花凛1‐4:
1‐92:
さて、ここは時間を進めて南條や市乃、綾子が遠宮家を訪れた際の話をお送りしよーと思うが……。でも、その前に【瀬尾家の一大事】にも匹敵する出来事を後日引き起こす【渦中の人】の動向をちょっとだけお送りしよーと思う。
綾子が【正式に花凛のお側つきになった件】でザワついてた遠宮家。その同時刻、瀬尾瑠華はB1Fにあるトレーニングルームで軽く汗をかいたあと、1Fにある浴場でゆっくり疲れを取り、専属メイドの瑠美を伴って自室に戻り、夕食までの僅かな時間を下着姿になってベッドでゴロ寝しながら過ごしてた。
瑠美:『あの……お嬢様……』
黒御門家の出自で瑠依子の妹にあたる瑠美は、瑠華がゴロ寝してる天蓋付きのデカいベッドを背もたれ代わりにしてお気に入りの作者のマンガの新作単行本を熱心に読んでいたのだが……。
瑠華:『何にゃご?』
瑠美:『【第2瀬尾家の花恵様】まで巻き込んでしまって……ホントに大丈夫なのでしょうか?【第2瀬尾家】は瀬尾本家の御当主をも裁くことが叶う【裁きの執行人の任】を仕り、その御当主は【瀬尾の隠密を統べる】身の上でございます。そして、花恵様は次期当主を継承することがすでに決まっておりますれば、些かマズイのではないかと思われますが……』
瑠華はキングサイズよりも大きいベッドの上を横にゴロゴロと転がって瑠美の頭上近くにまでやってくる。
1‐93:
瑠華:『心配ないにゃごよ!だって、花恵ちゃんは昔も今も変わらず【あたしのよーく知ってる】花恵ちゃんにゃご!』
瑠美:『は、はあ……』
瑠美も主の瑠華と【第2瀬尾家】の花恵が幼少の頃からの幼なじみだってことぐらいは承知している。けども……瑠華の言葉は瑠美的にはまったくもって【納得できる材料が皆無】であった。
瑠華:『それに……花恵ちゃんは【プロも顔負けのスーパーゲーマー】にゃごよ?花恵ちゃんにかかれば、あたしの頼み事なんか【ちょちょいのちょい!】って感じでやっちゃうにゃごよ!』
瑠美:『うーん……』
これより前、瑠華は花恵に泣きつくよーに『瀬尾本家のセキュリティーシステムをどーにかしてほしいにゃご』と頼んでた。過去に数回、護衛のSPの隙を狙って逃亡を試みるもことごとく失敗してる瑠華は今や監視は強化され、自室周辺のセキュリティーもより厳しくされてしまい……。学校以外の場所では自宅にあっても絶えずSPの監視の目が光ってるっていう状態だった。
でも、『どーして瑠華はそーまでして本家から脱出しよーとしてるのか?』……それは言うまでもなく花凛のいる遠宮家で一緒に生活したかったからだ。花凛が遠宮家に引っ越してからの瑠華は【空いた穴を埋める】かのよーに十家筆頭の椎名家の息女であり幼なじみでもある菖蒲やその他の瀬尾一族の息女たちと交友を持ったのだが……でも、やっぱりその穴は埋められず。黒御門家から瑠美を専属メイドとして迎え入れたり、花凛がいなくなって暫くして引きこもりになってしまった幼なじみの花恵に定期的に会いに行っては親交を深めたりしてはいるものの……瑠華的にはやっぱり花凛じゃなくちゃいけなかった。
1‐94:
瑠華:花凛ちゃんとあたしは【運命の赤い糸】でつながってるにゃご!だから、花凛ちゃんはあたしと死ぬまで一緒じゃなくちゃダメにゃごよっ!
花凛と同じく【一人っ子】の瑠華にとって生まれた時から同じ屋根の下で育ってきた花凛は【実の姉妹も同然】だった。だから、幼い日の瑠華にとって【花凛が自分から離れる】なんて事態は露ほどにも想像しておらず……まさに青天の霹靂ってやつだった。その時の瑠華の心情を言葉で語るなら、『【この身を真っ二つに引き裂かれたかのよーな苦痛】と【この世のものとは思えない受け入れがたい悲しみ】と【凍え死んでしまいそうなぐらいの寂しさと孤独】が混濁する絶望の空間に堕とされたような気分』だった。
それからの瑠華の日常の景色は色彩が消え失せた灰色の世界のようで、自身もまた【ただ時が過ぎ行くのを虚ろな瞳で眺めてる傀儡のよーに】ただぼんやりと日々を送ってた。
けれども……そんな瑠華に再び生気を呼び起こす事態が発生した。それは花京が何の前触れもなしにふらりと本家に立ち寄った際、瑠華の母で花京の姉でもある【花桂】との会話で遠宮家での花凛の生活が話題に上がり……。次の花京の一言に瑠華はこれまた青天の霹靂だった。
花京:【由依】さんトコの恵依ちゃんが花凛ちゃんの世話をメイドみたく一生懸命に焼いてくれるのであります。瑠依子ちゃんもまだ花凛ちゃんの専属メイドとして嫁いできたばっかりで四苦八苦してますが……お互いに慣れてくれば仲睦まじくやってくれると思ってるのでありますよ。
1‐95:
そして、花凛に対して【一瞬にして怒りの沸点】を振り切った。
瑠華:ー花凛ちゃん……向こうの家に行って【あたし以外の女の子】と仲良くやってるんじゃないにゃごよね?ー
でも……その怒りはすぐに収まる。なぜなら、瑠華は花凛の性格をよく分かってたからだ。
瑠華:ーフッ……。花凛ちゃんが他の子とすぐに打ち解けて仲良くするとかあり得ないにゃごよね?ー
でもでも、そーだと分かっていても【今や花凛から離れ生活してる】瑠華にしてみれば些か不安だった。恵依の話を聞けば聞くほど焦燥感が募る自分がいたのだ。
瑠華:ーそれにしても……なんで十家の娘(恵依)が一緒の家に住んでメイドみたいなことやってるにゃご?そんなことしたって【あたしの花凛ちゃん】は絶対に揺らがないにゃごよ?ー
瑠華の母の花桂は【おおらかな】花京と違って娘の教育や躾に厳しかった。そこで瑠華は【僅かな自由】を得るために【母の敷いたレールを+(プラス)α(アルファ)して】きっちりこなし。それを材料にして学校の長期の休みに遠宮家への泊まりを許可してもらう。もちろん、そこまでやるのには【花凛に会いたい】という理由が第1だが……専属メイドの瑠依子や恵依に対して【圧倒的な差】を見せつけてやるという狙いもあった。
瀬尾本家の次期跡取りにして花凛のいちばん近い従姉妹でかつ、赤ちゃんの時から同じ家で一緒に育ってきた……瑠華のそのアドバンテージは確かに恵依や瑠依子を圧倒したが……。
1‐96:
瑠華は、遠宮家に泊まるたびに花凛がトレーニングに打ち込む真剣な姿や瑠依子や恵依の【花凛に対する献身的な奉仕ぶり】を目の当たりにして、『あたしだけ、こんなんじゃダメにゃご!』と思うよーになっていった。そして、小学5年のある日、母の花桂に『次期跡取りとして相応しい人間になりたいから黒御門家に修行に出させてほしいにゃご!』と切り出したのだ。つか、母の花桂は最初っから【瑠華の日ごろの頑張りぶりは花凛に会いたいがため】ってことを見抜いてたから、娘の瑠華の申し出をアッサリ承諾。こーして瑠華は高校入学まで黒御門の本家で【専属メイドのタマゴたち】と一緒にみっちり修行を積む日々を送るのだった。この時、瑠華は瑠依子の妹の瑠美と出会い、後日【専属メイド】に娶るのである。
瑠華の黒御門本家のトレーニングだが……瀬尾本家の御当主様からの要望で【遠宮家での花凛と同等のカリキュラム】をこなすこととなった。今まで【お嬢様業一筋】だった瑠華にしてみたら、肉体強化重視のそれは【拷問にも近い所業】だったが……花凛に想いを馳せつつ、泣き言ひとつ吐かずに踏ん張ったのだった。
そんな最中、恵依が花凛の【お側つき】に正式に認められたことを知った瑠華だったが……。
瑠華:さすがはあたしの宿敵にゃご!上手いこと、あたしの花凛ちゃんを誑し込んでくれたにゃごね?
