花凛2‐2:
□2‐2‐1:
共謀する従姉妹の瀬尾花恵が瀬尾本家逃亡計画の実施を1ヶ月送らせてきたことに不満を隠せない瀬尾瑠華だったが……それは思いもよらないサプライズによって一気に掻き消された。
瑠華:ーま……マジにゃごかっ!?ー
花凛が遠宮本家に引っ越して暫くしてからずっと不登校だった花恵が突如、瑠華の通う私立高校に制服姿で護衛の武官たちに囲まれて姿を現したのだ。
駅のロータリーみたく送迎車を受け入れられるようになってる南校舎の入口界隈は、黒のロールスロイス‐ゴーストを中心にした護衛車とバイクの列から何者が出てくるのかと、ものすごい人集りができてた。
瑠美:お嬢様、これはいったい……?
瑠華の専属メイド‐黒御門瑠美は訝しそうな顔して外の様子を防弾ガラスの窓越しから眺めてる。
瑠華は直感でビビッと来た。朝っぱらから物々しい護衛付きでロールスロイスに乗って学校にやってくるような人物は、幼なじみの椎名菖蒲を除いて唯ひとり、第2瀬尾家本家の瀬尾花恵しかいないと。その証拠に先頭に止まってる護衛車とバイクのその前には、花盛の赤のランサーエボリューションⅩ(テン)が止まってる。
□2‐2‐2:
瑠華:花恵ちゃんと花盛ママにゃごよ、たぶん。
瑠美:花恵様って……あの、第2瀬尾家の花恵様ですか?
瑠華:そうにゃごよ。
瑠美:ああ、そうですか……。でも、急にどうしたんでしょうね?花恵様といったら【飛び級】で今すぐにでも大学に行けるぐらいの学力の持ち主ですよね?今さら、こんな【おバカ高校】に来る必要もないと思うんですが……。
【自分の好きなこと以外にはまったく見向きもしない】瑠美が珍しく他人のことについて思考を巡らせてる。そんな瑠美を見て瑠華は得意げな顔をして鼻で笑って答えた。
瑠華:花恵ちゃんはきっと、あたしと青春したくなったにゃごよ!
瑠美:はあー?何、アホなこと言ってるんですか?花恵様はお嬢様と違って【そんなおめでたい思考回路の持ち主】じゃありませんよ。
瑠美の【いつもの眠たい顔】が現実逃避を試みて平たい眼をさらに平たくする。そんな瑠美の冷たい対応に慣れてる瑠華だが……稀に同調してもらいたい時もあるらしい。
□2‐2‐3:
瑠華:頭の中がおめでたくて悪かったにゃごねっ!
瑠華の送迎車もまたロールスロイスだったりする。なので後部座席はそれなりに広く、女子高生2人がバタバタやっても何の差し支えもない。
瑠美:うぎゃあーーーーっ!!!
身長162センチの瑠華が隣に座ってる身長150センチの小柄で華奢な瑠美の上に覆い被さって、前髪パッツンの黒髪ヘルメット頭を拳を作って思いっきりグリグリする。この時ばかりは、瑠美の眠たい顔もその痛さに目を大きく見開いて生気を取り戻す。
瑠華:この世の中、誰も彼もがあんたみたいにダルい気分で緩く生きてるわけじゃないにゃごよ!
瑠美:わ、わ、悪かったですよ!あたしが悪うございましたよ!
黒御門瑠美は花凛の専属メイド‐黒御門瑠依子の3つ下の妹である。瑠美は幼少より優秀の誉だった姉の瑠依子とは正反対の【落ちこぼれの問題児】だった。
幼少より【好きなこと以外はまったくやる気を出さない】瑠美は『黒御門のメイドとしてはドコにも嫁がせられないほどの至らなさ』で……瑠美自身もまた、自分がメイドに適してないことを幼い時より重々承知してた。
□2‐2‐4:
なので瑠美は黒御門のメイド養成所には入らず、『人間相手が苦手な根暗少女』という本来の自分の姿でフツーに小中学校生活を送ってた。
そんな瑠美をどうして瑠華は自分の専属メイドに指名し、そして瑠美自身もどうして瑠華の申し出を受け入れたのか?その理由は、瑠華が黒御門の養成所にいる数多のメイドの卵たちの中では【感覚的にフィットする】人物がおらず……唯一、瑠美だけが【気兼ねなく一緒にいれて疲れなかったから】だった。でも、瑠美の方はと言えば……『瑠華の専属メイドになる見返りに【趣味に没頭できる万全な環境】を用意してくれる』って、瀬尾本家側が約束してくれたからだった。
ちなみに、瑠美の趣味はプラモデル作りで……小1の時にガンプラに出会って以来、その魅力の虜となり、学校から帰ってきて寝るまでの間、黙々とプラモデル作りに没頭してる有り様だった。そんな瑠美のプラモデル作りの腕前はプロのモデラー級で、過去に何度か専門誌に取り上げられるほどである。
第2瀬尾家の車両の列は花恵と花盛、それと護衛の武官数名を下ろすとロータリーを出てドコかへ消えていく。そして、瑠華のロールスロイスがロータリーに着いた頃には花恵たちの姿はすでに校舎の中に消えていったあとで……花恵との接触はこの時、叶わなかった。
□2‐2‐5:
瑠華もまた、瑠美と護衛のSP2名を伴って車から下りる。瑠華の場合は過去に数回、花凛のもとへの逃走を計って失敗した経緯があり……それ故、今では学校内までSPが同行する状況だった。
瑠華:さっき、車列の前に第2瀬尾家の公用車が止まってたにゃごけど……。あんたたち、ママや長官から何か聞いてるにゃごか?
