以下かも知れない。
□2‐1‐4:
160センチある自分よりも明らかに小さい花恵が歩み寄ってきた。
花恵:初めまして、瀬尾花恵です。
花恵は寧々に優しくニッコリ微笑み、スーッと手を差し出して握手を求める。
焦りまくってる今の寧々に冷静さは無かった。ただ、どうにか今の局面を乗り切ろうと平静さを装い、花恵の挨拶に応じて軽く頭を下げたあと握手に応じた。
寧々:ー…………っ!!!?ー
花恵の手を握った瞬間、寧々の全身にとんでもない悪寒が雷にでも撃たれたかのように一気に走った。そして、目の前に映ってるはずの現実世界がいきなり真っ暗闇になって、花恵が【異形の者】に姿を変えていた。それはまるでインドの神話の神のようで……王冠をかぶった4つの頭に、それぞれの手に法具が握られた4本の腕、それに袈裟のような法衣のような布を体に纏ってる。
その者のオーラは尋常のものではないと寧々にはすぐ分かった。けれども……逃げ出そうにも助けを呼ぼうにも金縛りにあったみたく体も口もピクリとも動かない。神にも似たその者は、次の瞬間には寧々のすぐ目の前にいた。
寧々:……こ、殺される!
寧々にとって【このうえない恐怖】だった。
異形の者:お前さんは儂に会いに来たのだろ?何をそんなに畏れるか?
寧々の耳には何の音も入ってこない。それぐらい、目の前の事象が【そら恐ろしいもの】であったからだ。
□2‐1‐5:
異形の者:そんな様では【お前さんの目指す場所】には到底、辿り着けんぞ?
4つある顔のうちのひとつが不気味に笑った。そして、その目が溶岩のような真っ赤な光を放った瞬間……寧々は意識を失ってしまった。
寧々:ーあ、あたしは……死んだのか……?ー
花恵たちからしたら……握手をしてほどなく、寧々が急に意識を失って倒れてしまったらしい。次に目が覚めるまで、それから一時間近くを要した。
花恵:大丈夫か?
寧々は恐る恐る瞼を開いた。さっきの異形の者がまた花恵に化けてるかと思うと……正直、そら恐ろしくて仕方なかったのだが。
寧々は【瀬尾の巫女】が儀式などで使う祭壇場で布団を敷いて寝かされてた。寧々は薄く瞼を開けて、周囲に警戒しながら部屋の様子を窺う。
寧々:ここは……何処だ?
寧々の瞳に映ってるのは、部屋着でボサボサ頭の背の小さい【正真正銘の】瀬尾花恵だった。
花恵:ここは……第2瀬尾家の祭壇場だ。
□2‐1‐6:
寧々:……さ、祭壇場?
状況を解せない寧々に花恵はさっきの一部始終を話して聞かせる。
花恵:急に意識を失って倒れたかと思ったら……今度は大汗をかいて魘されて。そうしたら、額に朱色の梵字の一字が浮かび上がってきたので……『これはもしや!?』と思い、未熟ながらあたしがここで措置を施してました。
花恵は、寧々が霊力や魔力といったものに敏感すぎる体質だから過剰反応してしまうと判断して、それを和らげる魔術を体内に施したのだった。
花恵:ここの邸宅は龍脈の気の流れが強くて【大きな気が溜まりやすい】場所。それに加えて【ウチの開祖を奉る御堂】まであるから、あなたのような敏感な方が意識障害を起こさないよう、家のアチコチに【護符】を貼ってその力を弱めておいたのだけど……。
花恵は【千里眼】の力を用いて予め対抗策を施しておいたのだが。でも、まさか、自分の体内から寧々に気が注ぎ込まれるとは予想外の事態だったのだ。
寧々:い、いやぁ……ホント、すみません。ご心配をかけちゃって……。
花恵:いえいえ、あたしの方こそ。術者として至らないばっかりに……あなたを危険な目に遭わせてしまって……。
□2‐1‐7:
花恵の言う【危険な目】とは、【この世界のものでないもの】が憑依して乗っ取ることを言ってる。たとえば霊だとか、物の怪だとか、悪魔だとか、あるいは神だとか……。これにより【意識が二度と戻らず植物人間同等になってしまう】なんてこともある。なので、花恵もまた花凛のように祖母‐花芳から【梵天の加護】を受けられるよう、幼い時に通過儀礼を執り行っていた。
寧々は改めて周囲を見渡す。この祭壇の和装の部屋には花盛もいなければ護衛の武官たちもいない。それに天井には監視カメラもないし、周辺一帯からは花恵以外の人の気配が全く感じられない。
花恵:あなたは【魔術師の弟子になりたくて】今回のことを企てたらしいが……残念ながら、それは瀬尾や遠宮の血縁では叶わない。池田の本家に軟禁されてる紗織様は確かに優れた術者だけど……あの人は自身の野心の成就のことで頭がいっぱいだから、頼んでもすぐ断られるのが目に見えてるし。それに白百合愛善会に属してる家の中には紗織様のような優れた術者もいるが……これまた危険な人物だから、あたし的には薦められない。だから、あなたはあたしたちと同じ【自分の力で術者としての道を切り拓いてく】より他ない。
【見透かされてる】花恵からそう言われた寧々はガッカリして項垂れる。でも、そんな寧々に元気を注入する一言を花恵は言ってくれた。
□2‐1‐8:
花恵:でも、あなたは運が良かった。勇気を出してあたしを訪ねたあなたに神からの祝福があったのだろう。これから【あなたの運命を切り拓く】ためにちょっと付き合ってくれないか?
