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花凛:  作者: ぽん太郎
1:
2/12

花凛:1‐2

1‐29:



市乃:『朋さーん!』



南條が待ち合わせ場所の大型ショッピングモールの駐輪場に着くと……先に着いてた長尾市乃が大きく手を振りながらけ寄ってきた。



南條:ーウチの学校は確かに【校風自由が売り】じゃが……。市乃は相変わらず【奇抜きばつ】で目立つのぉー……ー



長尾市乃は身長は南條と大差ない155センチだが……体形の方は【ちょっと丸っこい】南條と違って【ずいぶんと細身】だった。市乃は前髪パッツンのボブショートにグリーンのメッシュに入れ、グリーンのカラコン、マスカラでガッツリ盛った睫毛まつげ、グリーン系のアイシャドー、ラメ入りのリップグロス、左右両方の耳にいくつも付けられたピアスと……京人形のよーな端麗たんれいな小顔は十分すぎるほどのインパクトがあり。スカートはミニ丈にまで詰められてて【ホッソリとした白い太もも】をしげもなくさらして、足元は長靴のよーな黒レザーのワーキングブーツをいている。それに、左右の指の爪は全部黒の赤水玉に塗られ、背中にはヴィンテージ調の黒レザーのリュックを背負しょう。



そんな市乃はけ寄るや、そのままの勢いで南條にギュッと抱きついた。



市乃:『うぅぅーん!この感触、間違いなく朋さんだぁー!!』



人目をはばからない市乃に免疫めんえきのある南條は、れた感じで市乃の華奢きゃしゃな体を抱き止める。



南條:『このベビードールのパフュームの香りは……間違いなく市乃じゃの』



1‐30:



市乃:『うん!朋さんのお気に入りのパフューム!』



南條は海外の某有名ブランドのパフュームの香りがお気に入りで……特にベビードールの香りはいちばんのお気に入りだった。



南條:『ワシの好みのパフュームを市乃が付けてきてくれるとは……思いもよらなんだ』



市乃:『だってー……朋さんは【僕の一生涯のパートナー】だもん!久々の再会にはこれかなって思って』



市乃の一人称はなぜか?昔から【僕】だった。ちなみに普段、使ってる南條の【ワシ】は祖父の宗矩からパクったものだが……それをえて使う理由は【覚醒かくせいした自分のキャラを隠すため】だそーだ。



市乃:『つかつか、朋さん……』



市乃は南條のトレードマークの黒縁くろぶちメガネをヒョイッと顔から取り上げた。



市乃:『どーして、そんな【変装】なんかしてるかなぁー?おかげで入学してしばらくは朋さんだって、全然気づかなかったよぉー』



メガネを取った南條は、確かに丸顔の輪郭りんかくがハッキリ出るものの……二重瞼まぶたの可愛らしい顔立ちだってことが如実にょじつに分かる。



南條:『普段の【この姿】はじゃな、世を忍ぶ仮の姿なのじゃよ。周りには【ホントのワシの姿】を知られるわけにはいかんのじゃ』



市乃は南條がどーして【自分のことを周りに知れることを恐れてるのか?】えて探りもしなかった。なぜなら、南條は存外、【中二病患者】であることを以前から承知してたからだ。



1‐31:



市乃:『うん、うん、確かに!』



南條の言葉に同意して大きくうなずく市乃もまた【似たり寄ったりのキャラ】だった。



市乃:『んじゃ、朋さん……ぼちぼち【取引】と行きましょーか?』



そんな市乃が口にした【取引】と言う言葉は【市乃ワールド独特のワード】であることを南條は承知している。ちなみに、市乃が言う【取引】には【等価交換的な意味合い】を持っており……今回の場合、南條は市乃から遠宮家に関する情報を引き出す際、市乃に対して【それと等価値のもの】を差し出さなければならない。南條的には『市乃的にはそれが何に当たるのか?』がずっと気がかりだったのだ。



実は……市乃はずっと南條と接触コンタクトをするタイミングを見計らってた。市乃はこっちにやってくるや、【とある件について】の周辺情報を入念に収集していて……その結果、南條と接触コンタクトを取った方が早いと判断したのだ。ちなみに……昼休みに南條がSNSで市乃にメッセージを送った時、実は市乃は歴史研究部の部室の扉の前にいて【話の一部始終を盗み聞き】していた。



市乃:ー朋さんたちが知りたがってる情報……抜群に精度の高い情報を僕は持ってる。これをネタに高値で【取引】をしよーか?ー



市乃がわざわざ越境入学してきた理由のひとつには花凛のことが含まれている。



市乃:ーにしても……【綾子あやこ様】もお可哀想かわいそうに……。この【御方おかた】は花凛様にご執心しゅうしんで、綾子様のことなど【頭の片隅かたすみにもございません】って感じだけどぉ……ー



1‐32:



市乃は今回の南條との【取引】で【依頼主クライアントの要望が叶えられそうだ】と判断した。



市乃:ーでも、まあ……今回の件は【第2遠宮家の寧々(ねね)様】のおかげだねぇー!寧々様が僕の家に寄宿きしゅくしてくれなかったら、今回にピッタリのネタを自力じゃ絶対に入手できないもんなぁー



市乃の言う【第2遠宮家】だが……それはロシアのハバロフスクに一族の拠点を置く遠宮本家の直系血族である。他にもロシアのモスクワに拠点を置く【第3遠宮家】、中国の上海に拠点を置く【第4遠宮家】、シンガポールのクアラルンプールに拠点を置く【第5遠宮家】、ブラジルのリオデジャネイロに拠点を置く【第6遠宮家】と……遠宮一族は世界の各地で根を張り、今もなおコネクションを築き続けてる。そして、その頂点に君臨していたのが【花凛の育ての親でもあり師匠でもあった】亡き清衛門であった。実は、遠宮一族は清衛門亡き後の次期当主を決めかねていたのだが……。でも、そんな最中の寧々の来日は【それにまつわる何事かを示唆しさするもの】であるのは想像にかたくないだろう。