1‐97:
これまでの瑠華だったら、この事態に想像以上に動揺して狼狽えてたと思うが……。今の瑠華はメンタル的にも強くなり、これまで以上に【やる気】を出してトレーニングに励んだという。
瑠華:恵依ちゃん、今のうちに花凛ちゃんとの【蜜月】を謳歌しとくにゃごよ?あたしは近いうちに絶対、花凛ちゃんを奪い返しに行くにゃごから!
そんな瑠華のポテンシャルの仕上がり具合は、瑠依子や瑠美の母親で黒御門の本家で一族の子女たちを預かる指南役の花乃をも唸らせるほどだった。
花乃:今の瑠華ちゃんはまるで若かりし時の花京様や花成様、あたくしの妹の花静、遠宮家の紗織様を思い返させるほどであります!
そんな【折り紙付き】の瑠華でも、瀬尾本家のSP相手に逃亡劇を繰り広げるにはまだまだ未熟だった。
花乃:そりゃ、そーですよ。本家のSPはウチの黒御門や第2瀬尾家で鍛え上げられた中でも【選りすぐられた精鋭中の精鋭】が務めてるのですから。【世界にも通用する日本最強のトップシークレットサービス】と言っても過言ではありません。
そこで瑠華は考えた。『どーすればSPの動きを封じることができるのか?』ってことを。そんな経路から逃亡劇をシュミレーションした時に【導き出した手段】が本家のセキュリティーシステムをクラッキングすることだったのである。
1‐98:
ただ……瑠華はプログラムやネットについて、あんまり詳しくはなかった。そこで、ネットやプログラムにも詳しい花恵に相談を持ちかけたのである。
相談を受けた花恵だが……大して考えることなく瑠華に協力することをアッサリ約束する。その背景には、自宅警備員を卒業するには【今日までの失われた時間を取り戻す必要がある】と思えたからだ。なので、花恵は瑠華に対し協力する代わりに【約束事をひとつ】取り付ける。
花恵:あたしも一緒に花凛のトコへ逃げてもよいかな?花凛に続いて瑠華までもあたしの前から居なくなってしまうなんて……そんな【お先真っ暗な未来】はあたし的に受け入れられないのだよ。【失う悲しみ】をまた噛みしめるのはもう御免なのだ。
瑠華は花恵の胸のうちをずいぶん前から暗に分かってたはずなのだが……でも自分のことをどーにかすることで精いっぱいで、花恵のことまで構ってやれる余裕が正直なかった。花恵もまた、瑠華がそーだろうと暗に分かってたがために胸のうちを明かそうとはせず、ひとり、その機会を虎視眈々(こしたんたん)と窺ってたのである。
瑠華から相談を受けた花恵は【ある程度以上の準備を】すでに整えてた。
花恵:ーあたしや瑠華が花凛のもとに行くには……【十家の娘が正式に花凛のお側つきになった】という前例を生かす必要があるなー
花恵の手元には自宅のデータバンクから勝手に漁ってコピーした瀬尾本家の全フロアの間取り図からセキュリティープログラムまでの一式のデータが揃ってはいるのだが……。花恵はそれを敢えて使わず【瑠華の脱出をより確実にする手段】を講じることにした。
1‐99:
花恵:母上、お話があります!
そう思い立った花恵はさっそく母‐【花盛】の部屋を訪れた。長らく自宅警備員をやってる花恵は1日の大半以上を自室で過ごし、トイレと風呂と食事の時以外は家族と顔を会わせることがなかったから、母の花盛にしてみれば娘が部屋を訪ねてきたことにまずビックリした。
花盛:花恵ちゃん、どーしたのですかー?
【おっとりとした雰囲気】と【間延びしたスローな喋り口調の】花恵の母‐花盛は、向かってたノートPCの画面を閉じて、腰をかけてた仕事用のデスクから花恵のもとに急ぎ駆け寄ってきた。
花恵:母上にちょっと相談したいことが……。
花恵もまた花凛や瑠華と同じ【一人っ子】だったが……二人とは違い、母の花盛にとにかく溺愛され、甘やかされて育ってきた。
花恵:母上、あたくしはさっき瑠華から相談を受けました。瀬尾の家を出て遠宮家の花凛のもとで一緒に生活したいから手を貸してくれ、と。
なので、娘の花恵は母の花盛をとにかく信用してる。瑠華との話の一部始終を打ち明けた花恵はさらに言葉を続けた。
花恵:そこで、あたくしも考えました。もし、瑠華が花凛のもとで一緒に生活することが叶うのなら、あたくしもそれに便乗し【少しだけ母上のもとを離れ、次期当主としての器量を花凛のもとで磨いてみよう】と思います。いつまでも母上の保護のもとで甘えていては【亡きおばあ様の後継者】は務まりませぬので……。
1‐100:
それを聞いて花盛は歓喜のあまり娘の花恵をギュッと抱きしめ、嬉し泣きしながら頬擦りをする。
花恵:ちょっ、ちょっと、母上……
花盛:まさか花恵ちゃんが母の知らぬ間に【そんな大人なこと】を考えるよーになってただなんて……。母は嬉しくて、嬉しくて……。
花恵花盛母娘には【こーゆー光景】が意外と多かったりする。母の花盛は娘の花恵がゲーセン主催のゲーム大会で優勝したって【こんな有り様】で、【一人娘の成長】が誰よりも嬉しいのである。
そのあと、花恵は母の花盛が落ち着いたところを見計らって、あらためて瑠華の話をする。花盛は娘の花恵に終始ニコニコしながら相槌打ったりして、最後まで黙って話を聞く。
花盛:花恵ちゃん、このことは母に一任させてください。また下手に脱走劇などを実行して失敗すれば、瑠華ちゃんへの監視の目がますますキツくなってしまいますから。
花恵:分かりました、母上。未熟者のあたくしや瑠華がやるよりは母上に任せた方が手堅いでしょーから。
そう言って花恵は母に律儀にお辞儀をして部屋を出た。娘に対し最後まで笑顔を絶やさなかった花盛は、花恵が自室に戻ったであろう頃合いを見計らったのち、さっきまでの【おっとりとした母】から【冷酷な隠密】へと顔つきをガラリと変えていく。
1‐101:
花盛:本家の【あの御方】にまた御伺いを立てねばならないな……。
そう独り言を呟いた花盛はデスクの引き出しからタバコを取り出し一服つける。
ふぅー……。
そして、ゆっくりと吐いたタバコの煙が天井に立ち上るのを見つめながら【消したくても消せない昔のこと】を思い返してた。
花英:ほうー……。千年に一度、出るか出ないかと言われる【瀬尾の巫女】があたしの孫娘を【瀬尾を滅ぼす淫猥の娘】といって殺してこいとお前に言ってきたか……。
【花英】とは瀬尾本家の現当主で、花桂や花京の母でもあり、花凛や瑠華の祖母でもある。そして、花英の言ってる【瀬尾の巫女】とは花盛の母であり、花恵の祖母であり、そして【第2瀬尾家】の当主の【花芳】を指してる。
当時、椎名家主導の体制に反旗を翻した遠宮の一党の対応に追われて多忙だった花英だったが、花芳の娘がどうしても会って相談したいことがあるというので急遽、時間を設けて相談に応じたのである。
花英:フッ……。
瀬尾本家の応接間で花盛と相対した花英は話を聞き終えたあと、紙巻きタバコに火をつけて煙を燻らせながら鼻で笑った。
花英:そんな程度で滅ぶ一族なら……いっそのこと滅んでしまえばいい。
1‐102:
花盛:……えっ!?い、今、何と!?