寧々はドコに連れて行かれるんだ?と、ちょっと不安だった。花盛の駆る赤のランサーエボリューションⅩ(テン)に花恵と乗って向かったのは新宿の繁華街にあるボロい雑居ビルだった。玄関扉に貼られたプラスチック製のプレートに『瀬尾財団‐考古学研究所第7分室』とマジックで書かれてる。
寧々:瀬尾……財団?
寧々が疑わしそうに眉を細めるのも無理はなかった。この第7分室だけは瀬尾財団とも瀬尾コンツェルンともまったくの別物で……知る人ぞ知る『通称‐瀬尾本家当主直属の特務機関』だった。
カメラもないボタンだけのインターホンを鳴らして暫く、ギイギイとよく鳴る建付けの悪い玄関扉が開いた。扉の向こうには花盛と同じ黒のパンツスーツ姿の女性がいた。ブラウスの裾はズボンの外に出っぱなし、ボタンのとまってない胸もとからは着けてるブラが見え、パンツの裾を両方、膝下まで捲り上げ、ノーメイクで頭はボサボサの……【いかにもダラシナイ】着こなしをした20代後半ぐらいのショートカットの女性がスリッパ履きで出迎える。
花成:つか、花盛さん……いくらなんでも急すぎだろ!?あたしにだって【心の準備】ってもんがあるんだからさ……。
□2‐1‐9:
花盛:急に押し掛けてきてホントに申し訳ない、花成さん。けども、花恵ちゃんが『1分でも早く行かないと明日にはロシアに出掛けちゃから!』って言うものだから、それで……。
寧々は、【裁きの執行人】にして第2瀬尾家を長官として切り盛りする花盛ほどの人物が頭を下げて詫びさせる、目の前のこのダラシナイ大人の女性はいったい何者なのか?とても気になるところだった。
彼女の名前は瀬尾花成という。現在30歳、独身。瀬尾本家当主直属の特務機関の室長を務めてる。実は彼女は【瀬尾本家当主の末娘】で……清衛門の上の息子2人が瀬尾家の支配体制に反旗を翻した際、真っ先にターゲットにされて飛行機テロでボディーガードを勤めてた清衛門の三男‐清吉もろとも爆死したとされてる人物である。
花成は『それがよく分かったな?』と驚いた顔を花恵に見せた。すると、花恵はちょっと照れ臭そうに顔を赤くして嬉しそうに笑う。
花成:電話で話してた【花凛によく似たロシア帰りの金髪美少女】はお前の隣のヤツか?
花成が隣の寧々に目を向けると、花恵は『そうだ』とコクリと頷く。
花成:んで、ソイツが【あたしらが探してるもの】を今、持ってると?
その質問にも花恵は頷き答える。
□2‐1‐10:
花成:そうか。
花成は花恵に視線を遣り、次に花盛に視線を遣って……アイコンタクトで何やらかの了解を得た様子だった。
花成:第2遠宮分家の遠宮寧々、ここはひとつ、あたしとの【取引】に応じてくれないだろうか?
寧々:と、取引……?
花成:ああ、そうだ。お前さんが家から勝手に持ち出してきた先代家主‐遠宮清一の生前の手記があたしらには必要なのだ。これは瀬尾本家当主‐瀬尾花英の意向だと捉えてもらって構わない。
寧々:瀬尾……花英……?瀬尾の本家の……御当主様が……お爺ちゃんの手記を必要としてる?