瑠華は自分が聞き知らない花恵の行動について、同行してるSPに話を訊いてみる。
女性SP:いえ、特には何も。
SPは驚く様もなく職務的に淡々と瑠華に答えたが……。でも、普段とは違った様相に少しピリピリしてる感じだった。
瑠華:今日は逃げ出さないって約束するにゃごから……あんたたちに頼みがあるにゃご。
瑠華は同行してるSPたちに花恵の居場所を探すよう指示する。SPたちは過去に瑠華に煮え湯を呑まされてる経験もあってなかなか動こうとはしなかったが……。でも、そのうちの1名だけは瑠華たちの前を小走りで先を行き、瑠華のために花恵の様子を探りに行ってくれた。
□2‐2‐6:
瑠華自身もまた、休み時間など周りの子たちから花恵のことを聞いて回ったが……花恵はドコのクラスにもいないらしい。そして、SPから花恵の情報をようやく入手した瑠華は昼休み、ようやく会うことが叶った。
花恵は一階の用務員室の隣の、普段は使われていない空き部屋となってる会議室の中にカーテンを閉めっきりにしていた。部屋のアチコチにはドコぞの神社の護符らしきものがペタペタ貼られ、四隅には盛り塩なんかも置かれてる。その様子に『いったい何事だ?』と驚いた瑠華と瑠美は、真新しい制服に身を包み、長テーブルの上に山のように積まれてる教科書を次から次へとペラペラ捲って見てた。
護衛の武官の一人に声を掛けられ、瑠華たちが来たことが告げられると……花恵は驚いた様子で席を立ち、その目で瑠華たちの姿を確認する。
花恵:あたしがココにいること、よく分かったな瑠華?
何年かぶりの登校だってのに……花恵は【いつもの花恵】そのものだった。
瑠華:そんなことよりも……これはいったい、どうしたにゃごか?この部屋は幽霊とか出るにゃごか?
確かに花恵の家のアチコチにも似たような護符が貼ってあるのを見て知ってる瑠華だが……。
花恵:一応、念のためな。普段、過ごしてる環境が変わるってのは今ひとつ落ち着かなくてな……。だから、学校側に特別に許可をもらって【こんな風になってる】わけだよ。
□2‐2‐7:
長らく不登校だった花恵にとって【学校】って場所は、懐かしいって以前に気分的に落ち着かない場所だった。見も知らない雑多な人の群れ、自分に向けられる好奇の視線、それに……そこに蠢く独特な集合体の雰囲気。今の花恵にとってそれらはとても好きになれるものではなかった。
瑠華:それで……会議室のアチコチに花恵ちゃんちでよく見かける護符がペタペタ貼ってあるにゃごか?
この部屋に貼ってある護符といい、四隅に置かれてる盛り塩といい……これは花恵が簡易的に設けた【対魔術攻撃用の防護結界】である。この学校には白百合愛善会に属してる家の子女も少なからず在籍してるだろうと踏んだ花恵は、魔術による洗脳や催眠によって自分を襲ってこないとも限らないと用心してるのだ。
花恵:まあ、そんなところかな。自分の身の回りにあるものを近くに置いておくと気分が落ち着くだろ?あたしにとって先祖代々より伝承されているこの護符がまさにそれだよ。
花恵は敢えて結界のことについては口にしなかった。下手なことを口走って瑠華を不安がらせたくなかったのだ。
瑠華:ところで、花恵ちゃん。
でも、今の瑠華にとってはそんなことよりも『ずっと不登校だった花恵がどうして急に学校に行こうと思ったのか?』が気にかかっていた。
花恵:ああ、そのことか……。ぼちぼち、いい加減、不登校を卒業して【もとある生活】に戻ろうかと思ってさ。
□2‐2‐8:
瑠華:【もとある生活】……にゃごか?