花盛は耳を疑った。瀬尾一族を統べる長らしからぬ発言だと思ったからだ。目を丸くしてる花盛に花英の冷たい口は同じことを淡々と述べる。
花英:だから……娘一人の色香に憑かれて滅ぶ一族ならばサッサと滅んでしまえばいいと言ったんだよ。
花盛:…………。
母の花芳とはまったく考えの違う花英に花盛は対処に戸惑った。いや、正確には……亡き祖母で前当主の【花範】と相対してるかのよーに思えてならなかったのだ。
花英:あたしはね、【己の一生は泣いても笑っても己自身のものだから己が好きなようにすればいい】と思っている。瀬尾の女だろーと世俗の女だろーと【ひとの一生は皆同じ】だろ?色恋に溺れて耽って生きるも善し、やりたいことをやって生きるも善し、あたしのよーに家を継ぐのも善し。人生とは【絶えず挑戦と失敗の連続】だからな。
花盛:…………。
一人娘の花盛は母の敷いたレールの上を脇見もせずに今日まで歩んできた。そこには当然【第2瀬尾家の次期当主】という自負もあった。だが……花英の言葉を聞いてて花盛は『自身は第2瀬尾家の当主になりたいと渇望するよーな強い衝動に駆られたことが今まであったか?』と胸の中で問い質す。
1‐103:
花盛:あたくしは……おばあ様のよーな【怖い人間】にはなりなくなかった……。
花盛にとって祖母の花範はそーゆー印象で……自分の敷いたレールの上を往かせるのを強要した母の花芳のことも正直、あまり好きではなかった。
花盛は花英ともっと色々と話がしたいと思ったのだが……途中、応接間に側近が花英を呼びに来てしまう。花英はその声に応えて『あまり時間を取れなくてすまない』と、花盛に頭を深々と下げて詫びたのちスッと席を立つ。
花英:『孫娘の花凛のことはお前に一任するよ。【瀬尾の巫女】の御告げどーり花凛を殺したとしてもあたしはお前を恨んだりはしない。その時は【お前が瀬尾の隠密としての務めを忠実に果たした】のだと了解するだろう』
花盛:…………。
花英に花凛の件を一任されてしまった花盛はさらに戸惑った。花盛的には花英の方から言って母を止めてもらいたかったのだ。
花盛:あたくしの人生だから……あたくしが決めればいい、か……。
花盛は母に『花凛様暗殺は【母上が命を下した】ことを本家側に気取られないためにも用意周到かつ確実に遂行せねばなりません』と言って猶予を稼ぎ。その間、護衛に代わって自らが花恵の幼稚園の送迎を兼ねて本家の花凛と瑠華も一緒に送迎し【自分なりに花凛を見定める】ことにした。
1‐104:
その時、花盛は瑠華や花恵の花凛への異常なまでの懐きように危惧したが……。でも、【母としての花盛】は花凛が花恵にとって【終生の友】になってくれるかもしれないと切に願ったのだ。
花盛:だが……【瀬尾の巫女としての】母上の手前もある。【誰よりも巫女に忠実な隠密】が手のひらを返して御告げを遂行しなかったとあれば……周りは動揺し【母上の当主としての器量】を疑うだろう。それだけは絶対に避けねばならない。
そーして花盛は肚を決める。花凛暗殺を遂行する前、花英に直筆の手紙を送った。
花盛:御当主様、先日の件でありますが……当家には当家の事情もあり【不本意ながら遂行する】ことに決めました。その旨、先ず御報告申し上げます。つきましては後日、【そのことがあたくしの仕業であった】ことを明らかにし、この身を裁いてくれますよう切に御頼み申します。
実は、花盛は祖母の花範に【若年ながら当家最強の隠密】と言わしめたほどの手練れの者だった。
そんな花盛は手紙を送った後、花英が孫娘たちの護衛を強化すると踏んでたのだが【いつもどーり】で、花盛は直前になってまた戸惑ったのだが……。でも、肚に決めたことを【誰ひとり殺めることなく】確実に冷静に遂行する。
1‐105:
母の花芳は娘の花盛が三度、花凛の暗殺に失敗したことに……いや、【手心をくわえてわざと殺さなかった】ことに声を震わせて激怒した。
花芳:お前が失敗するわけがないこと……この母が見抜けぬとでも思うたか、この痴れ者がっ!!
でも、花盛も負けじとやり返す。
花盛:残念ながら母上……此度だけは素直に言うことを聞くわけにはいきませんでした。花凛様は花恵にとって【とっても大切な友】です。それを母のあたくしが花恵から奪うわけにはいきません。
花芳:お、お前は……瀬尾一族の繁栄より【腹を痛めて生んだ娘】を選ぶのかっ!?
花盛:はい、母上。【母上の道具として育った】あたくしと同じ【寂しく孤独な思い】を娘の花恵にさせたくはないので。
花芳:こ、この……親不孝者めがっ!!
花盛:あたくしは親不孝者で結構です。もし、母上の言葉どーりの未来がやってきて瀬尾の家が滅んだとしても、あたくしは花恵とひっそりと生きていきます。正直、【瀬尾一族の未来だの繁栄だの】どーでもいい。滅びゆくものは滅びゆく運命だったというだけです。
花芳:お、お前……。
このやりとりの最中、花芳はパタリと意識を失い倒れ救急搬送される。脳溢血だった。緊急で手術が行われ一命は取り止めたものの障害が残り、当主としての務めを遂行できなくなる。後日、本家の花英が花芳の意向で【第2瀬尾家の当主を兼任】したが、花芳亡きあとはそれを花盛に譲った。
1‐106:
花英:それが【今は亡き旧友】の遺言なのでな……。
術後の花芳は瀬尾の一族が運営する医療法人系列の特養老人施設でリハビリを兼ねながら余生を過ごしたのだが……一人娘の花盛が見舞いに行ってもすべて面会を断っていた。花盛は花凛暗殺の一件が【いつまでも尾を引いてる】と思い、母の花芳はそのことをずっと根に持ってて死ぬまで自分を許してくれないだろうと思い込み、母との関係修復を諦めていた。現に花盛は母の危篤の連絡を受けておらず……息を引き取ったのちに死に際に立ち合った花英から連絡を受ける始末だった。
花英:なあ、花盛……お前は花芳について【ひどく誤解してる】よーに見えるが……。花芳もまた【瀬尾の隠密のひとり】であり【裁きの執行人】でもあったからな……あれはあれで人知れず【己の犯した罪】にずっと苛まれていたのだよ。
花英との二回目の面会は瀬尾コンツェルンの花英の執務室だった。花盛は花英から【第2瀬尾家の当主代理】を正式に譲り受けるための書類にサインすべく訪れたのだ。
花英:だからな、お前の言うことも痛いほどに分かっていたのだよ。花芳だって【自分の腹を痛めて生んだ愛娘を隠密にしたくなくて】先代の花範様に散々、噛みついてたのだからな。
花英は前回の時と同様、タバコに火をつけ煙を燻らせながら話してる。
1‐107:
でも今回は花盛も一緒にタバコに火をつけ煙を燻らせていた。花英から見た花盛のその様は若かりし日の先代の花範を見てるよーで……思わず昔のことを思い返してしまう。
花英:ところで……花盛は花芳の【瀬尾の巫女】の力を信じてたか?