寧々はこの時点でまだ半信半疑だった。まさか、こんな薄汚い雑居ビルの玄関先で【女版金田一耕助】みたいなダラシナイ大人の女性の口からその名前が出てくるとは夢にも思ってなかった。それに……自分がお爺ちゃんの書斎の床下金庫から勝手に持ち出した数冊のノートにそれほどの価値があるものだとも思わなかったのだ。
花成:これは取引だから……お前さんが応じてくれるなら【出来得るかぎりの要求】は叶えられると思う。どうか、取引に応じてはくれないだろうか?
□2‐1‐11:
寧々は決して上の空で話を聞いてたわけじゃなかった。ただ……『これが花恵の言ってた神からの祝福なのだろうか?』という疑問が胸の中をモヤモヤさせてる。
とりあえず室内へと通された花盛たちだが……ゴミ屋敷にも似た室内の廃れた様相に『まだ、玄関先で話をすればいいんじゃないか?』と言いたくなるほどだった。
鼎:あっ、花盛様!それに花恵お嬢様まで……。こんな汚い部屋にわざわざ御身を運ばれるなんて……。ウチの室長にそんな火急な用事でも?
部屋にやってきた花盛たちに対して歩み寄って深々と御辞儀をする彼女は花成の助手で瀬尾鼎という。彼女は第2瀬尾家の直系の一族の家の娘で14歳の時に第2瀬尾家の養成所に入所。でも彼女は、先代当主の花芳に術者として素養があると見込まれて【瀬尾の巫女の使用人】となる。鼎は花芳の身の回りの世話やらをする一方、花芳から【術者としての教育】を施される。陰陽道や風水、占星術、仏教思想などの知識と教養はもちろん、それらをベースにした瀬尾家代々に伝わる術式のいくつかも行使することができる。
そんな彼女は極秘裏に日本に帰ってきた花成を室長として新たに新設された第7分室の室長補佐として花英に抜擢され、花芳の許可を得て現在の任務に就いた。西洋魔術やら陰陽師といった類のことにまったく関心のなかった花成を今日まで根気よく助け、今現在も【難門中の難門】をクリアすべく熱心に取り組んでいた。
□2‐1‐12:
本来なら客人を通すためのパーティションで仕切られただけの応接間だが……今現在は2人の何週間分かの洗濯物置き場になっていた。花成と鼎はせっせと洗濯物を片付け、どうにか客人を通せるまでにした。そんな2人の懸命な様子を見てた花盛たちは、『やる気になって片付ければゴミ屋敷みたいにはならないのに……』としみじみ思った。
こうして片付いた応接間でさっきの話の続きが行われた。寧々は先に祖父の手記のノート5冊を鼎に手渡して中身を確認してもらう。過去に寧々も中身を読んだことがあるが、内容も文面も難しくて理解に苦しく……。なので、これを【師匠となるべき人物】に解読してもらおうと思って家から持ち出したのだった。
5冊のノートを2人がかりで目を通してるけど……書いてある文面がロシア語だったのでなかなか捗らない。けども、とあるページで手を止めた鼎は怖いぐらいの真剣な眼差しで何度も何度も読み返してた。
鼎:室長、ありましたよ!
そして確信に至った鼎は隣に座る花成にその文面を見せて確認してもらう。
花成:よくやったぞ、鼎!
寧々は『ノートのどの辺りを読んで何が分かったのか?』聞いてみたかったが……そういう呑気な空気でもないので質問するのは遠慮しておいた。
□2‐1‐13:
花盛と花恵は2人が御当主様からの秘密のミッションのために動いてることを重々承知していたから、敢えて触れようともしない。ただ……この2人が遠宮家の魔術関連の事象について調べ上げてるだろうことは容易に想像がついた。
2人は重要と思われるページに次から次へと付箋を貼りつけていく。その作業が終わったのち、ようやく花成が顔を上げた。
花成:あたしたちに協力してくれてホントに助かった!約束どおり、君からの要件を我々は叶えられる限り叶えようと思うが……。叶えたいことがあるなら遠慮なく言ってほしい。
寧々はさっき花恵に却下されたことをここでも訊いてみた。『自分を弟子として面倒見てくれる魔術師を紹介してもらえないか?』と。
それを聞いた2人は考えるまでもなく花恵と同様の見解を示した。それを聞いて、寧々はまたもガッカリして項垂れる。
花恵:そうしたら……花成様から本家の御当主様にお願いして、彼女をここで働かせてもらえるよう頼んでもらってはどうかな?幸い、ここは【魔術関連の案件】も任されてるから、それに関する資料も専門書も多くあるし。それに、色んな案件に実地で触れるってことは彼女にとっても貴重な体験になるだろうし。何より、【猫の手も借りたい】ほどの部署だろうから、彼女のように多少の魔術の知識がある者なら飲み込みも早いから即戦力になるし。お互いに決して悪い話じゃないと思うけど?