花恵:ああ。ずっと不登校のままじゃ……いい加減、花凛にも心配される。
この時、瑠華は花恵の言葉のニュアンスでピンっときた。ここで包み隠さず喋ってたら、ドコの誰が聞いてるとも限らない。そして、それがどういう経路を辿って母親の花桂の耳に入らないとも限らない。だから、花恵は遠回し遠回しに【真相を見抜かれない】よう喋ってたのだ。
瑠華:そうにゃごよ。花凛ちゃんを心配させないためにも少しずつ慣れていかなくちゃにゃごよ。
花恵は瑠華にしては珍しく機転が利くなと思った。
瑠美:でも、花恵様……これは少しやりすぎでは?これでは【オカルト隔離教室】ですよ。
一方、花恵は相変わらずオカルトが苦手な瑠美の言葉に苦笑いする。
花恵:【周りから隔離されてる】ぐらいがあたしにはちょうどいい。どうも、あたしという人間は【雑多な人の群れの中に我が身を置くのが苦手】なようだ。幼い頃より気心知れてる瑠華や花凛が居てくれればそれでよいと思えてしまうのだよ。
□2‐2‐9:
正直なところ、瑠美は瀬尾花恵という少女について多くを知らない。『天才的ゲーマー』、『天才的な頭脳の持ち主』、『瀬尾の巫女の跡取り』……瑠美の持ってる花恵の情報はどれもこれも表面的なものばかりだった。だけども瑠美は、花恵の内面的な部分について【何となく感じれる】部分があるのだろう。
瑠美:花恵様は【無欲】なんですね?
瑠華は花恵とだけは話したがる瑠美がとっても不思議だった。幼なじみと言える間柄の瑠華ですら、花恵の【深部】に触れるのを憚ったりしてるのだ。
花恵:【無欲】とはちょっと違うな。あたしの許容範囲があまりにも小さすぎるだけだよ。
瑠美:それはあたしも同じです。あたしの容れ物も自分の手を伸ばせばすぐ届いちゃうぐらいの【箱庭】程度しかありません。
花恵もまた【自分とは肌の違う】瑠華と一緒に居る黒御門瑠美という少女が不思議だった。いつだってダルそうでやる気なさそうで、現実から逃避を試みてるような……。【自分の世界】以外のものを好めなそうな彼女が現実世界にちゃんと埋没してる瑠華の専属メイドをやってる。『その胸中たるや如何に?』と、ついつい問いてみたくなるような個人的な興味をそそる少女だった。
花恵が『瑠美の箱庭には何があるんだ?』と個人的興味の向くままに聞こうかと思った矢先、いきなり廊下の方が騒がしくなった。
□2‐2‐10:
武官その1:お、お待ちください、菖蒲様!『瑠華様と専属メイド以外は誰も通すな』と、我らは花恵様から申し使っております!
武官その2:花恵様に御伺いを立てますので……ここで暫し、お待ちいただけませんか?
菖蒲:何を言ってるの、あなたたち!あたくしは瑠華や花凛と同じく、幼少の頃からの【幼なじみ】なのよ!そこんところを分かっているのなら、サッサと道を開けなさい!
どうやら、すぐ外の廊下では護衛の武官と【幼なじみ】の椎名菖蒲が揉めてるらしい。
椎名菖蒲……花恵たちと同い年の彼女は瀬尾十家筆頭‐椎名家の息女であり、次期椎名家の跡取りでもある。幼少の頃より【椎名家の女帝としての品格と品性】を徹底的に叩き込まれてきた彼女は成績優秀なのはもちろん、運動神経抜群、容姿端麗と三拍子揃ってる。これで彼女が庶民が思い描くような品行方正かつ淑やかなお嬢様なら【完璧なお嬢様】であったのかも知れないが……。
花恵:瑠華、悪いけど菖蒲を部屋に連れてきてくれ。早くしないと武官たちと【殴り合い】しないとも限らん。
□2‐2‐11:
花恵は面倒くさそうな顔をして嫌々ながらそう言う。
瑠華:分かったにゃごよ。菖蒲ちゃんをコッチに連れてくるにゃご。
そんな花恵の気分を瑠華は察して苦笑いを浮かべながら承知した。花恵は『自分を中心に世界も日常も回ってる』って感じの【ワガママ女王様気質の】菖蒲が昔から苦手だったのだ。
菖蒲:やっと花恵に会えたわ。こうして御対面するの、何年ぶりかしら?