花英は昔のことを思い返したついでに花盛に問いてみた。聞かれた花盛は正直なところ【神通力にも似た瀬尾の巫女の力】などという非科学的なものなどまったく信じておらず、【思考回路が歪みきって修復不可能な母の世迷い言】ぐらいにしか思ってなかったのだ。
花盛が面白みのない顔で『いえ、まったく』と答えると、花英はその顔が可笑しくて吹き出しながら言葉を注いだ。
花英:お前はこれから先も信じないとは思うが……あたしは花芳の【千里眼】は本物だったと思うんだよ。
それを聞いた花盛は『それは意外な』って表情をする。花英はそんな花盛に花芳の【千里眼】に纏わる昔話を幾つか聞かせた。
花英:それと、孫娘の花凛の件だが……もしかしたら、花芳の【千里眼】は的を得ておったのかも知れんな。お前が【生かしてくれた】おかげで花凛は生を得たが……。その花凛が清衛門殿の許へ越すや、さっそく相川の家の娘が花凛に惚れ込んで勝手に住み着いて【メイドみたいなことをやって世話をしてる】のだそーな。
1‐108:
花盛:…………。
花英:だもの、今は大人しくしてる瑠華もそのうち痺れを切らせて『あたしも遠宮家で花凛と一緒に住みたい!』と頼み込んでくるだろう。その時はどーだろ、【お前のところの花恵も一緒に花凛のもとに住まわせて】は?
花英からの【思わぬ提案】に花盛はビックリさせられる。
花英:花恵は長らく自宅に引きこもったままなのだろ?そんな花恵を変えるには【環境を変える】のもひとつの手だと思うのだが……。
でも、この時の花英からの提案を花盛はスッパリと断ってしまう。花恵の意見も聞かず親がしゃしゃり出て勝手に取り決めてしまうのは嫌だったのだ。
花英:そーか……。
でも、花英は【蜘蛛の糸】を一本、残しておいてくれた。
花英:もし、花恵の気が変わったなら、その時はあたしに直接言ってくれ。すぐに花京に言って仔細取り計らうから。
花英が花盛の娘の花恵のことを気にかけてくれたのもまた、花芳が花英に託した遺言のひとつであった。
花芳:昔、花盛が言うておった……『あの娘(花凛)は花恵の大切な友』なのだと。花恵がもし、今でもそう思うておるのなら、あたしの代わりに叶えてやってはくれないだろうか?【こんな身になってしまった】今のあたしには花英がいてくれるように……孫娘にはあの娘(花凛)が花英のよーな存在であってほしいと願うのだ。
結局、花芳は花英に娘の花盛と孫娘の花恵のことばかりを託し、自身の要望は何ひとつ言わないまま病床で息を引き取った。
1‐109:
花盛はそんな過去を振り返りながら花英にアポイントを取る。
花英:『久しいな、花盛?』
専属メイドの【花菊】に電話をつないでもらった花盛は、さっそく花恵から聞いた話を花英に伝える。
花英:『相分かった。だが……』
花英はコンツェルンの仕事が忙しく、代わりにこれから日本に戻ってくる花京と瑠華の母の花桂と協議して対応を決めるよーにと花盛に伝える。
花英:『お前は花京とは【見知った仲】であろう?花京なら良きよう取り計らってくれるだろう』
そーして後日、日本に戻ってきたばかりの花京がさっそく第2瀬尾家の本宅を訪ねてきた。
花京:『お久しぶりであります、花盛様』
花盛にしてみたら【いつもと変わらぬ】花京であったが……花盛と一緒に出迎えた花恵はまず花京のヴィジュアルにビックリした。
花恵:『花京叔母さんて、ゴスロリが趣味だったの!?』
過去に何度か本宅を訪れてる花京をよく見知ってる花恵だったが……いつもの黒スーツのパンツ姿じゃなくて……黒を基調として白のレースをふんだんにあしらったドレスにシフォンブラウス、ドレスに合わせたヘッドドレス、黒レースのストッキングに黒エナメルのパンプス、そして何より金髪に染めた長いゆる巻き髪とピンクのチークまであしらったメイクに度肝を抜かされた。
滅多に外出することのない花恵は、いつもの部屋着のジャージ姿でノーメイクのボサボサ頭だったが、そんな花京の姿を思わず自分のだらしなさが恥ずかしくなって、小さい体を母の花盛の後ろに隠してしまった。
1‐110:
花京はそんな花恵を可愛らしいと思い、にこり微笑んで質問に答えた。
花京:『ゴスロリはあたしの趣味ではなくて……あたしのメイドの花静の趣味なのであります』
花京の口から花静の名前が出て……花盛は『おや?』と思った。いつもなら【花京と行動を共にしてる】花静が今日に限って花京の傍らにいないのである。
花京:『ああ、花静でありますか?彼女は今、黒御門の本家に行ってるのであります』
花盛:『御実家に?』
花京:『ええ、【妹】たちの様子を見に』
それを聞いて花盛はまたもや『おや?』と首を傾げた。なぜなら、花静は黒御門家の本家の娘ではあるが……後妻の【花桜=花英の姉】との子で【姉妹のなかでは末っ子にあたる】からだ。
花京:『【妹】と言っても実の妹ではないのであります。瀬尾のメイドたちは、自分より先輩のメイドたちを【姉】、後輩のメイドたちを【妹】と呼んで【血のつながりの有無に関係なく面倒を見る】のが古来からの伝統なのであります』
花盛:『ああ、なるほど……そーゆーことですか』
第2瀬尾家の息女もまた【メイドを娶る】権利があるのだが……祖母の花範も母の花芳もメイドを娶らなかったために花盛もまたメイドを娶らなかった。なので、メイド独特の慣習や伝統について疎かったのである。もちろん、その娘の花恵だってまったく知らない。
1‐111:
そんな話を聞いてて……花恵は幼少期の花凛との日々を思い出した。
花恵:『そーいえば、花京叔母さん。花凛は今でもあたしのこと、憶えててくれてるかな?瑠華のことは瀬尾の家で一緒に住んでたし、ちょくちょく遠宮の家にも遊びに行ってたみたいだから憶えてるんだとは思うけど……』
と同時に、花凛が長らく顔を合わせてない自分のことを忘れてしまってるのかも?って不安にもなった。
花京:『きっと憶えてると思うのであります。【妹のよーに】よく面倒を見ていた花恵ちゃんのこと、花凛ちゃんは忘れたりはしないのでありますよ』
花恵:『そーか……そーだといいなぁ……』
花京:『ええ、きっとそーであります』
世間話のキリが良いところだと判断した花京は花盛に【本題】を切り出す。【本題】とはもちろん、瑠華と花恵が花凛のもとで一緒に生活することについてだ。
花盛:『では、詳しい話はお茶でも飲みながらしましょうか?』
そう言って花盛は花京を【質素な】応接間に通した。
花京:『これはまた……風情な……』
花京は【足を踏み入れるのが初めての】第2瀬尾家の本宅の応接間と、そこから広がる見事な和風の庭園に思わず感嘆する。
花盛:『ウチは代々、【こーゆー御寺さんみたい古臭いの】を好む癖がありまして……。あたしもこの年になってよーやく【これの良さ】が少しずつ分かってくるよーになりましたよ』
1‐112:
第2瀬尾家は西洋建築の鹿鳴館や赤坂迎賓館みたいな瀬尾本家の邸宅とはまったく趣の違う、京都南禅寺にも似た【荘厳な純和風造りの邸宅と庭園】だった。
花京:『こんな立派な庭が一望できる応接間に通されて……【それに似つかわしくないお恥ずかしい相談】を花盛様にせねばならないのでありますが……』
花盛:『花京さんの……恥ずかしい相談……ですか?』
【瀬尾の隠密の御頭】として花京とは共に【御勤め】をしたこともあれば【隠密としての御勤め】を依頼したこともある花盛は少なからず遠宮花京という人物の【人となり】を知っている。そんな花京が自分に相談事とは何事だろーか?と、考えてみても思い当たる節が想像つかない花盛は不思議そうな表情を花京に向けた。
花京:『はい……。今回の件について母様(花英)はもちろん承諾してるのでありますが……。問題は姉様(花桂)の方でありまして……』
花盛:『花桂様が……如何なされましたか?』
当主である花英から話を聞いた瑠華の母‐花桂は、娘の瑠華が本家を離れて花凛のもとで共同生活するのには同意したものの……花恵のそれについては難色を示してるのだ。
花桂:ダメです!花恵ちゃんは第2瀬尾家の、【裁きの執行人】の正式な跡取り娘です。【仕事そっちのけで】実の娘の花凛ちゃんですら面倒も見れない花京に大事な跡取り娘を預けるなど……あたしは断じて認めません!