□2‐1‐14:
花恵の出した案に当然、花成たちは反対する。それもそのはずで……この部署は【瀬尾本家当主が直轄してる機関】だったからだ。【部外者を入れる】ってことは機密漏洩の危険性もあれば、扱う仕事の内容によっては命を狙われたり、あるいは命を落とす危険性だってある。
花恵:花成さんはさっき、『叶えられる限りのことは叶える』って言ってたよね?それじゃあ、話が違うんじゃない?
花成:それとこれとは話が違うだろ!?ここは【命を落とす危険だってある仕事もある部署】なんだぞ!!そんなところに将来有望な若い娘を置いとけるわけないだろうがっ!?
鼎:室長の言うとおりです!確かにここで働けば【色々な魔術の知識を習得する機会がある】かも知れませんが……。でも、それでは寧々様の言う『魔術師に弟子入りしたい』っていう要望とはほど遠いものかと思います。
花恵:彼女がここで仕事する件については何の問題もないって!確かに彼女は【魔術師の卵】ではあるけど……。でも、ハバロフスクの家で厳しい訓練を受けてきた彼女は【スパイとしては既に一人前】だから。それに魔術に関しては……西洋と東洋では確かに違うけれども……お婆様から訓練を施された鼎が彼女の師匠になってあげればいい。
花恵とこの2人の問答は暫く続く。どうあっても退かない花恵に根負けをした花成は切り札のカードを切った。
花成:ここはウチの母ちゃん(瀬尾本家当主)に裁可を仰ごうじゃないか?悪いが……ウチの母ちゃんが『ノー!』と言ったら、この話はなしだぞ?
□2‐1‐15:
花恵:それで花成さんたちが寧々の面倒を見てくれるんなら、御当主様に裁可を仰ごうとも一向に構わないよ?
花成は明らかに自分の言い分の方に理があり……そして、何よりも母親である御当主様の価値観や考えをちゃんと理解してたし踏まえてた。したがって、【瀬尾の巫女】であろうとも花恵の言い分を御当主様は寸分も通さないことを信じて疑わなかったのだ。
けれども……母‐花英は末娘の花成の予想をアッサリ裏切った。
花英:【瀬尾の巫女】(花恵)がそう言うのなら、それに従っておけばいいんじゃないのか?『当たるも八卦、当たらぬも八卦』だろ?それに……ハバロフスクの娘が【使い物のなる】のであれば、お前としては願ったり叶ったりだろうに?
花成:そりゃあ、そうだけど……。
花英:本人がそれで構わないのなら、あたしの方からハバロフスクの家と世話役をしてる田口東子にその旨、伝えておくが?
