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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
星と彼女と強がりと
33/33

或いは始まりのエピローグ


 ああ、会いたい。

 会ってただ話をしたい。

 僕は手紙を便箋に戻して小さく息をついた。

 こんな女学生みたいな気持ちになるなんてまったく予想外だ。

 相も変わらず、僕の気持ちとは裏腹に、携帯電話に連絡は来ない。


 静謐な室内の時間を再び動かしたのは、響き渡ったインターホンのチャイムの音だった。心ここにあらずの状態だったので、ビックリして体が跳ねてしまった。

 今日は来客が多い日らしい。

 僕は目元を慌てて拭って、深呼吸をしてから、自宅の扉を開けた。

「あ……」

 ドアの前には小さなシルエットがあった。夏の日差しを浴びた白い肌の少女が戸惑ったように立っている。

 土の匂いが夏の風に乗って、室内に優しく流れ込む。

「……ああぁ!」

 唇を震わせて、玄関マットの上に置かれた開封済みの段ボールを指差し、

「な、なに勝手に開けてるのよ!」

 と、カフカは涙目になって叫んだ。


「なにって、荷物が届いたら開封しただけだよ。親展って書いてあったし」

「ばか、ばかばか! ああ、もう、信じられない、なんでこんなことに……」

 耳を真っ赤にして、カフカはその場に力無くへたりこんだ。ブツブツと膝を抱えて呟いている。不気味である。

「あ、でも、開けたけど、まだ読んでないとかは……」

 顔を上げて一縷の望みを託すようなキラキラとした瞳を僕に向ける。

「これ?」

 封の切られた便箋を掲げる。

「あーー!」

 少女は金切り声をあげた。

「もぉう、最悪っ! なんで、ああ、くそ! 酷いわ、なんて仕打ち!」

 口汚く罵って地面に握りこぶしを叩きつける。

 ガーデニングが趣味の母が植えたユリの花が夏風に吹かれて揺れていた。

「とりあえず、それ、返して……」

 消え入りそうな声音で言われたが、あえて聞こえなかったふりをして、

「それで、これ、なんなの?」

 状況が上手く飲み込めない僕は少女に訊ねた。

「なにって、……保険よ」

「保険?」

「私に万が一が起こった時のための救済措置」

「えーと、どういうこと?」

「先々週の手術の前に院内のコンビニからあなた宛に荷物を出したの。ナツメに住所を聞いてね。それで今日着で発送して、なにごともなく無事だったのなら、センターに連絡して出荷をキャンセルしようと思ってたのよ」

 ずいぶんと迷惑な客である。

「だけど、すっかり忘れてて、今日たまたま思い出して慌てて電話したんだけど、もう荷物出しちゃったって聞いてあなたが受けとる前に回収しようと思ったけど……」

 時既に遅し、ということだろうか。

 頭を抱えてカフカはうずくまった。

「ああ、もう、最悪……。忘れて、頼むから」

「ちょっと難しいかな……」

「はぁぁ……」

 大きなため息をはいて、カフカは恥ずかしそうにうつ向いている。

「あなたが夜舞に渡したチョコレート、ウィスキーボンボンだったじゃない……」

 カフカはぶつぶつと呪詛を唱えるように呟いている。

「それ書くときちょっと酔ってて……本心じゃないからね」

「……ああ、はい」

 えーと、なんだ、僕はどんな反応するのが正解なんだろうか。

 チョコレート食べてくれてありがとう、かな?

「センセー、大丈夫っすかぁー。貧血っすかー?」

 玄関前に路駐された空色の軽自動車の窓からナツメが顔を出して不安そうに声をあげた。

 手術後にナツメと連絡が取れなかったせいで無駄に心配をしてしまったことを思い出した。雨が降ってるのにお百度参りなんてするから、携帯が水没するのだ。お陰で連絡が取れず、無駄にドキドキしてしまった。

「って、おい、まさか、またあれで行くつもりかよ?」

 空色の軽自動車を指差して、カフカに訊ねる。

 今日僕らはひまわり畑に行く約束をしていた。

 ずっと、約束していたのだ。

 手術後、カフカの体調が戻るまで二週間かかった。

 不機嫌そうなじとっとした目付きで僕を上目遣いで見つめて、カフカは「荒い運転であなたに記憶障害が起きればいいのに」と呟いた。

「縁起でもないこというなよ、ほら」

 手をさしのべる。忘れてなるものか。

「……ありがと」

 照れ臭そうにカフカはお礼を告げて、僕の手を強くギュッと握った。


「どうしていつも、あなたと一緒だと思うようにいかないのかしら。誰にも覗かれないように必死に気持ちを隠しているのに、あなたは平気で土足で上がり込むんだから」

 体を起き上がらせながら、少女はぼそりと呟いた。

 綿雲の隙間を真っ直ぐに飛行機が飛んでいく。

 僕らはそれを流れ星を眺めるように見送った。

「僕は今のところ順風満帆だよ」

 飛行機が見えなくなり、轟音にのまれていた蝉時雨が僕らを包み込んだ。

 ああ、本当に順風満帆だ。遮るものなんてなにもない。

「なにそれズルい。私にあなたの運を分けてよ」

「望むのならいくらでも」


 この時間からひまわり畑に向かうと、だいぶ早く着いてしまう。余った時間はどうしようか。

 ゆっくり海岸線でも散歩しようか、とほくそ笑み。

 握った手のひらは確かな温もりに溢れていた。



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