1‐113:
姉‐花桂のそんな言い分を花京の口から聞いた花盛は『そんな御大層な娘ではないのに……』と言って苦笑いを浮かべる。
花盛:『あたしに相談とは……姉上の花桂様を説得してくれってことですか?』
そして、察しのよい花盛は花京にそう問うと……『まったくもって、そのとーりなのであります』と答えて。普段では狼狽える様など微塵も見せない淡々(たんたん)としてる花京が気恥ずかしそうに顔を赤くしながら小さく頷き答えた。
花恵と同じく一人娘の花盛は、こーゆー時、姉妹がいることがとても羨ましく思いながら、花京の相談を引き受けた。
後日、花京は花盛を伴って瀬尾本家の応接間で花桂と話し合う。花盛とは面識程度であまり話す機会が今までなかった花桂は、花盛の寛容な人柄と首尾万端な根回しに感服して【花恵の遠宮家での共同生活】を渋々ながら認める。花盛は花京から相談を受けたのち、すぐ当主の花英に電話で事情を説明し、『花京を瀬尾家の一切の御勤めから外し、遠宮家で預かってる瀬尾の息女たちの御守り役に専念してもらう』ことを取り決めたのだ。花京は花盛の【電光石火の根回し】にあらためて【最強の隠密の凄さ】を思い知らされた。
1‐114:
花盛:『幸い、遠宮の本家には先代の清衛門殿が子弟たちを預かり養成してた設備の一切が残ってます。したがってそれらを生かして、花京さんにはこれまでの経験や実績、知識、スキルを【これからは師範として生かしてもらい】、瀬尾の息女たちを養成してもらうのは如何かと。そーすれば、ウチの花恵も【遠宮で1、2を争う凄腕のスパイの】花京さんに指南をつけて頂けますから……【隠密の御頭】としてのあたしも、遠宮の家に預けることに何の憂慮もございません』
だが……【瀬尾の傑女】と呼ばれる花桂は一筋縄ではいかなかった。
花桂:『ウチの花京が瀬尾の息女たちの師範代にですか……ふーん。ならば、さっそく【師範代としての腕前】をあたしに披露してください。それが叶ったら、すべてを呑んで、以降、何も文句は言いません』
花桂は『通常警備の瀬尾の本邸から瑠華を脱出させ、花恵とともに遠宮本家にたどり着かせよ』というミッションを花京と花盛に課した。
花桂:『それと……これを遂行するための条件をいくつか設けます。それをひとつでも破ったら、その時点でミッションは失敗。瑠華と花恵ちゃんの花凛ちゃんのトコでの共同生活話はチャラです』
花桂が出した条件は……1.屋敷の設備および本邸のセキュリティーシステムのハッキングおよびクラッキングの禁止、2.屋敷で働く従業員およびSPに危害を加えてはいけない、3.爆発物や銃火器、刀剣を一切使ってはいけない、4.本家の非常用脱出経路を使って脱出してはいけない、の4つだった。
1‐115:
花桂:『最後に……花京と花盛さんは瑠華と花恵ちゃんが遠宮本家にたどり着くまでの間、直接的な手助けしてはいけません』
花京:『なっ……!?そ、それは……いくら何でも無理であります、姉様!』
花桂から条件を提示された時、花京は逃走の手筈を整えたのち、花盛と二人で本邸へ侵入して瑠華を脱出させよーと考えていたが……。花京と花盛のスペックを十分承知してる花桂はそれを封じる一手を打ち込んできた。でも……明らかに動揺を隠せないでいる花京に対し、花盛は【いつものおっとりとした】面持ちのままだった。
花盛:『分かりました。要は瑠華様と花恵の二人が自力で遠宮本家まで逃げ切るまでの間、あたしたちは間接的な援護ならしても構わない、ということですね?』
そして花盛は冷静に花桂に確認を取っていく。
花桂:『ええ、花盛様。【直接的に逃亡の援助をしなければ】、許される範囲内での間接的な援助はいくらなさっても構いません』
花盛:『了解しました。では……準備が整って瑠華様と花恵を遠宮本家に逃す日時が決まったら、あらためて花桂に御連絡を差し上げます』
この時点で花盛は、成功したにせよ失敗したにせよ【瑠華と花恵の身柄の保護】を第1に考えていた。成功した場合は花京に、失敗した場合は瀬尾本家のSPに……どっちに転んでも【身柄の確実な保護】をしてもらわねばならないのだ。
1‐116:
花桂との話し合いを終えて本家を出た花京と花盛は第2瀬尾家の本邸に戻って打ち合わせを始める。打ち合わせと言っても……花盛の頭の中には【すでに瑠華とメイドの瑠美を本家から脱出させるための素案】がある程度、出来上がってたのである。花盛は瀬尾本家の外に出るまでの間、瀬尾本家の本邸の間取りやSPの配置や人数、防犯カメラの設置位置、配電盤の有無や敷地内の建物の配置を自身の目で確認しながら逃走経路を組み立ててたのである。
花盛:『花京さんは瀬尾本家に出入りする業者と出入りする場所、敷地内に出入りする時間、営業車を駐車する場所、作業をする場所を調べてください。それが済んだら花静を連れて遠宮の本家に戻って瑠華ちゃんと花恵が着く連絡が行くのを待っててください』
指示だけを聞かされた花京は【それだけでは】まったくもって瑠華が逃走するためのプランが見えて来ず……花盛にいったいどーゆープランなのかと尋ねた。すると花盛はニヤリと不敵な笑みを浮かべて花京に答えた。
花盛:『今回は瑠華様とそのメイドの瑠美が【主役】なんです。間接的な援助しかできないあたしたちは彼女たちが確実に逃走できるよーにツールを用意することしかできないのです。したがって……彼女たちには【一番に頑張ってもらわねば】ならないのです』
そう言って花盛は頭の中の逃走プランを説明した。花盛は【最短の経路と最短の時間で逃走する】のが最善であると花京に言う。
1‐117.