余談になるが……本家に近い長尾家が十家の末席であるのには理由があり……それは【長尾家が椎名家の意向に従わず、かたくななまでに遠宮家をかばい立てをしたから】である。でも、そのおかげで海外の遠宮家とのコネクションを今もなお堅持けんじしており……それは長尾家の通商貿易事業に大きく寄与している。



1‐33:



さて、そんな【とびっきりのネタ】を持ってる市乃は南條を連れて大型ショッピングモール内のカフェに入った。南條はいつもどーりブラックのホットを、市乃はキャラメルフラペチーノのアイスとシフォンケーキを注文する。二人は込み入ってる店内から空いてるテーブルを見つけ席に着くと……市乃は背負しょってた黒レザーのリュックからノートと万年筆風のボールペンをテーブルにトンッと置く。



市乃:『じゃあ、朋さん……【取引】、始めましょーかぁ?』



市乃はそう告げると、南條の目の前にノートと万年筆をスーッと押しやった。目の前に置かれた【いつものノートと使いれた万年筆風のボールペン】に視線をる南條の胸に再び戦慄せんりつが走る。



南條:ー市乃とのやりとりが【これ】で助かるわい!今回はネタがネタだけに【絶対に外部そとらしちゃならん】からの……ー



声を発する代わりにノートに書きつづって会話する……それが【この二人の会話のスタイル】だった。ただ……このスタイルをるよーになったのには【それなりの経緯いきさつ】があった。市乃のよく知ってる南條は小さい時から【アニメやマンガのキャラにすぐ影響されてなりきっちゃう】という悪癖あくへきがあり……。会うたびにキャラや主張が変わるため、その中から本音を吟味ぎんみするために始めたのがキッカケだった。もちろん、ここ数年前から仲良くなった花凛はそんな南條のことなどまったく知らない。



1‐34:



ちなみに……普段の日常で南條が使用してるキャラは祖父の宗矩むねただで。南條的には『【ホントの自分】をカモフラージュするには宗矩爺ジイぐらいがちょうどいいのじゃ!』と言うのだろーけども……。それに対して市乃は『朋さん、今まで色んなキャラになりきってたから、もう【ホントの自分】なんて分からないんじゃないのぉー?』って、間違いなく聞き返してくるだろう。



南條は息を深く吸って、それをゆっくりと吐くと、万年筆風のボールペンを手に取ってサラサラとペン先を走らせ始めた。そーして書き終わるや、ペンをノートの上に置いてクルッと半回転させ、市乃の目の前にスッと押し返した。



南條:知ってる限りでかまわないから教えて欲しい。1:『瀬尾本家の第2後継者である花凛とその母で本家御当主様の娘である花京様はどーして遠宮姓を名乗ってるのか?』2:『今現在の動向も含め、これまでの遠宮一族について』3:『十家筆頭の椎名家と遠宮家との関係は今現在も険悪なのか?』



それにサッと目を通した市乃は、すぐさまペンをって返事をつづる。



市乃:1:の質問についてはそこそこ答えられる自信がある。ただし、2:と3:の質問について……2:については遠宮一族の運用の仕組みについてのみ、3:の質問についてはまったく分からない。それで良ければ答えます。



そして、ノートとペンはまた南條のもとへ。



南條:1:だけでも良いから教えて欲しい。



こーして、ペンとノートは南條と市乃の間を行ったり来たりする。



1‐35:



市乃:分かりました!でも……これだけは約束してください!これから答える内容は【遠宮家の血縁者】から聞いたもので……その情報を提供してくれた御本人様(寧々)から『決して他にはらさないよーに』と厳しく言われてます。なので、朋さんがそれを守ってくれるのであれば答えることができますが……。



南條:分かった。約束は必ず守る。他には絶対にらさん!



市乃:んじゃ、1:の答えをつづる前に……【これに見合った報酬ギャランティ】を朋さんには差し出していただきます!



そうつづった市乃が次に報酬ギャランティならぬ交換材料を提示してきた。



市乃:1:『僕が花凛様と接触コンタクトする場を朋さんがセッティングしてくれること』2:『1:が叶った場合、僕が花凛様に色々と質問するのを朋さんも協力して許可してもらうこと』3:『花凛様に僕が作る衣装コスチュームそでを通してもらうことを朋さんも一緒にお願いして許可してもらうこと』4:上記3つの条件をクリアできるのであれば、朋さんの御望みの答えを教えます。



それに目を通した南條は思わず顔をしかめた。それはあまりにもハードルが高すぎると思ったのだ。



南條は1:については何の支障ししょうもなくクリアできる自信はあるのだが……問題は2:と3:であった。



南條:ーただでさえ警戒心の強い遠宮が初見しょけんの市乃相手に色々としゃべってくれるじゃろーか?それに……3:はかなり厳しいじゃろうーな……。確かに遠宮の私服はゴスロリじゃが……【コスプレ】とは違うからのぉ……ー



1‐36:



南條はしばし考えたのちペンを走らせる。『1:については何とかなりそーだが……2:と3:についての成否せいひは自分のフォロー如何いかん以前よりも花凛のはらひとつで決まってしまうため約定やくじょうしかねる』と、まず市乃に返す。



南條:遠宮は人間に対して警戒心がかなり強い。じゃから、2:と3:の成否せいひについては【市乃がどれだけ遠宮の信用を得れるか?】にかかっちょる。そのためのフォローならワシしまんが……。



そして、立て続けに返ってきた言葉に、今度は市乃の方が顔をしかめた。



市乃:警戒心の強い花凛様相手に、僕はどーすれば信用を得られますか?



市乃だって花凛がそう簡単に自分に心を開いてくれないだろうことは情報収集の過程で想像はついていた。だから、南條をテコに【依頼主クライアントからの要望】と【自身の野望の第一歩】を叶えようとしたのだが……。



南條:遠宮にも多少の情報提供をしてやればよいと思う。あやつだって【自身の出生の秘密】について知りたいと思うしの……。



市乃は悩んだ。寧々から聞いた花凛の出生について……それは無理に本人に告げるものではないと思える内容のものだったからだ。



市乃:これから教える内容について……僕の口から花凛様に告げても構わないのか否かは朋さんが読んで決めてください。確かに僕はこれをネタに朋さんを使って花凛様と接触コンタクトを計ろうとした【人でなし】ですが……でも、これを直接、花凛様に告げれるほどひどい奴ではありません!



