6話 前線で戦う戦士たち ―2―
ガタガタとうるさかった車輪の音が止まる。
「アキタカさん、起きてください。着きましたよ」
「……ん……着いたか」
重いまぶたをこじ開け、鉛のような両腕を持ち上げる。
バキッと骨が鳴り一瞬びっくりするが、そのまま全身の筋肉を伸ばす。
徐々に頭に酸素が行き渡り、意識が覚醒していく。
倦怠感も疲労感も薄らいでいる。HPもMPもきちんと回復してくれているようだ。
「静かだな」
魔獣との戦闘が行われている砦だと聞いていたので、もっと慌ただしい場所かと思ったのだが、馬車の外からは物音一つ聞こえてこない。
幌に覆われているため、外の様子を確認することは出来ないのだが……まるで廃墟に連れてこられたかのような静けさだ。
……一瞬、外国で起こった観光客を狙った強盗事件を思い出した。
タクシーに乗った観光客が、人気のない廃墟に連れて行かれ、そこで待ち構えていたタクシー運転手の仲間に脅されて金品を強奪されたという事件だ。
まさか、御者が何者かと結託して俺たちを襲おうとしている……なんてことはない、よな?
「それじゃあ、降りましょう」
「待て、アミュー。気を――」
『気を付けろ』と言う前に、アミューは席を立ち、幌を捲って外へと出て行く。
そして。
「きゃあぁっ!」
アミューの悲鳴が聞こえてきた。
「アミュー!」
慌てて立ち上がり、客車の床をばたばたと鳴らし、蹴りつけ、アミューの後を追って幌の外へと飛び出す。
殴り合いのケンカなんかしたことはないが、いざとなればやってやる。
そんな気概で飛び出した先にあったのは――
「ふぉうっ!?」
――上半身裸で地面に寝転がる男たちの群れだった。
それも、一人や二人じゃない。十……三十……いや、五十人は軽く超えている。
…………なに、この光景?
「……アミュー」
状況説明を求めようとしたのだが、アミューは馬車にしがみついたまま、青ざめた顔で首をぶんぶんと横に振ったのみだった。
関わりたくない。端的に言ってそういうことなのだろう。
しょうがないので、自分で調査をする。
とりあえず、一番近くに転がっている半裸のオッサンに声をかける。
「……なぁ。何やってんだ、あんたら?」
「お? 新入りか? ならお前も早く服を脱いで寝転がれ。これは命令だぞ」
いやいやいや。
どんな命令だよ。
「ちなみに、その命令の内容って、分かるか?」
「あぁ。騎士団長殿が深手を負われて戦線を離脱される前に、兵士の一人に命令を出されたのだ。『いつも通りの体勢で砦を守れ。魔獣の侵入を決して許すな』とな」
ぐでぇ~っとした体勢で語る騎士。
「たぶんだが……『体勢』じゃなくて、『体制』じゃないか? 姿勢じゃなくて、組織としてのあり方とかそういう意味合いの」
「いや違うのだ!」
上半身裸の、仰向けマッチョが鋭い視線で反論してくる。
「騎士団長の指示を聞いたというその兵士は、普段こんな体勢で余暇を過ごしているのだ」
「いや、だから。『体勢』じゃなくて『体制』だろって!」
「違うのだ! 戦闘に参加していない時は、一日のほとんどをこの体勢で過ごす男なのだ、その兵士は!」
「その兵士がそういうヤツなのかは知らんが、騎士団長が言ってたのはこの『体勢』じゃなくて……」
「違うのだ! 前線に出ている時でも、休憩中はこの体勢なのだ、ヤツは!」
「だから、聞けよ人の話!」
ダメだ。
まったく会話が噛み合っていない。
「違うのだ」の意味が分からない。
これが……脳筋?