花盛:『ただ……問題なのは敷地内に配置されているSPと防犯カメラなのです。これをどーにかするのがいちばんの難題なのですが……』
花京:『確かに……。瑠華ちゃんは黒御門の本家でトレーニングを積んだ身ではありますし、メイドの瑠美も瑠依子の妹ではありますが……。どちらも本家のSPを相手に五分で戦えるほどのスキルを修得してるとは思えないのであります』
花盛:『なので……彼女たちにはせめて護衛のSPぐらいはどーにかしてもらわなくては……』
花京:『でも……敷地内に配置されてるSPはどーするのでありますか?』
花盛:『どーにか【他に注意を向けさせる】必要がありますね……』
花京:『そーなると……瑠華ちゃんたち以外にも【人数が必要】でことでありますね?』
花盛:『ええ、そーです。それと、地下の管理室ではカメラの映像を逐一チェックしてますから……そちらの注意も他に向ける必要があります』
花京:『うーん……。こっちはかなりの難題なのであります』
花盛:『ええ。逃走経路に使うエリア付近に設置してあるカメラの電源を落とせるなり、レンズを塞げるなりできれば……脱出できる確率はグッと上がるのですが……』
二人にとって火器、銃刀の使用禁止という縛りはかなりハードルの高いものだった。オマケにそれを実践するのが自分たちでなく瑠華と瑠美なので……その難易度もまた想像以上だった。
1‐118:
花盛:『瑠華様とメイドの瑠美が敷地の外に出てしまえば、さすがのSPも二人を確保するのが困難になってきます。瀬尾本家が建ってるのは都内の中心部……行き交う人と付近を通行する車が追撃の障害となってくれます。そーすれば、あとは二人がどーにか群馬の遠宮本家までたどり着き、そこで待つ花京さんがSPより早く保護してくれれば……このミッションは成功です』
花盛は【瑠華と瑠美が瀬尾本家から外に出るまでが山場】だと踏み、遠宮本家に先回りして二人を確保しようと周辺を張り込むSPの目をかいくぐって敷地内に潜り込ませる【肝心要の詰め】を花京と花静にやってもらう腹づもりだった。
花盛:『遠宮本家については、あたしより花京さんの方が詳しいと思います。幸い、今の遠宮本家は亡き清衛門殿が設計した【難攻不落のカラクリ屋敷】です。瀬尾の関係者では知り得ない【隠し通用門なり、本家までつながってる地下道なり】がいくつも存在してるかと思います。遠宮本家周辺で待ち伏せるSPたちは【いかにも通用門】ってところに的を絞って張り込むでしょうから……そんな彼らの思惑を欺き、二人をそれらに誘導して屋敷内に引き入れるのが良策でありましょう』
花盛の話を聞いて、花京はだいたいのプランの骨子を読み取った。
1‐119:
花京:『と、なると……問題は【二人が瀬尾本家の外に出るまで】ってことになるのでありますね?』
花盛:『ええ。出入りする業者の車を偽装して敷地内に侵入して二人を乗せて出るというプランも考えましたが……業者の出入りの頻度や時間帯が分からないと手の打ちようがありません。それに、あたしと花京さんは【直接的な手助け】をしてはならないので……仮にこれを実行する場合、【これを確実に遂行できる】人物に頼まねばなりません。でも、これをあたしの部下や花静を使えば、花桂さんは【直接的な手助けをした】と見なすかも知れません。ですから、ここは【信用するに足りる地下の人材】に頼んで遂行しましょう』
花京は『なるほど』と、一旦は頷いて納得してみるものの……暫くしてそれを却下した。瀬尾本家の防犯システムはカメラで捉えた人物の【顔認証】ができるからだ。よく出入りする業者ならば尚のこと、システムに顔写真を登録してることだろう。
花盛:『それは困りましたね……』
でも、この時……花京は顔認証を逆手に取る案を思いついた。
花京:『ここは瑠華ちゃんの御学友にも協力してもらうのであります。そーすれば、システムに登録されていなくても怪しまれないのであります』
花盛:『確かにそーですが……。でも、瑠華様の御学友がこの件に協力してくれるでしょーか?』
1‐120.
花京:『大丈夫なのであります。瑠華ちゃんの友達はおそらく【ほとんどが瀬尾の一族の息女】なのであります』
でも……花盛は【今回の件に関係のない人間を巻き込む】のに難色を示した。
花盛:『【瀬尾の一族の息女】を今回のミッションに巻き込むのは後々、問題になると思います。ここはやはり……』
そう言って花盛は花京に再考を促す。
花京:『で、ありますが……』
そんな時、花京の脳裏にふと父親の顔が思い浮かんだ。
花京:『そーであります!今回のミッションを確実に遂行でき……そして、瑠華ちゃんが信用できる人物……父様がいたのであります!』
花盛は花京の言葉に驚いた。まさか、齢70に近い自分の父親を巻き込もうなど……まったく想像もしてなかったのだ。
花盛:『花京さんの父上って……さっき、本家の正面門で【守衛】みたいな格好をしていた、あの……』
【女系継承】の瀬尾家において男子の存在とは基本、影が薄いものであった。花京や花桂の父で花英の夫である【正義】もまた例外ではなかった。瀬尾コンツェルンの総帥として瀬尾本家の当主として多忙な日々を送る妻の花英とは対照的に、夫の正義は【あまり表舞台には出ることなく】普段は娘たちの面倒を見てたり、屋敷の管理をしてたり、はたまた趣味に明け暮れてたり、守衛の格好をして門番をしてたりと……存外、のんびりとした日々を過ごしてた。
1‐121:
ただ……正義は【並の人物】ではなかった。瀬尾本家の現当主で妻の花英に『夫の正義は漢朝の韓進や陳平のごとき智謀の人』であり、『瀬尾本家当主であり【ひとりの女でもある】あたしが最も信頼に足る稀代の名参謀であり、惚れ込むほどの懐の大きい漢である』と言わしめたほどである。そんな正義は見た目は背のちっちゃい中肉中背のオジサンだが……大黒様のよーな親しみやすい丸い顔と温厚で朗らかなキャラクターで、娘や孫たちはもちろん屋敷の使用人たちにも大層好かれていた。
花京:『花盛様、ちょっと時間を頂けないでありますか?今から実家に戻って父様に今回の件を協力してくれるよう頼んでみるのであります』
【思い立ったら吉日】の花京の性格を重々承知してる花盛はそれを許可した。それに……正義ならば【屋敷の事情や敷地内についても精通している】と思われ、【今以上に精度の高い作戦が練れる】と踏んだのだ。花盛は『報告は電話で済ませてくれればいいから、今日は実家でゆるりと過ごすよーに』と伝え、花京を屋敷の外まで見送った。
花盛:『…………』
一人になった花盛は『花恵と一緒に過ごせる時間もあと僅か』だという現実を噛みしめる。そして近い未来、母親である自分から離れて自立してくのだろうと思うと……心なしか少し寂しくなった。
花盛:『親というものは……こーゆー気分も受け止めなければならないのですね……。【大人】とは真に辛い生き物です』
花盛は夕日に染まる庭園の向こう側に母‐花芳の面影を見てた。
1‐122:
一方、花京は愛車のアストンマーチンDB9を駆って、帰宅ラッシュに巻き込まれながら瀬尾本家に戻ってきた。正義が【日頃の活動の拠点としてる】守衛の宿舎は正面門をくぐった近くに建っており。なので、花京はそっちに車を向けて宿舎の駐車場に愛車を停めようと入ってみたものの、色んな車が鮨詰め状態で入ってて駐車できず……。仕方なく宿舎の玄関前に横付けして愛車から颯爽と降り立った。
花京:ーおっ!?この香ばしい臭いとは……焼き鳥でありますね?ー
降り立った花京の鼻孔を辺り一面に立ち込める焼き鳥の臭いが刺激する。そして、宿舎の方では宴会でもやってるかのよーな賑わいの声が外にまで漏れ聞こえてた。
そんな時、瀬尾本家に精肉を納めに来てる【昔から見慣れた丸い顔の、中年の小太りの酔っ払ったオジサン】がアストンマーチンの豪快なエキゾーストに真っ先に気付いたらしく、缶ビールを片手に宿舎の玄関から姿を現した。