1‐37:



市乃のつづってきた言葉を読んで南條も思わず考え込んでしまった。



南條:ーいったい……【遠宮の出生】にまつわる部分について、遠宮一族の間には何があったんじゃ?本家の御当主様や椎名家もからんどるんじゃろーか?ー



南條は少し冷めてきたブラックを静かに口に運びながら、対面で一生懸命に書きつづってる市乃の姿を黙って見つめてた。込み入ってるカフェは色んな話し声が飛び交うが……今の南條と市乃の耳にはまったく入ってこなかった。二人の胸中はそれぐらい深刻で暗く、ズシリと重かったのだ。



南條:ーなあ、遠宮……お前さんも一度ぐらいは【自分がせいを受けた場所】をうらんだりしたことがあるじゃろ?ワシや市乃だって【こんな面倒くさい家に生まれてこなければよかった】って、これまでに何度だって思っちょるのじゃ……。特にお前さんは【せいを受けたその時から瀬尾本家の第2後継者】なんていう厄介な代物しろもの背負しょわされ……そのせいで何度も命を狙われて死にそうになって……。でも、もし、お前さんが瀬尾の家とはまったく関係ない場所で生まれとったら、ワシとの出会いも相川家の末女や黒御門家のメイドさんとの出会いも当然なかったじゃろーけども……。でも、その方が世俗一般の女子らしい【そこそこ平穏な日々】を送って、今ごろは少年少女らしい思春期と青春を謳歌おうかしちょったのかも知れんー



1‐38:



市乃が書き上がるのを待つこと10分近く。その間の南條は1秒でも早くこの場をやり過ごしたかった。なぜなら……市乃が命の灯火ともしびけずってるかのよーにもうかがえる懸命けんめいな姿勢が【これから知るであろう真相に近い部分】の内容がかんばしいものではないということを物語ってるからだ。



そして、よーやく市乃はペンをノートの上に置き、顔を上げて対面の南條を重苦しそーなおも持ちで見てったのち……ノートをゆっくりと南條の目の前に押しやった。南條はそれにこたえるかのよーに市乃に小さくうなずいてみせたのち、胸中を整えるべく一呼吸し、そーしてよーやくノートを手に取って視線を走らせた。



市乃:まず。これは寧々様が僕に遠宮一族のことについて話してくれたことです。そして、これから話すことは『瀬尾の御本家が周囲に知れ渡らないよーに情報をせた』可能性があります。なので、くれぐれも他言たごんしないよう、重ねて申し伝えておきます。



南條:ー…………ー



市乃がご丁寧ていねいに前置きを書いてきた……と言うことは、これから次に書かれてる内容は間違いなくかんばしくない内容のものだということを南條は察し、腹をえ直して続きに目を通した。



1‐39:



市乃:まず、花京様は遠宮本家の三男【清吉せいきち】様と結婚し遠宮姓となったそうです。そして、しばらくののちに娘の花凛様を出産しました。でも、このことは一部の人間しか知り得ません。椎名家と交わしたちぎりに抵触ていしょくしてるため、瀬尾の本家も遠宮の本家もこのことを極秘としたからです。



そして、花凛様が生まれて間もなくのことです。清吉様は花京様の妹【花成かせい】様の護衛の任のために一緒にシンガポールへと向かわれます。ですが……その帰りの搭乗していた旅客機がテロリストの自爆テロにい、機体は大破して太平洋沖に墜落ついらくしました。一緒に搭乗していた乗員と乗客のほとんどは遺体として収容され、残りの乗員は行方不明のまま。花成様と清吉様もまた1ヶ月近い捜索にもかかわらず安否が確認されず、捜索は打ち切られました。



南條:ーな、何と!?遠宮の父親が……まさか清衛門爺ジイの息子さんじゃったとはな……ー



南條は【あってはならない事実】に驚愕きょうがくする。



南條:ーそれに……遠宮の父親は自爆テロにって生死不明か……。オマケに花京様の妹の花成様まで……ー




1‐40:



ちなみに……当時、この自爆テロはもちろん世界中でニュースになった。だが、当時の外務省は乗員乗客名簿に遠宮清吉と瀬尾花成の名があったことを公表していない。正確には【えてせた】のだった。内閣としても国家公安委員会としても【事の重大さと世界に及ぼす影響の大きさ】を勘案かんあんした結果ではあるが……何かしらのルートで瀬尾本家からの何かしらの打診だしんがあったのも確かである。



市乃:ただ……このことは遠宮一族にとって深刻な事態を招きます。【清吉様は遠宮本家の次期当主】と一族の間ではまことしやかに噂されてたからです。もし、この時点で現当主が清吉様であった場合、【次期当主は嫁である花京様、あるいはその娘の花凛様】という運びになりますが……。花京様は【瀬尾本家の息女である】上に【極秘の婚姻契約者】であるため次期当主にえることができず……。そーなると【清吉様の実子の】花凛様ということになりますが……でも、まだ生まれて間もなくで当主としての任を遂行すいこうすることが叶わず……。なので、【月日を経て体制を整えられるよーになるまで】清衛門様が続投することになりました。



清衛門様には三男の清吉様の他にも長男の【清春きよはる】、次男の【清秀きよひで】、そして後妻との間に生まれた長女で末子の【紗織さおり】様がいらっしゃいます。ですが、長男と次男は現行の椎名家の体制には反対で【瀬尾家から離れ完全独立する】ことを声高こわだかに公言してるために次期当主の候補から除外。末子の紗織様は【清吉様の妹で後妻との子】であるために【後継の順から行くと実子の花凛様の次】になってしまうため次期当主にえられず……。清衛門様が続投を決められた背景にはそれらがありました。