瑠華に連れられて護符がペタペタ貼られてる部屋に入ってきた菖蒲は、そんなことには一切気にも止めず、あからさまに皮肉たっぷりな雰囲気を醸した言葉を一発目から浴びせてきた。
菖蒲は背丈も体形も瑠華とよく似てる。身長162センチの少し細身の体躯だが……一時期、黒御門本家で修行を積んでた瑠華に負けず劣らず意外と筋肉質ボディーだったりする。花恵の中の菖蒲のイメージは【見た目だけはご令嬢】だったりしたから、その変貌ぶりにまず驚いた。
菖蒲:でも……今のあたしにはそんなことはどうでもいいのよ。あたしは椎名家を出て花凛のいる遠宮本家に行くと決めたの。感動の再会早々、悪いのだけど……【瀬尾の巫女】としての花恵の力をあたしに貸してくれないかしら?
□2‐2‐12:
部屋に入ってきて早々、菖蒲の口から飛び出してきた言葉に瑠華の方がビックリした。
瑠華:菖蒲ちゃん、急にどうしちゃったにゃごか?ママと大喧嘩でもしたにゃごか?
菖蒲:別に、ママと喧嘩したわけではないわ。でも……ママと一緒にいるのはもう、ウンザリなのよ。
驚く瑠華と瑠美に対して花恵は動じる様子もなかった。実は……花恵が脱出計画の実行を遅らせ、急遽、瑠華たちの通う学校に転入したのは、このことを【千里眼】で予期してたからだ。
菖蒲:それに……【花凛をギャフンと言わせて跪かせるのがあたしの人生の醍醐味】なの。なのに花凛ったら、【あたしが今日までいなかったみたく】遠宮の家で安穏と平和な日々を送ってて……。挙げ句は十家の娘を2人、お側つきにしてイチャイチャしちゃって……。そんなもの、あたしが認めるわけがないでしょうに!
□2‐2‐13:
『また、恒例の【菖蒲節】が始まった!』と、瑠華と花恵はウンザリするが……。それでも花恵は気を取り直して話を進めることにする。
花恵:『花凛のところへ行くから力を貸してくれ』と菖蒲は言ったが……菖蒲の母上は【花凛のことを嫌ってる】んじゃなかったっけ?仮にもし、家を出て花凛のところへ行ってもすぐに連れ戻されちゃうんじゃないのか?
菖蒲の母‐菫の【花凛の毛嫌いぶり】は当時、幼かった瀬尾の子女たちの間でも知られてた話だった。
菖蒲:それは心配要らないわ。このことについてはウチのおばあ様が賛成してくれてるのよ。ウチのママったら、いい歳になってもおばあ様には逆らえないから。
花恵:おばあ様って……【当主を引退した】桔梗様のことか?
椎名桔梗は椎名家の現当主にして瀬尾コンツェルンの実質的な最高責任者、さらには瀬尾本家当主‐花英の片腕と言われる人物である。ただ……桔梗はその職責に専念するため表舞台から姿を消し、代わりに娘の菫を表舞台に立たせた。ゆえに菫が椎名家や瀬尾コンツェルンを統括してると誤認する者が決して少なくない。花恵もそのひとりである。
□2‐2‐14:
菖蒲:何、バカなこと言ってるのよ!?ウチのおばあ様はまだまだバリバリの現役よ!そうやって花恵みたく誤解してる人たちがウチのママにゴマをするから、いい気になってすぐ調子に乗っちゃうのよ!
花恵:ああ、そうだったのか……それは済まなかった。【勝手な思い込み】は良くないな?
菖蒲:別にいいわよ。そういうのは子どもの時からずっとだし……いい加減、慣れてるわ。
花恵:でも……桔梗様が菖蒲の【後ろ楯】をしてくれるのなら、この話はスムーズに進むと思う。この話に限らず、菖蒲に関することは全部、母上がネックになってくるからさ……それをブロックしてくれる人がいないと困るんだよ。
2人の話に口出しもせず静かに見守る瑠華と瑠美は『おや?この展開はもしかしたら……?』って思った。花恵の話しぶりからして『菖蒲も今回の逃亡計画に参加させるんじゃないか?』って。
花恵:とりあえず……この件は母上にも相談したうえで後日、また話をするとしよう。【然るべき手順】をちゃんと踏んでいけば、決してうまくいかない話ではないと思う。
ここら辺が話のキリのいいところで。花恵が前向きに協力してくれることを約束してくれたことに気を良くした菖蒲は上機嫌で部屋から立ち去ろうとする。
□2‐2‐15:
でも、そんな時に花恵のスマホの着信音が鳴り響く。花恵に電話をかけてきたのは……つい先日、寧々の件でお世話になった第7分室の室長にして瀬尾本家当主の末娘‐瀬尾花成からだった。
花成:おい、花恵!お前はあたしのところに厄介事を持ってくる疫病神か!?寧々の件が済んだばっかりだってのに……今度は椎名家の桔梗様までも動かして『お前たちを姉さんの追っ手から逃して花凛のいる遠宮本家まで送り届けてくれ』とか……。
花恵:……えっ!?