確かに花恵は寧々にここで働くことを勧めるが……問題は本人の意思だ。魔術師になりたい寧々にしてみれば、ここで仕事をするってことはそれから少なからず遠ざかることを意味するからだ。
□2‐1‐16:
寧々はこの事務所に入ってからずっと【ただならぬ空気】をずっと感じてた。そして、その原因はアチコチに山のように積んである書物だと踏んだ。
寧々:ーそうか……。これはもしかしたら、【これらを記した者の残留思念】なのかも知れないな……。
【魔術師になりたい】という寧々の漠然とした思いは、ここに来たおかげで少しずつ洗練されつつあった。
寧々:一魔術の道は一生涯を賭けても【辿り着けるか定かじゃない】険しい道……か……ー
寧々は花恵の導きに従おうと決めた。『自分にとってこれこそが運命の扉の入口なのでは?』と、直感でそう思えたのだ。
寧々は花成と鼎に深々と頭を下げて『よろしくお願いします!』と頼んだ。
本人がやる気な以上、さすがの花成もそれ以上は何も言えない。だが……命の危険をも伴う仕事だけに、花成は寧々の身体能力が如何ほどのものか?あらかじめ知っておきたかった。
□2‐1‐17:
一行は第2瀬尾家の訓練所に場所を移す。そこでは近い将来、第2瀬尾家の職務に携わるだろう瀬尾一族の子女や子息たちがトレーニングに励んでいた。
こうまでして花成が寧々のことに拘るのには、過去、自身が若かりし時に飛行機爆破テロに遭遇したからだ。九死に一生を得た花成は自惚れを悔やみ、自身の未熟さをあらためて痛感し、療養の後にここで花盛にみっちり鍛え直してもらった経緯がある。
寧々の身体能力は訓練生が度肝を抜くほどに優れていた。花凛みたく幼い時から鍛えられてきた寧々は身体能力はもちろん、銃やナイフの取り扱い、格闘術、語学力、諸々の専門知識など……花成はもちろん花盛ですら驚くほどだった。
だが……花成は寧々が自分の部署で働くにあたり、ひとつ、条件をつけた。それは【ここから仕事場へ通う】ことだった。花成も鼎もそれぞれ自宅はあるものの滅多に帰らず、ほとんど事務所で寝泊まりしてる日々だったからだ。そんな生活が精神衛生的に不健全であること、それと寧々の優れた能力を自分のところで廃れさせてしまうのは惜しいことと……面倒を見ると決めた以上、花成は花成なりに寧々の未来の可能性を少しでも残しておきたかったのだ。
花恵:それだったら、ウチに下宿すればいい。ウチからだったら車で15分もあれば事務所に着くし。でも、この訓練所からじゃ、その倍以上の時間がかかる。通うのだったら、住まいは近いに越したことはないと思うけど?
□2‐1‐18:
今の花恵は【これから先のことについて】手を打っていた。近い未来、自分が花凛のもとに行ってしまった後のことを考えていたのだ。
花恵:それに彼女は第2遠宮家の跡取り娘だから……『第2瀬尾家の本宅で面倒を見てる』と言ってやった方がハバロフスクの彼女のご両親も遠宮本家の側近(東子)も安心すると思う。
展開は花恵の言うとおりになった。瀬尾本家当主‐花英から寧々の件で連絡を受けた双方はそれぞれビックリしたらしいが、すんなりと了解してくれたそうだ。双方とも【裁きの執行人】が寧々の保護者を務めてくれるのならば何ら憂いることはないって見解だ。
それから数日の後、寧々は第2瀬尾家の武官を伴って東子のもとに帰ってきた。東子は花盛が花凛暗殺の件でなかなか花凛本人の前に姿を現しにくいことを了解していたから……花盛の代理として赴いた武官のひとりからあらためて話の経緯を聞き、そして再度了解する。
東子:南たちはお前によく懐いてたからな、行っちゃうと淋しがるだろうが……。
東子は寧々の未来の可能性が拓かれることを信じつつ、今回の抜擢を心から喜んでくれた。
□2‐1‐19:
それから寧々は遠宮本家にも足を運び、花京と花静とも顔合わせを果たす。
花京:寧々ちゃん、ずいぶんとお姉ちゃんになったのでありますね!?
花静:そりゃ、そうだろ!あたしらが遥香のトコに世話になったのって、寧々がまだ全然小さかったころだったからな。
寧々からしたら【初顔合わせ】も同然の2人だが……花凛の母親たちが自分の母親と知り合いだってことが分かって、ちょっとだけ緊張感が解れた。
【割とおしゃべりな】2人に見事に巻き込まれてしまった感が否めない寧々だったが……その途中で花凛たちが学校から帰ってきた。その花凛たちと一緒に体育着姿の南と麻衣もいた。
それに先に気付いた寧々は花凛たちのもとに急ぎ駆け寄る。花凛が『お前、誰だ?』って訝しい顔をするのと同時に挨拶をする寧々だったが……南と麻衣の喧しさに声を掻き消されてしまった。
南:ちょっと、寧々!これって、どういうこと!?
麻衣:さっき、下でおばさんに聞いたんだけどさぁー……。寧々、東京の第2瀬尾家に引っ越しするんだって!?