1‐41:



南條:ーなるほど……遠宮は父親を亡くした瞬間から【両方の家のキーパーソン】になってしまったってわけか……ー



市乃:花成様と清吉様を襲った自爆テロ事件から3年後のこと……ずっと事件を調査していた遠宮家の調査チームが『この事件を起こしたテロリストグループに清春様と清秀様が関与かんよしている証拠をつかみ』、その報告を受けた清衛門様は二人を遠宮一族から追放します。それに対し、報復ほうふく措置に出た二人はテロリストグループを使って世界の各地にある瀬尾コンツェルンの関連施設に爆破テロを敢行かんこう……遠宮一族の内部抗争こうそう勃発ぼっぱつしました。



それに対し瀬尾本家は、これを鎮静化するために【隠密】を各地に派遣します。清衛門様もまた各地に散らばる一族に号令をかけ、これに協力するよーに指示。自身もまた現地におもむこうとしましたが……娘の紗織様が本邸に残るよう提言。代わりに花京様をともない、現地におもむいて指揮下に入って奮闘されたそうです。ちなみに……寧々様の父親と母親がこれに参加してたらしいです。なので、こんな極秘扱いの情報にも精通してるのだと思います。



そして、【隠密】が派遣されて2年後……このテロリストグループは壊滅。これを裏で操っていた長男の清春様はハバナ海峡の沖合おきあいで自身の所有するクルーザーが転覆てんぷくして水死、次男の清秀様は冬のアルプスの雪崩にまれて死亡……という形で事態は決着し鎮静化したそうです。



1‐42:



ここまで読んだ南條は冷めてしまったブラックを口に含んで一息入れた。



南條:ーこりゃあ……瀬尾本家の御当主様も清衛門爺ジイも伏せとくわけじゃわい。こんなものが世に出回ったら……それこそ大問題じゃ。瀬尾コンツェルンどころか、瀬尾本家も危うくなるわいー



市乃:この一件の後……清衛門様は息子たちの責を取って自害なされるつもりだったそーです。ですが、瀬尾の本家の御当主様は今回の清衛門様をはじめ、紗織様、それに遠宮一族の多大な尽力じんりょくと貢献を評価なされ【とが一切科しません】でした。でも、紗織様が『兄たちが多くの人たちに迷惑をかけた以上、責を受けなければならない!』と御当主様に反論。自らが【遠宮本家からの人質】となり、終生、瀬尾本家の拘禁こうきんを受けると言い出したのです。



紗織様への対処に困った御当主様ですが……紗織様が瀬尾本家に遠宮家からの人質として拘禁こうきんされる代わりに花京様、花凛様が次期当主の継承を辞退し、紗織様のひとり娘の【詩織しおり】様を次期当主にえることを確約したそうです。



最後に。これは余談になりますが……海外に生活の拠点を持つ6つの遠宮の分家たちは【本家より一切の裁量さいりょう権を認められており】、また、瀬尾コンツェルンとの関係も良好であるため、内部抗争の際にはどの家も本家の長男と次男にくみしなかったそーです。そして、コンツェルンの実質的な経営者である椎名家については【瀬尾の御当主様の一番の忠臣である】と高く評価しており、さらに【椎名家は本家に限らず瀬尾一族全体のマネジメントに秀でた才を発揮している】とも言ってるそーです。



1‐43:



市乃がつづった文面をよーやく読み終えた南條はテーブルにノートを置き、冷めたブラックを少しだけ口に含んだのち、瞑想めいそうするかのよーにしばし目を閉じた。市乃からもたらされた情報の内容が膨大ぼうだいであったことと、その内容があまりにも衝撃的であったために頭の中で少し整理したかったからだ。



南條:ーこりゃあ……間違いなく【瀬尾家の黒歴史】の一端いったんじゃな……。じゃもの、【記録係】のウチには回ってこんのは無論、他の家とて触れることができんわけじゃー



南條はそんなことを頭の片隅で思いつつ……でも、市乃のおかげで【存外、知り得なかった】遠宮家のことについて知れたことに市乃に大きく感謝した。



南條:ーじゃが……市乃のおかげで【また、知りたいこと】が増えてしまったの……。提供してくれたこのネタだって【ツッコミどころ満載】じゃ。椎名家は御当主様の一番の忠臣……清衛門爺ジイの娘さんの紗織様にその娘の詩織……それにテロリストと戦える花京様……さらにテロ組織をも壊滅する【本家の隠密】……。瀬尾一族とはいったい【どんなカラクリで】マネジメントされとるんじゃ?ー



市乃は向かい側から難しい顔をして目を閉じてる南條を、冷めたキャラメルマキアートをすすりながらジッと見てた。おそらく南條もまた自分と同じ驚愕きょうがくと衝撃に襲われてパニックになってるのだろうと思いながら……。



1‐44:



南條:ーそれはさておき……このこと、遠宮にどう打ち明けるべきかの?ー



確かに……市乃の言うとーり、これを花凛に包み隠さず伝えるのは南條もこくだと思った。でも、幼少の頃より渦中の大人たちの一方的な都合で巻き込まれながらも【どーにか生き延びてきた】花凛ならば、この事実を受け止められるとも思った。



南條は意を決したよーにパッと目を見開き、迷いの失せた顔をゆっくりと上げて市乃の方を見てる。それからペンを取り、ノートの上をサラサラと走らせはじめる。そして、書き終わるやトンっとペンをノートの上に置き、クルリと半回転させて市乃の目の前に押し返した。