このビジョンは花恵の千里眼にはないものだった。確かに花恵の千里眼には菖蒲の姿もあったから、『どうにかならないものか?』とは思ってはいたところではあったが……。まさか、こんなにもレスポンスの早い展開が待ってるとは想像もしてなかったのである。
花成:大体の話は母ちゃんから聞いた。でも……最初のプランじゃ無理がある。だから、お前たちにも色々と話をしなくちゃならないことがあるからさ……。迎えにやる鼎の車に乗ってまっすぐコッチに来い!いいな!
電話の向こうの花成はプンプンしてた。それもそのはずで……計画を聞いた花成は【認識の甘い】2人が立てた計画を白紙に戻すことを決めて、また1から計画を練り上げなくちゃならない羽目になったからだ。
□2‐2‐16:
そして、放課後。先日も訪れたばかりの雑居ビルにある瀬尾財団‐考古学研究所第7分室。マジックで書かれた手書きのプレートといい、あまりにもボロいビルといい、初めて足を踏み入れた瑠華たちは露骨に疑いの眼差しだった。
中に入れば、こないだよりも片付いてはいるものの……それでも雑多に山になってる資料の山はいくつか床に点在してた。でも、花成と鼎の脱いだ洗濯物置き場と化してた応接間だけはキレイに片付けられていた。助手として手伝うことになった寧々が早々、コインランドリーに行くなどしてキレイに片付けてくれたのだ。
『ちょっと大人に成長した金髪の遠宮花凛』……初めて寧々を目にした瑠華たちは、あまりにも花凛に似てる寧々にビックリする。そんな寧々がわざわざコンビニまで行って冷えたジュースとお茶菓子を買ってきて出してくれ、まだまだ育つかも知れないJKたちはそれをムシャリ貪りながら花成の話を聞くことにした。
最初、瑠華は花成が誰なのか?分からなかった。『この人、ウチのママによく似てるにゃごね……』ぐらいしか思ってなかった。それは無理もない話で……花成が飛行機爆破テロに遇って【死んだことになった】のは瑠華がまだ幼かった頃の話で【現在、記憶になかった】からだ。
□2‐2‐17:
瑠華が自分のことを憶えてないことについて……花成は『あの頃は瑠華もちっちゃかったもんな。無理もないか……』と、ちょっと切なく思いながらも割り切って話を進めてくことに。でも、その前に花恵が前の計画を花成はどうして却下したのか?その理由を訊いてきた。
花成:そんなのは簡単だ。ウチの親父殿はな、外面こそ温厚で優しそうなオッサンだが……その実は【実の娘だって断崖絶壁から容赦なく突き落とす】鬼親父なんだよ。そんな親父殿が甘い言葉をかける時は絶対に罠だって相場が決まってる。どうせ、逃走した車ごと東京湾にダイブして溺れ死にそうになるところを追いかけてきたSPに救助されるとかってオチだ。
花恵:……えっ!?
花恵たちはそれを聞いてビックリした。特に瑠華は『この人はいったい何者にゃご?』と、目をパチクリさせながら花成を見つめる。
花成:これまで、あたしは何度となく瀬尾本家からの脱出を試みてるが……毎度、毎度、【命からがら】のところで捕縛される始末だったよ。逃げ込んだ山で山火事に遭って下山できなくなって消防のヘリで助けられたり……。逃亡資金をたまたま立ち寄った銀行のATMで下ろしてたら銀行強盗に巻き込まれて人質になったり……。駅に向かって逃げてたところを居眠りこいてた車があたしめがけて猛スピードで突っ込んできたり……。マジ、フツーの人なら最低、三回は死んでるところだ。
□2‐2‐18:
自身の逃亡話に火がついてしまった花成は暫くの間、講談師のように抑揚をつけながら話す。その迫力、その凄さ、そのリアリティーに瑠華たちは思わず怖じ気づく。
鼎:室長!これからこの子たちは瀬尾本家を脱出しようってのに……室長の壮絶な昔話を聞かせてビビらせちゃってどうするんですか!?