肉屋の親父:『おおっ!!やっぱり花京ちゃんじゃないかい!?』
この親父のことを花京は小さい時からよく知っていた。花京の記憶の中では【メンチのオジサン】という名でインプットされており……小さい時の花京は厨房に納品に来てたこの親父にメンチカツをよくもらってた。
花京:『お久しぶりであります、肉屋のおじさん』
1‐123:
酔っ払ったメンチのオジサンは【今日の花京のヴィジュアル】に目をパチクリさせる。
肉屋の親父:『こりゃまた……。今日の格好はフランスの貴婦人みたいじゃないかい!?』
花京:『そーでありますね……。今日のあたしはフランスの貴婦人みたいな格好をしてるのであります』
花京は肉屋の親父に照れくさそうに笑って答えた。
肉屋の親父:『んで、今日は【こんなところ】に足を運んでどーしたんだい?正義さんが焼いてる焼き鳥の臭いに思わず釣られて寄っちゃったんかい?』
花京:『ええ、そんなところなのであります。父様は中にいらっしゃいますか?』
早くして遠宮本家に出てしまった花京だが……幼き日も、花凛を身籠って里帰りした時も、そして産後しばらくして職務に復帰するまでの間も、ここによく足を運んで雑談などに興じてた。花京にしてみたら、ここは【人生で最初に触れた俗世間】であり、また【気兼ねない仲間たちが集ってる憩いの場】でもあった。
肉屋の親父:『花京ちゃんが帰ってきたぞー!!』
メンチのオジサンの案内でさっそく中に入ると……仕事を終えた屋敷の使用人やら、昔から出入りしてる業者の親父たちやら、非番や早番で仕事を終えた守衛たちやら、この周辺を警備してるSPたちまで一緒になって正義が炭火で焼く焼き鳥や大きな鍋で茹であげた枝豆をツマミに缶ビールを開けてワイワイやっていた。
1‐124:
花京にとっては【馴染みのある面々たち】ばかりである。ここ数年は花静を伴っての海外任務ばかりで忙しく過ごしてた花京は、娘の花凛と過ごす時とはまた違う【久方ぶりのアットホームな風景と雰囲気】に思わず心、癒される。
SP:『花京様、お疲れ様です!』
花京の突然の来訪に缶ビールと焼き鳥をテーブルに置いて、大慌てで駆け寄ってきた若い男女のSP二人。
花京:『ここでは【堅苦しい挨拶】は抜きなのでありますよ』
花京は彼らにニコリ微笑み、サラッとかわすと……炭火を入れたコンロの前で【ねじり鉢巻】をして顔中に汗をかいて串に刺した焼き鳥と【にらめっこ】してる父‐正義の前に歩み寄った。
正義:『昼間はどーしたんだ?【勝家】んとこの花盛ちゃんと揃って神妙な顔をして屋敷を出て行ったが……』
大黒様みたいな顔した正義だが……でも、娘の花京を見据える瞳の光はそれとは裏腹に鋭かった。ちなみに、正義の言う【勝家】とは第2瀬尾家の先代当主‐花芳の夫で花盛の父である。
花京:『実は……父様に相談したいことがあるのであります』
察しの鋭い父に花京は回り道は不要だと思った。
正義:『お前の相談事とは……今日の昼間のことか?』
花京:『はい、そーであります』
正義:『その相談事とやら、聞くから言ってみろ?』
1‐125:
花京:『はい。ですが、父様……』
花京は【職務時間外】だと思われる若い男女のSP二人の存在を気にかけて話すのを躊躇った。でも、【察しのいい】正義はそんな花京の胸中をアッサリ見抜く。
正義:『心配する必要はないよ。ここにいる人間は皆、仲間であり、瀬尾の家族も同然の者たちだからの。そこにいる若い二人もまた幼少の頃に親許を離れて第2瀬尾家なり黒御門の家なりで修行を積み、そして今現在、この瀬尾家でSPとして【四の五も言わず】精勤しておる。そんな彼らに対して儂ら瀬尾家の人間が猜疑の目を向けるのは無礼というものだろ?ここでSPとして働く彼らもまた【同じ瀬尾の同族】。だもの、儂らが信を置き、愛情を注がんで何とする?』
花京:『…………』
それが花京の父‐正義がずっと貫いている不文律であった。そのことを花京もまた、身に染みるほど承知してるのだが……。長きに渡って務めてきた【瀬尾家の地下業務】での陰惨な出来事の数々がそれを受け入れるのを拒んでた。
正義:『そう、頑なになるでない。万が一の時は儂が何とかするから』
花京は父‐正義にそう言われてしまうと……それ以上は反論できなかった。かつて一度、【無理難題】を父に何とかしてもらったことがある花京は父‐正義を信じて今日の出来事を皆の前で打ち明けた。
1‐126:
勝家:『そりゃーまた……難しい問題を出されたもんだのー……』
最新のセキュリティーシステムと精鋭のSPたちを配した厳重な瀬尾本家の屋敷から瑠華を脱出させ、花恵と一緒に遠宮本家までたどり着かせる……オマケに花京と花盛は直接的な手助けができない……聞いた誰もが眉間にシワを寄せて思わず唸った。
正義:『おお、そーか!花京、お前もよーやく【スパイごっこ】をやめて落ち着く気になったか!これで心配事がひとつ減ったわい!』
そんな中、正義だけが焦点のズレたことを言って一人、喜んでた。
正義:『これで遠宮本家に住んでる花凛も寂しい思いをせんで済むだろ。清衛門殿も亡くなってしまったしな……。あの【だだっ広い忍者屋敷】に子供たちだけで生活させるのは些か心配だったんだよ』
花京は父が妙案をさっそく思いついてくれたのかと思って期待したのだが……少々、拍子抜けだった。
正義:『そうそう、【三人寄らば文殊の知恵】と昔から言うだろ?ここはひとつ、若いSPの向井くんと皐月ちゃんにひとつ、【攻略のアドバイス】をしてもらうとするかな?』
花京:『……えっ!?』
花京は父は何を言ってるのかと、顔に不満を露にする。でも、正義は娘の不満なんて一向に気にする素振りも見せない。
正義:『ここは瀬尾本家という【堅牢鉄壁の要塞】を熟知してる者たちに知恵を借りるのが近道というもんだろ?』
1‐127:
花京は『こんな若者に何の知恵が出せるのか?』と言わんばかりだったが……。
皐月:『では、僭越ながら……瑠華お嬢様の瀬尾本家脱出について、若輩の身ながら意見させていただきます』
若いSPの皐月が正義の言葉にさっそく応えて……目の前の百戦錬磨の花京に対して若干【後退りしたい】感を堪えながら、ビシッと起立し直して凛とした張りのある声で意見を述べた。
皐月:『敷地の最奥に位置する本邸からセキュリティーと警備網を掻い潜って屋敷の外へ出るのは、銃刀・火器類の一切の使用の禁止、セキュリティーシステムへのハッキングの禁止、非常用地下通路の使用の禁止という今回の条件下では瑠華お嬢様はもちろん、百戦錬磨の花京様やお頭(花盛)様であっても相当以上に苦戦するかと思います』
皐月はそう述べた背景に……『カメラで捉えた人物をシステムが随時、顔認証を行って身元判明をしてること』と『敷地内には絶えず警備のためのSPが配置されてること』、さらに『外へとつながる3つの門には監視カメラやSPの他、サーモグラフィー、重量センサーがあり、そして夜の8時以降はさらに侵入者を捉える赤外線センサー、巡回用のドローンもセットされること』、それと『本家の人間の住居である本邸と迎賓館、要人のゲストルームを備える別館は厳戒な警備網が敷かれ、上空からの侵入も防ぐための迎撃システムも敷かれてること』を挙げた。
1‐128:
花京:『なるほど……なのであります。そのレベルのセキュリティーとなると……瑠華ちゃんはおろか、あたしや花盛様でも本邸からの脱出は不可能かも知れないのであります』
花京は正直、困った。瑠華から護衛のSPが離れた時が【屋敷から脱出するチャンス】だと踏んでたのだが……。
向井:『あ、あのぉ……ひとつ、聞いていいでしょうか?』
皐月と同期のSPの向井が恐る恐る花京に問う。
向井:『瑠華お嬢様の脱出作戦は……そ、そのぉ……【本邸からでなければ】いけないのでありましょーか?』
花京:『……ん?』