南條:とりあえず、小腹がいたの。2階へ行って釜揚げうどんでも食わぬか?今日のところはワシおごってやるから



それにサッと目を通した市乃は南條にニコリと笑って返し、ノートとペンを黒レザーのリュックに仕舞しまい込むと、先に席を立って南條に声をかけた。



市乃:『朋さん、かき揚げと半熟たまご、トッピングでつけてもいいかなぁ?』



南條:『ああ、かまわんよ。今日はワシおごりじゃ。カボチャ天でも磯辺揚げでも何でも好きなものをトッピングすればいい』



市乃にそう答えて、南條もまたリュックを手に席を立った。



2階のフードコートへ向かう最中、二人は花凛のことを話題に上げて盛り上がってた。



南條:『あやつのゴスロリ服姿……一度ひとたびおがんだその瞬間から心底、れちまうぞ?市乃にもよ、その姿をおがませてやりたいわい!』



1‐45:



その翌日の昼休み。前日の夜、南條からのSNSのメッセージを受け取った花凛は恵依と紗世をともなって例の歴史研究部の部室へと足を向けてた。



いつものよーにガラリと引き戸を開けると、いつものよーに扉の向こうに座ってる南條と目が合う。でも……いつもと違うと花凛が察知したのは、南條のとなりに座ってる【見慣れない女子】が視界に入ったからだ。



花凛:ー誰だ、コイツ?つか……地味な南條とはずいぶんと真逆なヤツだけど……知り合いか?ー



その女子は前髪パッツンの黒髪ボブショートにグリーンのメッシュを入れ、グリーンのカラコン、盛りに盛った睫毛まつげ、ガッツリ引かれたアイライン、ハイライトを落とした鼻筋と頬、ラメの利いたリップグロス、そして京人形のよーなあでやかさの可愛らしい顔立ち……そう、長尾市乃である。



花凛はそんな二人が距離も空けずに仲良さげな感じで並んで座ってるさま戸惑とまどい……『どーゆー第一声をかけるべきか?』と、つい思考してしまい不自然な間を作ってしまう。



それをさっそく察知した南條は、花凛たちに席に座るよううながしたのち市乃を紹介しはじめた。



南條:『昨日、ちょこっと話したが……。ワシとなりに座っちょるのが瀬尾十家の長尾家の息女の市乃じゃ。ワシと市乃は幼少よりの仲じゃが……。その市乃がお前さんに話があっての……んで、ここに来てもらった次第なんじゃ』



1‐46:



花凛:『あたしに話がある?瀬尾十家の娘がいったい何の……?』



案の定、花凛は【瀬尾十家の娘】というだけで露骨ろこつに不機嫌さをかもす。でも、それは南條も承知してたところだ。



南條:『まあ、そう、嫌な顔をするな。市乃はな、お前さんの【知りたい情報】を知っちょる』



花凛:『あたしの……【知りたい情報】?』



昨日の今日でその話の流れがやってくる……花凛はもちろん、それが【自身の出生のこと】だと早々と見抜いたと同時に【あまりの段取りの早さに南條に対し猜疑心さいぎしん芽生めばえるのを感じ】た。



でも、ここは読心術に長けた南條だった。アッサリと花凛の胸中を見透かした上で【ありのまま】をぶつけてきた。



南條:『そう、すぐに身構えるでない!【昨日の今日】じゃったのは、市乃がお前さんたちの動向をうかがってたからじゃ』



南條がそう返したところへ、市乃もまた包み隠さず花凛に申し伝える。



市乃:『僕は瀬尾十家の池田家の綾子様にわれて、この春、の地へしてきました。綾子様は僕に【相川家の恵依様と共同生活を送ってる花凛様が如何いかなる人物なのか?花凛様の性格から私生活まで、調べられることのすべてを調べてほしい】と頼んできまして……。なので、入学早々から花凛様の身辺しんぺんを調べてた次第です』



市乃は不機嫌な花凛がフツーに怖くて、つい萎縮いしゅくしてしまう。



1‐47:



花凛:『池田家の……綾子様だぁー!?誰だ、そりゃ!?』



不機嫌な時の花凛の口の悪さといい、態度の悪さといい、男子もビビって近寄れないレベルの代物だから……初見しょけんの市乃が怖がるのも無理はなかった。



花凛:『んで!その綾子様とやらは、あたしの何を知りたいんだよっ?スリーサイズとか、食の好みとか、趣味とか、過去の恋愛経験とか、そんな感じのヤツかっ?』



市乃:『あ……いやぁ……そ、そのぉ……』



こんな時の花凛をなだめられるのは不思議と恵依だけだった。恵依は萎縮いしゅくしきっちゃってる市乃を不憫ふびんに思い、花凛を怒鳴どなってしかりつける。



恵依:『花凛たん、さないか!!彼女に八つ当たりしてもしょーがないだろーがっ!!』



花凛は気に入らなそうに舌打ちをして、プイッと横を向いてしまう。そんな【大人げない】花凛の代わりに恵依が市乃の話を聞く役に回った。



恵依:『何で綾子が花凛たんのことを……』



恵依の、このボソッとつぶやいた一言で市乃はハッと確信した。



市乃:『もしかして……恵依様は綾子様のことを覚えてらっしゃらないとか?』



恵依:『うーん……。もう、ずいぶんと昔の話だし……子どもの時のことだから名前しか……。それに、あたしが花凛たんの家でお世話になってからは、瀬尾家の集まりとかにも一切出てないから……』



市乃:『ああ……そーですか……』



市乃は、恵依に【今は何の関係もないひと】という烙印らくいんをこの場でされてしまった綾子をやっぱり不憫ふびんに思えてしまう。




1‐48:



市乃:ーこーして花凛様と恵依様のやりとりを間近で見てれば『ああ、やっぱりな』って感じはするよなぁ……。目の前の恵依様はホント【花凛様一筋】って感じだもん……そこに綾子様が割って入れる隙間すきまなんてありゃしないよ……。一方的な片想いってヤツはマジ切ないわ……ー



そんなことよりも……市乃的には花凛の機嫌がどーにか直らないものかと、そっちの方が至急の懸案けんあんだったが……。



恵依:『ところで……あなたは綾子に頼まれて花凛たんのことを色々と調べなくちゃならないんだよね?』



市乃:『あっ、はい……』



恵依:『だったら、今度の休みにでもウチに来て【花凛たんに密着】したらどう?言葉で色々と説明するよりも、自分の目で見て確かめた方が綾子にもちゃんと伝えられると思うのだけど?』