そんな時、花恵たちの様子を窺ってた鼎が花成の話を遮った。
花成:ああ、そうだった!すまん、すまん。
花成は『瀬尾本家から脱出するには相当の覚悟が要る』ってことを伝えたかったのだが……ついつい饒舌が過ぎたらしい。
鼎:……で、室長。新しい脱出プランはどうするんですか?お嬢様たちをそんな危険な目に遭わせるプランはあたしも反対ですよ?
花成:そこは任せろ!あたしが【一度だけ脱出に成功した】プランを今回、採用することにしたから。
□2‐2‐19:
花成が今回、採用したプランとは……『瑠華の部屋の緊急脱出ゲートから地下通路に侵入して第2瀬尾家の緊急脱出ゲートまで逃走する』ってものだった。
瑠華:つか……あたしの部屋には非常用扉みたいなの、ないにゃごけど……。
ここでも瑠華は『花成は自分ち(瀬尾本家)の中のこんなところまで精通してるにゃごか!?』って、逆に詳しすぎて気味が悪かった。
花成:いや、そんなことはないはずだ。さっき、母ちゃん(花英)に渡してもらった地下通路の図面と上物の本館の図面を重ね合わせてみたが……昔とまったく変わってなかった。あたしが家を出たあとに部屋を改修してなければ……昔と変わらず【使う機会がまったくない暖炉】の中に地下通路に通じる扉があるはずだ。
瑠華:……えっ!?
花成:なあ、瑠華。お前、さっきから【なかなか話が噛み合わない】なって、思ってたんだけどさ……。『あたしが誰なんだか?』分かってるよな?
瑠華はようやく思い出した。今、自分が使ってる部屋は昔、ママ(花桂)の2番目の妹が使ってたってことを。そして、その妹は留学先で飛行機爆破テロに遭って未だ生死不明だってことを。
□2‐2‐20:
瑠華:も、も、もしかして……花成【姉ちゃん】……にゃごか!?
瑠華には幼き日々の記憶はまったくないものの……。でも、目の前の花成を見てると【変な恐怖心】がフラッシュバックしたかのごとく沸々(ふつふつ)と芽生えてくる。
そんな瑠華の驚愕ぶりを見て、花成は『もしかして……思い出したのか!?』と驚いた様子だったが……。でも、大人げない花成は嬉しさを隠し、得意気な顔を瑠華に向けて誇らしげに答えた。
花成:やっと思い出しやがったか!?お前と花凛にとっちゃあ、あたしは花菊のババア同様、【育ての親】みたいなもんだからな。
瑠華:つか……ほ、本物の花成姉ちゃんにゃごか!?だ、だって……花成姉ちゃんは死んじゃったにゃごよ!?
花成:人を勝手に殺すな!足だってちゃんとあるだろうがっ!?
花成は目の前で立ち上がって、パンツ姿の太ももをパンパンと叩く。そして、瑠華の頭を左右の手で作った拳でグリグリし出す。
瑠華:……い、い、痛いにゃごよーっ!!
この様子を見てて瑠美は思った。『あっ!お嬢様のグリグリはこれが発祥だったんだ』って。そして、花成の大人げなさにあらためて血は争えないものだと痛感した。
□2‐2‐21:
瑠華の頭をグリグリしたあと、花成は母‐花英から預かった瑠華の部屋の非常用扉の鍵を二種類渡す。これは以前、花成が瑠華の部屋を自室として使ってた時と変わらず、扉の施錠に二種類の鍵を使ってるからだ。
花成:暖炉の中に潜ってみればすぐに分かる。壁面に【不自然な鍵穴】が2つ、あるはずだ。さっき渡した二種類の鍵をそれぞれに差して、一緒に鍵を回すと……暖炉の壁面がズレて地下通路に降りれる通路に入れるはずだ。
瑠華:うん、分かったにゃご。
花成:でも、瑠華……これを1回でも試しで開けるんじゃないぞ?この非常用扉は開錠された瞬間、地下の管制室でそれが分かるようになってるからな。この鍵を使って非常用扉を開けるのは脱出する当日だけだぞ。
□2‐2‐22:
花成:それと、この地下通路についてだけど……コイツはとんでもなく広範囲に渡って張り巡らされてる。コイツを使えば、瀬尾本家から第2瀬尾家の本宅や養成所はもちろん、瀬尾コンツェルンの本社ビルや関連事業のビルの地下、瀬尾財団のメインビルの真下にだって行ける。ただ……この地下通路には【これといった目印】的なものは一切ないうえに、内部は通信機器の類が一切使えない。したがって、地下通路内の移動に関しては【これだけを頼りに】行くことになる。
瑠華たちはタブレットに映し出された地図を覗きこんで……あまりの地図の細かさに思わず渋い顔をする。『ホントにこれだけ見て第2瀬尾家の地下まで行くにゃごか?』って言わんばかりだ。
花成:そして、この地下通路には哨戒ドローンが配備されてるらしい。でも、コイツ瀬尾本家が管轄するエリアしか哨戒してないらしいから……もし、ドローンに発見されちゃったら猛ダッシュでエリア外まで逃げろ。
瑠華:……えっ!?ま、マジにゃごか!?