「大体、こんな体勢で魔獣が現れたら、お前ら対処出来んのかよ? 出来ないだろ!」
――なんて言葉がフラグになったのか、物凄くいいタイミングで、……いや、嫌なタイミングで……こんな言葉が聞こえてきた。
「魔獣だぁ! 魔獣が出たぞぉ!」
遠くで男が叫ぶ。
瞬間、上半身裸で仰向けに寝そべっていた数十人(ぱっと見で五十人以上は確実)のオッサンたちが一斉にヒザを立て、仰向けのまま、カサカサと動き始めた。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ
「ぃやぁぁぁああああああああっ!」
ちょこちょこカサカサ動き回るオッサンの群れのあまりの気持ち悪さに、アミューが悲鳴を上げる。
ヒザを立て、仰向けのまま、真上を向いたオッサンが、カサカサカサカサカサカサ右往左往し、若干気持ちの悪いくらいの速度で移動を開始したのだ。
岩を退けたら沢蟹がぶわっと逃げていった……なんて可愛いもんじゃない。
いつも使っているクッションを退けたら、数十匹の子蜘蛛が「ぶわぁっ!」と一斉に逃げ出した、みたいな気持ち悪さがあった。
俺も全身鳥肌だ。
サブいぼが止まらない。
「外壁を越えられたぞぉ!」
そんな危機的状況を知らせる叫び声に、「何やってやがんだ、馬鹿野郎!」という怒声が飛ぶ。
……いや、たぶんだけど、外壁の向こうでも同じような格好でカサカサしてたんだろ。
そりゃ魔獣も取り逃がすし、外壁も突破されるわ。
「すまん! 任せた!」
そんな声に、半裸仰向けマッチョーズの顔つきが変わる。
まるで、歴戦の戦士のような勇ましい顔つきに。
「あぁっ!? アキタカさん、魔獣です!」
アミューが指差す先には、体長が2メートルはあろうかというトラのような魔獣がいた。
鋭い牙が何本も生えた口を大きく開き、涎をまき散らしながら猛スピードでこちらへと向かってくる。
デカい! そして速い!
あんなもん、人間が生身でどうこう出来る相手じゃない。
猟銃を持った凄腕の猟師でも数人がかりで仕留められるかどうかというレベルだ。機関銃があってやっとトントン、いや、機関銃があってもそれを扱うのが素人だったらきっと負ける。
実際にこの目で直接見た魔獣は絶望を覚えるほどに獰猛で凶悪で……一瞬にして恐怖に飲み込まれてしまった。
「隊列を組めぇーい!」
誰かが叫び、仰向け半裸マッチョ軍団が一斉に動き始める。
カサカサカサカサと、仰向けのまま、けれど素早く、非常に気持ち悪いが……誰ともぶつかることなく、規則正しく、隊列が組み上がっていく。
そして――
『ガァァァァアアアアアッ!』
魔獣の獰猛な咆哮が聞こえたと同時に、仰向けカサカサ上半身まっぱマッチョリアンたちが一斉に魔獣へと突撃する。仰向けで! 半裸で! 上半身裸で! カサカサと! 体半分真っ裸で!
「「「「どぉぉぉおおおりゃぁぁぁああああああっ!」」」」
勝負は、一瞬だった。
カサカサでムキムキの群れが魔獣を飲み込んだと思った時には、もう魔獣は事切れていた。
断末魔の叫びすら、上げている暇はなかった。
あまりに鮮やか。
あまりに圧倒的。
ここにいるのは、紛れもなくこの国最強の戦士たち。
仰向けで、上半身裸でも、魔獣に一切引けを取らない、――最強の変態たちだ!
「素直に『気持ち悪い』と、称賛しておきます……」
若干青ざめた顔で、アミューが弱々しい拍手を贈っている。
う~ん……俺も、素直には絶賛しがたいが、変態度が強過ぎてなんと言ったものやら……
「なぁ、あんたら。普通に立って、武器を装備してたらもっと強いんじゃないのか?」
「無論だ」
「だが、騎士団長からの命令であるからな」
「騎士団長の命令は絶対なのである」
「なぁに、この体勢も、慣れてしまえば意外と動きやすいものだ」
「うむ。新たなる陣形も生まれたしな」
「それを見越しての作戦……さすが、我らが騎士団長殿だ!」
半裸のオッサンたちが、筋肉をむっきむっき言わせながら元の場所へと戻っていく。
俺の足元をテカテカした笑顔のまま通り過ぎるんじゃねぇよ。思わず踏みそうになったじゃねぇか……カカトで。
「アキタカさん……もう、いいんじゃないでしょうか、ここは」
「アミュー。心が折れそうなのは分かるが、折角持ってきたビデオレターなんだ。こいつらに見せてやろうじゃないか」
「でも……その話をすると、砦の中の人も、砦の外の人も、下手したら近くへ偵察に行っている人たちまでもが集まってきますよ……あの体勢で」
「…………アミュー。心が挫けそうになるようなこと言うなよ」
アレが集まってくるのは、嫌だなぁ……と、思いつつも、俺は近くにいた兵士に事情を説明した。
「ビデオレターを見てほしい」と言ってもきっと伝わらない。
どう説明したもんかと悩んだ挙句、「騎士団長からの伝言があるので、人を集めてほしい」と率直に伝えることにした。
そしたら……
「ぃぃぃい………………やぁぁぁああああああああああ!」
アミューが、この世の絶望を目の当たりにしたような声を挙げた。