市乃:『……えっ?』



市乃は恵依からの思いっきりのいい提案に思わず目を丸くする。恵依は初見しょけんで花凛の機嫌を損ねてしまった自分を家に招くと言うのだ。



恵依:『その代わり……あなたが知ってる【花凛たんのこと】を今、ここでしゃべってほしい。どーせ、花凛たんだって知りたいんだし……』



市乃:『分かりました。今、ここでお話しします。でも……このことは決して他言なさらないことを約束していただけますか?』



恵依:『約束しましょう。あなたがそこまで念を押すということは【決して表に出るはずのない情報】ってことだろーし……。それを口にするあなたもまた【それなりのリスクを背負しょってる】ってことだろーから……』



1‐49:



市乃:『ありがとうございます、恵依様!では早速さっそく……話をさせていただきます!』



市乃は【助け舟】を出してくれた恵依に心から感謝した。花凛は恵依が勝手に取りつけた約束にも食いつかず【ソッポを向いたまま】だし……紗世は花凛と恵依の間を視線を行ったり来たりさせながら戦々恐々(せんせんきょうきょう)としてるし……南條もまた恵依に活路を見出みいだしてもらおうと黙って様子を見守ったままアクションを起こそうとしなかったからだ。



市乃は花凛が話を聞いてくれることを願いつつ、体面の恵依に真剣なおも持ちで話を切り出し始めた。内容は昨日、南條に書いて伝えたことと同様だが……声に出して伝える以上、なるべく【その時の遠宮寧々のかもし出してた雰囲気を忠実に再現しながら】話をした。



恵依:『…………』



話を聞き終えた恵依は何とも言い得ない胸のうちがそのまま表情に出たって感じだった。もちろん紗世もそーだし、話を聞くのが二度目になる南條もまた花凛を目の前にしての気まずさやたたまれない思いで表情が重苦しくなってる。市乃だって、花凛を目の前にして話すのが本当に胸潰つぶれる思いだった。



でも……当の花凛は周りが思うより悲嘆ひたんに暮れてるわけでもなく、つらすぎて感極かんきわまって泣き出すわけでもなかった。



花凛:ーコイツの言ってることは何から何まで【裏が取れない】話ばっかりだったけども……。でも、ひとつだけ……【事実と合致がっちする】トコがあったー




1‐50:



花凛は南條のれた激甘のカフェオレの入ったマグカップを手にしながら立ち上がり、窓の向こうにある晴れやかな水色の空に顔をやった。それに対し、市乃をはじめ一同は花凛の急なモーションに思わずドキッとする。さっきまでの機嫌の悪さが話を聞き終えて一層、悪化したんじゃないかと思ったからだ。でも……花凛は静かなものだった。胸の内の居所の悪さを誰かにぶつけるわけでもなく沈黙を貫いている。



花凛:ーこれで清衛門爺ジイの最期の言葉がに落ちたわ。なるほどな……こんなスパイ映画みたいな話、気軽に口にするわけにはいかないもんな。ドコで誰が聞いてるか?分からないしな……ー



花凛はそんな思考をめぐらせながらも自身が今、ちょっとだけ感傷的になってるんじゃないかって思えてならなかった。清衛門爺ジイの言葉を思い出した途端とたん、【急に込み上げてきた感情】に思わず涙がこぼれ落ちそーになったからだ。



花凛:ーそーか……【あたしのホントの親父殿】は今もドコかで生きてるんか……ー



花凛は幼少期に【はがねの心を持って生きよう】と決意した。その経緯けいいとして、唯一の肉親である母親の花京は【居ないも同然の存在】だったから頼るにも頼れず、甘えるにも甘えられず……それと自分の命が誰かに狙われてたこともあったから……他人はおろか身内でさえ、そう簡単には【他人に自分の心を見せないで】きたのだ。



1‐51:



花凛:ーつか……清衛門爺ジイも親父殿には会いたかったろーな……ー



でも、清衛門爺ジイとだけは早い段階から不思議と打ちけ合えた。市乃の話を聞き終えた今、清右衛門爺ジイが父方の実の祖父であったと分かり、改めて亡くした悲しさと寂しさが襲ってきたのと同時に実の父親に会えたら会いたいという【ずっと胸におさえ込んでたもの】がき出してきたのだ。



自分たちに背を向け無言で立ちすくんでる花凛の姿を見て……特に恵依と紗世は胸が苦しかった。長らく【ひとつ屋根の下】で一緒に暮らしてきた二人は【遠宮花凛という少女の諸刃もろばの剣のよーな心の有り様】を分かってた。



恵依:ー花凛たん……ー



恵依は『こんな時、瑠華嬢ならどーするだろ?』って考えてた。



恵依:ーあたしはいつだって花凛たんに自分の感情をぶつけてばっかりで……ー



花凛との【距離感】がめれないのは【自身のいたらなさ】だと……こーゆー時は痛切つうせつに実感させられて辛かった。



恵依:ー瑠依子さんや清衛門爺ジイなら『しばらくそっとしておいてあげな』と言うに違いない。でも……瑠華嬢は絶対にそーじゃない。瑠華嬢なら……ー



恵依は【暗闇くらやみと孤独にうず巻く冷たい花凛の胸の内】を少しでも温めてあげたいと切に思ってる。でも、その思いの大きさの割に一向いっこうに縮まらない【距離感】についあせったり苛立いらだったりで……。それを八つ当たりのよーに花凛にぶつけるたび、いつも自分を責めて反省する始末だった。



1‐52:



恵依:ー花凛たんを……抱きしめてあげたい……温めてあげたい……心も体もあたしが……ー



恵依がそんな思いをせてる最中、急にクルリときびすを返して自分たちの方に向いた花凛の声が飛んできた。



花凛:『おい、恵依!』



【妄想の世界に旅立ってしまいそーだった】恵依は急な花凛の声にあせってビクッと体を震わせた。そして、ちょっとうつろ気味だった瞳に正気せいきを取り戻して起立してる花凛を見上げて返事する。