花凛は2人の騒々しさと食いつきっぷりに、自分の目の前にいるのが【噂の遠宮寧々】だって分かったものの……若い2人に圧倒されてしまい、話しかけるにも話しかけられなかった。
□2‐1‐20:
まるで自分らが推してたアイドルが突然の引退を表明したかのような騒ぎの2人を、花凛は少し静まるまで大人しく待つことに。でも……2人は突然の悲しみから一転、今度は【寧々にソックリの】花凛のことをあれやこれやボヤき始めた。
南:あーあー……これでまた花凛に逆戻りだわー……。
麻衣:だよねぇー……。せっかく、寧々ちゃんっていう逸材を発掘したのに……。
南:確かにツンキャラ花凛も悪くないんだけどさ……。
麻衣:でも、花凛じゃ中身がガキだし癒されないし、貧乳だし。その点、寧々ちゃんはお姉ちゃんで癒し系で……オマケに頭も良くって、スタイルも良くって、美乳のEカップで。
南:マジ、『月とスッポン』ってヤツだな。
麻衣:うんうん。花凛て、お嬢様らしくない以前に【全然女らしくない】し。その点、寧々ちゃんは周りも羨むパーフェクト美少女だったのになぁー……。
この2人の口の悪さは毎度のことでいい加減、慣れてる花凛だったが……。それを初めて会った寧々の目の前で遠慮なしに言われたことにブチッとキレた。
□2‐1‐21:
花凛:だったら、お前たちも第2瀬尾家まで一緒にくっついて行けばいいだろ!?その方があたしも喧しくなくなるし清々するわっ!!
そんな2人の中学生と、それにムキになって相手する子供っぽい花凛に寧々は思わずホッコリする。
それが一段落ついたところで花凛は寧々とリビングで少し話をする。【魔術師の弟子になりたかった】寧々は花凛が清衛門の一番弟子であると勝手に思い込み、どうにか花凛に弟子入りできないものかとアレコレ情報を入手しては色々と画策してたという。
花凛:でも、お前が市乃に極秘情報を提供してくれたおかげで【塞がってたあたしの道】が拓けたよ。その件についてはマジ感謝してるよ。
そう、花凛に礼を言われてちょっと照れくさかった寧々は話題を変えた。つい先日、会ったばかりの花恵について話に触れ、そこで遇った神秘体験についても花凛に話しする。
花凛:花恵は歴とした【瀬尾の巫女】だ。あたしみたいな未熟者とは訳が違う。
花凛は花恵が瑠華と一緒にここに逃亡してくるだろうことを知る由もない。
花凛:花恵ならちゃんと面倒を見てくれると思う。アイツはちょっと生意気なところがあるけど……でも、周りのヤツらのことをよく考えてくれてるヤツだからな。
□2‐1‐22:
それから暫く2人で歓談したのち、寧々は武官に促されて帰ることに。
寧々:花凛様、唐突にお伺いしたにもかかわらず、貴重なお時間を割いていただきホントにありがとうございました。
花凛:あたしに【様付け】はよしてくれ。お前は面とかって話すのが照れくさくなるぐらいの美少女なんだからさ。
花凛は寧々が自分に恐縮してるのがちょっとむず痒かった。
寧々:花凛様こそ、皆に人気のカリスマ美少女であること、こうしてお会いして改めて実感いたしました。
花凛:ああ。あたしはガサツで可愛げない貧乳のカリスマだからな。
でも、寧々にしてみたら、実物の花凛に触れたら触れたで『やっぱり自分と対等の位置には置けない崇高な存在』だと実感してしまう。
花凛:今度、また会う機会があったら……その時には【タメ口】で頼むよ。要望があったら、男装してエスコートしてやっても構わんよ?
□2‐1‐23:
そう言って花凛が照れ笑いをしながら寧々に握手を求めてきた。そんな花凛に恥ずかしそうに微笑みながら寧々は細くて白い指先の握手に応じた。
寧々:ー…………っ!!?ー
その瞬間、寧々は花恵の時と同じ現象に襲われる。目の前の現実世界が急に真っ暗闇になったかと思ったら、今度は眩いばかりの蒼白い光が寧々を照らす。
寧々:ーあなたが……花凛様を守護する御方……ですか?ー
姿がうっすらとしか見えないが……でも、その額には第3の眼があって寧々を静かに見据える。その者は寧々の問いには答えず、口もとに不敵な笑みを浮かべて消えていった。
現実世界では瞬き1回分にも満たない時間の出来事だったが……寧々は花凛の【内側】にも花恵と同様、強大な力を感じた。
寧々:ーあれが……遠宮の……御本尊様か……ー
花凛とも知己を得た寧々は第2瀬尾家に戻って、花成たちと一緒に第7分室の仕事に打ち込む。ここで寧々は花凛たちが巻き込まれてる案件について、その詳細を知ることになる。
寧々:ーみんな……魔術の使い方を間違えてる……。こんなくだらないことのために……。あたしは誰も絶対に犠牲にはしない……ー