花成はサラリと言ってるが……過去、瀬尾本家を何度も抜け出そうと試みては失敗した瑠華は、この哨戒ドローンの性能の凄さをその身をもって体験してる。
瑠華:あのドローンだけはダメにゃご!花成姉ちゃん、お願いだから……ママに頼んでドローンだけはどうにかしてもらえないにゃごか?
花成は瑠華や花恵のことについて、ある程度のことは聞かされてる。確かに瑠華の言うとおり、この面子で鉄壁の防御を誇る瀬尾本家からの脱出は正直、無理があると思った。
□2‐2‐23:
この件につき後日、花成は姉‐花桂に相談する。すると……花桂はそれをアッサリ呑んでしまった。
花桂:確かにそうですね……。ドローンに追尾されて、あの子らがケガでもしたら大変ですからね……。
母‐花英より『今回の瑠華と花恵の脱出劇に菖蒲も加えてやってくれないか?』と言われた時に、花桂は『花成を今回の脱出劇のブレーンを花盛と花京から花成に変えてくれるのなら呑んでやってもいい』と条件付きで引き受けることにした。
花桂:花盛さんと花京相手となると、さすがにウチのSPたちも手をこまねくだろうが……。【何をやらせてもトラブル三昧な】花成だったら、【実戦経験のない】ウチのSPたちでも十分に対処できるだろう。花成はちっちゃい時から『どういうわけだか?【危険な匂い】のする方へ吸い寄せられる癖がある』からな……。花盛さんたちのお父様たちも巻き込んだ作戦だったなら、瀬尾本家からアッサリ脱出できたものを……。花成はそれを却下してしまったのだから……あの子(花成)はやっぱり昔とまったく変わらない。さて、【少しは成長したであろう】花成はあたしをどれぐらい楽しませてくれるのやら?
ただ……花桂も【予測しえない事態】がひとつあった。それは母‐花英が今回の件で大きく介入してきたことだった。
瑠華:うん、分かったにゃご。
花成は瑠華にそう念を押したあと、脱出経路に使う地下通路についてもタブレットに表示されてる図面を参照しながら説明をする。
□2‐2‐24:
花英はコンツェルンの執務室に【とある人物】を読んで面談してた。
花英:その【ウサギの面】はどうにかならないものかな?緊張感に欠けすぎてるな?
執務室の応接セットに花英と相対して座ってるのは30代の日本人男性だった。仕立てのよいスーツを意外とガッシリした体躯が見事に着こなし、その佇まいは英国紳士みたいな感じだが……この男性はファンシーな白ウサギのお面を着けてる。
男性:申し訳ありません、御当主。【これを着けて長らく生活してる】と……今度、これを着けないのが変に違和感がありまして……。
この席には花英の専属メイドの花菊と椎名家当主の桔梗も同席してる。
花英:正義さんが『万が一の事を想定して、お前にサポートしてもらった方がいいんじゃないか?』と、心配そうな顔をして言うんでな。
男性:ご懸念、ごもっともだと思います。あの地下通路は想像してるよりも広く、目印になるものも休める場所もない。オマケに中は薄暗く、ジャイロも使えず、同じようなコンクリートの壁が延々と聳え立ってどこまでも続く……。その中を地図だけを頼りに脱出するなど……大人だって至難の技ですよ。
□2‐2‐25:
ウサギのお面の紳士は花英から『この計画は花成が立てたもの』だと聞かされたから、今回引き受けてくれたらしい。今回の件のつき、花英から色々と話を聞かされたウサギのお面の紳士は『当初の計画なら安全かつスムーズに事が運んだのに……』と苦言した。
花英:お前と花成は【何だかんだ長い付き合い】だ。【花成の師匠として】これからも花成のこと、面倒見てやってくれ。これは瀬尾本家当主としてではなく、花成の母としての頼みだ。
男性:分かってますよ。ウチと瀬尾は【切っても切れない腐れ縁の仲】ですからね。死んだ親父殿も当主として最期まで律儀に果たした以上、息子の僕もそれに倣いますよ。それに……御当主様には【命を救ってもらった恩】もありますし。
花英:清衛門殿の死に目に合わせられんかったこと、ホントに申し訳なく思ってる。
男性:親父殿は花凛に最期を看取ってもらったのでしょ?それで良かったと思いますよ。僕や花京みたいな【血生臭い、自分と似た者同士の獣】が最期に傍にいては……気が気じゃなくて死ぬに死にきれんかったでしょうから。
男性は資料などをアタッシュケースに入れてスッと席を立つ。
花英:あんまり派手にやらんように。『今回の件でお前まで使った』と花桂にバレたら、後々が煩いんでな。
男性:承知しました。なるべく穏便に、かつ安全第一でサポートしますよ。
□2‐2‐26:
さて……方々で色々と画策がなされてる今回の瑠華の瀬尾本家からの脱出作戦。ここで【なかなか話が呑み込めない】人物が1人いた。それは【途中参加した】椎名菖蒲である。
菖蒲:あの……ちょっと宜しいかしら?