花凛:『市乃がお前に出した要求、全部、んでやれ。取引成立だ』



そして、いつものりんとした声が指示を下す。



恵依:『……ああ、うん、分かった』



恵依はホッとした。向けた瞳の先には【いつもの花凛】がいて……でも、いい意味で【いつもの今さっきとはちょっとだけ違う花凛】に恵依の胸がキュンとなる。



花凛:『それから、市乃!』



市乃:『……えっ?……あ、はい、花凛様』



今の花凛には【さっきまでの機嫌の悪さ】はなかったが……りんとした花凛と至近距離で相対あいたいするのは市乃的にはやっぱり緊張する。花凛は緊張で強張こわばってる市乃に【さっきの不機嫌な態度】をまず謝り、それから言葉をいだ。



花凛:『もう少し【値を吊り上げて】もかまわない。お前の知ってる限りでいいから、あたしの聞いたことに答えてくれないか?』



花凛が市乃に聞いてきたことは【池田綾子のこと】と【第2遠宮家の子女の遠宮寧々のこと】だった。



1‐53:



市乃:『うーん……。えーとですねぇ、花凛様……』



市乃は花凛に『たぶん、自分は花凛様が所望しょもうしてる情報を持ってないです』と申し訳なさそーに答えるが……。



花凛:『いや、コイツらの情報なんて特にらないんだよ。市乃から見た【コイツらの心象イメージ】をあたしは知りたいんだ』



市乃:『【心象イメージ】ですか……?』



市乃は花凛に言われたとーり、綾子と寧々についての【自分なりの心象イメージ】を答える。それを聞いた花凛は『なるほどねぇ……』って悪そーなニヤつき顔でうなずき返した。そんな花凛の顔を見た市乃は『こんな花凛もいるんだな』って、緊張してた心がほぐれてきた。



花凛:『ありがと、参考になったよ!んでさー、お前の【要求】、何にする?聞ける限りのことは何だって聞いてやるけど?』



そんな花凛の気前のいい申し出に……市乃は【け】と言わんばかりの要求を突きつけた。それは花凛のプライベートに触れるものだったからだ。市乃は『じゃあ、遠慮なく』と前置きすると、スカートのポケットからスマホを取り出しサクサク指を動かしはじめる。そして、何やらかの画像を画面に出して花凛に手渡した。



市乃:『花凛様!恐れながら……【マリア様】とはどういった関係なんですか?』



市乃から手渡された画像を見た途端とたん、ピンッときた花凛はそれを恵依と紗世にも見せてやる。



1‐54:



紗世:『あれ?これって……』



恵依:『うん。これって……春休み中に瑠依子さんが花凛たんに着せてってたヤツだ』



市乃のスマホの画面に映ってるのは真っ赤なゴスロリ服に身を包んでポージングしてる、髪を金髪に染めてツインテールにしてる花凛だった。ちなみに、この衣装はマンガ【ローゼンメイデン】(原作:PEACH-PIT先生)に登場する真紅しんくの衣装を瑠依子が花凛を採寸さいすんしてうり二つに製作したもので……なので花凛もわざわざ衣装に合わせるだけのために金髪にしてきたのだった。



花凛:『ああ、【マリア様】か……そりゃ、あたしの専属のメイドの瑠依子だよ』



市乃:『……な、何と!!?』



市乃の驚きよう尋常じんじょうじゃなかった。なぜなら、自分の着てるゴスロリ服やコスプレ衣装を自主製作してる市乃にしてみたら、同じ趣味の【マリア様】は神的な崇拝すうはいをしてる存在だったからだ。ちなみに、市乃とは【同属どうぞく】の南條はこのことを知ってたのだが……昨日、会った時にその話題には触れてなかったために市乃には伝えてなかったのだ。でも結果として、そのおかげで市乃的は【今日まで生きてきた中でのいちばんの幸運】を花凛からさずかることになる。



花凛:『今週の土曜、綾子様に出すレポート兼ねて南條と一緒にウチに来たらどーだ?瑠依子にはあたしの方から市乃の話をしておくから』



1‐55:



市乃:『マジですかっ、花凛様!?』



花凛:『ああ。瑠依子にしてみても【同じ趣味】の話ができるヤツが欲しいと思うしな』



市乃:『ありがとーございますぅー!!』



花凛は歓喜かんきのあまり泣き出しそーな市乃を嬉しそうにながめたあと、恵依たちに後事あとを任せて部室を出ようとする。



恵依:『花凛たん、ひとりでドコへ行くんだ?』



市乃の話のすぐあとだけに恵依は花凛のことがやっぱり心配だった。花凛はそんな恵依を見透かして『違うよ!』と真っ先に否定したあと、さっきの悪そーなニヤニヤ顔で答えた。



花凛:『ちょっと【偵察ていさつ】に行ってくる』



恵依:『偵察ていさつ?』



恵依はもうちょっと詳しく教えてくれって言わんばっかりだったが……花凛はそれには答えず悪い顔したまま部室を出ていった。



恵依:ー……ったく!何を偵察ていさつするんだよ、学校でー



恵依のプンプンな面持おももちを想像しながら花凛は早足で自分のクラスのある本校舎の4階へ戻った。そして、同学年の女子の何人かに声をかけ、【とあること】をうかがう。同学年の女子に限らず男子にしても【遠宮花凛は近寄りがたしな存在】だったから……そんな花凛が不意に声をかけてきたもんだから、花凛の回りには一気に人だかりができてしまった。



【ついさっきまでの】花凛だったら、こんな事態に遭遇そうぐうした時には間違いなく不機嫌なさま露骨ろこつに出してただろう。



1‐56:



これにはさすがに花凛は『困ったなぁ…』って表情を見せる。



とある女子:『池田さんなら……お昼を食べたあと、いつも図書館でひとり本、読んでるけどぉ……』



そこへ綾子の情報が舞い込んできた。そう、花凛は池田綾子と接触コンタクトを取るべく、綾子のことを同級の女子たちに【聞き取り】をしてたのだ。



花凛:『マジで!?つか、マジ助かったよ!』



小、中と地元を離れて【池田家の本家で暮らしてた】綾子は市乃と同様の【越境入学女子扱い】も同然で……だから、花凛が女子たちに聞き取りをしてみてもサッパリ情報を得られなかったのだ。



つか、同級の女子たちにしてみたら、【どうして花凛が綾子のことをいて回ってたのか?】が気になって仕方なかった。



とある女子2:『つか、遠宮さんと池田さんて、どーゆー関係なの?』



地元の女子たちや男子たちからしたら、ただでさえ【花凛と恵依との関係】が気になるところなのだ。そんなところに花凛の口から綾子の名前が出てくる……そりゃあ、余計にその関係が気になって仕方がない。【花凛と恵依と紗世が同じひとつ屋根の下で生活してる】ことは周知の事実だったし、花凛が山ひとつ丸ごとを敷地にした大豪邸に住んでるブルジョワの娘であることも広く知られてる事実だったが……。周りとコミュニケーションを取ることを避けてきた花凛のプライベートは、周りの同じ年ごろの男子女子たちにしてみたら都市伝説並みの関心事でもあったのだ。



1‐57:



花凛:『どーゆー関係って言われてもなぁ……。あたしは直接は関係ないんだけど……。どーやら、綾子は恵依が幼い時に【突然、姿をくらませちまった】幼なじみらしくてさ……。ここは【長らく一緒に生活をしてる】同居人としては一肌ひとはだ脱いで感動の再会をアシストしてあげたいじゃん?』



花凛はこの場を手っ取り早く切り抜けるために恵依を出汁だしに使った挙げ句、市乃から聞き出した綾子の心象イメージを元に勝手にプロファイリングして綾子の人物像を勝手に捏造ねつぞうして【感動盛り盛りの友愛物語】をデッチ上げる。



それを聞いた女子たちの大半以上は【花凛と恵依はデキてる】と勘繰かんぐってるだけに……この花凛の言葉に【ある意味でのフェアさと恵依に対するキレイな友愛】を感ぜずにはいられなかった。



とある女子:『でもさ……相川さんと池田さんが長らくぶりの再会を果たしたとして、それでこの二人の仲が急速に進んじゃったら……遠宮さんはどーするの?』



花凛:『そーしたら……できる限り頑張らなくちゃ、だな。あたしもただ指をくわえて二人の仲睦なかむつまじい姿を遠くから黙っておがんでられるほど大人じゃないし』



花凛は【自身の下馬評げばひょう】ってヤツを重々承知していた。やれ百合だの、やれレズだの、花凛的にはホントにどーでもよかったのだ。ただ、【その種のこと】は受け入れられる、受け入れられないの許容きょようが個人によってマチマチであることはちゃんと頭の片隅に置いていた。



1‐58:



花凛:ー性に関することって……仮に異性が対象であったって、その内容によっても個人によっても受け入れられないこともあるからな……。こーゆー【デリケートかつ刺激物的な表題テーマ】はなるべくオブラートに包んでおくに限るー



とある女子:『うーん……難しい問題だけどぉ……遠宮さんの気持ちも分かるかも』



とある女子:『確かに女同士のこーゆーのって複雑だよねぇ……。何かの拍子で急に距離が遠くなっちゃったりするし……』



花凛をす声がひとつ、ふたつ聞こえてくると……包囲網のよーに取り囲んでる人の群れに自然と道が開けてくる。



とある女子:『とりま、頑張って、遠宮さん!』



花凛:『ありがと!やれる限りのことはやるよ』



花凛は自分をしてくれた女子たちに軽く頭を下げ包囲網を抜け出すと……図書室まで全速力でけっていった。100メートルを11秒台というアスリート級の速さで走る花凛のスピードにツインテールが思いっきりなびく。



花凛:ーさて……穴蔵あなぐらに引きこもってるメスゴリラに【宣戦布告】だー



花凛的には市乃を使って自らは動かないという綾子のやり口が気に入らなかった。



花凛:ーどーして自ら動こうとしない?お前にとって恵依って存在は【そんな程度】なんか?そんなんじゃあ、いつまでったって恵依の心は動かせはしないよ!ー



そんなことを思ってるうちに……花凛の駿足しゅんそくは図書室の入口にたどり着いた。



1‐59:



少しあらげた呼吸を整えたのち、静寂せいじゃくが似つかわしい図書室の中へと足を進めてく。中では書棚の前に立って読書をしてる生徒はもちろん、デスクに座って受験勉強をしてる先輩たちも多くいる。



花凛:ーどいつが池田綾子だ?ー



花凛は綾子の顔をもちろん知らない。仮に市乃に聞いてみたって見た目の特徴を教えてくれた程度だったと思う。



ゆっくりと室内をめぐりながら、それでも視線はあちらこちらの情報をとらえて冷静に吟味ぎんみしてる。



花凛:ーいつもひとりで図書室で読書か……昼休みにひとりで……ー



花凛は再び綾子をプロファイリングし直す。市乃の抱く綾子の心象イメージに加え、これまでの綾子のここに至るまでの経緯けいい、それに……越境入学してきたにもかかわらず自分から友だちを作ろうとしないところ……。



花凛:ーまあ、あたしと同じで【変わり者】なんだろーな……ー



花凛は自分をターゲットにしてきた原因に【幼なじみの恵依の存在】があると早い段階で看破かんぱしたが……。今度はそこに【恵依のヴィジュアル】を勘定かんじょうに付け足してみる。



花凛:ー【変わり者】ねぇ……ー



ちょうど花凛が足を進めてたところ、受験勉強してる先輩たちと並んで教科書を読んでる女子の後ろにたどり着く。確かに向かいから見たら教科書を真剣に読んでるよーに見えるのだが……その後ろに立つ花凛には表の教科書に隠された【18禁の百合エロマンガ】が丸見えだった。



花凛:ー……コイツだ!池田綾子ー




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