花京は向井青年の尋ねてるところの主旨が今ひとつ呑み込めず、思わず首を傾げた。なので、向井青年は花京の顔色を窺いながら恐る恐る、もう一度問う。
向井:『で、ですからぁ……そ、そのぉ……。今回の作戦は……瑠華お嬢様のお部屋のある本邸から開始しなければならないので……あ、ありましょーか?』
向井青年の問いをもう一度聞いた花京だが……やっぱり今ひとつ意味が呑み込めてない。
向井:『い、今……み、皆さんがこーして一緒にいるココも……【瀬尾本家の敷地内】でありますが……』
花京:『…………?』
やっぱり呑み込めてなさそーな花京に、向井青年は少々自棄っぱちになって言葉を続けた。
1‐129:
向井:『旦那様がいつもいらっしゃる守衛の宿舎の周辺には屋敷の使用人の方々や自分らが住んでる宿舎もあります。非番のSPたちや仕事を終えた使用人や守衛の方々が外へ出るのにも必ずココ(正面門)を使います。人の出入りの多い正面門は確かに【外から入ってくるものに対しては】監視やチェックが厳しいのですが……その分、逆の【内から外へ出るのに対しては】守衛の方々がいるのもあって意外と緩かったりします。
ですから、瑠華お嬢様がこのお屋敷から脱出するには……いつものよーに正面門をくぐってもらい、いつものよーに旦那様のところに立ち寄って雑談などに興じていただき、そして頃合いを見計らって【外へ出る誰かしらの車なりに乗り込んで身を隠して】、それで正面門から外へ出て高速道を使って遠宮家へ向かってもらう……。でも、いつもどーりの時間に瑠華お嬢様が旦那様のところから出てこないと不審に思った護衛のSPが確認しに来て、お嬢様がいないことが知れたら……そこから捜索が始まります。出入りしてる業者さんたちにも当然、確認の連絡が行きますから……この場合、出入りしてる業者さんに協力をしてもらうのは難しいです。
なので……この脱出でいちばんの問題になるのは【逃走に使う車両】ってことになります。【システムに登録されてる許可車両】で且つ、【監視のためのGPSを搭載してない車両】を使わなければなりません。瀬尾家の方々が使ってらっしゃる車両はもちろん登録されてますが……同時に監視用のGPSも搭載されてますので……』
1‐130:
向井青年の作戦説明に……一同、思わずシーンとなった。それというのも普段の向井青年は女社会の瀬尾家の有り様に圧倒されてて【ちっちゃくしてる】からだ。
正義:『いやぁー、さすがは【長秀】んとこの孫だ!お前さんの言うとーり、【ここから】なら瑠華も難なく外に出れるだろう』
正義の豪快な高笑いと大きな拍手が、ここの暫しの静寂を破った。
正義:『そーなると……問題は逃走車両だが……。儂のジャガーといい、花京のアストンマーチンといい、勝家のロールスロイスといい、長秀のクラウンといい……どれも登録車両だが、GPSもバッチリ付いてるからなぁー……』
正義の口ぶりからして、瑠華の瀬尾本家からの脱出は向井青年の案で行くって感じが窺える。花京はそんな父に敢えて異を唱えなかった。
花京:ーあの青年SP……瀬尾本家の警備の盲点を見事、突いてきたのであります。なるほど……青年の案ならば、少ないリスクで外へ出れるのでありますー
勝家:『瀬尾本家のシステムに登録してある車両でGPSの付いてないヤツじゃろ?だったら……花芳が前に使ってたBMWを使えばいい。専用車をゴースト(ロールスロイス)に換えた時にBMWに付いてたGPSは外してもらったからな、問題はない』
勝家が正義にそう具申する。
勝家:『ウチの花恵も一緒に行って……瑠華ちゃんや花凛ちゃんたちと一緒に清衛門の家で生活するんじゃろ?だもの、俺が責任もって送ってやらにゃあ、あの世にいる花芳に叱られるわ』
1‐131:
正義:『おお、そーか!なら、勝家、車の件と運転手はお前さんに任せる!』
勝家:『ああ、任せてくれい!』
このあと、瑠華の瀬尾本家脱出作戦の詳細などが話されたが……当事者の花京を【蚊帳の外】に置いてトントン拍子に進んで済んでしまった。その間、花京は一切、口出しせずに静観してたが……【今回の件に年老いた父たちが暗躍する】ことに些か心配だった。
正義:『心配するでない、花京。花桂に怒られることなぞ、コッチはいい加減、もう慣れっこだよ』
でも、そんな花京を余所に父の正義は豪快に笑い飛ばした。
正義:『それに……【じゃじゃ馬】相手にへばっておったら、【瀬尾の花婿】なんて務まらんからな』
最後に正義は娘の花京にひとつ指示を出した。
正義:『お前は一足、先に遠宮本家に戻って【6番ゲート】の動作チェックを済ましておいてくれ。それが使えんでは先回りして3門に張り込むだろう追撃隊に最後の最後に勝家が捕まってしまうからな』
花京:『【6番ゲート】……でありますか?』
若かりし時、遠宮本家で生活してた花京もまた【遠宮本家に秘密の出入り口】がいくつか存在することは知ってたが……詳しいところまでは把握してない。
正義:『花凛の面倒を見てる【黒御門家のメイドの瑠依子】に聞けば仔細が分かるはずだ』
1‐132:
花京:『分かったのであります』
こーして花京は黒御門本家から帰ってきた花静を連れて、さっそく遠宮本家に戻ることにした。その道すがら、花京は花盛に電話して守衛宿舎での話の一部始終を伝える。
花盛:『まあ、ウチの父上まで!18や20の青年じゃあるまいし……』
花盛は正義のとこから帰ってきた父の勝家からは何の話も聞かされてなかったため……呆れ返った調子で花京にボヤく。
花盛:『でも、まあ……この作戦ならば確かに……成功率はかなり高いですね?』
花京:『はい、花盛様』
花盛:『花京さん……ウチの花恵を宜しく頼みます』
花京:『花盛様……その御言葉、まだ早いかと思うのでありますが……』
花盛は自身の早とちりだったと、花京に笑って誤魔化したが……胸中は若干、複雑だった。
花盛:ーあたしも所詮……【瀬尾の巫女の末裔】なのですね……。どーか、花凛ちゃんが【自身ですら持て余してる巨大な器】を誤った方向に使いませんように……ー
これより1週間後、瑠華の瀬尾本家脱出作戦が実行される。花京の父の正義、花盛の父の勝家、花盛、花京はギリギリまで段取りを調整したのち、花盛の口から花恵と瑠華に話を伝える。そして花盛は今度は約束どーり花桂に決行の日時を電話で伝える。
花桂:ーさて、瀬尾家最強と言われた花京と隠密最強の花盛さんがどーゆー作戦を立てたのやら……これは楽しみですー
花桂は自身が参加できないことを悔しがりつつも……若かりし時分に返ってこれを楽しんでいた。
1‐作者より皆様へ:
この『花凛:』という書き物ですが……これは僕が【ちゃんとした小説サイト】に登録した際、いちばん最初に書き物をアップするために考えたものでした。当初は『遠宮花凛の百合な世界の非現実的な日常』というタイトルで書いてたのですが……完結に至る前に書くのを放棄。以降、何度か趣旨なりを変えて完結を目標にして書いてみましたが……これまた放棄。んで、今回の『花凛:』を書くに至ってます。
作者:敢えて拘る理由も特にないんだけど……。でも、花凛だけはキッチリ決着をつけなきゃって思うんですよね……。
花凛に関する書き物については、僕の頭の中にポッと浮かんだシナリオなりを足りない文章力を駆使して活字にしてるだけ……って感の否めないもので。目を通してくださる方々の心情なりを申し訳ないぐらいに考慮してません。なんで正直、読んでてツマラナイと思うんですよね……。ほんの僅かな時間でもこれに時間を割いてくださった方々にはホントにすいませんって感じです。心から謝ります。
これがどんだけ迷惑な書き物だろーと……僕は完結させよーと思います。そーでないと……何だかモヤモヤしちゃって踏ん切りがつかないって言うか……。なので引き続き、僕の自己満のために皆さんにはご迷惑をおかけします。マジ、すいません。
平成31年1月23日