菖蒲は自分が言い出したはずのネタにもかかわらず、ずいぶんと話が進んでることに【なかなか頭がついてこなかった】のだが……。
花成:お前は運が良かったんだよ。瑠華たちが花桂姉ちゃんたちとこんなこと、やってなかったら……お前の『花凛のところへ行きたい!』って要望はさすがの桔梗様だって却下してただろうさ。
花成のこの一言で、菖蒲の頭の中はすべてがひとつにつながった。そして……菖蒲の頭の中は今、自分に内緒でこれらを画策してたうえに【自分を置いて花凛のとこに行こうとしてた】ことにひどく腹が立った。
菖蒲:ちょっと、あなたたち!やってることがちょっと酷すぎるんじゃないかしら!?あたしたちって【幼なじみ】のはずよね!?隠し事をするような【希薄な間柄】ではないはずよね!?
菖蒲の剣幕のスゴさに瑠華は思いっきり焦る。
瑠華:い、いやぁー……。だ、だって、菖蒲ちゃん……そんなこと、考えてるようには……全然、見えなかったし。そ、それに……菖蒲ちゃんに言っても、菖蒲ちゃんちのママは絶対に許さないかなって思って……。だから……。
瑠華の言うことには一理あったが……それでも菖蒲の腹の虫は収まらない。
□2‐2‐27:
花恵:みんな……花凛がいなくなってから……ドコか虚ろだった。空いた穴を塞ぐみたいに取り繕ってみたり、自分に嘘をついてみたり……。もっと早くにこうしとけば良かった。
でも、花恵の一言に菖蒲は黙ってしまった。一理あるどころか、まったくの言うとおりだったのだ。
菖蒲:そうですわね……。もっと早く自分に素直になるべきでしたわね……。
花成:『急がば回れ』って、昔からよく言うだろ?こういう遠回りも後悔も長い人生には必要なんだ。
ここで花成は席を素早く立って寧々と鼎に号令をかける。
花成:んじゃ、さっそく……【次の段取り】に取りかかるぞ!
花成は瑠華たちに今から4週間、第2瀬尾家の養成所でトレーニングを積むよう告げる。そのトレーナー役に寧々を任せる一方、鼎には【それとは別の重要なミッション】を任せた。
□2‐2‐28:
花成:鼎……お前は明日、遠宮本家に直接、赴いて【例のヤツ】を確認してきてくれ。
鼎:……えっ!?あ、あたしが……ですか!?
正直、鼎は設備に関することとか【まったくの無知の素人】だった。鼎的にはできれば、それなりの知識がある花成本人に行ってもらいたいのだが……。
花成:これも経験だと思って行ってこい。向こうには田口東子さんていう【スペシャリスト】がいる。色々と教えてもらうといい。
鼎:いやいや、室長!あたしみたいな素人が行っても……先方は迷惑するだけですよー!
ゴネる鼎を花成は強引にねじ伏せる。鼎は渋々ながら頷いて了解した。
花成にはすぐ上の姉‐花京とはどうしても会いたくない理由があった。
花成:ーつか、花京姉ちゃん……絶対に変わってないよな?いくら姉妹とは言ったって、いい歳こいてハグするだの、ベタベタするだの……あたしは絶対にゴメンだからな!そんなの、恥ずかしすぎるだろ!ー
花成は花京の【病的なシスコン癖】がビミョーにトラウマだったりしたのだ。




