1話 女神の遺産と女神魔法 ―2―
「おい、あれはなんだ?」
「ま、まぁ、今はお気になさらずに」
小声でアミューに確認するも、回答は得られなかった。
「どうした。面を上げよ。緊張せずともよいぞ」
「は、はぁ……」
いや、顔を上げようとはしているんだが……顔を上げると、歴戦の勇士が真面目な顔してマッサージチェアに座っている。
ぷぷぷー!
ダメだ。笑う。笑ってしまう。
国王の隣に控えている騎士とか宰相っぽい人が厳めしい顔をしているから余計に……マッサージチェアがギャグにしか見えない。
「どうしたというのだ、女神の使者よ。これでは話が出来ん。気になることがあるなら申してみよ」
「え……っと。では……あの、その玉座は……?」
「これか? さすが女神の使者だ。やはり分かるのだな」
分かる……とは?
「これは、女神の遺跡より発見された伝説の玉座なのだ」
女神の遺跡?
伝説の玉座?
説明を求めてアミューへ視線を向けるが、アミューは「えへへ……」みたいな顔で頬を搔くだけだった。
あとで説明してもらうからな。
「この国の南に、女神様をまつる女神の遺跡があるのだが、その奥に発生したダンジョンより、この玉座は発見されたのだ」
持ち込んだのは、間違いなくアミューだ。
なぜならあのマッサージチェアは、俺の元職場イドバシキャメラ七姫駅前店でも販売している、富士野医器製の医療用全身マッサージ器『極みリラックス』(2017年製)に他ならないからだ。
「……(買って持ち込んだのか?)」
「……(はい。わたしの世界の者たちに豊かな暮らしをプレゼントしようと)」
「……(使いこなせてないみたいだが?)」
「……(それが……この世界には電気がありませんで)」
「……(ダメじゃん!?)」
「……(盲点でした)」
なんともまぁ、残念な結果だろうか。
四十万円以上する超高級マッサージチェアが、ただの椅子扱いとは……
「とても上質な獣の革で全体が覆われており、座り心地も最高なのだ。体を痛めたワシにはもってこいの玉座だ」
それはそうだろう。なにせ、『極みリラックス』に使用されているのは、日本産の最上級レザーなのだ。飛行機のファーストクラスを設計している会社と提携して最高の座り心地を実現している。
医療機器としても優秀なマッサージチェアなのだ。
「ただ、背もたれにごりごりとした突起物があるのだが……おそらく、これは女神様の椅子なのだろう。羽根を休めるための突起なのではないかと思っておるのだ」
いえ、それは揉み玉です。
背中をぐりぐりするための物です。
「えっと……何か、困っていることがあると、女神様から伺っていたのですが」
「うむ、そうなのだ」
国王がぐっと体を前に倒す。
瞬間、国王の関節が「バキボキッ」と凄まじい音を鳴らした。
「……ふ。驚かせたな」
「い、いえ……あの、今のは?」
スイカくらいあるんじゃないかと思うような大きな肩を掴んで、ゆっくりと回す。
ごりごりという重低音が室内に響く。
「情けない話なのだが……何十年もの間戦い続けてきたワシの体は、もう限界なのだ。動きも鈍くなり、痛みも酷い……ワシはもう、戦線には立てぬ体……」
ヒザに手を置いて、ゆっくりと立ち上がる国王。
その動作は遅く、関節が伸びる度に顔をしかめている。痛みが酷いのだろう。
「……と、まぁ。こんな有様なのだ」
国王が自身の弱みをさらけ出している。
俺が女神の使者だからなのか。
それとも、これは周知の事実なのだろうか。
「ワシが戦えぬばかりに、我が国の領内は魔獣に入り込まれて、多くの領地が被害を受けておる……不甲斐ない我が身を呪うことなど、毎夜のことだ」
悔しそうに歯を食いしばる国王。心底悔やんでいるようだ。戦えないことを。
優しい国王なのだろう。
見た感じ、四十代というところだ。体が悲鳴を上げるにしても、動きに支障が出るにはまだ少し早い気がする。
少し、確認してみるか。